夢で出会うというロマンチックな展開は、期待してませんでした。
「必ず...守ってあげる。だから...」
血まみれの顔、刺傷だらけの手。おねえちゃんは、それでも、最期までわたしのことを。
「安心しておやすみ...」
真紅に染まった手を伸ばす。おねえちゃんの手が、わたしの髪に触れた。
燃え盛る炎はなお、鮮やかに。
「おねえちゃん...」
「大丈夫よ。だれも、かわいいお前の心臓を取って食いやしないさ。」
「おねえちゃん...」
「あぁ、月が消える。また、目覚めさせてあげる。だから...」
おねえちゃんは微笑んだ。最期のおねえちゃんは、とてもきれいで...
「おやすみ、アリス。」
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
其処は、誰も居ない世界だった。
カツン...コツン...
ピピピッ...ビィイイイイ――!!
「言った筈です。静かになさい。」
或る男は使い古された9ミリ拳銃をけたたましく鳴る防犯装置に向かって構えた。
パアン...
ピピッ...ガシャンッ――ピィイイイイ―――
防犯装置は激しく崩壊し、重々しい鉄のドアにぶつかった。
ガクン...ゴゴゴ...
鉄のドアが誤作動をおこし、開いた。ずうっと使われていない様だった。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「此処に居ましたか。パルフェ・ラングドシャ」
ドアの先にいた少女に、男は声をかけた。少女が振り向く。
「あぁ、やけに遅かったじゃあないか、坊主。」
振り向いた少女の顔はわからない。ガスマスクをつけ、フードのついた黒いマントを羽織っているためである。男も同様だ。
「......とりあえず、先に進もう。」
「その前に、こいつをどうにかしろ。」
少女は、目の前にそびえ立つ扉を指さした。「あたしゃやりたくないねえ。魔力の無駄だ。」
男はため息をつく―少女に睨まれたため、すぐに息を吸ったが―と、扉に向かって手をかざした。
「我が名において、命令する。破壊せよ。」
巨大な魔法陣が現れ、魔法陣から光が発せられた。その光は、扉にぶつかると、
バンッ...
音を立てて、扉を破壊した。少女がチャラけた様子で、「お見事っ!」と言った。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
扉の先には、水槽があった。
無数の円柱形の水槽が、所狭しと並んでいた。水槽のあるその空間は、沢山の電子機器が並んでおり、電子音を空間に響かせていた。
「此処が..."再生世界"の保管庫...」
少女と男は息を呑んだ。その空間には、不思議な沈黙が流れていた。
長年、ずうっと誰も足を踏み入れなかったからなのか。
まるで訪問者を拒むような、沈黙。
沈黙を破ったのは、少女が発した荒い呼吸だった。見つけてしまったのだ。
―― 其の水槽に、一人の少女がいた。
「あぁ...」
水槽の中にいたのは、幼い顔だちの少女だった。
銀と黒のメッシュの髪を、お下げにして(三つ編みではない)その長いまつ毛を伏せていた。
「綺麗だ...」
男と少女の口から、感嘆の声がもれた。
美少女だからではない。少女の放つ雰囲気こそ、少女のまとう空気が、美しかった。
「此処に、資料がある。」
男が近くのテーブルの上に乱雑に置かれていた紙の束を手に取った。血と思われるシミがべっとりとついていた。
「"取扱説明書"」
男が低くよく通る声で読み上げていく。「"識別番号 S-31号機。またの名を―」
ルーシェ
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「ルーシェ...」
僕は、その名を脳に刻み込ませるように繰り返した。
―― てか、此処どこ?
僕― 九条 碧斗は辺りを見渡した。電子音が空間を満たし、青いライトが目に痛く光る。
―― なんたかラボみたいだな。
夢だとは分かっていた。頭がぼんやりするし、体の自由が利かない。何より、状況が手に取るようにわかった。
―― ここは、人類の約十分の九が滅んだ時代。少女と男は、生き残りの軍兵として、この"ウイルスから守られるバリアに囲まれた島"の安全確認のためにここへ来た。
再び、視線を男と少女に向ける。
自分はのことはどうやら見えていないらしい。もしくは、資料に夢中で気づかないか。
前者の方が有力である。
―― しっかし...やっぱ夢でも魔法バリバリは見ててワクワクするな。
扉を破壊するときの魔法陣のことだ。碧斗は、寝る前に読んだラノベを思い出す。魔法使いの主人公の冒険譚。
―― こーゆー異世界に、転生したいものだ。
いっそのこと、トラックにでも突っ込んで、死んでもいい。
"こんな世界から目覚められるのなら"
碧斗がしみじみと頷いていると、男の説明書を読み上げる声が止まった。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「彼女は...そうか。そうなんだ。」
―― 何が?説明ぜんっぜん聞いてなかったわ。なんのこと?
僕は説明書を覗き込もうとしたが、何故か霧がかかったように見えない。
男が再度読み始めた。
「"備考 ルーシェには、再生世界の全てとなるプログラムを埋め込んでいるため、アリスの発動時には、――――となる。"」
少女が固唾を呑んだ。男も、一瞬動揺した面持ちを見せたが、すぐに冷静になると、資料をテーブルに置いた。
―― 何があった?え、ちょ、なに?
男は水槽にはめ込まれているディスプレイをいじり始めた。
少女はそれを見守る。
ピッピッピ...
「どうやら、俺達は運良く地球の誕生日に遭遇できたようだ。」
「ああ、どうやらそのようだな。実に光栄だな。」
ピッピッピ...
碧斗の意識が、だんだんと現実に引き戻されていく。その風景が残像となり、かすれていった。
―― なんか...最後まで見たかったな...
そこで、碧斗は空間から消えた。
だが、まだ終わってはいなかった。
「俺達は、一から作り直すんだ。世界を。アリスを目覚めさせるその日まで。」
「そして、アリスが目覚めたあかつきには...」
少女が口角を引き上げて、歪んだ笑みを見せた。
ピピピッ...ピィイイイイイイイイイイ――――――――!
【S-31号機の運転を開始します。】
パリンと水槽がわれ、液体が噴出した。中から出てきた少女―ルーシェが、ゆっくりと、ぎこちなく歩きはじめ、男と少女の前で止まった。
目を開ける。
銀と赤のオッドアイが輝いた。
「ハジメマシテ」
男はルーシェの手を取って言った。
「初めまして、S-31号機―ルーシェ。君のおかげで...」
男は優しさのベールをかぶった、悪魔の笑みを浮かべた。直視すれば、人間不信に陥りそうなほどの瞳。
「また、世界が始まるよ?」
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
これが、僕と彼女の最初の出会いだった。
お読みいただき、ありがとうございました。