表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Locus Episode2 Ⅰ〜Ⅷ  作者: K-9b
Ⅰ巻 第玖章 終演
114/501

第玖章 終演 1P


                  *


 事件の事後処理は滞りなく、速やかに終わった。現場の片づけを町の男衆が。女子供は、自宅の片付けや雑務を引き受け、憲兵や軍に報告をする為に町長をはじめとした役場の人間はことの顛末を纏め、更にこれから町の再起や自警に関する検討事項に追われた。


町の様相も穏やかで既に何事もなかったかのように春に向けての準備が恙なく始まっている。


今では、子供たちの笑い声が至る所で響き、町民にも笑顔が戻りつつあった。


そう、全て時間が解決したのだ。


勿論、全てが何事もなかったかのようには出来ない。


戦闘の傷跡がまだ、町のあちらこちらに残っており、人質になっていた町民たちの精神面でのケア、何よりも盗賊のアジトだった空き家の周辺には誰も近付こうとしない。


他にも元々、移住の意思があり、これを機に移住を真剣に考える住民も幾人か出始めた。


大きな課題を投げ掛けられた『Chanter』の町は静かに大きな転換期を迎えつつあるのかもしれない。


行く宛のない流れ者やこの地を気に入り、住み着いた変わり者たちが築いた黎明期から周辺村落の纏め役となり、物流を牛耳っていた最盛期を過ぎ、今まさに衰退期を迎えているのだから仕方がない。


既に文明は進歩し、人と人とを繋げることは容易になり始めた。


電報で情報を交換し合い、海洋は航路が確立され、列車のレールはあらゆる場所へ伸び、河川には大きな橋が。街道は整備が進み、難所と呼ばれた山々は安全な経路が確立されつつある。


その内、各地にあった多くの宿場町や大きな都市と小さな村落の中継所の役割をしていた町は役目を終える時代がきっと来るだろう。タイムラグのない人や物、情報の行き来は文明の発展を強く促す。確かに全てをシンプルに繋げることは素晴らしいのかもしれない。


だが、使う側が未熟ならば、全てが無意味になる。人は周りの環境の発展だけでなく、同じく自らの内面的、精神的な根幹、つまりは心と思考の成長も求められるのだ。


心と思考の成長は、より複雑な社会形成を強く求める人間にとって必須だ。


だから人は大小関係なく、旅をする。目指す彼の地への道すがら。多くの出会いがあり、別れがある。


はたまた、百聞は一見に如かずと言う諺もあるように情報の行き来だけでは分からない実情もある。それら見聞きしたもの全てが学びとなって血潮として生きるのだ。


そう、今のランディのように。


「元気ですか? って言うのは少し可笑しな話ですね。様子を見に来ました。俺はもう日々の喧騒? ……いや、そこまで忙しくないか……。兎にも角にも良い意味で生活に流されていますよ、デカレさん」


まだ寒い朝の名残があるからりと晴れた正午前、ランディは町外れの雑木林の一角に建てられた人の背丈に満たない大きさの石碑の前に立っている。コートが風に煽られ、靡く中も寒さに震えず背筋を正すランディ。翻るコートの下には、剣が右腰に据えてある。今は何処へ行くにも剣が手放せない。有事の際、何時でも駆け付ける為の準備だ。


ランディは精悍な顔付きで石碑に相対していた。


盗賊団は、此処に埋葬されている。木漏れ日の差す小さな開けたこの場所に彼らは静かに眠っている。


誰も眠りを邪魔することがない人目にも付きにくい、この場所が彼らの安息の地に選ばれた。永遠の眠りを象徴する石碑の前で聊か寂しさの残る笑みを浮かべるランディ。


手には琥珀色の酒瓶を携えていた。


「……ご家族にお会い出来ることを祈ってます。ああ、後これ。餞別……持って来ました。安酒ですけど、皆さんで道中に飲んで下さい」


石碑の前に酒瓶をそっと置き。ランディは暫しの間、頭を下げて黙祷を捧げる。


「正直に言ってどんな面を下げて此処に来れば良いか分からなかったのですが、先延ばしにすればするほど、足を運ぶことも辛くなると思って。例え、皆さんに憎まれようと俺の決意を……気持ちを伝えに来なければならない。それが全てを奪った俺の責務ですからね」


全てを奪ったと言う自ら放った言葉がランディの心に大きく影を落とす。


「あれから――。俺は考え続けています。自身の杓子定規でしか反論出来ず、未熟者であったことを捨て石となってまで教えてくれたことへ少しでも報えるようにはどうすれば良いかと。でも……答えなんてさっぱり出ません。もどかしさだけが先走りするばっ――、ばっかりで」


精いっぱい声を出すも最後は感極まって歯を食いしばるランディ。茶色の瞳は揺れ、今にも涙が零れそうになる。


「すみません。こんなシミッたれたことを言いに来たなんて本当に馬鹿です、俺。泣き言なんって全く意味なんてない。次に来る時は必ず、答えを用意して来ます」


コートの袖口で顔を拭い、両頬を平手打ちするランディに弱さは微塵も感じられない。


今は一人の時であろうと、弱さを表に出すことなどあってはならない。


己の至らなさを嘆くことはやめた。起きてしまったことを修正することが出来なかったのならば、次は同じ悲劇を繰り返さぬよう精進し、備えるのみ。


悲しみに屈しないこと。これがランディの自らに課した契りだ。


「さてと、あまり長く此処に居ても邪魔になりますし。そろそろお暇させて――」


「おや、ランディ。此処に居たのかい?」


ではと。ランディが墓石へ軽く会釈をした直後、不意に背後から呼び掛けられ、振り返ってみると、木立の中に立っているルーが見えた。


柔和な笑みを浮かべ、軽く手を振るルーにランディは手を挙げて答える。


「やあ、ルーも挨拶に来たのかい」


「うん、僕も君ほどじゃあないが思うことがあってね。お邪魔だったかな?」


「邪魔もなにも今更、ルーに気づかいされることなんてないさ。高々、俺の情けない所を見せるくらいだからね。それにもう帰るつもりだったから」


軽く挨拶を交わし、互いにそれとなく顧慮し合う。


名残惜しそうに墓標へ視線を向け、微笑むランディ。


哀愁を漂わせるランディへ足音を忍ばせながらルーが近寄る。


さりげなく隣に立つと目を瞑り、黙祷を捧げるルー。


弱い木漏れ日が差し、風の音だけが支配する中。


ランディはルーに対して何を話せば良いか、分からなかった。


事件解決のあの日から話す時間がなく、身勝手に己の心の内を吐露しただけで終わっているので負い目を感じたままなのだ。何とも居心地が悪い。


隣に立つ我儘な自分を肯定してくれただけでなく、古くから縁のある幼馴染とさえ対立してでも心情を案じてくれたルーには頭が上がらない。レザンの言葉があって今も立っていられるが、ルーがあの場をおさめなければ、ランディは錯乱したままで収拾がつかなかったかもしれないのだ。そして今も何も言わずに隣で立ってくれている。


今回、ルーはいつなんどきでもランディの隣に立ち、一緒に戦ってくれた。


それがたとえ、一時的な利害一致の関係であってもランディの中で信頼出来る人間であると、確信が持てるほどに大きな存在に成りつつある。


嘗て背中を預け、共に戦った戦友と同じく。


「あの時、きちんと言えなかったから言うけど、今回は本当にお疲れ様。君は僕の言葉を全て受け止め、期待に応えてくれた。僕だけならもっと酷いことが起きてかもしれない。いや、起きてたよ。感謝しきれない。この町を救ってくれてありがとう」


唐突にルーはランディに顔を向けることなく、目を瞑りながら言った。


一言、一言に重みがあり、ランディの心に強く響く。


「……そこまでのことはしてないさ。君自身だって戦ったし、ノアさんもいた。最後はこの町が勝ち取った結果だ」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ