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「ウイルスって何ですか?」――ウイルス研究者の異世界冒険記――  作者: 烏川 ハル
第三章 水の大陸をさまよって

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第六十六話 洞窟探検・前編(ラビエス、パラの冒険記、調査官ヴィーの私的記録)

   

「いや、そう言われても……」

 俺――ラビエス・ラ・ブド――の口から、戸惑いの言葉が漏れかけたのだが。

「お祭りを開くため、ですか。それでしたら……」

 と言うパラの顔には、気合十分といった色が浮かんでいた。

 いや、パラだけではない。

「これぞ冒険だな! しかも、この村を助けることにも繋がる! 素晴らしい話ではないか!」

 リッサも乗り気なようだ。

 以前の冒険旅行において、ガイキン山の魔竜退治イベントに遭遇した際、彼女は「この辺りはラゴスバット領だから、領主の娘である私の使命」と言っていた。だが、あれは半分口実だったのだろう。領地とは全く関係ない事件でも、この態度なのだから。

「みんながその気なら、俺は構わないぜ。洞窟ダンジョンなら、船の上とは違って、大暴れ出来そうだな!」

 これ見よがしに肩を回しながら、センまでもが、そんなことを言い出す。

 一方、特に意思表示はせず、無言で俺を見つめるマール。

 その視線から逃げるかのように、俺は、ヴィーの方に目をやった。ここは再び、雇い主の判断を仰ぐ場面。そう思ったからだ。


――――――――――――


「洞窟探検か……。これも何かの縁、ということか? こうしてネプトゥウ村まで来た以上、龍神の洞窟まで足を延ばしたところで、大きな遠回りではないな」

 決然とした声を耳にして、私――パラ・ミクソ――は、そちらへ顔を向けました。

 宗教調査官のヴィーさんです。口調とは裏腹に、顔には複雑そうな表情が浮かんでいますが、発言の主旨は明らかですよね?

「雇い主であるヴィーさんに異存がないなら、決まりだな。よし、その『龍神の宝珠』とやらを見に行こうじゃないか!」

 と、ラビエスさんも結論を出しました。

「おお! 行ってくれるのかい!」

「助かった! これで……」

「ちょうど冒険者の方々が来てくれるなんて! 龍神様のお導きだよ!」

 村の人たちにも、喜びの声が広がっていきます。

 その喧騒の中。

 私は、あらためてヴィーさんに目を向けました。

 考えてみれば。

 ヴィーさんは冒険者ではありませんから、私たちのように「未知の大陸を探検する」というワクワク心は、基本的には持っていないでしょう。いや心の内にはあるとしても、宗教調査官の立場としては、まず東の大陸へ戻ることが先決のはずです。

 でも、このネプトゥウ村へ寄り道する際も「もちろんだ」と即座に肯定してくれましたし、こうして急遽発生した洞窟探検クエストにも、許可を出してくれたのです。

 ヴィーさんは、とても心の広い女性なのでしょうね。『宗教調査官』の肩書きは『調査官』のニュアンスが強く聞こえてしまいますが、それでも教会の関係者であり、宗教家の一人。そう考えれば、寛大なのも当然かもしれません。

 少し怖そうな目付きだけど、外見で損をしているだけで、本当は優しい女性……。

 そんな気持ちで見ていたら、ヴィーさんも私の方を向き、目が合ってしまいました。


――――――――――――


 私――ヴィー・エスヴィー――の方へ、パーティーのリーダーであるラビエスが顔を向けた時。

 早速チャンスが訪れたぞ、と私は思った。

 この大陸で、彼らが何を探し出そうとしているのか。本当に「東の大陸へ戻るために、とにかく手助けになりそうな装置や魔法を」というだけなのか、あるいは「ラゴスバット伯爵家の密命で、最初から目当てがあって」ということなのか。

 たとえ今回の龍神の洞窟がハズレだとしても、実際にダンジョンに潜ってみれば、彼らの探索の様子から、少しは情報が得られそうだ。

 だから私はアッサリと許可を出したわけだし、しかも最終的にはラビエスに「行こう!」と言わせたことで、彼がリーダーとして決定をくだした形になっている。実際、ネプトゥウ村の者たちにはそう見えたらしく、ラビエスは今、歓声に沸く村人たちに囲まれているが……。

 ふと気がつくと。

 黒魔法士のパラが、私の方を見ていた。

 それも、何か言いたそうな目で。

「ああ、そうだな……」

 と、とりあえず私は、適当に口を開く。

 このパラという少女は、外見的には年若く、まだ魔法学院に在学中でも不思議ではないくらいに見える。だが、これでも一人前の冒険者のはず。スタトの町で今後の方針を話し合っていた際にも「腹の中では何を考えているのか、わかったものではない」と思わせる瞬間があったほどだ。

 もしかすると、私の胸の内など、お見通しなのではないか……?

 そう思った私は、

「こう見えて、私も宗教家の端くれ。貴様たち冒険者とは違う意味で、この件には関心を抱いているのだ。ほら、龍神の祭壇があるという洞窟だろう? 大陸が違えば神事の様式も微妙に違ってくるはずで、そこのところは興味深いからな」

 と、それらしき理由を、述べてみせるのだった。


――――――――――――


 俺――ラビエス・ラ・ブド――たちは早速、問題の洞窟を目指して、出発することになった。

「私は、ここでお待ちしますね。水路がないのでしたら、水先案内娘も素敵船ナイス・ボートも不要でしょうから」

 そう言って、村に残るレスピラ。確かに、冒険者でもない彼女がダンジョンに同行したところで、レスピラにも俺たちにも得はないだろう。

 一方、同じく冒険者ではないヴィーは、

「貴様たちと一緒に行かせてもらうぞ。一人の宗教家としての興味だけでなく、帰路を短縮できるようなアイテムを発見できる可能性も、ゼロではないからな」

 そんな理屈を振りかざして、同行を申し出た。

 いや、いくら『ゼロではない』とはいえ、さすがに。いきなり最初のダンジョンで、そんな僥倖があるとは思えないのだが。

 とはいえ、東の大陸へ戻るまでの間、ヴィーは俺たちの雇い主だ。「邪魔だから来るな」とは言えなかった。

 それに、そもそも『邪魔』というほどでもないだろう。レスピラとは違って、ヴィーは足手まといにはならない、と俺は思うのだ。今のヴィーには『珊瑚の槍』という武器があるし、それを使って既に、なかなかの戦闘センスを見せてくれていたのだから。


 武器といえば。

「洞窟ダンジョンなら、出てくるモンスターは、もう半魚人サハギィ系統ではないのよね?」

 そう言って、俺に風魔剣ウインデモン・ソードを返すマール。

 続いて、腰に下げている炎魔剣フレイム・デモン・ソードを、ポンと叩いてみせた。「私にはこれがあるから」という意思表示だったらしい。

 炎魔剣フレイム・デモン・ソードにしろ風魔剣ウインデモン・ソードにしろ、敵から分捕ぶんどったアイテムに過ぎない。だが彼女は、炎魔剣フレイム・デモン・ソードのことを「マールのために俺が拾った」と誤解して、強い愛着を持っていた。だから、どちらでも構わないのであれば、ぜひ炎魔剣フレイム・デモン・ソードの方を使いたいのだろう。

「ああ、そうだな」

 適当に頷きながら、俺が自分の腰に風魔剣ウインデモン・ソードを備え付けると、

「やはり風魔剣ウインデモン・ソードは、ラビエスさんにこそ似合いますね。なにしろ、風の魔王から直々に賜った武器ですから!」

「加えて、もともとラビエスは風系統の魔法が得意なのもある。格好も魔法士というより戦士系だし、魔法も武器も風で揃えたら、なんだか『風の魔法戦士』という風格ではないか!」

 パラとリッサが、二人掛かりで俺を茶化し始めた。

 明らかに冗談口調なのだが、それでも言われる俺の方は、気恥ずかしいものだ。

 第一、パラの『風の魔王から直々に賜った』なんて言い方では……。まるで俺が、魔王の前で恭しく跪いて、風魔剣ウインデモン・ソードを手渡されたみたいではないか! 実際には、騙し取ったようなものなのに!

 ふと見れば、宗教調査官であるヴィーが、苦々しい視線を俺に向けていた。もしかすると彼女も、俺と同じような「アイテム授与!」の場面を、頭の中で思い描いたのかもしれない。


 ネプトゥウ村から龍神の洞窟までは、のどかな草原地帯だった。

 一面の緑が広がっており、視界の端には、はるか遠くの山々が朧げに見えてくる。

「こういう場所を歩くのって、なんだか久しぶりね」

 マールの言葉が、俺たち全員の思いを代表していたかもしれない。

 これからダンジョンへ向かうというのに、妙に穏やかな気持ちで、少し進むと……。

「おっ、見えてきたぜ!」

 という声を上げて、センがニヤリと笑みを浮かべたように。

 前方に、灰色の塊が存在していた。


 二階建てビルくらいの高さの、小さな岩山だ。

 それが緑の草原の中にポツンと鎮座しているのは、緑と灰色の繋がり具合が不自然にも見えて、人工的な施設のような印象を受けるが……。

 大切なのは、岩山の正面に、ぽっかりと穴が空いていること。ダンジョンの入り口だった。

「ここも光っているのだな」

「ダンジョンですからね」

 リッサとパラの会話が聞こえてくる。

 いやいやパラだって、まだ『ダンジョン』に慣れた冒険者ではないだろうに。それでも、魔法学院で実習授業があることを思えば、リッサより詳しいのは当然かもしれない。

 昼間なので近づくまでわかりにくかったが、この龍神の洞窟も確かに、内部の岩肌にヒカリゴケが生えているようだった。奥まで進んでも暗闇になることはない、親切仕様のダンジョンだ。

「船の上では、ラビエスたちに任せっきりだったからなあ。ここは一つ、俺が先を行かせてもらうぜ!」

「ならば同じ武闘家として、私も先頭だぞ!」

 前衛を買って出たセンとリッサに続いて、魔法士である俺とパラ、そして後衛にマールとヴィー。三列陣形で、俺たちは洞窟に入っていく。

 ヴィーは「ついてきた」という形だから、自然に最後尾になった。そこにマールも並んだのは「誰か一人はヴィーの護衛につくべき」という配慮なのだろう。

 背後からモンスターに襲われた場合を考えれば――最後列が一時的に前衛になるケースも想定すれば――、戦士であるマールがそのポジションに入るのは、理にかなっている。しかもマールは、炎魔剣フレイム・デモン・ソードを使っているため、普通に『後衛』としての遠距離攻撃も可能なのだから。

 特に誰かが指示することなく、こういうフォーメーションを自然にとれるパーティーというのは、なんとも頼もしい仲間ではないか、と俺は思う。


 だが、そんな安心感に浸っている暇はなかった。

 洞窟に入ってすぐに、早速モンスターの集団が現れたのだ。

 ゴブリン系のモンスターが、十匹以上。

 正確に数えるより先に、武闘家二人が飛び出そうとするので……。

「待て! まずは俺がやる!」

 と、彼らに声をかけてから、呪文を唱える。

「ヴェントス・イクト・フォルティテル!」

 強風魔法ヴェントダ。

 俺が得意とする風系統、その第二レベルだ。

 大ダメージを与えたいならば、第三レベルの超風魔法ヴェントガを使うべきだろうが、今回は、とりあえず全体に一撃を加えたいだけ。ただし全体攻撃として威力が分散する分、第一レベルでは弱すぎると考えて、これを選んだのだった。

 まとめて魔法で吹き飛ばされたモンスターのうち、一匹のゴブリンは岩壁に叩きつけられて絶命。これは狙い通りというより、むしろ出来過ぎなのだが……。残りのゴブリンたちは、それなりにダメージを受けて、慌てて逃げていく。

 こちらは、俺の目論見通り。つまり「レベルの差が激しい場合、弱いモンスターは逃げてしまう」という特性を利用して、雑魚モンスターに逃亡を促すのが、俺の魂胆だったのだ。

 こうして敵集団は、いきなり数が激減。残ったのは、ゴブリン系の中でも比較的上級のモンスターばかり。

 ランスゴブリンが三匹と、騎士ナイトゴブリンが二匹だった。

   

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