第壹章 自警団会活動記録〇一 6P
「もう! 二人して私をからかって! あなたたちの事なんて知らない。とっととお勤めに行って頂戴!」
心此処に在らずであったユンヌも目を覚まし、眉間に皺を寄せてその小さな体の何処から出るか分からないほどの大きな怒声を上げて必死に二人の背中を押す。そして扉の外まで追い出すと、鼻を鳴らして扉を邪険に閉める。
「やれやれ、嫌われてしまった」
「全くだ」
二人して肩を竦めた後、一頻り笑い合い、またもや歩き始める。
はてさて、勢いのままに教会を追い出されたのは良いが次の目的地を決めていなかった二人はあてもなくふらふらと歩くだけ。
「次は何処に行こうか? 僕としては露店商通りに繰り出して挨拶回りに繰り出すのも良いかなと思っているんだけど。賑わいがあって人も集まるから面白い。ただ、それに比例して小競り合いもたえないけどね」
「なるほど、確かに興味深い。俺はちょっと遠出して農園の方に行っても良いかなと考えていたのだけどね。多分、これから鹿やら猪、野犬、狼の被害が増えるだろうからと思ってね」
「ああ、それも一理ある。人以外からの被害を予め、警戒するのは悪くない。毎年、被害額が大きくて悩まされている」
考察が交錯し、思惑の至高を目指す。難しい顔をして彼らなりの答えを導き出すその様は正にブランの理想としたものだ。
「でも今回は挨拶回りが目的だから露店通りに行ってみるのが正解かも。情報収集を兼ねる点でも有効だ。何かと商人は外の情報に強いからね。情報は彼らの生命線、トレンドを掴むことで彼らは金貨を積んで行く。情勢を知り、誰かが何かを欲しているのならば、それを己の才覚で安く仕入れ、運び、売る。その流通には動乱に関することも必ず含まれる。何故なら物が大きく動く時は大事に備えるのだから。俺たちは先ず、この一帯の動向に耳を澄まし、目を向けないと……そうすれば、悲劇は怖くない」
「……確かに僕らは知らな過ぎるが故に事象に流されるがまま。ならばせめても失敗から学び、次に生かすことは大事だ。もう、あんなことは起きちゃいけない」
顔に暗い影を落とすランディ。ランディの言葉で察したルーは頷く。
決して忘れてはいけない教訓と過去。それらは今、彼らを生かし続ける。
何よりも嘗て自ら進んで全てを賭けて愚行を犯し。全ての民が安穏とした世界と錯覚させられた中で今一度、抗えぬ境遇に呑まれ、見捨てられた者たちが最後に残した成果としてその罪をも背負って立ち続けなければならない。最後に己とその近しい人々を守れるのは己自身。誰もが当たり前の様に言葉では理解している詰まらないことなのかもしれないが身をもって知った彼らにとっては矜持となる。
「大丈夫。僕たちは強い」
「うん」
約束された崩壊が来るその日までランディたちは足掻き続ける。
それからランディたちの動きは先ほどまでとは打って変わり、節度がある強い責任感があった。ランディとルーは町の東側にある露店商通りで見回りをしつつ、聞き込みを開始。
露店商通りは冬季以外、町民に限らず、多方面から多くの人が訪れ、物が飛び交う。
今は丁度、遠方から誰よりも一足先にこの町を訪れた行商人がちらほら見える。
行商人は見分けが付きやすい。春の訪れに浮かれた町民とは違い須く、大きな背負子や鞄を背負い、厚着で大柄な体格。油断のない精悍な顔付きに動きの一つ一つまで無駄がない。
彼らは王国各地にルーとを作って転々とする為、広い情報網がある。各地の大まかな情勢、時には他国の情報を持っている者もいる。また、多方面に応対する知識を併せ持つ。悪く言えば、専門性が偏っている面も垣間見えるし、速報には少々疎いことも。ただし、確証のある揺るがない情報を持っているのだ。
今のランディたちにとって彼らはとても有益だ。何故なら彼らは情報の真偽を図る物差しがない。言わば、他者の言葉に流されやすいのだ。また、情報から物事の真意を汲み取る術も持たない。これからの事を考えるならば、早急に基礎を築く必要がある。
勿論、ランディとて少し前まで王都に居たし、演習や遠征で各地を回ることがあったのである程度の情報を持っている。ただし、彼らほど民に近くなかった為、情報の質は劣る。ましてやルーは『chanter』に落ち着いてから年月が経っている為、尚更だ。
「大凡、聞き込みや見回りはこんなもので良いかな? ある程度、実りがあったね」
「確かに。思いの外、見落としがちな事を改めて知ったよ。僕としてはまだまだ、未熟者であったことを痛感させられた」
どこか満足げな彼らは通りの一角にある喫茶店に腰を落ち着かせていた。
「懇意にしていた村が飢饉でなくなっちゃったとか、あんまり聞きたくない様な話ばっかりだけどね……ただ、比較的、好調な帝国国境に近い街やら村々が特需で賑わってることや神聖国付近に今、多くの神聖教信者が集まってたりとか。かなり他国の情勢に深く関係していることもあった」
話の最中、ルーは香りを楽しむことなく、冷めた紅茶を一気に煽り飲み干すルー。
歩き回り、話を聞いて回ったのだから余程、喉が渇いていたのだろう。
「国際鉄道の延長に伴い、出稼ぎの労働者がかき集められて賑わって駅舎予定地が町になりつつあるのも知らなかった。ただ、一番気になるのは――――」
「西の深淵の森攻略が計画されていることだね」
疲れから来る眠気を振り払う為にランディは目元を押さえながら珈琲をちびちびと飲む。
「王都でちらりと聞いたことがあったけど、まさか本当の事だったとは。軍備が整い次第、五千の王国軍兵と他、傭兵団による虚ろなる神の討伐作戦が開始される……か」
「あそこの進軍はこれからの王国には避けて通れないのは知っていたよ。地下に眠っているだろう膨大な資源や他国も行っている前時代の遺物を掃討することを目的とした所謂、『神殺し』の流れには逆らえないね。何よりも王国の威信が掛かっているから。遂に五つある前人未到の地である一角が崩されるのか」
「成功の確率は高いと行商人は口を揃えて言ったけど、多大な被害は避けられないだろう。また未亡人が増えるね。あそこの『神』は恐ろしいほど強い。全てを飲み込む深淵にどう対処するつもりなのかな?」
金色の髪を掻き上げながら己の疑問を口にするルー。
「さあ? 少なくとも騎士団と守護騎士の何人は駆り出されるだろうね。もしかすると参加すれば騎士団長の雄姿が見れるかもしれない」
ルーの問いに肩を竦めながら答えるランディ。
「『武神の加護』か……憧れるね! 現在、神格保持者は『神速』と『神剣』、二人のみ。『神速』が十五年前に騎士団を去った今、現役は『神剣』の騎士団長しかいない。神に対抗するには神の御業だけ。この熱い展開を目にすることも出来ないなんて僕は本当に運がない」
青い瞳を輝かせて嘆くルーにランディは無言で苦笑いを漏らす。
「―――― そう言えば、『武神の加護』で思い出した。僕、実はここ最近に騎士団の話でとある噂を耳にしたことがあるんだ」