第壹章 自警団会活動記録〇一 5P
さも可笑しそうな様子で話に入って来た生徒の内の一人の少女が放った暴露にルーは興味津々。一言一句逃すまいと耳を傾ける。
「まあ、ルーにはおはなししてもだいじょーぶかな? なんかうまくいきそうだし。えっとね……ウーンとね……なにからおはなししよーか――――」
林檎の様に赤く柔らかそうな頬に小さな手を当てながら必死に考える少女。
そんな少女にユンヌは慌てた。少女を引き寄せて左手で抱き留め、右手で口を優しく塞ぐ。
少女は口をもごもごさせて話そうとするも内容が分からない。
「やっ、やめて! ルーに余計な事を吹き込のは!」
「折角、話を逸らしても直ぐにこれだ……このままだと日が暮れるまで終わらないな」
大きく肩を落とすランディ。日々、身近な浮ついた話に餓えるこの町では如何に立ち回ろうとも切り離せないのだ。
「この話はやめ、やめ! それでランディ君の先生は今、何をやっているの?」
明らかに頬を紅潮させて明らかに取り乱すユンヌは何とか話を逸らそうとランディに話を振る。味方だと信じ切っていた思わぬ伏兵にユンヌもたじたじ。
「確か、先生は続けてる。二年前の話だけど。そんでもって俺の剣の師匠に輿入れして二人の娘さんがいるから専ら主婦業優先かな」
「うわあああ! 私、そう言う順風満帆な暮らしに憧れちゃう……」
悟られない様、ちらりちらりと意味ありげな視線をルーに送るユンヌ。無粋と知りながらもランディは気になったので鎌をかける。
「何気ない日々って一番身近で幸せなことだよね。俺も願うなら穏やかな生涯を送りたいよ。ルーもそう思わないかい?」
「僕はまだやりたいこともあるし、遊びたいから憧れない。だってまだ若いのに何でそんな先の事を考えないといけないのか分からない。寧ろ、刺激が欲しいや」
「ルーはまだお子様だから分からないよね。期待してないよ」
どことなく、むくれた様子のユンヌは心底がっかりとした顔で言う。
話が読めて来たランディは呆れ顔。同時にユンヌを憐れむ。
なるほど、他人や町の事に関しては些細な物事でも察するルーは自分の事には相当、無頓着なのだ。
ただ、これはルーに限ってと言われる訳でもなく、誰しも在りがちな話。
ふとした瞬間に自分で気付くか、人に言われて気付かされるだけの事。
切迫した状況でもない今ならばそっとしておくことが一番なのだ。時が来れば全てが解決する簡単な話。
「まあ、俺もその意見は正しいと思う。何にしろ、経験をすればするほど感情や考え方に深みが出るからね。所詮、俺たちは青二才だからもっと色んなことを学んでからでも十分、遅くはないさ。ただ、必ず選択肢を選ばされる時が来るからそれは逃しちゃ駄目だ」
「急にどうしたのさ?」
「つまり世界は広くて沢山目移りしちゃうけど、時には自分の足元を見ることも必要だってこと。世界の全てが色褪せてしまうような大切な宝物が転がってるかもよ? ってこと」
意味深長な言葉を残し、ランディは大きく伸びをする。勉学の邪魔に成らぬよう長居は禁物。そろそろ、見回りの再開だ。ルーは首を傾げて不思議そうな顔をするもランディの雰囲気からさして重要な事ではないと感じ取り、話を掘り返そうとしなかった。
「さてと、俺たちはまだ回る所があるからお暇するよ。これ以上、この子たちの大切な授業を邪魔するのも悪いし。また来るね」
「態々、見回りご苦労様。気を付けてね。ルーは皆に迷惑を掛けちゃ駄目よ?」
「君は僕の保護者かい? 元々、僕には仕事疲れでそんな元気はないさ。それではクソガキ諸君、きちんと勉学に励んでくれたまえ。君たちのその小さな手にこの町の未来が掛かっているからね」
「かいしょーなしはわたしたちががんばるまでこのまちをつぶさないようにね」
「確かに承ったよ」
感心出来ない言葉遣いではあったがルーなりの思いやりを感じ取ったユンヌは何も言わずに深いため息を一つ。苦労の絶えないユンヌにランディは苦笑いを浮かべる。
そして同時に手見上があった事を思い出した。
「そうだ。帰り際で申し訳ないのだけど、これをどうぞ。少しは教会が華やぐと思うんだ」
ポケットの中から一輪の三色菫を取り出し、ユンヌのひんやりとした小さな手を引き寄せ、そっと乗せるランディ。冬の名残が残る礼拝堂には簡単な贈り物としては申し分ない筈だ。
「えっ、お花? このお花は……三色菫! きれいー。もう咲く時期だったね」
「此処に来るちょっと前に通りでランディが見つけたんだ。多分、街道から種が流れ着いて来たんだと思うよ」
「ほら、皆。春の知らせよ? 今度、晴れた日に遠足へ行かなくちゃ! 教会でお勉強も良いけど、お外には色んな発見があるからね!」
ユンヌの宣言に子供たちが歓声を上げる。
「ランディ君、ありがとう。でも貰いっぱなしは何だか悪いから……何かお返しをしなくちゃね! 何か、良い物あったかな?」
小さく頭を下げ、改めて礼を言うユンヌ。しかしこれでは気が済まないとオルガンの下へ駆け寄り、横においた自分の鞄を漁り始める。
「これならどう? 朝ごはんに買ったパンをお返しにどーぞ。食べきれなかったのが二つあるの。良かったら食べて」
「いや、そんなつもりじゃないから。本当に大したものでないし」
「それじゃあ、私の気が済まないの。私、夜までもう食べないからカチンコチンに固くなって勿体ないから。どうせなら美味しい内にパンも食べて貰いたいだろうし」
押し付けられるパンが入った袋を無碍に出来ず、ランディは受け取る。
「喜んで貰って良かったね、ランディ。でも君は中々、隅におけないなー」
「当たり前じゃない。冬で真っ白な雪景色には飽き飽きしていたのだから。それに三色菫の花言葉は陽気さ、思い出。今日の春の便りは良い思い出になるわ」
「へー、そんな花言葉なんだー」
全くもって予備知識のないランディはただただ感心するばかり。確かに花言葉など、此処数十年で出来たばかり。よっぽど興味があって調べない限り知りえない。
「やっぱりユンヌは物知りだね。ただ、もう一つ花言葉があるのも忘れてないかい?」
にやりと笑うルーを尻目にユンヌは頭を精一杯働かせる。
「三色菫に他の花言葉? 後はえっと……うーんと……」
程なく思い当たることがあったのか、ほんのりと頬が赤く染まり始めたユンヌ。
「おおー、恥じらってる。恥じらってる」
「えっ? 何か変な意味でもあった?」
「君は贈り物を送る時に少しだけ意味合いを考えるべきだ。三色菫の三つ目の花言葉は『私を思って』だよ。君がユンヌにどう思って欲しいかは分からないけどねー」
愉快そうにからかうルーを目の前にランディは思案顔。此処で引き下がれば自分だけがつまらない思いをして終わる事は一目瞭然。どうせならばこの場を大いに沸かせて格好良く去りたいものだ。
「何だい? 俺はこう見えてもユンヌちゃんにはぞっこんだよ? 気立ては良いし、可愛いし、教養もある。男ならば魅力的な女性に少しでも気に掛けて貰いたいのは当然だろう?」
慣れない甘ったるいセリフを精一杯のすまし顔でランディは紡ぐ。例え、町中に話が広まり、余計に一つ二つくらい傷を負うとしても些末なことだ。既に片足を泥沼に突っ込んでいるのだから。
「なあっ――――!」
子供たちがランディの言葉でどっと沸く中、小さな顔を夕日の如く真っ赤に染めるユンヌ。最早、口を魚の様にパクパクさせて言葉も出ない。頭の中が錯乱し、目を回している。
「ほおー、君も中々に肝が据わって来たね。……いや、順応したと言うべきだろうか」
「……いや、只単に無我の境地に至っただけさ。フルールの一件もあるし」
「はははっ、なるほど。君といると本当に必ず何かあるから飽きないよ。出来るならば、いつも君と一緒に居たいくらいだ」
「やめてくれ。これでも俺は一生懸命生きているんだよ……」
魂の抜け掛けたユンヌを一先ずおいてこそこそと話し出すランディとルー。
まだまだ立ち回りの上手くないランディは先ほどの己が発した言動で漸く、ノアのだらしない発言と行動に合点が行った。一度、噂に火がつけばすぐさま町中に広まる。ならば、あちらこちらに火をつけて些末な事だと印象付けてば良い。木を隠すなら森の中。なるほど、あれは一種の自己防衛だったのだと。