第捌章 第四幕 22P
結果の改変だ。誰もがするも手に入らない。こんな筈では、なかった。何も起きなければ、良かったのに。誰か、こうなる前に助けてと叫びたかったのは。
そう、誰よりも一番、救いを求めていたのは、他ならぬ、ランディであった。
「確かに、そうだね。俺も認めるべきだろう。そう、この最善で最低な結果を齎したのは、他でもない……俺自身。当事者が逃げてどうするのかって話だよね。結局、俺自身もある程度、この結果に満足は、しているんだ、心の中では。目標は、達成出来たと。なのに、勝手に傷ついて一人で誰にも分からないと殻に閉じ籠って同情を煽ってるいるのは、可笑しい。恥ずかしい話だよね……」
「違う! あたしの言いたいことは、そんなんじゃない――――」
「ごめん。今日は、疲れた。もう一人にして……誰とも話なんてしたくない。これ以上、他の人に情けない姿を見せたくないんだ。皆の気持ちを害したくない。明日になったら俺は、また元に戻ってるから――――それまで時間が欲しい」
力を込めつつもやっくりと、フルールの手を振り解いたランディは、町民の包囲網から逃げ出そうとする。俯き、肩を力なく落とし、ふらふらと歩き出すランディの腕を掴み、フルールが口を開く。
「…………だから言ったのに! 貴方は、何も背負わなくて良いって! あたし、こうなることは、気づいてた! ランディが傷つくこと。本当ならこんなこと、絶対やって欲しくなかった……そんなボロボロのランディなんて見たくなかった! でも貴方は、勝手に突っ走って勝手に話を終わらせた。そんなのってないでしょ!」
フルールの顔には、怒りがあった。強気な目に怒りの炎を乗せている。
「―― 誰かがやらないといけないことだった。これ以上は、言わなくても君なら分かるだろ」
「でもそれが、ランディだって決まってた訳じゃない!」
「少なくとも被害を最小限に抑えられたと言う点においては、俺しかいないと自負している。しかも事態は、急を要していたんだ。全ては、必然だよ」
「そんなこと、言う権利。貴方にない! なら、皆に心配を掛けさせないで! もっと、この町を守ったヒーローになって恰好良くあり続けてよ! 貴方には、その義務があるわ!」
「義務って……フルール。君は、良いよね……こっちは、聞きたくもない話を聞かされて……重たい物を背負わされて……頭をからっぽにして浮かれるなんて出来る訳がないじゃないか!」
「何も言わない癖に! そんなに隠さず、言えば良いじゃないの! あたしは、ルーから全部、聞いたよ。だから今度は、貴方から直接、聞きたい。そしたら……あたしもその悲しい気持ちを……半分、貰えるから。重たい物も一緒に背負うの。隣にいてあげるから。少なくとも貴方とは、そう言う関係であると、あたしは、思ってる……姉弟、家族のようなもので他人事ではないからよ」
後ろから強くランディを抱き締めるフルール。背中、腕、腹に柔らかい感触がある。強くつかんだら壊れてしまいそうなのに、力強かった。その力が何処から沸いているのか、ランディには、分からない。多分、これが優しさと言う力なのかもしれない。
「それは、俺が欲しい物じゃない…………」
「いいえ! 今の貴方に必要なことは、他人に分け与えることよ。貴方が笑えなきゃ皆が本当の意味で笑えない。罪も罰も皆で背負うべきなの。もっと人の温かさに触れて。今の貴方は、心も体も冷え切ってるわ!」
情緒不安定だった双子でさえもまわりの異変に気づき、顔を上げてランディを不安そうに見上げる。町民たちも息をのんで二人を見守っていた。
「皆が、笑う為に俺は、また何かをしなきゃいけないのかな? 俺は、既に義務を果たした筈だけれども―― ねえ、ルー。君も言ったじゃないか。この戦いこそが義務だと。それを俺は、忠実に全うしたんだけれど、まだ俺は、何か求められないといけないのかな? フルールに俺の話をした意図は、分からないし、聞きたくない。けど、君なら……今の君なら尤もな答えがある筈だよね? 俺とフルール、どっちが正しいかな?」
不意に、ランディがキッとルーを睨み付けた。拗れている現状の発端は、そもそもランディのことをフルールに話したルーだ。巻き込まれるのは、当然のこと。そしてルーの言えることも当然ながら一つしかない。何故ならランディが傷つき、もうボロボロ。その傷ついた心に追い打ちをかけるべきでないと、分かっているからだ。
「全面的に君が正しい……確かに君は、責任を果たしている。だからフルールの言うことは、ただの自己満足―― でしかない。だって、ランディの心は、意志はランディのもの。他人がとやかく言えることではない。放っておいて欲しいと、君が願うなら少なくとも、その意志が尊重されるべきだと、思う。ここまでお節介になるなら僕は、フルールに離すべきでなかった。それは、謝罪しよう。本当にゴメンよ、ランディ。だからゆっくり、休んでくれ」
ルーは、顔を伏せながらランディに言った。澄んだ青色の目に哀愁を漂わせながら。
ルーは、もう何も言う資格がないと考えていたのだ。
「ありがとう、君なら分かってくれると、思った」
望んだ答えを聞くことが、出来てランディは、穏やかに笑った。しかし、その穏やかな笑みは誰がどう見ても歪んだ皮肉に満ちていた。
「ルー……あんた、本当に最低よ。昔から何にも変わんない。言葉だけが前に出過ぎて気持ちが、ない。頭でっかちで斜めに構えてばっかり。傍観者の言葉に意味は、ないわ。ずっと、言葉遊びでもしてなさい!」
フルールは、ランディとルーの間に割って入り、絶対に認めないと言う姿勢を崩さない。
「だって僕は、もうランディを傷つけたくないんだ。僕は、人の傷口を進んで触りに行くことなんて出来ない。僕だってされたいとは、思わないからね。人にされたくないことは、しない。当然だよね? だから何時か、時間が解決してくれればと、願うことしかやれることは、ない」
白熱する口論。他の者が入る余地のない中でブランが口を開いた。
「フルール君、もうやめなさい。もう、この話は終わりにしよう……そんな結果に焦る必要は、ないんだ。ランディに少し時間をあげたらどうだい?」
「ブランさん! 貴方までそんなことを言うんですか? ランディを放っておいたら確実に良くないことが起きます。貴方は、責任をとれるんですか!」
「責任もなにも、今のランディに余裕がないからだよ。フルール君、僕もランディの様子が可笑しいことは、好い加減、気付いた。だけれども今は、ランディ自身がその可笑しさに触れないでと、言っているんだ。僕たちには、何もすべきことはない」
ブランは、首を横に振る。誰にでも自分自身で解決すべき問題は、あるのだ。それを他人がとやかく言っても仕方がない。そして、大概、自分自身で乗り越えるべき問題は、解決に時間が掛かる。逆に直ぐ、解決出来るものならば、葛藤など、不必要だ。
「ブランさんもすみません。俺が不甲斐ないばかりに……序でと、言っては、おこがましいのですが事後処理をお願いしても?」