第壹章 自警団会活動記録〇一 4P
お蔭で寒さなど歯牙にもかけていない様子。少し季節外れな小さな色とりどりの雪だるまたちは思い思い、音が外れるのも構わずに大きな声で楽しげに歌っていた。子供の合唱はそんなもの。大人の合唱団と比べらないがこれはこれで良い。
そして子供に囲まれる形でユンヌがオルガンに向かい、演奏しながら子供たちに笑い掛けていた。穢れのない無垢な笑みを浮かべるユンヌ。その笑みに思わず、醜い心の持ち主であるランディとルーは浄化されかけた。
ランディとルーは目頭を押さえ、立ち止まると普段の行いを顧みて心の中で懺悔する。
暴飲暴食に耽り、飲み屋の若い女給へ絡み、へべれけに酔って管を巻く。
仕事中に隙あれば惰眠を貪る怠惰な日々。
世情やら近所の色恋沙汰、仕事の愚痴や不平など虚実相半ばした話で盛り上がる。
何よりも少し世間の波に揉まれて取り敢えず、他人は疑って掛かり、よっぽどの信頼出来る筋でなければ相手にしないと言うのがまずい。
全くしょうもない輩になったと苦笑いを浮かべる二人。
ただ、いつまでも愚図愚図している訳にも行かない。
本来の目的は教会に赴いて懺悔をすることではないからだ。
ゆっくりとした足取りで壇上に向かうと丁度演奏が終わる頃だった。
二人、驚かせない程度の小さな拍手をしてユンヌと子供たちを称賛する。
「あっ、るーだ。それと……隣の人、誰だっけ?」
「ランディだよ、ランディ! 配達の人!」などと拍手で二人の来訪に気付いた子供たちは振り向き、素っ頓狂な声で迎えてくれた。ユンヌも気付いた当初は驚きを隠せない様子であったものの、直ぐに先ほどの笑みで二人を迎えてくれた。
「よしよし。愛すべき悪ガキ諸君、今日も元気そうで何より。この前も倉庫の窓ガラスをボールで割ってくれたようだね」
童子達に囲まれて手を繋がれたり、服をひっぱたれたり、軽く蹴飛ばされたり、おんぶを強請られたりと小さな手足から様々に思い思いの歓迎を受けるランディとルー。
「どーいたしまして。るーもいつもどおり、しょーねのくさったくずのようでなにより」
「日々、詰まらない大人の言葉を吸収し、成長しているようで僕は嬉しいね」
「もう! ルー、子供たちに馬鹿なことを教えないで!」
子供相手に大人気ないルーをユンヌが椅子から立ち上がって声を荒げて食って掛かる。
ランディの背丈には三分の一ほど足りないので威圧感がない。けれども凄味のある厳しい表情が補っていた。
「中々、ウイットに富んだ挨拶だ……」
笑いながら相手を罵り合う子供たちとルーの挨拶にランディは思わず気後れをした。
「ごめんね、ランディ君。いつもはこの子たち、こんな感じじゃないよ? ルーが来るといつもこうなっちゃうの……」
「僕はこの子たちの為を思って反面教師になってるだけ。こうなっちゃ駄目だぞって言う見本さ」
「煩い。黙ってて、ルー」
「これは手厳しい」
ルーのしょうもない言い訳をユンヌは冷たい声色ではねのけた。早々に良からぬ出来事で険悪な雰囲気を醸し出す二人にランディの背中に冷汗が流れる。ランディの引き気味な様子をいち早く感じ取ったユンヌは腰に手を当てながら背筋を正した。
「ごほんっ! 改めておはよう? それともこんにちは? 挨拶は何でも良いか……二人ともどうしたの?
その格好だと自警団関連でエグリースさんにご用事? 折角、来てくれたのに悪いけど今は席を外している所なの」
「エグリースさんはおるす」
「おひまなひとをねらってながいおはなしをしにいってるよ」
「きょうはだれがぎせーしゃかな?」
「ばあーちゃんたちならいねむりしてもばれないからいいよねー」
「ぼくたちにはどーやったってむり。ばれてさいしょからおはなしがはじまる」
「こらっ! だからそう言うこと言わないの」
色とりどりな子供たちの声と舌足らずな言葉遣いに思わず、ランディの顔が綻ぶ。
「お疲れ様、ユンヌちゃん。皆さんも勉強を頑張っているようで何より。いや、エグリースさんに用事と言う訳じゃないんだ」
気をとりなしてユンヌが挨拶をしたにも関わらず、いきなり話が逸れた。
苦笑い交じりでランディは子供たちの言葉を流して首を横に振る。
「それなら私に御用?」
小さな血色の良い唇に指を当てながら何か自分に二人に関係することがあったかと思案顔で聞く。
「自警団の初仕事。町の見回りだよ、見回り。ユンヌがサボってないか見に来たのさ」
「何それ、酷い!」
「見回りだけは本当。教会へは周知の一環で顔を出しに来ただけさ。ルー、好い加減に話が進まないからユンヌちゃんをからかうのはよしてくれ……」
「仕方がない。君が言うなら」
「なんだ、良かったー」
真面目な優等生と劣等生を気取る変わり者。口が開けば忽ち収拾がつかない頓珍漢な二人に頭を抱えるランディ。己の心の内で此処に来るのは間違いだったと反省する。判断材料は既に与えられていたのだから予期出来たのは間違いない。
「それにしても結構、本格的に勉強を教えているんだね。俺の故郷は偶々、王都から学者の先生が住み着いてたから読み書きとかはきちんと教えて貰えたけど。施設や設備はねー。如何せん、子供が少なかったから普段は町の空き地を利用した青空教室。自分たちで小さな木箱を持ち寄って椅子にして黒板を片手に勉強だった。雨の日は専ら休みか、先生の家に集まって肩を寄せ合って一生懸命、話を聞いてた。言葉を覚える為に教えてくれた昔ばなしや算数の愉快な覚え歌は今でも覚えてる」
兎にも角にも一度、雰囲気を和らげる為に辺りを見渡しながらランディは自分の幼少期の話をした。穏やかな在りし日に思いを馳せるランディに皆が注目する。
「本当に面白可笑しく、勉強を教えてくれる先生だったよ……若い女性の先生でね。優しくて笑顔の絶えない人だった。今のユンヌちゃんみたいな――ね」
「……君は中々、良い恩師に恵まれたようだ。で、美人だった? 一番重要なのはそこだよ」
「身内贔屓になるかもしれないけど、すんごい美人。背が高くてすらっとしてた。髪を結いあげてあんまり化粧をする人ではなかったけど、目がぱっちり、薄い小麦色の肌をした大人っぽい感じ。フィールドワークが好きな様だったから深窓の華人って感じではなかったけど、明るいはきはきとした人さ」
「うん……さぞかし悪戯のしがいがある人だったんだろう」
「君とはとことん話が合うから困るよね。そう、俺は幼馴染のお目付け役がいたからやりたくても出来なかったけど、悪友がスカートをめくったりしてよく困らせてたよ。怒るけど、全然怖くないし。寧ろ、仕草が可愛らしかった」
「僕もそんな先生が良かったなー。僕の先生は中年のおばさま。上品で一昔前は色んな男を振り向かせていたのは分かるんだけど。年には勝てないよねー。しかも僕は怒られた記憶しかない。今でも頭が上がらない人の一人さ」
髪に手櫛を入れて苦悶の表情を浮かべるルー。苦々しげに語るその姿からは普段から漂う二枚目な雰囲気が台無しだ。
「それはルーだけ。いっつも授業中に居眠りしたり、黒板に悪戯書きしたり、紙飛行機作って飛ばしたり、宿題やり忘れたり、悪行を上げたらキリがない。ランディ君、ローブ夫人は素敵な方よ? 博識で思慮深く、穏やかな笑みが似合う貴婦人。私の理想の方なの」
「ふむ……そうなんだ。まだ、ご挨拶の出来ていない方のお一人だろうね。今度、仕事がてらご挨拶に赴こうかな」
「是非、そうして頂戴! ランディ君も絶対に好きになると思うの」
「確かにユンヌは優等生で可愛がられてたからね。僕も大人になってきちんと誠実に振る舞っているから
そこまで邪険にはされないよ。ただ、俺より気の毒なのはこの子たちだ。こんなちんちくりんじゃ、さぞ弄り甲斐がないことだろう」
「心底、ルーみたいな子が居なくて良かったと思う。失礼を通り越して倫理観が著しく欠如して薫陶のしようがないもん」
深く溜息をつくユンヌ。呆れられてもルーはどこ吹く風ですまし顔。
「ほらね。言う事成す事が模範生過ぎて可愛げがない」
「るー、ちがうよ。ユンヌせんせにはまだこうはくしないの? とか、うしろすがたばっかりおっかけてもきづいてもらえないよとか、おはなししてこまらせるとおもしろい。おかおがまっかになってほっぺ、りょうてでおさえてまじめにこまるんだもん」
「ほお……それは良いことを聞いた。君たち詳しく教えて。やくそくしよう。一日で町中に広めてみせるから」