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ラッキーデイ

作者: ディひター

 朝の情報番組の占いで、山羊座が一位だった。


『いまだかつてないほどの幸運がアナタに舞い降りる?』なんて、まるでエロ本雑誌の裏表紙にでも書いてありそうな文句をテレビ越しに言われてしまった。ただでさえ毎朝この番組のアナウンサーの笑顔を見ることができて幸せだというのに、これ以上の幸せが俺に舞い降りてしまうとは! これは……今日俺は、どうにかなってしまうのではないだろうか。


 意気揚々とアパートを出ると、外は暖かかった。もう十一月だというのに、長袖では暑いくらいだ。すぐに部屋に戻り新聞をチェックしてみると、今日の最高気温は26℃、最低気温は18℃。な、なんて過ごしやすい気温なんだ! 急いで半袖に着替えて出かけることにする。


 大学までは自転車で五分も漕げば着くのだが、今日は運良くすべての信号がちょうど青だった。ひたすらに下り坂を進み、三分もかからずに大学に着いてしまう。よっしゃ、ラッキーオール!


 1限のゼミの教室に入ると、そこはパーティー会場と化していた。壁には折り紙で作られた輪が張り巡らされていて、テーブルにはケーキにお菓子にジュースが載っている。極めつけにはホワイトボードに、『Herzlichen Glueckwuensch zum Geburstag!!』と書かれている。ドイツ語で『お誕生日おめでとう』の意だ。見るからに誕生パーティーの準備をしている友人に話を聞いてみると、どうやら今日は俺たちのドイツ語の先生の誕生日らしい。そこで授業を楽にする意味合いも込めて、誕生会を開く準備をしているそうだ。今日の課題をやっていなかった俺としては、喜ばしいことこの上ない。


 そのまま2限まで楽しく騒いだ俺たちは、生協前広場に弁当を買いに行った。好物のカツ丼を手にすると、なんとカツがいつもの倍入っているではないか! しかし良心の権化である俺はこのまま持って行くことはせず、きちんとオバちゃんにことを告げた。するとなんと返ってきた言葉は、ラッキーだね、よかったね、だ。持って行っていいのか。なんという幸運。


 しかし途中で飲み物を買い忘れたことに気づき、自動販売機に小銭を投入する。500ml入りのお得な炭酸ジュースのボタンを押すと、いつもの通りに下のルーレットが回り出す。まだ一度も当たったことはないが、今日の俺なら、ひょっとするとひょっとして……!


 合計5本のジュースは流石に一度には飲み切れず、4本はタブを開けることなくそのまま文学資料室の冷蔵庫に突っ込んだ。午後の授業は全て休講になってしまい、バイトの時間までそのまま友人達とダベることにする。


 バイト先のコンビニでレジを打っていると、常連のお客さんに時々、「釣りはいいや」と言われることがある。微々たる金額なので大抵は募金箱にそのままインするのだが、「募金箱に入れとけ」と言われない限りは、貰ってもいいことになっている。その額は今日はやたらと多かった。すでにポケットの中には、千円以上が貯まっている。こんなことがあっていいのだろうか、ああ、構わない。今日はラッキーデイなんだから。


 シフトも終盤に差し掛かり、そろそろ帰ろうかという辺りで、一人の若い女性客がやってきた。今まで会った人々の中で、一番ってぐらいに美人。思わず目で追ってしまう。

「これ、お願いします」

 ウォークインの冷蔵庫からペットボトルの水を1本持って来て、俺のいるレジに立つ。あれ、この人ってひょっとして……

「お客さん、ひょっとして……『目を覚ませテレビ』の決野アナじゃないですか?」

「あら、私の事御存知なんですか?」

「そりゃあもう! 今朝だって占い見てきました。一位、確かに当たってましたよ!」

「別に私が占ってるわけではないんですけどね」

 これは、なんという幸運! 今日一日はいいことがあると思っていて、確かにその通りだったが、ここまでのラッキーは予測の範囲外だった。

「俺、ずっとファンだったんです。テレビで見るよりずっとキレイですね!」

「ふふふ、ありがとうございます。店員さんもカッコイイですよ」

 そう言ってもらえるなんて! 今日は人生最良の日だ! いやっほう!



 浮かれ気分でシフトが終わり、店を後にすると、木枯らしが激しく吹いていた。昼間と違って、冷たい風だ。半袖で部屋を出てきた俺にはだいぶキツい。さらに自転車を漕いでいる最中に、土砂降りが襲ってきた。そんな、今日は暖かい一日になるって天気予報にあったのに。今日一日は幸運に包まれていると思ったのに。


 そこでふと気が付いた。今日一日……?


 腕時計に目をやると、12時ジャストで止まっていた。くそっ、電池が切れてやがる。雨にもかかわらず携帯電話を出してみると、『00:12』という時間が見えた。なるほど、もう日付が変わったから、俺の幸運は終わったってことか。ガックリしてしまい、体から力が抜けてしまう。その際に携帯電話も水たまりの中に落としてしまって、真っ二つに割れてしまった。ツイてないなぁ。




『ゴメンなさい、いまだかつてないほどの不幸がアナタに舞い降りるかもしれません』なんて、決野アナは翌朝告げた。もう遅いよ、散々降りかかったよ。昨日の幸運の裏を見せられた気分だ。しかも、この不幸な一日はまだ始まったばかりだなんて。今から気が重い。

 いっそ占いなんて、朝でなく、深夜にもやってくれ。日付が変わる前に。

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