第捌章 第四幕 11P
「諦めの悪い! さっさと、死ね!」
「なっ! ぐはっ」
ランディは槍と剣を拮抗させながら悪態をつく。鍔迫り合いの中で槍を左から右へいなし、切っ先で斬り払うと、剣で薙ぎ払う。外套の上からは、斬撃で決定的なダメージは与えられない。
だから打撃でのダメージを狙った。目論見は成功し、脇腹に当たった。肋骨が折れた感触がランディの手に伝わる。力無く、膝から崩れ落ちた司令塔の盗賊。しかし、槍を手放そうとはしない。ランディは右足を引いて勢いをつけて膝蹴りを盗賊の顔面に向かって繰り出す。
槍を手放しながら後ろから仰向けに大きく倒れる司令塔の盗賊。止めにノアの三射目。ノアの射撃は胸部に命中。胸元からじわじわと赤色が広がる。発砲音を聞いていたランディは、司令塔の盗賊をそれ以上視界に入れることなく、前へ一歩踏み出した。
まだ終わりではない。
「届けぇぇぇぇぇぇぇっ!」
盗賊はまだ一人いる。その盗賊は人質の老人の首を掻き切ろうと今まさに、右手を左へに持って行っている。ランディとの距離まだ少し開いており、届かない。ランディにはゆっくりとナイフの動きが一場面、一場面ずつまるでスライドして見えた。まだ、遠い。届きそうで届かないこの距離。
それでも届いてみせるとランディは、足を止めない。身を低くして風を切り、地面に足を喰い込ませる。
「うっ―――― がはっ!」
その時、少しだけ運が。
いや、『Chanter』の力がランディに味方をした。
盗賊に若い娘が精一杯の力でぶつかり、ナイフの刃を大きくぶれさせたのだ。
ナイフの刃は少しずれて老人の頬に切った。
「このアマがああああああああああっ!」
生き残った盗賊は、体勢を立て直すと、ナイフの切っ先をぶつかって来た娘に向ける。娘はぶつかった後、老人の隣でへたり込んでいる。狂気の刃が娘に牙を剥こうとしたけれどもそれはランディが許さない。
「俺がこれ以上、貴方を自由にさせると思いましたか?」
盗賊の目の前にまで来ていたランディは、既に大きく剣を右腰だめに構えていた。腕に強い力を込めて驚き、仰け反る盗賊の首へ剣を薙ぎ払う。力一杯の薙ぎ払いにより盗賊の首はいとも簡単に飛んだ。盗賊の首からどばっと噴水のよう血が噴き出す。血流の強さで勢い良く血液が流れるのだ。血の雨が降った。
鉄臭い臭いが辺りに充満する。ランディは、二人の上へ覆いかぶさり、血の雨が止むまで待った。転がった頭部は頭巾を被ったまま、当然ながら仮面も付いている。
残りの盗賊も最後は呆気ないものでランディの剣に倒れた。暫くして血の雨が止み、少し湿って重くなった外套から人質二人を解放する。外套の血生臭い臭いを嗅いで少し身を捩った後、老人の怪我の具合を見た。出血はしているけれども致命傷ではない。
「遅くなりましたが、助けに来ました。今、拘束を解きます。後少しの間、我慢して下さい」
老人がランディの言葉を受けて頷く。先に、手の縄をといて布を外した方が良いだろうと、ランディは手を動かし始める。老人はされるがまま。傷口が少し痛むのか、顔を顰めているも特に抵抗はしなかった。若い娘も成り行きを見守っている。手の縄を外して布を外すと、頬の傷口にハンカチを当てた。
「有難う、一時はどうなるかと思ったが……助かった」
「いえ、当然のことをしたまでです。それよりも――――」
「いや、これくらいの傷で済んだんだ。死ぬよりは、何倍もマシだ」
大凡の処置が終わって少し会話をするランディと老人。解放された後の精神的なフォローも必要だ。しかし、もう一人いることを忘れていない。若い娘の方も解放せねばならないのだ。
「とても怖い思いをさせてしまったね。本当にすまない」
ランディは警戒されないように声を掛けながらゆっくりと、近づき手の縄から解いて行く。
娘も首を横に振るだけ。無抵抗で大人しく、ランディに身を委ねた。
手早く、布を外している途中、遠くから何やら怒号と悲鳴が聞こえて来た。
ランディは気にせず、さっさと手を動かして解放すると、二人を立たせた。
「おっ、遅いですけど、あっ、ありがとうございます……あの、今の悲鳴は大丈夫なんですか?」
「ああ、あれね。あれは大丈夫。読み通りに警戒して正解だったってことなだけだから」
「うん?」
意味深長な言葉で娘を翻弄するランディ。まるで何かを待つように声が聞こえた方へ頭巾を被った顔を向ける。少し時間が経ってから人影が此方に来るのが見えた。影は段々と近づいて来て見えて来たのはランディと同じ黒い外套を着た男。ノアだ。ノアは、三人の所にまで近づくと、頭巾を外してボサボサの髪に手串を入れて熱を逃がし、口元から取った。
「首尾は、順調と言ったところかな?」
「勿論、後はルーの報告を待つだけってことだけですね」
ランディも同じく頭巾を外す。外套の下にはいつもと変わらない少し困った顔。まるで先の先頭の余韻が感じられない。しかし、面倒なのか口元の布だけは取らなかった。
「それと、パッド爺様にムー。無事で良かったよ爺様は傷の具合を少しだけ見せて見てよ」
ノアは、一先ず、老人の下へ駆け付けると、屈んで怪我の具合を見る。もう、止血をしていたこともあり血もそれほど流れず、体力の消耗も酷くはない。他に傷はないかと、確認した後、同じく若い娘の様子も見て無事であると確認した。
「君の睨んだ通り。俺の所に来たよ、襲撃者。前もって取り決めていたように対処したけど」
「やはり、そうですか……先ずは、相手も銃を潰すことから考えて当然のことですし。当たり前っちゃあ、当たり前ですね。まあ、無事で良かったですよ。勿論、亡くなって頂いても一向に構わなかったのですがね――――」
「おら、そこに首差し出してなおれよ……その生意気な口、首ごと体から切り離してやる……」
遠い空に目をやり、はあと溜息を吐くランディ。ゆっくりと立ち上がったノアは牙を剥いて喰って掛かり、左腰の剣を右手で力強く抜き、ぶんぶんと振り回す。ランディはその様子を横目で見るだけでとくに相手にもしない。
「あっ、あのう……止めましょうよ。ノアさんも、えっと……ランディさん? も」
「ああっ、そうですね。俺はランディ・マタン。今は、レザンさんの所で居候をしているんだ。まあ、今回は成り行きってことで色々とやっている訳で……兎に角、宜しくお願いします」
「お前さんが、レザンの所の居候か……なるほど」
「ああ、知ってます。知ってます。母さんが言ってましたー、何でもフルールさんと何やら良からぬ関係だとかって話でしたけど」
「それは……話が大きくなっているだけだから本気にしないでくれると嬉しいな……まあ、何にしてもこんな状況ですけどもこれから宜しくお願いします」