第捌章 第四幕 13P
一方、ランディたちはと言うと、走りながら互いに情報交換を行っていた。
「先ずは、ルーからの話を聞こう。ルーの方は成功した思って良いのかな?」
「大方、成功―― って言うところかなあ…………」
「嫌に含みのある言い方だな」
肩を並べて走りながらランディがルーに聞くと、ルーは含みのある回答をした。
ルーの答えにノアは渋い声で唸る。やはり、敵も一筋縄では行かない。何かしら裏での対応もしているからだ。
「ええ、まあ。一応、二人以外は全ての人質を解放することには成功しました。しかし、残りの二人がどうやら別の場所へ連れて行かれたみたいでして」
ルー、自分の助けられた人質の人数を明かし、これから一番の重要課題となる残りの人質の救出についてふれた。幾ら条件をきちんと整えていても一気に押し返されることが可能性としてある。やはり、成功に酔いしれる気持ちを引き締めて取り掛からねばならない。
「二人か。名前は分かるかい?」
「……ルージュとヴェールです。よりにもよってあの二人がまだ取り残されているんですよ」
胃が痛いと話だと、大きく溜息を吐くルー。
「やられたな、よりにもよってあの子たちか――――」
「うん、参ったねー。あの双子は普段でさえ散々、振り回されて手が掛かるって言うのにこんな大きな事件くらい大人しくして欲しいもんだよ」
「その苦労話は後で聞いてあげるから……まあ、さっきのお爺さんと女の子には話さなくて正解だったね。何が何でも着いて行くと言って聞かなかっただろうからね」
「うん。ああでも言わないと、ほんとに血の気が多いから」
ルーの口から日頃の苦労話を交えて文句がつい出てしまう。
風をきって町中を走る、黒い影の三人。一つが解決したと思えば、また新たな問題が増える。前途多難だ。気が重くなって仕方がない。
「まあ、一つずつ解決して行こうか……さてと、最後の一頑張りと行こう」
「勿論、腹案はあるんだろうな? ないなら今直ぐ、首を吊ってくれ」
「寧ろ、今まで俺が全ての指揮を執って来たのだから当然でしょう? 馬鹿なんですか? それともノアさんが首吊りますか?」
「やめやめ! ただでさえ、面倒臭いんだから。で、どうするんだい?」
荒れに荒れるランディ、ノアの仲裁に奔走するルー。こんなことをしている暇ではないのだが。二人に挟まれたルーが手で押しとどめなければ、胸倉を掴み合いが始まりそうになっていた。
「ごめん、ごめん。じゃあ、話そうか……作戦の内容は――――」
「勿体ぶるな。さっさと話せ」
「ああん?」
「もう嫌になったので二人共、言う方向で行きますか…………」
それぞれが本当に身勝手なことを言い、自由奔放でとても良い性格をしている。
凸凹トリオであるかもしれないが、バランスが取れていた。
斯くして喧嘩に時間を費やしながらも確実にランディ、ルー、ノアは、外套を大きくひる返しつつ、最終決戦の場へと向かうのであった。
*
「帰って来ませんか……やはり無謀でしたね」
「此方も取れる対応が限られているからな。しかし、立て籠もっていても状況は変わらなかっただろう。寧ろ、現状よりももっと希望がなかったかもしれない。我々はまだ、猶予を与えられている。それだけでも恵まれていると私自身は思っているのだ」
既に朝日が差し込んでいる室内でDと他四名が集まり、話し合いをしていた。人質の双子は目隠しをされて部屋の隅で小さく震えているだけ。室内はまだ、明るさが足りないのでランプに火が付いている。ランプに火が付いているにも関わらず、部屋は薄暗い。
その部屋にいる人間によって部屋の雰囲気は変わるのだ。五人が暗い理由は着実に攻めて来るランディたちに成すすべもなく、瓦解の一途を辿っているから。もう組織として機能することは難しいほど、人員が減っていた。
「その考察はやはり、例の青年がこの話の中心にいると考えているからですか?」
「否定は出来ない。もう少し、緩い侵攻が来ると考えていたが、目論見違いだったな。先にも触れたが異様な戦闘能力、それに加えて人質の解放と言う大きな結果に至るまで何から何まで予想外だ。本当に頭を抱えたくなる」と言いつつもDの声は、穏やかで安寧があった。
本音を漏らしている筈なのにまだ、裏のあるような含みのある言い方だ。
Dは壁に寄りかかりながら窓際で外の景色を眺めていた。
「困ったものです。Dの提言がなければ、今頃、人質はゼロ。追い詰められて全員残らず、殺されていたでしょう。ちょっとでも油断をしたのは間違いでした」
不服な声でNはボソボソと憂い事に触れて嘆いた。確かにまだ、負けた訳ではない。Aは、集められた情報に目を通し、打開策を編み出そうしているし、他の者たちも武器の整備や己の出来ることに専念していた。
本来なら今日の昼頃には、皆で戦利品を片手に逃げ果せる筈であった。正直、どこで道を間違えてしまったのか分からない。いや、その間違いはもしかすると、この町に侵攻したこと自体に問題があったのかもしれない。
「これからどうするべきでしょうか……勿論、徹底抗戦は貫くつもりですけど、効果的な対策がなさ過ぎる。このままでは、ただ悪戯に味方を消費するだけです。それだけはもう絶対に避けるべきです。我々が出ることも必要になって来るかと」
「そうだね―― 今直ぐにでも僕は出張りたい所だ。FもRもWもQも皆、殺された。その上、Bたちももしかしたら。僕たちは犠牲を払い過ぎた」
「そうだ、そうだ! なんの為に俺たちがいるんだ。こういう時に表立って戦況を変えるのが俺たちの仕事。もう、こんな所で燻ってられるか!」
武器の整備を途中で放棄し、バンッと机を叩いたOとHは感情の高ぶりが抑えられないのか、今にも飛び出しそうな勢いがあった。追い詰められた今、この少ない人員で何が出来るかと言えば、敗走の準備くらいだろう。しかし、敗走は彼の矜持が許さない。
「いや、お前たちはもう貴重な戦力なのだ。無駄には出来ない。もっと効果的な場面で活躍して貰わねばならばない。私の考えが纏まるまで待て」
「そんな悠長なこと言ってられないだろ、D! あんたが一言、行けと言ってくれれば、俺は直ぐにでも行く。そうじゃあねぇ! 俺は、もう行くぞ!」
「やめるんだ、H! お前が行った所で変わらない。一昨日、負けたばかりだろ。相手の強さはお前が一番理解しているんだろうに!」
剣を腰にさして扉へ向かおうとするHをAが制止する。誰もが正しく、誰もが間違っているこの場で大きな決断は不可能であった。彼らを突き動かすには外的な影響が必要なのだ。
「そんなこと言ってられっか! それにもう一度闘う時には違うかもしれないだろ!」
剣に手を掛けて今にもAを斬り殺し飛び出して行きそうな勢いのHは、Dへ振り返る。
「ならば、相手の方に分があると考えるべきだ。相手は確実に障害をクリアし、此処まで来ている。精神面の勢いは確実に相手の方が上、更に言えば、戦闘能力もだ。一昨日の実力で終わりに見えるような弾ではないと私は、考えている――――」
静々と語り始めたDの声は、四人の芯に響いた。別段、Dもサボっているのではない。