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Locus Episode2 Ⅰ〜Ⅷ  作者: K-9b
Ⅰ巻 第玖章 終演
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第玖章 終演 3P

墓標からランディの方へ顔を向けるルーは寂しげな笑みを浮かべている。


ポケットに手を突っ込み、じっとランディの言葉を待つルー。


ランディは自分の髪を手で梳きながら精一杯の笑みを顔に張り付けて口を開く。


「……確かにルーの言う通り、俺の所為じゃないのかもしれない。俺は気にしなくても良いのかもしれない。だけどね……本来、受け止めるべき人が受け止めなければ、デカレさんたちの苦しみは……怒りは……悲しみは……絶望は誰が受け止めるんだい? 行き場を失った思いは彷徨い続けるだけだ。そんなの悲し過ぎる。また例え、デカレさんたちでなくとも代わりの人たちが同じことをしただろう。だからたった一人でも俺はその負の連鎖って奴の前で剣を構えて抗い続ける。仮にこの身が傷つこうと、この剣が折れようと、心が引き千切られようとも。でも大丈夫。少なくとも俺は変わらない。だって変わっちゃいけないからね」


腰に据えた剣の柄に手を掛けながら空を見上げるランディ。


ランディの瞳に映るは、遠く険しい道のりの先に待つ、己が望む何かだ。


今はまだ、光の灯った生き生きとした目がそこにはあった。


そうだ、まだ瞳を曇らせるには早い。


「まあ。ある意味ではもう、化物って奴に片足を突っ込んでるから……」


ランディは誰にも聞こえないくらいの小さな独り言を漏らした後。


目を瞑り、鼻から息を漏らす。


「そうか、君がそれで良いなら君が強くあると言ってくれるならもう僕が言うことはなにもない。ただ、少なくとも此処に居る内は君が無理しないよう、手伝いだけはさせて貰うよ。だって僕はこの町の役人だもの。迷える町民を助けるのが義務だ」


「……大いに期待してるよ」


ランディが徐に手を差し出すと待っていたとばかりにルーは強く握り返す。


心の中でお互いに持っていた歯痒さを打ち消し合ったランディとルー。


そんな彼らから少し離れた木の陰に珍客がまた一人。


傷のない色白な頬をぶすっと膨らませ、納得の行かない顔で二人の様子を覗く者がいた。


茶色の髪を風に撫でられ揺らし、佇んでいるのはフルール。


自然と小さな両手がぎゅっと白いシャツを握り、眉根に極限まで皺を寄せ、口はひっ曲がっている。かの二人が一度はそれぞれ目を背け合うもまたまるで古くからの友人みたく、話は聞えなかったが共感し、握手をする姿。小さくとも強い友情を築く姿に不満があるのだ。本当に男とはずるい生き物だ。思うが儘に生き、男同士にしか分からんと無駄に格好つけた世界を作り、女を締め出す。


小さな頃からそうだと目を閉じたフルールは在りし日の出来事が頭の中に浮かんだ。近所の男の子が些細なきっかけで喧嘩をし、互いにボロボロになるまで相手と殴り合うも最後は肩を組んで笑い合う仲に戻る。ユンヌや他の女の子たちと遠目でまた馬鹿をやっているなと飽きれながらもどこか、彼らの単純さと熱さが羨ましかった。


今回もそうだ。思い返してみれば、フルールは何時も置いてきぼり。


勿論、空虚な疎外感に苛まれるフルールだってランディのことをきちんと考えていたつもりだ。


ランディの為を思って目の前の優しく悲しみがない世界へ導こうと言葉を紡いだ筈なのだが悲しみに暮れたランディは拒み続けた。確かにランディの意思は。


優しさは尊いものであったが周りで手負いの獣みたく、のたうち回る姿を見る人間の身にもなって欲しかったのだ。いっその事、全ての出来事を諦めて貰った方が良かった。


この町にだって己に降り懸かる火の粉は己で払える。巧みな話術で交渉の糸口を見つけ出すブランを筆頭として盗賊団が求めた以上の身代金や物資を用意出来る資産家や商人。勿論徴兵されて大戦を経験した者も幾人かいるのだ。


フルールからしてみれば、やり様は幾らでもあった。


全ての苦しみは皆で分ければ、それぞれが少なくて済む。


これまでもそうして来たし、これからもそのスタンスは変わらない。


筈だった。


それをランディは良い意味でも悪い意味でもほぼたった一人で覆したのだ。


多くの人が救われた。誰も涙を流さずに済んだ。


新しい風がこの町に吹き込む感触がフルールにも確かに感じたけれども。


しかし、その風はあまりにも悲し過ぎた。


「本当にずるい……」


何よりもフルールにとって一番釈然としないのが自分の心を此処まで揺らがせることだ。


何故、此処まで悪戯に自分が翻弄されねばならないのだろうか。最初はただ手の掛かる恍け顔の弟分が


今は町を救った立役者。頼りなかった背中は様変わりし、大きく頼もしい。


「これじゃあ、あたしの立つ瀬がないじゃないの」


「フルール。何か不満があるならはっきり言ってやらないと、あの馬鹿は分からない」


「ノアさん! びっくりした。いきなり声を掛けないで下さい。大声出して人、呼びますよ?」


「俺は倒錯者か……」


一人で悶々としていたフルールの背後に突如、人影が現れた。フルールに話し掛けて来たのはノア。大きな樹へ背中を預け、人を小馬鹿にしたような薄笑いを浮かべるノア。相当、墓標前の二人へ集中していたフルールは近付くノアに気付けなかったのだ。警戒するフルールを尻目に大人びた余裕を纏い、一つ溜息を付くと墓標の前で話すランディとルーに目を向けた。


「君の不満は俺にも分かるつもりだ」


「唐突に何ですか? 気持ち悪い」


「その変質者対応はやめてくれって……。話を戻すけど、確かに男って生き物は気楽なものでね。何せ、世界が単純なんだ。特に若い頃は……勢いで動ける。大抵、成せば何とかなるから周りを顧みず、突っ走る。そんな無鉄砲に振り回される方からしてみたら溜まったもんじゃないよなー」


ノアは徐に懐から紙巻煙草の箱とマッチを取り出す。箱から煙草を一本だけ取り出し、そっと乾いた唇で咥える。マッチを擦り、手で風に吹き消されぬように覆いながらゆっくりと吸い口とは反対の先端に火を付ける。軽く口内に煙を含み、少しの間とどまらせた後、吐き出す。


紫煙がやんわりと立ち上り、風に巻かれて掻き消され、辺り一帯に独特な臭気が立ち込める。


ノアはゆっくりと肩の力を抜き、口元をだらしなく緩ませた。


フルールは紫煙の臭いに顔を顰めるも無言でノアを見つめ続けるだけ。喫煙者には何を言っても無駄だと分かっているからだ。何度か煙草を吸いつつ、フルールの様子を伺うノア。


「そんなの分かっています……」


ぽつりとフルールは呟く。ノアは煙草を木に押し付けて火を揉み消すとゆっくりとフルールに歩み寄った。


「君は賢いから勿論、分かっていると思った。更に言えば、男にもやっぱり走り続けることが辛い時もあるのも分かるよね。どんなに頑張っても手が届かずに最悪の結果か、最低の最善策しかなくてどちらかを選び、心が折れることがあること。例えば、今回のランディみたく」


「そのことだって分かりますよ! だからあたしは言ったの。一人で抱え込むなって。もう、あの時は全てが終わった後だったから勝手に全部やったことも怒らなかった……。ただ、あたしが一番見たくなかったのはあんな悲嘆に暮れたランディの姿! ボロボロになっても立ち続けて今にも砕けそうなランディなんてランディじゃない! あたしの望みはあの事件が起こる前の裏表のないっ! 困ったような笑顔が絶えない彼を返して欲しいの! だから全てを曝け出して分かち合って慰めてあげたかったのに……だけど、ランディは……ランディは……」


感情に任せて思いの丈を全て吐き出したフルールは呼吸を乱して肩を上下させる。

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