第捌章 第四幕 21P
そして外套から手を出すと手持無沙汰に前髪を弄り始めた。まるで針の莚だ。居心地が悪い。
「ランディ、何か言うことは?」
「御免なさい。心配をお掛けしました……」
「ほんとだよ、とっても心配した。とっとと終わらせて帰って来るかと思えば……こっちのことも考えてよ。君は、一人じゃないんだ」
「君が、居なくなる分には問題ない―― ただ。……責任があることは、忘れるな」
「はい、二人のおっしゃる通り……」
しゅんとしてしおらしくなるランディ。
ランディの様子に馬鹿らしくなった二人は、もう怒るのを早々にきりあげた。
「その顔を見る限りは……僕が言うことは何もない。よく帰って来てくれたってだけかな?」
「うん、ただいま」
青い瞳に優しさを乗せて柔らかい声色でルーは、言った。ランディが、その声を聞き、心底、
安心し、ほっと胸を撫で下ろす。
「俺から言うことは、何もなし。二人さえ戻れば、君なんてどうでも良いからね」
「確かに」
ちょっと気を揉んでノアがランディの外套を眺めながら軽口を叩くも碌な反応が返って来ず、ボサボサな髪の下で大きく眉を潜めた。どうしたものかと、ランディの顔をじっと見ても弱々しい微笑みしかない。
「ん? なんだ、噛み付いてこないのか」
「ええ」
「…………何があったかは、知らないし、聞かない。ただ、胸を張れ……どんなことがあろうと君は、やり遂げたんだ」
ノアは、がシがシと髪を掻き乱し、柄にない励ましをランディにやった。不思議そうな顔でノアの顔を覗き、ランディの言ったことは。
「ノアさん……頭に怪我してません? いきなり、殊勝なことを言って……俺の方が心配です。一度、病院で診て貰った方が……」
「煩い、黙れ」
ピシャリと言い返し、心配して損したと、肩の力を抜いたノア。
そこに居るのは、『Chanter』の町民。ランディ・マタン。
ぼーっとしたどこにでも居るただの青年だ。
「そう言えば、言い忘れたけど。外は、もっと大変だよ?」
「もう、ほぼ町民全体が集まっている。しかも皆、町にある装備を片手にね。怖いぞー。痛い沈黙で此処からでもビリビリ。殺気立って宥めるのに時間が掛かりそうだ」
やれやれと二人は、揃って肩を竦める。今のランディにだって外の惨状は、目に浮かぶ。
寧ろ、突撃して来ないのが、可笑しい話である。
何故、来ないのかと言えば、まだランディたちがいることを知っているからだろう。
ランディは、外套の下で憤る双子の頭を撫でながら思案顔で解決策を探すも。
「あああ! 名もなき盗賊団に告ぐ―― 我々は、諸君らのアジトを完全に包囲した! 大人しく人質の子供二人と三人の若者を解放しなさい……」
唐突に何やら口上が聞こえはじめ、一斉に吹き出す三人。言い訳と、説明は、外で考えるしかなさそうだ。ゆっくりしている場合ではないと、外に出る準備を開始する。
「―――― 彼らは、どんな具合ですか?」
何か忘れてやいないかと、部屋を見渡してランディは、床に寝そべる五人の盗賊を思い出してノアに問うた。まだ、戦の後の処理は、残っている。色々と、確認事項がある。
「彼らは、もう心配する必要がない―― 劣勢に気付いていち早く……元々、先は長くなかったんだ。覚悟の上だろう」
ノアは、コップで何かを飲むジェスチャーでランディに説明した。
「そうですか……」と、ランディは、無表情で言うだけ。
何も聞くことなく死体から目を背け、埃臭い部屋から出るために出入り口に向かった。しかし、ランディの背中は、悲しそうだった。
その背中に続いてノアとルーも出口に向かう。古臭い音を立てて扉を開けると、待っていたのは、朝日だった。目に染みる光に照らされ、外に出ると、本当に各々、くたびれた格好ながらに思い思いの武器や道具を手に男女関係なく、町民たちがアジトを囲んでいた。
よく見れば、レザンやブラン、オウルなど、見知った顔が一番前に。フルールもレザンの背後に半分、隠れながらフライパンを持っていた。あまりの光景に驚き、仰け反る三人。それは、町民側も同じだった。覚悟も決めて臨戦体制で向かったのに出て来たのは、ランディとノア、ルーの三人だ。町民からしてみれば、拍子抜けである。
沈黙が、この場を満たす。場の空気に流されかけたランディは、いやいや、それは駄目だろうと前に出た所、ノアに肩を叩かれて止められた。そのまま後ろに押されてまるで交代するかのようにノアが、代わりに前へ出る。
「どうしたんだい? 皆、集まって。今日も良い天気だねー。洗濯物が良く乾きそうだ。ああ、わざわざ、皆さん、集まってるけど、もう盗賊団は、いないよ。とっとと片付けちゃったから。最後の双子も助けたし、めでたし、めでたし。なあ、ランディ?」
「……本当なのかい? ランディ」
ふらふらと、前へ出たブランは、珍しく余裕のない焦りを見せた。よく見れば、この三日で頬が少しこけている。心労は、相当なものだったのだろう。ブランの様子に戸惑うランディ。
「えっ? えぇ、まあ……」
皆が注視する中でランディがブランの前まで行く。これが今日の作戦、最後の務め。
ゆっくりと、外套の前を開けた。
「最後の人質、確かに……二人共。ほら……」
やんわりと、双子を引っぺがし、ブランの前へ立たせるランディ。目を開けた双子は、目の前の父親に無言で抱き着く。そして、大きな声で又もや、泣き出し始めた。
「ルージュもベールも……本当に無事で良かった。よく頑張ったね―― 二人共。もう絶対に離すもんか。家に帰ってあったかいスープでも飲もう。そして今日は、もう寝るんだ。明日からまた、元気に遊ぼう……」
独り言のように呟くブラン。屈んで双子の髪に顔を埋めて二人の体温を確かめる。ずっと心配だったのだろう。その光景を目の当たりにしたランディは、頬を緩ませながら町の人間に被害が出ず解決出来て良かったと心底、思った。
「ノア君、ルー君、ありがとう。そして。ランディ、ありがとう。本当にありがとう……ありがとう」
ブランは、ランディたちへ鼻声交じりで同じ言葉をずっと言い続けた。
「どってことないですよ、当然のことをしたまでです」
「右に同じく……」
ノアとルーは、さらりとお礼を聞き流すのだが。
「いえ、俺は何も……」
ランディは、一歩後ずさり、無表情になり、首を横に振って否定する。
心からの否定だった。此処で自分のしたことを認めてしまえば、自分が壊れてしまうからだ。
「ただ、道を付けただけだけです。二人をはじめ、人質の方々が一番、頑張ったんですよ。決して諦めることなく、待っていてくれた。その勇気に比べれば、俺のやったことなんて……無に等しい」
「それでも君は、やってくれた。救ってくれた、私の娘たちを。町の人間を」
「いいえ、違うんですよ」
「何が違うんだい?」
皆から顔を背けて頑ななランディの様相に段々と、顔を上げたブランをはじめとして町の者全員が違和感を覚える。ルーや、ノアも顔を顰めて事態の推移を見守っていた。
「やめて下さい! 違うんですよ! 自分は、僕は……俺は……何もしていない! それどころか、酷いことを……取り返しのつかないことをしてしまった」
「ランディ、落ち着いて! 終わったんでしょ? なら、何も考えなくて良いの……貴方は、何も悪くない! 正しかったの……少なくとも私は、そう思ってる。仕方がなかったのよ」
フルールがランディに駆け寄って言った。外套を掴んで真正面を向かせて。そんな心からの慰めの言葉でさえ、今のランディには、グサリと突き刺さる。考えていた通りだ。デカレの言う通りだ。皆が己を肯定してくれる。だが、ランディが欲しているのは、肯定ではない。