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「ウイルスって何ですか?」――ウイルス研究者の異世界冒険記――  作者: 烏川 ハル
第三章 水の大陸をさまよって

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第六十五話 湖畔の村(ラビエス、パラの冒険記)

   

 俺――ラビエス・ラ・ブド――たちが乗る素敵船ナイス・ボートは、レスピラの操船に従って、支流へと入っていく。

 支流ではモンスターと出くわすこともなく、一時間ほど、のんびり進むと……。

 小さな湖――あるいは大きな池と呼ぶべきか――が、俺たちの目の前に広がっていた。

「ほう……」

 感嘆したようなヴィーの声に続いて、パラとマールも口を開く。

「これがネプトゥウ村ですか!」

「湖に面した村なのね」

 俺たち全員が今、実際に目にしているから、意味は正しく伝わるが……。もしも旅行記か何かでマールの発言を見たら、おそらく読者は誤解するに違いない。

 厳密には『湖に面している』わけではなく『湖を囲んでいる』という感じだった。いや、もっと具体的に言うならば、いくつかの集落が湖畔に点在する形。そうした集落を合わせて、その総称が『ネプトゥウ村』になるのだろう。

 建物が湖畔全体に広がっていたら、ぐるっと湖を迂回しないと他の建物へ行かれないから、不便なのではないか……。俺たちのように東の大陸に――風の大陸に――住む者の常識では、そう考えてしまいがちだが、ここは水の大陸。湖には無数の桟橋が、それこそ「建物の近くには必ず」というレベルで設置されていた。つまり村人たちが別の建物に行き来する際は、湖畔を歩くのではなく、湖面を船で突っ切る形になるらしい。

 いやはや、これには驚かされた。思っていた以上に、なんともスケールの大きな村ではないか!


「そうです。見ての通り湖なので、正確には『ネプトゥウ村』ではなく『ネプトゥウ湖』と呼ぶべきなのでしょうが……。一般に使われる呼称は『ネプトゥウ村』の方ですね」

 素敵船ナイス・ボートを漕ぎながら、俺たちに説明するレスピラ。

 彼女の話に耳を傾けながら、俺の視線は、彼女の方ではなく湖面に向けられていた。

 これまで進んできた川と繋がっているはずなのに、湖のエリアに入ったら、水の色が全く変わってしまったのだ。青く澄んだ美しさに、言葉も出ないほどだった。

 時折、小さな魚たちの泳ぐ姿が視界に入ってくる。だが湖水の透明度にもかかわらず、湖の底は全く見えてこない。よほど深い湖なのだろう。

 いったん視線を上げて、あらためて周囲を見回してみると、どうやら湖の中心部だけでなく、岸辺まで深くなっているようだった。

 いたるところに船が近づけるように、それこそ大きめの素敵船ナイス・ボートでも大丈夫なように、自然な湖岸ではなく、人工的に掘削してあるらしい。岸壁は石積みで整備されており、元の世界で見たお堀――お城を囲む水路――を思い出させる感じだ。

「とりあえず、中央広場へ行きましょうか」

 そう言ってレスピラは、俺たちの顔を見回して。

 誰も反対しないのを確認した上で、たくさんある桟橋の一つへと、素敵船ナイス・ボートを寄せていくのだった。


――――――――――――


 私――パラ・ミクソ――は、レスピラさんの「中央広場へ」という言葉を聞いて、胸が踊るのを感じました。昨日の夕食の際に「ちょうどネプトゥウ村では、祭りの時期」「町の中心にある広場には、たくさんの屋台が出ているはず」と言われたのを、しっかり覚えていたからです。

 でも……。

 素敵船ナイス・ボートが岸に近づくにつれて、私の心の中のワクワク感は、グングンしぼんでいきました。

 確かに、桟橋の向こう側には、広場らしきスペースがあります。屋台らしき木製スタンドがズラリと並んでいます。そこまでは期待通りだったのですが、問題は、その先でした。

「静かだな……。昨日の桟橋と同じく、無人の店に見えるくらいだぞ……?」

 そうです、今まさにリッサが呟いたように。

 どのお店も布カバーが掛けられており、明らかに休業状態だったのです!


「おかしいですね? 祭りは夜だけではなく、昼もやっているはずなのですが……」

 私たちと同じように困惑しながらも、素敵船ナイス・ボートを桟橋に接舷させるレスピラさん。

 彼女に「どうぞ降りてください」と促され、私たちはネプトゥウ村へと降り立ちました。

 少し広場の中央へ近づいたところで、あらためて私は、周囲を見回します。

 土のグラウンドのような場所を取り囲む、たくさんの無人の店。それらを眺めているうちに、ふと、転生前の世界で見た光景を思い出しました。

 近所の神社で行われていた、お祭りの話です。

 お祭りになると縁日が出るので、子供の頃の私は、毎年それを楽しみにしていました。

 しかも一日だけでなく、確か三日間、縁日は続いたと思います。神社が出店でみせで賑わうのは、もちろん夕方からなのですが……。

 ある日のことでした。二日目か三日目の朝、私は散歩の途中で、神社に立ち寄ったのです。「朝はどうなっているのだろう」という純粋な好奇心と、「今ならばお客さんが少なくて、どのお店も私の独占状態!」という子供じみた気持ちからだったと思います。

 今考えれば当然なのですが、朝の神社は、閑散としていました。屋台自体は設置されたままでありながら、全て閉ざされており、お店の人の姿も見えません。

 無人の屋台が並んでいるのは、夜の賑わいと違うだけでなく、祭りがない時期の「何もない」とも違っていて、不思議な不気味さを感じさせました。

 そんな幼少期の思い出に、少しの間、私は浸っていたのですが……。

 背後からの声にハッとして、現実に引き戻されます。

「おや、まあ。本当に、お客さんが来たのだねえ!」


――――――――――――


 俺――ラビエス・ラ・ブド――たちは驚いて、一斉に振り返る。

 すると視界に入ってきたのは、桟橋から歩いてくる村人の姿。作業着っぽいワンピース姿の女性だが、彼女一人だけではない。湖面に目を向ければ、俺たちの素敵船ナイス・ボートを繋いだ桟橋目指して、続々と小舟が向かってきていた。乗っているのは当然、俺たちのような旅人ではなく、ネプトゥウの村人たちだ。

「陸からも来ているようだな」

 冷静なヴィーの言葉を耳にして、俺は視線を戻し、あらためて周囲を見回す。

 なるほど、確かに何人かの村人たちは、自分の足で湖畔を歩いて、こちらに向かってきていた。比較的広場に近い位置から来る、というだけではなく、小舟で桟橋が混むことを見越した上での行動だろう。


 そうやって、俺たち冒険者がキョロキョロしている間に。

「あんたは……。スタトの水先案内娘さんかい?」

 先ほどの第一村人が、レスピラに話しかけていた。

 顔見知りというわけではなく、服装から彼女の職業を判断したらしい。

「はい、そうです。こちらの方々は、風の大陸からの冒険者で……」

 俺たちの紹介まで、レスピラが引き受けてくれる。

 意図せずこの大陸へ転移してしまったこと、でも転移装置は一方通行なこと、だから北の大陸を経由するつもりで水路を旅していること……。そうした事情を、集まってくる村人たちに語っていく。

 第三者視点で俺たちの状況をまとめた話は、当事者目線とは少し違う趣があり、なかなか興味深かった。そう思いながら聞いていると、

「こういう説明って、本来はパーティーのリーダーがこなすべき役割じゃないのか?」

 俺の肩を叩きながら、センが話しかけてくる。

 確かに、その通りだと思う。だが、つい反論が口から出てしまった。

「いや、まあ、そうかもしれないが……。でも相手は、ここの村人たちだろ? だったら余所者よそものの俺が話すより、地元民であり水先案内娘でもあるレスピラに対応を任せた方がいい、と思って……」

「言い訳がましいわね、ラビエスったら」

 すっかりお見通しのマールは、からかい混じりの苦笑いを浮かべていた。


「風の大陸から来たのかい! 何とまあ、遠くから……」

 話を聞いたおばさん――ワンピース姿の女性――は、目を丸くした後、後ろを振り返りながら叫んだ。

「聞いたかい、みんな? この人たち、今までで最も遠くから来たお客さんだよ!」

 凄く大きな声だ。一番近くにいたレスピラが、ビクッとするくらいに。

 いわば、天然の拡声器だろう。

 その声を耳にした村人は、さらに後ろの者へ。

 まるで伝言ゲームのように、話が拡散していく。いや『伝言ゲーム』では、途中で内容が微妙に捻じ曲がるのもゲームの醍醐味だったから、あまり『伝言ゲーム』そのままだと問題があるのだが。

 そうやってザワザワと広がっていく様子を、少し満足そうに眺めるおばさん。彼女に対して、あらためてレスピラが尋ねた。

「あのう……。今の時期って、龍神祭のはずですよね? 私たちは、それを楽しみに来たのですが……」

 途端に、おばさんの表情が暗くなる。釣られるように、レスピラの声のトーンも暗くなるが、それでも彼女は質問を続けていた。

「もしかすると、川にモンスターが出るようになった影響で、お祭りも中止なのでしょうか?」


 考えてみれば。

 昨日の桟橋にあった、無人の屋台。あれが休業していたのも、そういう理由だった。

 店まで来てくれるお客が激減した、という話。

 まあ村の祭りの場合は、離れたところにある出店でみせとは少し違って、「わざわざ危険な思いをしてまで店を出しに行くのは割に合わない」というのはないわけだが、それでも「客が来てくれない」という本質は同じはず。

 おそらくネプトゥウ村の龍神祭は、この村の人のためというより、祭り目当てで訪れる観光客のためという意味合いが強かったのだろう。

 ……と、俺は推測したのだが。


「それもあるけど……。むしろ問題は『龍神の宝珠』なのだよ、お嬢さん」

 最初のおばさんが黙ってしまったのに代わって、その後ろにいた男性が、レスピラに返事を返す。

 胸当て付きのデニム――いわゆるオーバーオール――をはいて、頭には麦わら帽子。見るからに農夫という感じだ。

「『龍神の宝珠』……? 何ですか、それ?」

「ああ、そうか。お嬢さんは知らないのも当然か……」

 苦笑いする、農夫のおじさん。

 俺たちから見ればレスピラは情報通であり、実際、ネプトゥウ村のことや龍神伝説について語ってくれたくらいだが……。そんなレスピラでも、龍神際に関しては「そういう祭りが開かれる」という知識までであり、それほど詳しくはなかったらしい。

「龍神祭は、龍神様を祀るお祭りだからね。『龍神の宝珠』を拝みに行くのがメインイベントなのだけど……」

 と、農夫のおじさんが説明し始める。

 ネプトゥウ村から北へ少し歩くと、小さな洞窟があるのだという。中には祭壇が設置されて、青い宝玉――『龍神の宝珠』――が飾られている。この宝玉には青龍の神威が込められており、実際その力のおかげで、本来はダンジョンであるはずの洞窟にもモンスターが湧かないそうだ。

「おらたちは今まで、村から龍神様の洞窟へ行くまでの間にモンスターが現れないのも、龍神様の御加護だと思っていたのだけどね。どうやら、違ったらしい。洞窟までは村の一部という扱いで、それで出なかっただけなのだよ」

 その言葉を聞いて。

 つい、俺は口を挟んでしまった。

「それがわかったということは……。つまり、洞窟の方は……」

「おや。お兄さん、理解が早いようだね。そう、最近になって、あの洞窟にはモンスターが出るようになってしまったのさ」

「なるほど……」

 と、頷く俺に対して、

「なるほど、じゃねえよ。ラビエス、お前はわかったかもしれないが、俺には、ちっとも話が見えてこねえぞ?」

 渋い表情で、茶々を入れるセン。

 正直なところ、俺だって『理解した』というより『推測した』だけであり、いわば当て推量が正解だったようなものだ。別に俺は、頭の回転も飲み込みも、そこまで早くはないのだから。

 だから、いい加減な理解の俺が話すよりも、正確に事情を把握している村人たちに語ってもらった方がいい。話の続きを促す意味で、農夫のおじさんに視線を向けると、俺の意図が通じたのだろう。彼は小さく頷いてから、続きを語る。

「祭りの下見で、様子を見に行った時の話だよ。洞窟までは問題なかったのに、いざ入ってみたら、モンスターがウジャウジャ湧いてきて……。とてもじゃないが、それ以上は進めなかったのさ」

「祭りの下見ということは、本当に最近の出来事なのですね? 二年くらい前から、ではなくて?」

 と、今度はパラが質問した。

 なるほど、これは良い着眼点だ。つまり、素敵船ナイス・ボートがモンスターに襲われるようになった時期とは違うのだから……。

「そうだよ。去年の龍神際は、滞りなく行われたからね。だったら今年の異変は龍神様の御加護が失われたせいだ、きっと『龍神の宝珠』に問題が起こったのだ、という話になって……」

「腕利きの冒険者でも雇えたら、詳しく調べてもらえるだろうけどねえ」

 最初の作業着っぽいワンピース姿のおばさんが、会話に復帰する。彼女は、意味ありげな目付きで俺たちを見回していた。

「あいにく、川がこんな状態だろ? 村を訪れる冒険者なんて皆無だから、どうしようもなかったのよ」

 ふと、突き刺さるような視線を感じて、周囲を見渡せば。

 彼女だけではなかった。集まってきた村人たちが全員、すがるような目をこちらに向けている。

「どうだい、あんたたち。ちょっくら龍神様の洞窟まで行って、『龍神の宝珠』の様子、調べてきてくれないかねえ? 無事に解決できたら、あんたたちも楽しみだった龍神際、今年も開催できるんだけどねえ?」

   

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