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第三十三話 魔剣の能力と爆炎の威力・中編(ラビエスの冒険記)

   

「迎え撃つぞ!」

 俺――ラビエス・ラ・ブド――は、確実に仲間たちに伝わるように、大声で宣言した。

「おう!」

 早速リッサが、腰の鉤爪を装着して、ランスゴブリン目がけて走り出そうとするが‥‥‥。

「待って、リッサ」

 マールが、それを冷静に止めてくれた。

 そう、ランスゴブリンを普通のゴブリンと同じと思って対処してはいけない。長い槍を振り回す、というだけで、ランスゴブリンは厄介な相手のはず。武闘家の拳が届くより先に、あの槍に突かれてしまうだろう。

 だから近接攻撃よりも、魔法のような遠距離攻撃から始めるのが良策な気がする。もちろん戦士や武闘家だって、モンスターの攻撃を避けながら戦えば済む話だが、それだって、あらかじめ魔法でダメージを与えておいた方が、回避しやすくなるだろう。

 おそらくマールも同意見のはず。だから彼女はリッサを制止したのだ。俺は、そう思ったのだが、

「まずは、私にやらせて」

「おい、マール?」

 マールの言葉を聞いて、俺は驚いて、思わず叫んでしまった。そんな俺の袖を、パラがくいくいっと引っ張る。こんな時に何を、と思いながら振り向くと、わずかにパラは微笑んでいた。

「まあ、見ていてください。ここは、マールさんを信じて」

 それに対して俺が応えるより早く、マールが、腰の剣を引き抜いていた。いつもの軽片手剣ライトソードではなく、炎魔剣フレイム・デモン・ソードの方だ。

「ああ、そういうことか‥‥‥」

 俺は、なんとなく理解した。

 これから起こる出来事を予想しながら、マールが手にした炎魔剣フレイム・デモン・ソードに視線を向ける。剣全体も赤いが、『炎の精霊』フランマ・スピリトゥが武器とした時は、刀身部分が一際ひときわ赤く、灼熱の輝きを見せていたはず。

 一方、今は、つかやいばも同じ程度に赤いだけ。『灼熱の輝き』など微塵も感じられない。少し物足りなく思ってしまうが‥‥‥。

「‥‥‥ふんっ!」

 気合を入れて、マールが、ぎゅっと剣を握り直した瞬間。

 炎魔剣フレイム・デモン・ソードは、以前のように『灼熱の輝き』を取り戻した。刀身全体が燃えている。炎に包まれている。まさに『炎魔剣フレイム・デモン・ソード』という名称に相応しい、燃える魔剣だ。

「おお! 凄いな!」

「でしょう? でも、驚くのは、これからですよ」

 リッサに対して、パラが説明している。彼女は、一度『ヒルデ山の洞窟』のダンジョンで見ているのだろう。ただし、こういう場合、先に解説されてしまうと、少し興ざめなのだが。

「はっ!」

 マールが気合を入れて剣を振るうと、その切っ先から、斬撃と炎が飛び出した。かつて俺たちも体験した、あの遠距離攻撃だ。

 その攻撃は、三匹のうち、真ん中のランスゴブリンに直撃した。モンスターは斬撃で右腕を斬り飛ばされ、右半身を炎に包まれる。つまり、武器を使えなくなった上に、大火傷おおやけどを負った状態だ。

 一匹が大きく傷ついたのを見て、残りの二匹は、一瞬だけ躊躇したものの、構わず俺たちに向かってきた。

「今のうちに!」

 叫んで駆け出したマールに続いて、

「では、私は右側を!」

 パラが宣言する。ヒト型モンスターと戦うのは抵抗あるはずだが、少しは苦手意識も減ってきたのかもしれない。あの『炎の精霊』の洞窟でも、ブラッドバットが多かったとはいえ、時々ゴブリンも出てきたわけだから。

 とりあえず、彼女たちの意図を理解して、俺は左の一匹を狙って呪文を唱える。

「ヴェントス・イクト・フォルティシマム!」

 同時に、パラの呪文詠唱も聞こえてきた。

「イアチェラン・グラーチェス・フォルティシマム!」

 パラが得意の炎魔法ではなく氷魔法を選択したのは、ヒト型モンスターを燃やしたくない――肉の焦げる匂いが嫌――という配慮なのだろうか。

 ともかく。

 俺の超風魔法ヴェントガと彼女の超氷魔法フリグガが、それぞれランスゴブリンに襲いかかった。

 これで二匹にダメージを与えつつ、足止めすることになる。その間に、リッサも走り出していた。

 そして、先にモンスターの位置まで達したマールが、

「えいっ! えいっ!」

 魔法で傷ついた二匹を、それぞれ一刀のもとに斬り捨てる。

 こうして見ると、剣の切れ味自体、今までの軽片手剣ライトソードとは比べ物にならないようだ。さすが、炎魔剣フレイム・デモン・ソード

 続いて、マールより少しだけ遅れてモンスターと対峙したリッサが、最後の一匹に鉤爪の連打を叩き込む。

「ラゴスバット・クロー! ラゴスバット・クロー! ラゴスバット・クロー!」

 これで、そのランスゴブリンも絶命した。

 ちゃんと『武器を使えなくなった』一匹をリッサに残したのが、マールの配慮なのだろう。

 こうして。

 初めて出くわしたランスゴブリンだったが、俺たちは苦もなく倒すことが出来たのだった。


「では、戻ろうか」

「‥‥‥そうだな」

 少し物足りないという態度ではあったが、リッサは、俺の言葉に従ってくれた。

 リッサとしては、まだまだ戦いたいらしい。それでも『変に欲張らず一回の戦闘で終わりにする』という、昨日の打ち合わせは守ってくれるのだから、地方領主の姫様というより、もう立派な冒険者仲間だ。

 俺は、少しリッサを元気づけようと思って、ちょっとした考えを口にする。

「モンスターの出現はランダムだろうからな。馬車から十分離れたら、直ちに襲ってくる、というわけでもあるまい」

「‥‥‥ん? ラビエスは、何を言いたいのだ?」

 まだまだ説明不足でリッサには通じなかったが、これだけでマールにはピンと来たらしい。

「そうね。今この場所が、そのギリギリの距離とは限らない。既に『馬車から十分離れて、モンスターが冒険者を襲える領域』に入ってから、かなり歩いた‥‥‥。そんな可能性もあるわね」

「そうですよ!」

 マールの補足で、パラも理解したようだ。

「ここから馬車まで戻る間に、もう一度くらい、モンスターが出てくる可能性はあるんですよね?」

「そういうことだ。だから、しっかり体力も魔力も残した状態で、馬車やテントのところまで戻る必要がある。うっかり空っぽの状態でモンスターと遭遇したら、大変だからな」

 それこそ、元の世界のRPGゲームならば、よくある話だ。安全な村や町まであと一歩のところで強いモンスターと出会って全滅する‥‥‥。それでもゲームならセーブした場所からやり直せるが、現実の冒険では、そうもいかない。

 さすがにゲーム云々は口に出来ないが、俺の説明でリッサにも伝わったようで、

「なるほど! では、帰り道も十分警戒するべきだな!」

 周囲を見回しながら、東へ向かって歩き始めた。


 口ではリッサに対して、ああ言ったものの‥‥‥。

 俺は実際、テントまで戻る間に再び戦闘があるなどとは考えていなかった。それこそ、モンスターとの遭遇はランダムだ。偶然の出会いが、そうそう頻繁に発生するとは思えないからだ。

 だから、比較的気楽に、俺は歩いていた。そして、先ほどの戦闘に関して、マールに質問する。

「なあ、マール。ひとつ教えてくれ」

「何かしら?」

「あの炎魔剣フレイム・デモン・ソード、最初は刀身も光っていなかったが‥‥‥。あれ、気合を込めると燃える感じになるのか?」

「ああ、あれね」

 マールは、いったんパラの方を向いて、二人で微笑みを交わす。それから俺に対して、

「パラが言ってくれたのよ。魔力を込めるんじゃないですか、って」

「ああ、なるほど」

 マールとしては、パラの魔法士ゆえの発想だと思っているだろうが、俺は違うと感じてしまう。

 魔法士だからというより、転生者だからこそ、パラは思いついたのだろう。武器に魔力を込めるというのは、いかにも元の世界の漫画やアニメにありそうな考え方だ。それが実際に、思った通りになったということは‥‥‥。このファンタジー世界は、そういう部分では『漫画やアニメ』に近い、ということなのかもしれない。

 そして。

 今の話を聞いて、俺の中で、研究者特有の好奇心がムクムクと頭をもたげる。

「その剣、ちょっと貸してくれないか」

「いいけど‥‥‥。何をするつもり?」

 少し心配そうに、マールは炎魔剣フレイム・デモン・ソードを俺に手渡した。

 まず、鞘から抜いたばかりでは、やいばに炎の輝きは見られない。

 それを確認した上で、

「はっ!」

 気合と共に、魔力を込める。

 炎魔剣フレイム・デモン・ソードが、その名に恥じぬ輝きを見せ始めた。

 しかも。

「あら‥‥‥」

 マールが思わず呟いたように、彼女が使った時よりも明らかに強く光っている。

「そりゃあ、私は戦士ですからね。こういうことに関しては、魔法士のラビエスの方が、私より上なのも当然かしら」

 悔しがっているような言葉だが、口調や表情から判断すると、それほど気にしていない様子。

 それよりも、

「では、次は私が!」

 パラが飛びついてきた。

 そうそう。

 こういうことは、複数で検証してこそ面白いのだ。

 俺から炎魔剣フレイム・デモン・ソードを受け取ったパラは、

「‥‥‥こうですかね?」

 自信なさげに、魔力を注入する。

 だが、彼女の態度とは裏腹に、炎魔剣フレイム・デモン・ソードは、その輝きを増した。

「これって‥‥‥」

 マールが、いかにも面白おもしろおかしい、という口ぶりで言う。

「‥‥‥ラビエスよりパラの方が、上手に魔力を込めたってことかしら。あるいは、持っている魔力自体が多いのかしら」

 いや、素直に考えたらそうなるのだろうが‥‥‥。

 研究者的には、別の可能性も検討したくなる。

「待て待て。俺とパラとで、魔力の重ねがけになった、という可能性もあるぞ」

「あら、負け惜しみ言っちゃって。ラビエスったら、可愛いわね」

「いや、負け惜しみじゃなくてさ。きちんと検証したいだけだ」

 嘘ではない。これが研究者魂だ。

「ならば、試してみましょう」

 言いながら、早速パラが、いったん鞘に収めた炎魔剣フレイム・デモン・ソードを引き抜く。剣を抜くと同時に魔力を込めたとみえて、その刀身は既に赤く輝いていた。

「やっぱりラビエスの時より、赤く見えるけど‥‥‥?」

「わかった。重ねがけ説は撤回する」

 俺が納得すると、

「私も試してみよう」

 リッサも検証実験に参加してきた。パラと同じように、鞘から炎魔剣フレイム・デモン・ソードを抜くと‥‥‥。

「あら!」

「凄い!」

 マールとパラが、同時に声を上げた。それくらい、一目瞭然だった。

 リッサが手にすると、炎魔剣フレイム・デモン・ソードは、誰よりも赤々と輝いたのだ。もう、俺とパラの比較が馬鹿らしくなるレベルだ。

「私が一番だな!」

 素直に喜ぶリッサに対して、つい俺は言ってしまった。

「そうだろうな。リッサには『魔力の指輪』もあるからな」

 リッサの右手に装備された指輪は、魔力増幅アイテムでもある『魔力の指輪』。それを考慮するべき、と純粋に――研究者的視点から――指摘したつもりだったのだが。

「あらあら、また負け惜しみを‥‥‥」

 マールが、面白そうに笑う。

「では、また『検証』します? リッサの指輪を外してから、もう一度、試してみますか?」

「いやいや。それは、やめておこう」

 パラの提案を、俺は即座に否定した。

「『魔力の指輪』は、リッサから外さない方がいいと思う」

「そうだな。これは大切な指輪だからな」

 リッサは、自分の右手を見つめながら、俺に同意するが‥‥‥。

 俺が言ったのは、そういう意味ではない。

 リッサは、防御魔法と転移魔法を使える白魔法士だ。『炎の精霊』フランマ・スピリトゥと戦った時も、その二つの魔法のおかげで、俺たちは助かったようなものだ。つまり、リッサの魔法こそ、俺たちのパーティーが強敵と遭遇した時の生命線いのちづななのだ。

 それを考えると、リッサの魔力は、多いに越したことはない。『魔力の指輪』で誰か一人の魔力を増幅できるなら、当然、リッサということになる。

「まあ、指輪のことより、今は炎魔剣フレイム・デモン・ソードの話だ。とりあえず、検証の結果‥‥‥」

「私ではなく、ラビエスたちが使った方がいい、ということかしら?」

 マールは、俺の言いたいことを先取りしたつもりかもしれない。いつもは『俺の言いたいこと』を先にわかってしまうマールだが、珍しく今回は外れていた。

「いや、それも違うと思う」

 否定してから、俺は説明する。

「いったん魔力を込めてしまえば、鞘に入れるまで効果が続くのだろう? それこそ炎の球を飛ばしても、それで魔力が消費されて消えるわけでもなく、剣の輝きは残っていたからな」

 その点は、先ほどの戦闘で確認済みだ。

「そうね。途中で魔力を入れ直したわけじゃないのに」

「ならば、使い始める時に、魔法士の誰かが魔力を込めて、それを戦士であるマールが使う‥‥‥。これが最善手じゃないかな?」

 少なくとも、剣術そのものは、マールが一番のはず。これまで戦士として、剣を振るい続けてきたのだから。そこは今さら説明するまでもないだろう。

「つまり、私が魔力を込めるのが一番良いのだろうか?」

 先ほどの検証の結果を踏まえて、そうリッサは考えたのだろう。

 だが、これに対しても、俺は首を横に振る。それだけで、魔法士のパラには意図が伝わったらしい。

「魔力チャージ係は、私かラビエスさんで十分でしょう。リッサの魔力は、防御魔法や転移魔法のために、残しておいてください」

「そうそう。それを言いたかった」

 もしかするとパラは、同じ魔法士だから、というだけでなく、同じ転生者だからこそ、俺の考えを見抜いたのかもしれない。そうであるならば、やはり武器の魔力チャージという考え方自体、元の世界のゲームや漫画の影響なのだろう。

「そういうことなら‥‥‥」

 話をまとめるマール。

 彼女は、俺の腕に抱きつきながら、

「なるべく私は、ラビエスの近くを離れないようにして、ラビエスを魔力チャージ役にするのが良さそうね。パラでもリッサでもなく」

「‥‥‥ん?」

 少し戸惑う俺に対して、

「だって、リッサだけでなく、パラにも『封印された禁断の秘奥義』という切り札があるでしょう? 魔力の無駄遣いは避けるべきよ。‥‥‥その点あなたには、あなたにしか出来ない魔法なんて、ないわけだから」

 あれ? 魔法士としては、俺が一番の役立たず扱いなのか?

「そんなことはないぞ。治療に関しては、ラビエスの白魔法は天下一品だ」

 リッサがフォローしてくれたが、

「ええ、『治療師』としてはね」

 一言、加えるマール。

 話はそれで終わりとなったが‥‥‥。

 マールの口調は「でも『冒険者』としては、ごくごく平凡」と続けているようにも聞こえた。

   

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