第捌章 第四幕 23P
「ああ、任された。君は、若いんだ。大いに悩みたまえ。そして、苦しんで苦しんで答えをちょっとずつ、ちょっとずつ出せば良い。誰も君を急かしたりは、しない。その答えが出たのならば、皆に聞かせておくれ。ただしね、君が、もし幾ら悩んでも苦しんでも答えが出せなかった時。その時も絶対、僕に全てを話すんだ。勿論、フルール君でもルー君でもノア君でも、オウルさんでも、レザンさんでも誰でも良い。そしたら話した人が一緒に苦しみながら考えるからね。そうしたら必ず、答えが出る。これだけは、約束だよ?」
苦笑いでブランを浮かべながらランディに念を押す。
「はい――。それでは……」
静々と、ランディは、宛てもなく、歩き始めた。皆が見守る中。
誰もランディの後を追う者は、いない。
「でも……でもランディの頑張った結果がこれなんて。あたしは、絶対に納得出来ないっ」
「君は、優しくて正しい。でも優しさには使い方が色々あって。正しさってのは、使い時を考えないと。納得出来ないのは、分かるけど。ずっと、黙って背中を見続けることも優しさであり、正しいんだ。どうしようもないことだっていっぱいある。そのどうしようもなさに、屈している訳じゃないよ、僕たちは。今は、ルー君が言ったように時間が解決してくれるよう、祈ろう。なに、今のやり方が、駄目ならば、他のやり方を考えれば、良い」
去り行く背中へ手を伸ばし掛けて途中でやめた半泣き顔のフルール。茶色の瞳は、潤み、揺れ、歯を食い縛っている。ブランは、しがみ付く双子を引き連れてフルールの隣に立つと、慰めるように大きな手を肩へ優しく置いた。
「さてと、ノア君とルー君には、役場で細かな報告をして貰おうかな。僕も娘たちを家に送ったら聞こう。問題ないかい? 因みに事後処理は、僕たちの方で請け負うよ」
「俺は、大丈夫だけど。先ず、人質の人たちの体調を確認してからだね。だから、人質なっていた人を少しだけ診療所で預かるよ」
「僕は、特に何も問題なしです。では、僕は役場へ向かいます。今のうちに、戦闘の状況も纏めないと。多分、これから重要になって来るでしょう」
「ああ、二人共。頼んだ。それじゃあ、また後で」
各自、やるべきことも決まったので徐に解散をして行く。確かに全てが円満に解決した。
でも、最後に小さなしこりだけが残る。
「……私もやることが出来た。流石に私も傍観するだけと言う訳にも行くまい……。ブラン、私は、少しと言うか、今日一日、抜けるぞ? 事後処理は、任せた」
そんなしこりに触れようとする者がいた。その者は、レザン。
妙な使命感に心を燃やし、レザンは、拳を力強く握りしめた。
「ブランさん。貴方は、何をするつもりで?」
声を掛けられたブランは、目をまんまるにして驚いた様子を隠さない。
振り返り、声を出すのがやっとだった。
「私には、私のやるべきことがある。それを、果たしに行くだけだ」
「多分、あの子は、心を閉ざしたままですよ。僕たちに出来ることなんてあるんでしょうか」
「ああ、あるとも。黙って隣に居てやることだ。何も聞かず、と言っても私の出来ることは、それしかないからな……せめてもの罪滅ぼしだろう」
「……そうですか。では、ランディの為に今日、一日を使ってあげて下さい。貴方ならランディも邪険には、出来ないでしょうし。是非ともお願いします」
神妙な顔をし、レザンに頭を下げるブラン。
こんな最後であっては、いけない。
ブランを突き動かすのは、ただそれだけのこと。
鷹のような鋭い瞳に優しさをのせたブランがランディを追う。
根拠などない。でも、多分。今、ランディの力になれるのは、レザンしかいないだろう。
ブランは、レザンの背中を充分に見送った後。
去り際に、感慨深げな顔をしつつ、アジトになっていた建物を眺める。
「しかし、それにして凄いな。初っ端から飛ばして来る。町の大事件を解決するとは―――― これはもう課題の一個目、クリアだね。差し詰め、噂話の題名は、『Chanter』の三騎士って所だろうか……? 本当に有望な青年だ、今後の活躍を大いに期待するよ。ランディ・マタン」
誰にも聞こえない小さな声で漏らしたブランの独白は。
町中から何処までも続く青空へ飛んで行った。
*
「ランディ。此処にいたのか、探したぞ」
「レザンさん…………何故、此処へ?」
レザンがランディを見つけた場所は、昨日、ランディがデカレと話をしたベンチ。
現実に押し潰され、打ちひしがれていたランディは、ベンチに浅く座り、手を組んで額をくっつけて俯いていた。そんなランディを見つけたレザンは、ランディの正面に立つと、話し掛ける。声と、足音、そして自分を覆う陰に気付いたランディが顔を上げると、目の前には、いつもと変わらないレザンがいた。
レザンにランディは、弱々しく笑い掛ける。
茶色の優しそうな瞳は、光がなく、死んでいた。
「なんだ? 家主が、聞きの分けない放蕩居候を探すのは、当然のことだろう」
「―― ええ。今回のことは、本当に頭が上がりません。あれだけ忠告して頂いたのに」
「だろう?」
ほんのりと、血の臭いを放つ外套をぐっと握り締め、ランディは、首を横に振ると、そのまままた、俯いた。レザンは、そのランディの様子を見て少し顔を顰める。
だが何も言わず、無言でランディの隣に背凭れいっぱいまで深々と座った。
暫く、風の小さな音だけが聞こえるだけの沈黙が続く。
「ランディ」
「レザンさん」
唐突に互いに名前を呼び合う、ランディとレザン。
「すみません、お先にどうぞ」
「いや、君から話しなさい」
「いえ。大した話では、ないのでお先に」
「そう言われても私とて重要な話ではないのだが」
「…………」
「……面倒臭いからと私が喋るまで黙るのは、やめなさい」
「では、レザンさんが、話し終わるまでずっと、だまってますね」
と改めてランディは、宣言し、黙る。共に譲り合い、話の進む気配がない。
「なら、私もだまる。どうせ、店も休みにするんだ。その上、やることも全て、ブランたちに任せて来た。たまには、こうやって何もしない時間が、あっても罰は、あたらん」
「むむむ……」
ランディは、手持無沙汰になったので前髪を弄りながら気まずい時間をどう過ごすか、考え始める。ランディだって今日、やるべきことは、もうない。
「……俺は、どうすれば良かったのでしょうか? 何をすれば、誰も傷つかないし、いなくなることもなかったのでしょうか?」
ランディは、髪から手を離し、弄るのをやめると、自分の手を見つめた。爪先は、血で赤黒くなり、手も土やら埃で汚れている。
「その誰もが幸せになる結果は、少なくとも出せなかった筈だ。君も分かっているだろうが今回は、この町にとっては、最少限の被害で収まった。君に盗賊団へ同情させるほどのことがあったのだろう。だがな……言葉は、悪いかもしれないが君は多くを望みすぎなのだ。彼らの命の責任は、彼らのモノ。責任を背負う必要はない」
レザンは、いつも正しい。そしていつもランディの肩の力を抜こうと、気をまわしてくれる。
だが。毎度、毎度、その気遣いを無碍にする自分をランディは、情けなく思う。
それでも口から言葉が自然に出て来てしまうのだ。
「俺は……だけどと言いたいんです。だけど、何かこれまで生きて来た中でやっていれば、この結果にならなかった筈だと。後悔ばかりしてもダメなのは……分かってます。でも……あんまりにも悔し過ぎて―― 悔し過ぎてどうしようもない。その悔しさを責任と言うのならば、俺は、その悔しさと生きていたいんです」
「随分と難儀な人間だな。ランディ、お前は優し過ぎる。そして人の痛みに敏感なのだ。しかし、その優しさや敏感さは甘さであり、油断でもある。今のままでは、必ず足元を掬われるぞ? 私はそれが心配で仕方がない」