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「ウイルスって何ですか?」――ウイルス研究者の異世界冒険記――  作者: 烏川 ハル
第三章 水の大陸をさまよって

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第六十三話 無人の店(パラの冒険記)

   

「あのお店は、たまたま今日は、お休みなのですか?」

 私――パラ・ミクソ――は、レスピラさんに尋ねてみました。

 彼女は今、屋台のある桟橋へと、素敵船ナイス・ボートを寄せているところです。でも漕ぎながら会話するくらい、彼女には簡単なことでしょう。

「ああ、あの出店でみせは‥‥‥。以前は頻繁に店を開いていましたが、ここ二年くらいは、ずっと休業状態ですね」

 ここ二年くらい、ということは‥‥‥。

「それも、素敵船ナイス・ボートがモンスターに襲われるようになった影響‥‥‥」

 一早く『二年』の意味を理解したラビエスさんが、確認するかのように口に出しています。それを耳にして、

「そうです」

 頷いたレスピラさんが、簡単な説明を始めました。

「そもそも、ここは、この先にあるネプトゥウという村の者がやっている店だったのです。それこそ二年前までは、この辺りまでは、移動というより純粋に船旅を楽しむ目的で、スタトの町から出てくるお客様も多くて‥‥‥。この出店でみせも、結構繁盛していたのですよ」

 屋台の店主自身は、ネプトゥウ村から素敵船ナイス・ボートで通うわけではなく、個人で小舟を所有していたそうです。ただし素敵船ナイス・ボートと同じく、モンスターよけの装飾――水の女神を模した銀色細工――を備えた小舟。だから水の女神の加護が弱まったことで、素敵船ナイス・ボート同様に襲われるようになった、という話でした。

「彼にしてみれば、自分の船がモンスターに襲われることも問題ですが、それ以上に『ここを通るお客様が激減した』ということの方が、深刻だったのでしょうね」

 話を締めくくるような口調のレスピラさんです。

「なるほど。客も来ないのに、わざわざ危険な思いをしてまで、出店しゅってんする意味はないってことか‥‥‥」

 ラビエスさんが「うん、うん」とオーバーに頷いているのは、もしかしたらレスピラさんに対して「わかりました」という意思表示のつもりでしょうか。

 それならば、一連の会話が始まったきっかけは私なのですから、私こそ「よくわかりました、ありがとうございました」的な態度を示すべきかもしれませんが‥‥‥。

 見れば、ちょうど話し終えたレスピラさんは、素敵船ナイス・ボートを桟橋に接舷させる作業をおこなっています。これは、話しかけたら迷惑なタイミングですね。

 レスピラさんは、片足を桟橋へと伸ばして、そのまま踏ん張って、水中にパドルを突き刺すと、

「さあ、着きました。どうぞ、みなさん降りてください」

 私たちに下船を促しました。

 今日の船旅は、これで終わりのようです。


 いつものように、私たち全員が降りてから、レスピラさんは素敵船ナイス・ボートをロープで繫ぎ止めるのでしょう。パッと見た感じ、そのためのくいは見当たりませんが‥‥‥。ここならば、それこそ桟橋の支柱に結びつけることも出来そうです。その方が、いつものくいより安定感がありそうです。

 まず、ラビエスさんとマールさんが、桟橋へと下船していきました。

 見れば、ヴィーさんには「急いで降りよう」という雰囲気はありません。センさんも、彼女に合わせているようです。考えてみれば、彼は、この大陸に来る以前から彼女の『警護』という仕事を引き受けていたのですから、一番ヴィーさんに付き従うべき人物なのかもしれません。

 ならば次は私が降りようかな、私が降りようとすればリッサも続くだろうな‥‥‥。そんなことを思って、私が腰を上げた時。

 リッサが、立ち上がる代わりに、レスピラさんに質問を投げかけました。

「ところで‥‥‥。屋台は、何を売っている店だったのだ?」

 そうです。

 実は私も、それは気になっていました。

 でも、私は聞くのを遠慮してしまったのです。あのお店に関する話は終わりという雰囲気になり、しかも素敵船ナイス・ボートから降りるタイミングにもなっていましたからね。

 大げさな言い方をするのであれば、リッサが尋ねてくれて、私は感謝したいくらいでした。

「ああ、そういえば、それを言ってませんでしたね」

 レスピラさんは微笑みながら、答えを口にします。

ふかポテトですよ。それも、熱々の」


 ふかポテト

 その言葉を聞いて、真っ先に私の頭に浮かんできたのは、あちらの世界――転生前の世界――で食べた『ふかし芋』。サツマイモを電子レンジでチンして作った、甘くて美味しいおやつです。

 実は、小さい頃、私は『ふかし芋』と『焼き芋』を混同していました。

 テレビのドラマやアニメでは、焼き芋屋さん――軽トラックや屋台で焼き芋を売り歩く人――を何度も見ていたのですが、地域の問題なのでしょうか、実物の『焼き芋屋さん』を目にしたことがなかったのです。だから当然のように、本物の『焼き芋』も食べる機会がなく‥‥‥。当時は、家で食べる『ふかし芋』のことを『焼き芋』だと思っていたわけです。

 子供心に「これ、焼いてないのに何故『焼き芋』って言うんだろう?」と不思議でしたが‥‥‥。その疑問が氷解したのは――自分の誤解に気づいたのは――、高校生になって、初めて本物の『焼き芋』を口にした時でした。

 そんな感じで、あちらの世界での出来事を回想していると、

「へえ。ふかポテトか‥‥‥。食べてみたかったな」

 桟橋を歩いていたラビエスさんが振り返って、反応を示しました。

 私と同じ転生者のラビエスさんです。おそらく私のように、転生前に食べた『ふかし芋』の味を思い出しているのでしょう。

「あら、ラビエスらしいわね。ダークビールのつまみに合いそう、とでも思ったのかしら?」

 マールさんが笑いかけると、

「いやいや、ビールとは関係なく‥‥‥」

 ラビエスさんは、軽く手を振って否定しています。

 私も「ふかし芋はビールには相応しくないだろう」と思ってしまいます。ビールなんて飲めないので、あくまでも想像ですが‥‥‥。少なくとも、甘いサツマイモ料理が酒のツマミに相応しいとは思えません。どちらかといえば、ビールには、フライドポテトやジャーマンポテトのようなジャガイモ料理が定番というイメージがあります。

「ははは‥‥‥。ビールのお供ですか‥‥‥」

 レスピラさんも、笑っています。

 しかし、

「まあ、合うかもしれませんね」

 そうレスピラさんが言ったので、私は、少し意外でした。

 どうやら私が思っていたのとは『笑っていた』の意味が違うようです。

 続いて彼女は、さらに具体的に『ふかポテト』の説明を始めました。

「これくらいのカップに‥‥‥」

 と、お茶碗くらいのサイズを手で示しながら、

「よくふかしたポテトを、まるごと一個、入れてあるのです。真ん中には十字の切れ込みがあって、そこに香辛料を振りかけて、バターを一欠片ひとかけら、落としたものです。バターは、ほんの少量なので、お客様の手に渡る頃には、溶けて見えなくなっているのが普通ですね。まあバターは隠し味みたいなもので、香辛料がメイン。ピリ辛の味で、美味しいですよ!」

 あれ?

 香辛料とか、バターとか、ちょっとサツマイモには合わなそうな言葉が出てきましたが‥‥‥。

 ここで、ようやく私は気づきました。

 これ、ふかし芋とか焼き芋のようなサツマイモ料理ではなくて、ジャガイモですね!

 おそらく、私やラビエスさんの世界にある、じゃがバターです!

 ただし、バターは少量とか、隠し味とか、見えなくなっているとか‥‥‥。じゃがバターにしては、バターの存在感が薄いようです。

 それに味も‥‥‥。香辛料がメインでピリ辛というのは、じゃがバターらしくないですね。

 私たちの知っていたじゃがバターとは異なる、異世界版じゃがバターということなのでしょうか。

「皮ごと食べられるのですが、それでも食べる時は、最初だけでも、十字の切れ込みのところから小さいフォークで皮をめくるのが一般的です」

 私が頭の中のイメージを何度か描き直している間にも、レスピラさんの説明は続いていました。

「そうすると、皮で閉じ込められていた感じの湯気が立ちのぼるのですが、これがまた、香辛料とバターで味付けされているから、なんとも美味しそうな匂いでして‥‥‥。まずは香りを楽しむ、というのが、基本的な食べ方になっていて‥‥‥」

 話を聞きながら、私は、ふと考えてしまいます。

 最初に『ふかポテト』という言葉から、ふかし芋やら焼き芋やらを連想してしまいましたが‥‥‥。

 この世界で『ポテト』と言えば、サツマイモではなくジャガイモなのが常識でした。サツマイモのような甘い芋は、こちらの世界に来てから一度も口にしていないような気がします。

 もちろん、同じ『こちらの世界』であっても、東の大陸と西の大陸とでは食べ物が違う可能性はあるでしょう。この大陸では、もしかしたら、今まで食べられなかった「あちらの世界っぽいもの」を口にする機会もあるかもしれません。

「なんだか、聞いているだけでヨダレが出て来そうな話だなあ」

 ふと、センさんが呟きました。

 それに呼応するかのように、

「まったくだ。しかし、いくら美味しそうな話を聞かされても、店が閉まっている以上、食べられないわけだから‥‥‥。まるで拷問だな」

 ラビエスさんが苦笑しています。

 レスピラさんは笑顔を保ったまま、軽く、首を横に振りました。

「まあ、少し待ってください。今この場では無理ですが、ネプトゥウ村まで行けば、きっと‥‥‥」

 しかし、ここで彼女は、いったん言葉を切りました。まるで我に返ったかのように真顔になって、私の方に顔を向けます。

「パラさん、そんな姿勢のままでいると、危ないですよ。降りるなら降りる、降りないなら降りないで、どちらかにしないと‥‥‥」

 そうでした。

 私は下船しようとして、立ち上がったところでした。

 レスピラさんは『降りないなら降りないで』と言いましたが、それは言葉の綾でしょう。早く私たちが降りないと困るはずです。

「ああ、ごめんなさい!」

 私は謝罪の言葉と共に、慌てて素敵船ナイス・ボートから降りるのでした。


 全員が降りた後は、テントを設置して、夕食です。

 テントを建てたり、食事をしたり‥‥‥。十分なスペースがあります。川のすぐ近くとは思えないほど、広々とした野原です。

 夕食は、もちろん、いつもの保存食。美味しそうなふかポテト――ただし実物は見たことがないのでイメージです――と比べると、少し味気ないかもしれませんが、それでも、夕食は夕食です。

 そして。

 そうやって食べている間に、レスピラさんが、話の続きを始めました。

「先ほど、ネプトゥウ村まで行けば食べられる、と言いかけましたが‥‥‥」

 ネプトゥウ村。

 レスピラさんの説明によると、おそらく明日の昼頃には、その村に着くそうです。

「‥‥‥ちょうどネプトゥウ村では、祭りの時期ですからね。町の中心にある広場には、たくさんの屋台が出ているはずです。当然、ふかポテトもありますよ」

 彼女の言葉を聞いて、真っ先に反応したのは、リッサでした。

「祭りか‥‥‥。それは楽しそうだな」

 いかにもワクワクしているといった感じの、少し弾んだ声です。

 でも。

 彼女の顔に視線を向けると。

 私には、遠くを見つめるリッサの瞳が、ただの『ワクワク』を通り越して、羨望の眼差しのように見えてしまいました。

 それには気づかぬふりをして、

「そうですね。楽しみですね!」

 私は、リッサに合わせましたが‥‥‥。

 おそらく。

 今までリッサは、そうした『村の祭り』は、見たことも参加したこともなかったのでしょう。

 こうして一緒に冒険をしていると忘れそうになりますが、リッサはラゴスバット城のお姫様です。ずっと城で暮らしており、城を出ることがあっても、貴族同士の付き合いに限られていたのでしょう。

 本来ならば、そうして『お城の姫様』として一生を過ごすはずだったところを、ひょんなことから、外の世界を見て回れるようになったのです。

 ならば。

 リッサにとっては、ここ水の大陸も、元いた東の大陸も、どちらも「外の世界!」ということで、あまり変わりはないのかもしれません。どちらも、楽しむべき冒険の舞台に過ぎないのかもしれません。

 ふと、そんなことも思ってしまいました。


 そうやって私がリッサのことを考えている間にも、レスピラさんは、ネプトゥウ村の祭りについて説明を続けています。

「龍神祭と言うのですよ。ネプトゥウ村の祭りは」

「‥‥‥龍神祭?」

 ヴィーさんが、少し眉間に皺を寄せながら、聞き返しました。

「そうです。そもそも村の名前になっている『ネプトゥウ』というのが、龍神のことなのです」

「ほう」

 ヴィーさんは、険しい表情のまま、そう呟きました。

 何でしょう? 何か思うところがあるのでしょうか?

 これに対してレスピラさんは、ヴィーさんの不満ありげな表情には気づかない感じで――あるいは気づいているけれど敢えて気づかないふりをしたまま――、

「龍神ネプトゥウとは‥‥‥」

 龍神にまつわる伝説を語り出すのでした。

   

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