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Locus Episode2 Ⅰ〜Ⅷ  作者: K-9b
Ⅰ巻 第捌章 第四幕
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第捌章 第四幕 20P

ランディが、顔に付いた血を拭いながらデカレを見据える。


感情の籠っていない真っ黒な瞳で。先ほどまであった翠色は、もうない。


「―――― これで終わりです」


「ごほっ、ごほっ、ごほっ…………見事」


デカレの胸元に剣先を突き付け、ランディは戦闘の終了を宣言。


デカレは、力なく項垂れる。戦闘は、終わった。


しかし、物語の幕引きはまだ。


「前回の……君とHがっ……闘った時と……同じっ……構図だな」


憔悴しきった声でデカレが、話を始める。


ランディは、相槌を打ちながら聞き役にまわるだけ。


同時に、ポタポタと、水滴の落ちる小さな音が少し聞こえる。


「はい」


「今ならあいつの気持ちが……分からないでもない」


「はい」


「ただ、少し違うのは……何故か温かい雨が降ってっ……来ることかな?」


「……はいっ!」


真っ黒な瞳から涙が、止まらなかった。


ランディは、自身の無力さをつくづく呪う。


どうしてこのようになってしまったのだろうか。


何処で道を間違えたのか。


どうすれば、この結末を避けられたか。


終わりのない、答えのない、思考だけが、ランディの頭を埋め尽くす。


「泣くな……。君は、全てを終わらせたのだ。……胸を……張りなさい」


「―――― 無理でず! 出来まぜん!」


涙と鼻水でぐしょぐしょになった顔が、姿を現した。


そんなランディに、斬られた幹部を押さえながら目を瞑ったデカレは、息を漏らして笑う。


「でも……どうしてっ! どうして俺を憎まないんですかっ! 仲間を殺し、貴方自身も殺そうとするこの俺を!」


「もう長々と話す力もないのだが……強いて言うなれば、我儘にわざわざ付き合ってくれた若者をどうして憎む必要がある? と言う話だろうな。何よりも今、泣いている君に対してどうして怒りを覚えろと?」


「そんなことっ――――」


首を横に大きく振って否定するランディ。


もう、真っ黒な瞳はない。


声を漏らしそうになるのを堪えてランディは、大粒の涙を流した。


「そうだ……今は、それで良い。くっ……やはり、君には……優しさの方が……似合っている。……でもこれだけは……っつ! 約束してくれ。もし、今回のように、守るべきものへ、危機が迫った時は……何を犠牲にしてでも守ると」


「っあい……。分かりました」


ランディは、何度も何度も首を縦に振った。涙が辺りに散らばる。


「デカレさん、やっぱり俺は、間違えていました―― 結果が必ずしも付いて来る訳でもなく、理屈を優先して大きなことばかり言って……」


「いや、君だけではない。私も間違えて……いたのだ。猪突猛進に力で世界を無理やり変えることなど……二人共、愚かで……等しく間違っていた。―――― だから君は、これから私が間違えた分も合わせて正しさを探しなさい。そうすれば、もっとこんな寂しい出来事は、減る」


デカレは、ランディの服の裾へ残った手を押し当てた。


ランディが、その腕を力強く握る。


去る者が、残る者へ託した最後の希望。


希望は、デカレからランディへしっかりと、受け継がれた。


「死ぬ前に聞きたいのだが……私が拳銃を撃った時に光ったあれは……」


「はい、そうです」


悲しそうな顔を浮かべてランディが、肯定する。


「なるほど、道理で……我々が敵わない訳だ」


「……」


デカレは、漸く、ランディの時々、見せる寂しそうな顔の意味を少しだけ理解し、仮面をかぶることも致し方のないことだと思った。ランディにかける言葉は見つからないが、それでも聞かない訳には行かなかった。


「―― 君は、軍にいたのだろう?」


「―――― はい」


ランディは、重い口を開き、一言。何でも察せられしまうのか。


この人には、敵わないと。やはり、なくしてしまうには、あまりにも惜しい人だと思った。


「そしてその力が、災いして幸か不幸か、この町へ来た理由になったと」


「はい」


「悪いことは出来ないなあ」


「……」


大きく息を吐いたデカレは、脱力し、決意する。寒気で体も震え、力は残り少ない。血が足りくて思考もぼんやりとし始めていた。もう旅立ちの時だ。


「さてと……そろそろ、私も辛くなって来た。……神の代行者として最後の引導を渡してくれ」


「―― はいっ」


デカレは、真っ青な顔を上げて晴れやかに笑った。


この時だけは、ランディもぎこちない微笑みを浮かべる。


悲しい顔で送り出すと、思いを残してしまうからだ。


「……大人の我儘に付きあわせて本当に済まない。そして――――」


一瞬の空白の後。




「ありがとう」


その言葉を聞いた後、ランディは、デカレの胸へ剣を深々と突き刺した。


こうして三日間の騒動は、終わり。


「あああああああああっ!」


剣を胸に受け、倒れるデカレを見たランディがしたことは、声をあげて泣くことだった。


泣き声は、まるで狼の遠吠えのごとく、部屋に大きく轟いた。


逝った者への追悼の叫び。


いや、遠くへ離れた仲間に自分は、此処に居るぞと、まだ立っていると叫ぶための意味だ。


決して悲しみに屈した訳ではない。


ひとしきり、泣いた後。ランディは、グシグシと自分の顔を拭った後、デカレの顔を見た。丁度、窓から差す光に照らされたデカレの顔には、浅黒く、幾多の苦労を重ねた小さな傷が見える。そして力の抜けた無色透明の表情。何も残っていない。


少なくとも、思いを残して行くことは、なかったとランディは、安心した。そんなデカレの横に紙切れが落ちているの見つけた。先の家族の絵とは、別の紙だ。


ランディは、その紙だけを拾った。


デカレの血を少し吸った紙をしげしげと眺め、タオルに包んでそっと懐に仕舞う。


「…………」


デカレから剣を抜き、血を払い、ナイフを拾うと、ランディは、デカレの仮面を部屋から見つけ出し、付けてやると双子の元へ向かった。ランディが、双子の二、三歩手前で立ち止まると、右手で左から右へ空を横に薙いだ。


その途端、翠の幕が現れてまた、消える。


「終わったよ、二人とも。帰ろうか」


ランディの一声に双子は、びくっと動きちょっとずつ、外套の中から姿を現した。ランディは、後ろの惨状が見えないように上手く立ち、二人の前で満面の笑みを浮かべる。その笑みを見た瞬間、涙と鼻水でベタベタなままで双子は、ランディの腹に無言でぶつかって来た。


「これが生きているってことか……」


腹の嬉しい痛みに少し、優しそうな顔をしかめながら幸せを噛み締める。


背中を叩き、宥めすかし、落ち着かせた後。


ランディは、外套を拾い、肩から羽織り、双子ごと包み込む。


終えて帰るまでが、戦闘だ。


「二人共。また、少しの間だけ、目だけを瞑っててくれないか? 俺にしがみついていれば、ちゃんと歩けるだろう?」


外套の中のの二人に声を掛けると、もぞもぞと二人分の反応が返って来た。


ゆっくりと、二人に気をつかいながらランディは、廊下に出る。


余計なものを見せないように。


未熟で罪のない二人に、中途半端な情報を与えないように。


細心の注意を払いながらランディは、死体を置いて階段を降りて一階に向かった。


一階に降りると、粗方片付き、外套を掛けられた幾つかの人型と迎えがいた。ノアとルーの二人だ。これまでの三日間の中で一番の苛立った表情を見せる二人。窓から入る光に照らされ、細かな埃に包まれながらノアは、靴音をカツカツと鳴らし、ルーも腕を組んで指で腕を忙しなく叩いている。頭を掻き、あははっと笑いながらノアとルーの前に立つランディ。かなり時間が掛かってしまったのだから無駄に心配をさせてしまったことだろう。


「それで?」


「ああ、はい。無事、終わりました」


ノアの鋭い問いがいきなり飛んで来た。


外套の膨らみに目線をやり、ランディがきちんとやり遂げたことを宣言する。

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