第捌章 第四幕 12P
「うむ」
「はっ、はい!」
取り敢えず、二人が落ち着いたことを見届けたランディは、腕を胸の前で組みながら情報の交換を始めた。これから先は本当に分からない事だらけ。
「でっ、襲撃者は何人ですか?」
「……二人」
油断のない瞳を向けながら聞いて来たランディに渋々、剣をしまいつつ、ノアは答えた。
「ふむ、予想よりも少なかったですね。やはり、何かでハリボテを作って囮に?」
「ああ、一発目で方角の特定。二発目で場所の特定、三発目で動いていないことを確認したらしい。先に対応していたから余裕だった。この外套を小さな樽と置物に被せて銃をさも狙っているように置いといたら食いついてくれたよ。その背中をナイフで一刺し。後は少し手間取ったけど、剣で戦って勝った。それと、銃は、置いて来た。重いし、弾も殆ど、ないからね」
苦い顔をして明らかに疲労が見えるノアの外套をよくよく見れば所々、裂けていた。顔にも小さな切傷が幾つか。アドバンテージがあっても激戦だったであろうことが窺える。無理を強いたなあとランディは思ったけれどもそれでもその先は言わない。ノアは、無理を承知で受け入れてくれたのだから。
「なるほど、それは安心しました。銃の件も承知しましたよ。そうなると……先の七人、そしてノアさんの襲撃者も含めて七人。最初に確認出来た人数は二十人弱。残りは例のリーダー格も含めて五人と他数人ですね。殲滅対象が減ることは良いことですなー」
ふむふむと頷くランディ。盗賊側には、今まで人員の増加がみられていないし、外からの応援もない。
ならば、憂いはないだろう。出来れば、これからルーに話を聞いて更に詳しい情報が聞いてみたい所、しかし後の手はもう決まっている。目を閉じたまま、これから起こるであろう、事態の推移を想定し、対応策を編み出しているのだ。勿論、あまり時間がないことは、ランディも重々承知している。それでも最後に焦れば、事を仕損じる。だからあらゆる事態をの中に入れて動きに迷いがないようにするのだ。
「じゃあ、そろそろ行きますか。ノアさん」
「ああ、決着を付けに行くぞ。ランディ」
二人は、頭巾を被り直すと、前を見据えた。
「ルー……成功していると良いですね」
「当たり前だろ。あいつが仕損じることはない―― と思う」
不安がない訳ではない。一番の心配事は、別行動をしているルーだ。何も情報が入って来ないルーには敵地に侵入すると言う、リスクが高い仕事をして貰っている。暗い話になってしまうのは仕方がないことであった。
「そうそう、頑張ってる僕をもっと尊敬してくれても良いんだよ?」
一歩を踏み出そうとしたその時、快活な声が二人を迎えた。目の前に居るのは、ルー本人。
同じ黒い外套を纏ったルーは、二人に歩み寄ると頭の後ろで手を組んだ。
「ルー! 居るなら居るって言ってくれよー。全く! これで全員揃った!」
「はあ、良かったよ。何事もなく無事に帰って来てくれて――」
ルーが無事な姿を見せたことでランディとノアは大きく脱力する。心配は徒労に終わった。
これで三人全員が揃い、戦うことが出来る。戦力が欠けることなく、全力で事に掛かれるのだ。
「お前さん、ルーなのか?」
「そうだよ、パッド爺。僕だね。怪我してるみたいだけど、元気でそうで何より。ムーは何も問題なさそうだね」
意外な人物の登場で驚く人質の二人。ルーは、頭巾を取って少しだけ顔を見せた。その後、直ぐに頭巾を被り直す。
「うむ」
「どっどうも。ルーさん。えっ、でももしかすると、御三方でこれだけのことを仕出かしたのですか!」
「そうだよ?」
小さな口をあんぐりと口を開けてた娘、ムーは、驚愕を隠し切れない。当然だとルーは、胸を張った。聞かされる聞かされる方からしてみれば、心臓に悪い話だ。
「全く……相当な無茶をしおってからに」
驚きを通り越して呆れた顔の老人、パッド。皺だらけの顔に苦々しい表情を浮かべ、眉間の皺はくっきり。それでもランディたちの無茶がなければ、助からなかったであろうからこれ以上のことは何も言えない。
「まあ、お叱りは後できっちりと受けます。でも今は、何よりも早く逃げて下さい。敵は粗方片づけたとは言え、此処も安全だと保証出来ません」
「承服しかねる……が、今はムーもおる。お前たちの言葉に従おう」
ランディはもう気が急いており、早く先に進みたかった。こうしている間にも状況は動いているのだ。うかうかしている場合ではない。
「ただ、一つだけ聞かせてくれ……他に囚われている者たちはどうした?」
「安心してくれて良いよ。二人が目立ってくれたお蔭で何とか解放したよ」
「そうか―― 良かった」
心底、落ち着いたと肩の力を落とし老人は大きく息を吐いた。
「それから、ランディ。急いだ方が良い。僕たちに有利な方向に持って行ってるけど、油断は出来ないんだ。僕からの事細かな報告は動きながら話すよ。そうだな……それと出来れば、パッド爺とムーの二人に頼みたいことがあるんだ。頼めるかな?」
「頼まれることによるぞ?」
じろりとパッドは、油断の年寄りの目でルーを睨む。あははと笑いルーがプレッシャーをなんとか受け流す。ランディもノアも変わらない。
「そう脅さないでよ、パッド爺。僕だって本当はこんな事したくはないんだからね! で、本題だけど、実は今、町の皆が大挙して押し寄せて来てるからね。何分、これだけ派手なことしてるから……兎に角、途中の道で合流して皆の足止めをお願いしたいんだ。皆が来ると、混乱が起きる。相手からその混乱に付け込まれたくはないからね」
「えへへっ、それは仕方がないじゃないか」
ルーがランディに詰め寄る。ランディは笑って誤魔化した。
「まあ、それくらいなら―― でもお前たちは大丈夫なのかね?」
立ち上がりながらパッドは、不安を隠さない声で問うた。
同じ立場ならば、誰もが同じことを言うだろう。
「僕たちはきちんと覚悟も出来ているし、何より少数精鋭の方が統率が取れやすい」
「それにもう大詰めですし、戦力は三人で十分なんですよ」
「下手に大勢来て怪我されると、俺の仕事が増えるからね。今、ちょっと無理をしていても後々楽になるならそれにこしたことはないんだなー」
三人がそれぞれが投げやりで身勝手なことをのたまう為、ムーとパッドの両名は流石に頭を抱えた。しかし、これも二人に心配をさせない気遣いだと思えば、何とも言い難い。
「ならば、お前たちは前へ進め。わしらに出来ることと言えば、見届けることのみ」
「お願いします」
ランディ、ルー、ノアの三人は一様に頭を下げると二人を置いて走り出した。
「良いの? パッド爺…………」
困惑した様子でパッドの顔色を窺った。日焼けをした手をもじもじとしてどこか納得の行かないと言う顔をしていた。その気持ち分からないでもない。どんなに強がりを言っても彼らには死の危険がチラついている。このまま、送り出したとして二度と会うことが出来ない」のかもしれないのだ。
少しでも躊躇して止め立てをするのが筋であろう。しかし、パッドはそれをしなかった。それがムーには、納得が行かないのだ。だからこそ、問うたのだ。
「もう言っても聞かんだろう。わしが今更、何を言ってもあいつ等は、止まらんだろう。寧ろ、こういう時には送り出してやるものなのだ」
遠くを見るような目をしてムーにパッドは答えた。
「そういうもんなの?」
「そういうものなんだ」
段々と小さくなって行くランディたちの背中を二人は見送った後、自分たちがやるべきことを成すために広場の方へ歩き始める。今は、離れたとしてもまた、会い見えると信じて。