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第2話 フィッシング、スタート

 ふたりが釣り堀に着いたのは、真守の家を出てから2時間30分後のことだった。


 釣り堀の周囲には、木々が生い茂っていた。近くに川が流れていることもあり、街中よりもかなり涼しい。


 ふたりは駐輪場に自転車を停めると、荷物を持って、駐車場の少し奥にある受付小屋に向かった。


 受付小屋には、ひとり

の初老の男性がなにやら作業をしていた。


「おはよう、おっちゃん!」


 真守が元気よく声をかけると、受付けの男性は驚いたように振り向いた。しかし、真守の姿を見るとニヤリと笑う。


「おう、坊主じゃねえか。今日は早いな」


「うん、夏休みなんだ。あ、ルアー釣り8時間を2枚ね」


 真守は、慣れた様子で男性に告げる。何時間釣りをするのかは、事前に晴人と相談して決めていたのだ。


「あいよ。1万円な」


 男性の言葉に、ふたりは財布からそれぞれ5千円を取り出し受け皿に置いた。


「それにしても、中坊はいいな。夏休みがあって」


 男性は、受け皿を窓口の中に入れて作業をしながらうらやましそうに言った。


「……おっちゃん、早く!」


 小馬鹿にされたと感じた真守は、不機嫌そうに急かす。


 男性はわかったと苦笑しながら言って、ふたりに針金のついた青い長方形の紙を手渡した。それは、釣りの許可証のようなものである。


「時間厳守だからな」


「わかってるよ」


 真守はそう言って、ポケットに入れているスマートフォンを取り出して時間を確認する。ただいまの時間は、午前8時34分。タイムリミットは、午後4時30分というところである。


 ふたりは意気揚々とルアー・フライエリアに向かった。


 この釣り堀は、受付小屋側からニジマスエリア、イワナ・ヤマメエリア、ルアー・フライエリアの3つのエリアにわかれている。


 渓流を模した造りのニジマスエリアとイワナ・ヤマメエリアでは、エサ釣りを楽しむことができる。一方、池状に造られているルアー・フライエリアは、その名の通りルアーとフライを使用した釣りを楽しむことができるようになっているのだ。


 ルアー・フライエリアに到着したふたりは、ちょっとした椅子にできそうな切り株を見つけた。そこに荷物を置いて、釣りの準備を始める。


 釣り竿を組み立てて、リールをセットする。リールから釣り糸を引き出し、釣り竿に等間隔でついているガイドと呼ばれる輪に通していく。


 釣り糸をある程度の長さまで引き出したら、糸の先端にサルカンと呼ばれるパーツをくくりつける。それには、釣り糸のヨレを軽減させる役割がある。糸がヨレてしまうと、糸の耐久性が落ちて切れやすくなったり、魚が警戒して食いつきが悪くなってしまうのだ。


 真守が使用しているサルカンは、開閉できる金具が片方についているものだ。ルアーの着脱が簡単にできる、便利なものである。


(……よし!)


 サルカンに結んだ糸がほどけないことを確認して、真守はルアーボックスを開けた。


 ふと、視界の端に晴人の姿をとらえる。なにやら、苦戦しているようだ。


 真守は竿を置いて、晴人に声をかける。


「大丈夫か?」


「……どうも、うまくいかなくて」


 そう言って、晴人は肩をすくめる。どうやら、サルカンにうまく糸を結ぶことができないらしい。


「貸してみ?」


 真守は晴人から竿を借りる。指先に水をつけると、いとも簡単にサルカンに糸を結びつけた。


「さっすが、真守! ありがとう」


「へへっ、どういたしまして。親父に教わってから、けっこう練習したんだ」


 照れながら晴人に竿を返すと、真守はルアーボックスの前に戻る。お気に入りの小魚を模したルアーを手に取り、釣り糸にセットする。


 釣り竿のセッティングが終わったふたりは、池の岸に立ちほぼ同時にルアーを投げ入れた。もちろん、互いに邪魔にならないように、ふたりの間にはある程度の間隔が空けられている。


 着水と同時にリールのハンドルを回し、糸を手繰り寄せる。速すぎず遅すぎず、一定の間隔で巻いていく。しかし、アタリ――魚が食いつく感覚――はない。


 もう一度、同じ場所に投げ入れ、着水と同時にリールを巻く。だが、やはりアタリはなかった。


(ん~? 水面近くにはいないのか?)


 少し思案した後、真守はまた同じ場所にルアーを投げ入れた。


 今度は、着水した後にゆっくり10秒待ってからリールを巻く。すると、何かがコツッと当たった。


(来た!)


 手首のスナップを効かせて、魚の口に針をかけるイメージであわせる。しかし、手応えがない。


(あれ? バラしたか?)


 リールを巻いてルアーを手繰り寄せるが、魚はかかっていなかった。どうやら、あわせるのが早かったらしい。


 舌打ちをする。


 真守は、先程と同じ場所にルアーを投げ入れ、先程と同じ方法でリールを巻く。すると、またコツッとアタリがあった。慌てずに一拍置いてからあわせる。今度は、手応えがあった。暴れる魚の重さが、竿から伝わってくる。


(よし!)


 思わず、口角が上がる。それも一瞬のことで、すぐに真剣な表情に戻る。


 リールを巻いて糸を手繰り寄せるが、魚もそう簡単には釣り上げられまいと必死に抵抗する。魚が暴れている間は、リールを巻く手を止めて、魚を泳がせてやる。無理に手繰り寄せようとすると、魚がルアーの針からはずれてしまったり、糸が切れてしまったりするのだ。


 慎重に少しずつ手繰り寄せる。度々、魚の抵抗にあうが、真守はそれを楽しんでいるようで、自然に笑みがこぼれた。


 何度目かの攻防の後、岸際近くまで魚を寄せると、足もとに準備しておいた網ですくい上げた。そこそこに太った30㎝くらいのニジマスである。


 本日初の釣果に顔がゆるみっぱなしの真守は、この勢いに乗れとばかりに、すぐさまルアーを投げ込んだ。


 一方、晴人はといえば、こちらも魚とのファイトを楽しんでいるようである。竿のしなり具合から見て、かかった魚はなかなかの大物だろう。


 逃れようと必死に暴れる魚と、逃がすまいと慎重に少しずつリールを巻く晴人。岸際に寄せるまでに、けっこうな攻防をくり広げていた。


 陸に引き上げようとするが、さすがに腕の力だけでは無理だった。網を使おうとしたが、晴人が持ってきた網は他の荷物と一緒に切り株の上に置かれている。


 しまったと思った晴人が周囲を見回すと、ちょうど2匹目の魚をびくに入れ終わったらしい真守の姿が見えた。


「真守! 網、頼む!」


「OK!」


 そう言って、真守は自分の網を持って加勢に行く。


 タイミングをあわせて網に入れ、ようやく陸地に引き上げる。釣り上げたのは、50㎝はあるだろう大きなニジマスだった。


「でけー! やったな、晴人!」


「うん! こんな大きいの、初めて釣ったよ」


「マジか! おめでとう」


「ありがとう」


 晴人は礼を言うと、重そうにしながらも、なんとか魚をびくに入れる。


 それを見届けた真守は、決意も新たに自分の釣りに戻った。

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