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Locus Episode2 Ⅰ〜Ⅷ  作者: K-9b
Ⅰ巻 第捌章 第四幕
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第捌章 第四幕 17P

「随分とやりますね……」


勢いを殺し切れず、すれ違いざま険しい表情のランディは苦言を漏らす。


「私もこれくらいの芸当は出来る。出来なければ、今頃、死んでいるからな」


デカレはニヤリと笑った。


立場が入れ替わり、扉側になったデカレは、ナイフを半身になり片手で構える。


右足を前に出し、姿勢を前屈みにして小さくなった。ランディは余裕を持って左足を一歩だけ前に出し、八相に近い構えを取り、デカレを睨み付ける。


「ならば、私の話でもしようか……唐突に自分の内面の話をされても確かに気分の良いものではないからな」


「だからっ! 俺には貴方の後ろに何も見ていないと言っているでしょう!」


激昂したランディは、デカレに噛み付く。これまでの大人しかったランディにはらしくない振る舞い。その振る舞いにデカレは、確信を得た。


「私の人生は儚くともとても幸せだったのだ……私は小さな村の貧しい農家の長男として生まれたのだ……学校がなく勉学はからっきしだが、親友と呼べる友も何人かいて親の仕事を手伝い、貧しいながらも家族と楽しく暮らしていた――――」


ランディの言葉を無視してデカレは話を始める。穏やかな顔に哀愁を漂わせるデカレにランディは、戸惑い動けなくなった。しかし、剣だけは構えている。


剣を下すことだけは、何故か許せなかったのだ。


「少し鬱屈した毎日だったけれども不満はなかった。それは誰しも英雄譚に憧れることがあるだろう? 私も青年の時には、武勲を立てた将校の話や夢物語のような騎士の活躍に心をときめかせたが、畑仕事だけが唯一の取り柄だった私には、流石に一歩が踏み出せなかったよ」


「分かります、その気持ちは……」


デカレは、頬を撫でながら恥ずかしそうに笑う。


「そんな私も十八になり、ちょっとした転換期があった。結婚をしたのだ。相手は幼少期からの幼馴染。何から何まで知り尽くした相手だ。とても良い妻であり続けてくれたよ。また、その頃には弟や妹は、町や都会に出て行った。少しだけ勉強をさせてやれたから背中を押すことは出来た。今は疎遠になってしまって分からないがな。まあ、私だけが故郷に残り、本格的に両親の後を継いだ訳だ」


「…………」


どうにも掛ける言葉が見つからず、ランディは黙っている。ランディは、デカレの手を伸ばしても届かない過去に手を伸ばすさまを見ていられなかった。


でも目を離すことが出来ない。


「最初はたどたどしく、危ないことが何度もあった。天候やら私自身が至らぬ所があって不作になったり、代金の不払い、散々な目にあうこともしばしば。色々な失敗があって二、三年経った頃、相変わらず貧しい生活ではあったものの生活の基盤はきちんと作ることが出来たし、何よりも喜ばしいことがあったのだ。何があったかと言うと、妻との間に娘が出来たのだよ……あの時は、柄にもなく涙を流したことを今でも覚えている。腕の中で確かに感じる体温で重い責任を痛感したよ…………歳はもしかすると君と同い年かもしれんな」


「まだ、俺には分からないことです……」


「君にはまだ早かったかもしれん。それでも追々、分かることだ。多分、直ぐにな」


ランディは内心、当分先の話になるだろうと話半分に返事を返した。


「それからもう二人、生まれて両親と七人。仕事に埋没する毎日。金の工面で妻と対立することがあったりもした。でもやっと両親のようにいっぱしの大人になれたと私自身、自負していたものだ」


話を聞く限りでは、デカレはランディにって自分以上に凄い人間であり、とても遠い存在に感じた。何よりも話しているデカレに対して憧れのようなものをランディは持っていたのだ。


「此処まで来れば、分かるように本来なら私は、このような場所には居なかった。全てが上手く行けば……今でもそう思う。しかし現実は非情と言うか、君も言ったように何故、私や私の周りばかりがなどと寝言を言う気は毛頭ないもちょっとずつ歯車が噛み合わなくなっていった―――― 悔しいことにな。私は無力だったことに後悔し続けている。もう呪いみたいな物だ」


話の終盤になり、大きく顔に影を落としたデカレ。


分かっていたことだが、この絵に描いたような詰まらない幸せな話には終わりがあるのだ。


「何があったんですか?」


「終わりの始まりは、大戦だったよ。初期の頃は特に問題もなく、寧ろ特需で懐は温かくなり、不自由は感じなかった。でも戦争の影響は確実に出ていたのだ。生憎、私の住む村は、内陸部だったから戦火に焼かれることはなかったけれども泥沼化するにつれて先ずは、作物が安く買い叩かれるようになり、時には軍備の徴収としてタダ同然で持って行かれることも……それでも貯蓄はあったし、家族に少し苦労を強いることがあったなあ。そして致命傷になったのが、終戦間近の徴兵令だ。これだけは、何とも――――」


「やはり、大戦ですか……」


「ああ、あの下らない戦だった。私の配属先は、幸運にも後方の補給路。時々、物資の搬入で行く戦場は阿鼻叫喚、血と硝煙の臭いに満ちていて満身創痍だった」


デカレは、首を横に振った。


大戦に参加した経験がないランディにもデカレの言わんとすることが分かる。


大なり、小なり、戦は人に影響を与えるもの。それはランディとて同じではある。


「戦争が終わってなけなしの給金を握りしめて何人かの仲間と帰ると荒廃した故郷が待っていた。畑は雑草が生えボロボロ、何よりも活気がない。もしかすると、家族に何人か死人が出ているかもしれないと嫌でも変な想像が頭に浮かんで戦々恐々とした……けれども家に着いた途端、その不安は杞憂に終わった。少し痩せてはいたものの、家族全員が無病息災で迎えてくれた。子供たちの笑顔と泣き顔の混ざった顔。妻が余計なことは何も言わず、ただ温かな声でお帰りなさいと言ってくれたこと。年老いた父も母も喜んで抱きしめてくれたこと。……家族のお陰で例え、どれだけ苦労したとしても必ず、もう一度やり直して見せると心に決めた―――― でも駄目だった。どれだけ頑張ってもなあ」


「それでも貴方は、五体満足で生還出来たのでしょう? なら再出発も出来た筈です……なのに駄目だったのですか?」


野暮な質問だと分かりつつもランディの口から突いて出て来た。


こんなに情けない質問をする自分を恥じるランディは少しだけ下を向く。


「私も何とかしたかったのだがなー。配給や貯蓄、終戦後に少しだけ貰った国からの給金で当面の生活はぎりぎり出来たが、それも五年、六年持つかどうか。ならば、何かせねばなるまいと、先ずは自分の得意分野で手を尽くした。畑と家だけは、どうにか手放さずに済んだことからな。家と畑を担保に借金をして畑を整備し直し、その他にも販売ルートの探索などを手始めにやった」


「なるほど……」


「しかしな。どうにも畑と言う物はきちんと時間を掛けて直さねばならぬもので私自身も理解していたつもりだったのだが、焦っていたことが災いして二、三年は不作が続いた。その上、やっと四年目に商品として出せるようになった作物も満足に出荷が出来ず、自転車操業。いや少しずつ嵩む借金に私と妻は頭を悩ませるばかりでいよいよ窮地に陥ったのだよ。勿論、子供たちには、出来るだけ悟られぬようにはしていたが。しかし、このままやっていても駄目だと五年目に私は、家族を故郷に置いて出稼ぎへ行くことにした」


デカレは、悲しそうな笑顔を浮かべる。やっと一人の男の物語が終わるのかと、ランディは、自分でも気付かないうちに身構えていた。

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