第捌章 第四幕 15P
生産性のない話にランディは暫し、身を委ねることにした。どうにも動かない彼らにちょっとだけ付き合おうと決めたから。それだけは、自分に許したのだ。
「そう言えば、この作戦は何人でやってるんだ? 少なくとも仲間は十人はいるだろ」
「…………いえ、三人です」
ランディは包み隠さずに答え、四人は驚きの声を上げた。絶望は、戦う意思をなくすからだ。流石に予想外だっただろう。たかが三人に二十人以上の集団が崩されたのだ。
「驚くしかないですね。その手腕、私たちにも欲しかった」
「信じられるんですか? 証拠も何もないのに」
「信じるしかねーだろ、やらかした本人が言ってんだぞ? それにもう、瓦解した俺たちに隠し事なんざ、無用だ。馬鹿か、お前は」
「確かに……」
あまりの淡白な反応にランディは一瞬困惑の表情を浮かべるも戸惑うも相手に悟られまいと居住まいを正す。あくまでも此方側が主導権を握っていることが正しいのだ。
「やっと、人らしい顔を見せたな。糞がキ、今の顔はお前にぜってー似合わねーよ」
「珍しいことですが、今のHの意見には全面的に同意です。貴方はこの町で穏やか生きていた方が良いかと。硝煙と血、戦場の臭いは似合わない。まあ、これは年上のアドバイスとして頭の隅にでも置いてくれれば、私は嬉しいですね」
「善処しましょう…………そして俺も一つ、聞きたいことがあるのですけれども良いですか?」
こんな話をしに来たのではないので早めに話を切り上げたいランディは別の話題を振る。
「この際だ、特別に何でも答えるよ」と言い、陽気そうな男が胸を張った。
「ではお言葉に甘えて。貴方たちはこれから何をするつもりですか? ただ、世間話で俺を足止めする為でもないでしょ。それに逃げ出すだけでもない。真意を知りたいのです」
「真意か―― 今の僕たちの行動は理にかなってないだから。どうにも先を見据えたことはしてないし、する気もないんだから」
「もう、我々は諦めているのですよ。だからこそ、こんな無駄も出来るのです。でもね…………そんな我々にも最後にやることくらいは残っているんです」
代わる代わる、自らの意志をちょっとずつ語り始める四人。
一先ず、ランディは黙って最後まで聞いてみることにした。
「私たちのやるべきことは一つ。Dが逃げ切れる道をつけることです。その為には、外の外野を引き付けねば、なりません。だからこそ、私たちは逃げるだけの囮になるんですよ」
逃げるだけの囮など、捕まって殺されるか、憲兵や軍に捕まった後、法廷へ駆り出されて処刑になるだけ。半端な覚悟でやれることではない。
「俺があの人を取り逃がすとでも?」
「忘れるなよ? まだ、こっちにはガキの人質が二人いるんだぞ。お前はただ、人質の解放を条件にDを説得して逃げるように仕向けるんだ。要は簡単な取引ってことだ」
「…………」
ランディは顎に手を添えて暫く、考えるような仕草をした。その提案は受け入れやすいのだがもし、逃がしたことで何か不都合が出るならば、早めにその芽を摘み取っておきたい。
「貴方たちは、それで良いのですか? そんな貧乏くじを引くような役名をかって出るのは」
「既に、Dには散々、貧乏くじを引かせてしまったから。この盗賊団が瓦解した今、もう解放してあげるべきかなと思ってね」
笑みを浮かべた陽気そうな男がそう言った。四人の顔は皆、同じ。どうやら決意は固いらしい。
「交渉は成立で―― 良いですか? それと、前に貴方は言いましたね。Dに貴方の声は届きませんかと……あの言葉は届いています。だからこそ、あの人を助けて下さい。お願いします。私たちは足枷でしかなかった」
「俺にはその役名を全う出来る自信はありません」
「出来るか、出来ないかじゃなくてやってくれって話なんだ」
必死な顔でランディへ頼み込む四人の盗賊たち。特に厳つい顔の男は、頭を大きく下げた。
それでもランディが首を縦に振ることはなかった。やれやれと、苦笑いをする四人は答えをせまることはなかった。ランディの立場も分かっているからだ。
「まあ、無理にとは言いませんが、出来ればお願いします……さてと、そろそろ話は切り上げましょうか。時間です」
「うん」
「おう」
「はい」
頭巾を被り始めて茶番は終わりだと、四人は支度を始めた。これからの旅は、行ったきり、帰って来れない永遠の旅路だ。
歩いて此方へ向かって来る四人にランディは俯くだけ。掛ける言葉が全く、見つからないのだ。
それでも様々な思いに苛まれたランディは、譲れないものがあった。
それは。
「すみません。やはり、俺にはその約束を請け合うことが出来ません……」
ランディが盗賊の四人とすれ違うのと同時に謝った。そしてその言葉が引き金になったかのように崩れ落ちる盗賊たち。突然の出来事であった。もう、四人が立ち上がることは永遠にない。
「……俺にはこの町の笑顔を見る権利と……守る義務があるんですよ。そしてあなた方が好き勝手をすることも許せない。もしかすると……憤怒に駆られた町の人が貴方たちを殺すことがあるかもしれません……それだけは絶対にあってはならないんですよ、絶対に。だから此処で貴方たちを止めさせて貰います」
ランディは振り返りもせず、コツコツと足音を立てて扉へ向かった。
「デカレさんは、助けなんか求めていませんよ。デカレさんが、欲しているのは多分――――」
一度、立ち止まったランディは、その先を言わず、天井を見上げる。
口をポカンと開けて顔を上げても蜘蛛の巣がはっている汚れた天井しか見えなかった。天井を見上げてもランディが見たいものが見えない。
髪の毛の陰に隠れた目は何を映しているか、誰にも分からなかった。
暫くして何かに駆り立てられ、歩みを進めて扉の前まで辿り着く。
扉の先にいる。
ただ、その事実だけがランディを突き動かしていた。
小さな音を立てて扉を開けたランディは、中へ入る。部屋の中で待っていたのは、威風堂々と立っているデカレとその隣で震える拘束された双子だけ。
朝日が入る窓と、ランプ、椅子、机くらいしかない簡素な部屋。
大きく息を吸って吐くと部屋全体を徐に眺めて状況を把握し、分からないように外套の下で剣に手を掛けた。
「遂に此処まで来たか……」
仮面を付けず、頭巾も外したデカレは無感情。黒く日に焼けた顔からは何も分からない。
「ええ、少々手間取りましたが」
いつものぼんやりとした表情もむすっともない。鋭く尖った雰囲気だけがある。
「最後の人質を返して貰いましょうか。嫌とは言わせません。無理にでも奪い取ります」
「随分、強く出たな」
「はい。これは、要求ではありません。強迫です」
一瞬で腰から剣を抜き、真っ直ぐデカレへ突き付けるランディ。歪みなく、鈍い光を宿した剣は、今のランディの様相を如実に表していた。デカレは臆することなく、ランディをじっと見つめている。この時、静かに燃えるランディへ掛ける言葉などないと、デカレは悟った。
全てを終わらせに来てくれたと分かり、デカレは内心嬉しく思い、同時に申し訳なくも思う。
「これからの戦いは、憂いなく、正々堂々とやることにしよう。最後くらいは、私も恰好を付けたい」と言うと、デカレは双子の拘束を解いて行く。
何か仕出かせば、斬るとランディは油断なく、剣を構える。
「そう言えば、私の仲間と途中で鉢合せをした筈だと思うが、あいつ等は……」
「俺が全員、手にかけました。残りは貴方だけですよ」
「そうか…………」
口元の布、目隠し、縄を解き、双子を立ち上がらせたデカレ。
その二人の背中をゆっくりと押した。
「二人共、ゆっくり此方へ歩いて来るんだ」