不定期開催ジビエの日:解体
内臓がボロンします、グロ注意です。ではどうぞ
小春日和の土曜日、冬のくせになんだかポカポカしていたその日は、久しぶりのお日様が気持ちよくてついつい二度寝してしまった。
「はー、よく寝た。今日はあったかいし、ストーブの薪も少なくて済みそうだ」
僕はいつもより少しだけ薪をケチって火を入れる。火がついたのを確認したら身支度を軽く整えて朝食にした。メニューは、ご飯、味噌汁、納豆、それとタラの粕漬けだ。
「たら、うま」
僕が平和な朝食を取っていると、いきなりチャイムが鳴った。まだ朝の七時だよ?早いよ。
そう思いながら残ってたご飯を一息にかきこんで玄関へと向かう。
「はーい、どちら様?」
ドアを開けると、ご近所の刈谷のおじさんがいた。
「あ、刈谷のおじさんじゃん。どうしたのさこんな早くに?」
「おう坊主、実はだな……」
「なんか長引きそうだね、中へどうぞ」
「あ、ああ。邪魔するぜ」
僕は刈谷のおじさんを家に入れ、お茶を出した。だけどおじさんはよほど慌てているのか、お茶に目もくれずこう言った。
「坊主、お前はジビエが好きか?」
僕は首をかしげる。とてもじゃないけどそんな慌てるような話には聞こえないからだ。
「大好きだけど、それがどうしたの?」
「じゃあ坊主、質問を変える。お前さん、動物の解体ってできるか?」
なんとなく展開が読めてきた気がする。
「できるよ」
するとおじさんはホッとした顔をして、とんでも無いことを言い放った。
「鹿、ハネちゃった」
「え?」
「だから鹿、ハネちゃった」
要件が読めた。
「だから僕に鹿を解体しろと?」
「ご名答」
「自分でやりなよ」
「俺は鳥しか捌けん」
なんだよそのドヤ顔、朝イチから血生臭いお話持って来といて生意気な。でも断る気はない。
「はあ……いいけど、おじさんも手伝ってね?後、お肉の配分についてなんだけど」
そう、この辺では解体するだけでお肉を手間賃としてもらえるのだ。こんなに割りのいいバイトも中々無い。
「そうさなあ……うちは食う奴なんてそんないないし、ヒレ肉一本と足の肉二本分、後は坊主にやるよ」
「いい部位ばっか持ってくね……まあそれでいいよ、ところで鹿はどこに?」
「ああ、軽トラの後ろに積んである。下ろすからどこで解体するか教えてくれ」
「それじゃあ裏山でやるからそこまでお願い」
「わかった」
おじさんがトラックに乗って鹿を裏山まで持って行った。僕はスコップと山刀、それとロープにホースを持って裏山へ向かった。あ、安全メガネも持って行こう。
僕の家の裏山兼裏庭には、大きな樫の木が生えていて、その近くにドラム缶があり、コンクリートブロックの台の上に乗っている。僕はドラム缶に水を満たし、コンクリートブロック間に薪をくべて火をつける。そしてスコップでドラム缶の横に深く穴を掘る。ひとしきり準備を終えると、遠目に見ていたおじさんがこちらにトラックを寄せて鹿を持ってきた。
「坊主、この辺でいいか?」
「あ、うんそこでいいよ。ところでおじさんブルーシートある?」
「おう」
「じゃあそれ、その辺に敷いておいてくれない?」
「わかった」
僕はその間に鹿の後ろ足にロープを結びつけて、結んでない方のロープの先に石をつけて樫の枝に投げつける。ロープが枝にかかり、石のついたほうが手の届く位置まで落ちてきたので、僕はロープを引っ張り鹿を木の枝にぶら下げた。そして鹿の真下にはさっき掘った穴がある。
次に僕は、ホースを裏口の蛇口に取り付けて鹿のあるところまで伸ばす。
そうして下準備を終えれば僕はマスクとゴム手袋をポケットから出して装着し、チェーンソーを使う時にかける安全メガネをかけた。
「それではオペを開始します。クランケは鹿、成人男性。オペの目的は内臓全摘出手術と瀉血です。瀉血から行います」
僕は山刀を鹿の喉、頸動脈に当ててそれを断ち切る。鹿はまだ死後硬直も始まってないほど死にたてで、生温かい血が勢いよく出てきた。冬場の冷たい空気に湯気が立つ。
しばらく待って血の出が悪くなったところで僕は次のステップに進むことにした。
「それでは内臓全摘出の方へ移ります」
先ずは肛門の周りをくるりと切る。そして、内臓を傷つけないように慎重に腹を開いていく。
ある程度切り進むと、腸がでろんと出てきた。
「ホルモンも食べてみたいけど寄生虫が怖いんだよね。またの機会に」
僕はさらに腹を切り進め、心臓をはっけんした。
「ハツは循環器系だから食べても大丈夫だよね?」
僕は謎の言い訳をして、軽く心臓を揉む。すると頸動脈から勢いよく血が出てきた。
「こりゃいいや、もう少し血抜きしてみよう。おじさーん、蛇口ひねって!」
僕は、やっぱりまた遠目で見ていたおじさんに水を出すようお願いする。すぐにホースから水が出てきた。僕は鹿の首の傷に水をかけながら心臓を揉んだ。
ひとしきり揉んで満足したところで、僕は心臓を取り出す。ついでになぜかうまく取り出せてしまった肝臓も抜く。この二つは水で血抜きして、残りの内臓はもったいないけど穴へと落とした。
「じゃあ、空っぽになったお腹を洗いますか」
僕はホースを構えて、お腹に入った大きな切れ目に、手とホースを突っ込んだ。そして手でお腹の中を丹念に洗う。
ある程度洗い終わったのでおじさんを呼びつけることにする。次の作業は力仕事なので、人手が多い方がいいのだ。
「あ、そうだ」
僕はいたずらを思いついたので、おじさんを呼ぶ前に鹿の頭部の周りの健を全て切り、鹿の首を回転させて首を捥いだ。そしてその首をおじさん不在の軽トラの運転席の足元に忍ばせた。
「これでよし、さておじさんを呼ぼう。おーいおじさん!手伝ってー!」
間延びした了承の返事が聞こえて、おじさんが裏山から出てきた。両手に鴨を持って。
「……何してんのおじさん?」
「裏山の池に鴨がいたから、つい……」
「はぁ……まあいいけど、銃声なんて聞こえなかったよ?どうやって取ったのさ?」
「おやつの菓子パンを散歩しながら食べてたらこいつらがいて、パンを足元置いてみると面白いくらい近寄ってきたからつい……」
どうやらうちの裏山の鴨は野生を忘れてしまったようだ。本来の鴨はそんなに頭が悪くない……と信じたい。
「なんだそのかわいそうなものを見るような目は?」
「かわいそうなものを見てるんだよ、かわいそうな鴨を」
「あ、うん」
「まあ、鴨はいいんだ。簡単に捌けるから。じゃあおじさん、本題の鹿に戻ろう」
「お、おう。で、どうするんだ?」
「鹿を少し高く吊るす為にロープを引っ張ります」
「おう」
おじさんがぐいぐいロープを引く。
「ストップ」
ちょうどいい高さになったのでおじさんを止めて、鹿をドラム缶へと向ける。ドラム缶の中には、沸騰まではしていないがそこそこの熱湯がたまっている。
「じゃあおじさん、ちょっとずつロープを緩めて」
「おう」
ロープが緩む度に鹿の方向を調整して、鹿をドラム缶に入れる。しばらく鹿をお湯につけて、ある程度経ったらおじさんにロープを引いて引き上げてもらう。
「毛を毟るよ、ロープを固定し終わったら手伝ってね」
「おう」
僕は一足先に鹿の毛を毟り始める。熱を通すと、動物の毛は面白いほど抜けるんだ。
途中でおじさんも参戦して、毛はすぐに毟り終わった。
「鹿を流すから少し離れて」
僕はそう言って、鹿についていた毛を流しつつ、毟り残しがないか確認する。どうやら今回はないみたいだ。
「おじさん、僕はガスバーナー取ってくるから、お湯の残り使ってもいいから鴨を捌いといて」
「ああ、もうやっとるよ?」
「早いね」
僕は家の裏口に置いてあるガスバーナーを手に取って、鹿の元へと戻った。
「残りの毛を焼く」
全部毛を毟り取ったつもりでも、以外と毛根付近には抜けない毛が残ってたりする。だからそういう毛をバーナーで炙る。
ガスの青い炎を近づけると、チリチリという音と共に、細い何かが黒く焦げた。そう、これが残り毛、どんなに丁寧に毟っても残るものは残るのだ。鹿の表面を全体的にごく軽く炙って毛を完全に取り除く。ここまで終わったら、後は部位ごとに切り分けるだけだ。
「終わった?ガスバーナー貸してくれ」
鴨の羽を毟っていたおじさんにガスバーナーを貸す。
「うん。って、えっ、ていうかおじさんもう二匹分の内臓とって羽毟ったの?早すぎじゃない?」
「鳥だけは捌けるんだよ」
「そういう次元じゃない」
「まあ、要は慣れだ」
理屈になってない。なんたる理不尽。僕は憮然として自分の作業に戻った。まず鹿を近くに敷き直したブルーシートの上へ乗せてロープを解く。
次に、鹿の足を関節周りの筋を切ってもいで、ヒレ肉を分離し、バラ肉は三枚下ろしみたいな感じで正肉にした。背骨に残った身は残さず削ぎ取る。これで解体は終了だ。
「おーわり!おじさん、鴨はどうなった?」
「終わっとるよ。ほれ、一匹やる」
「やった!じゃあ、鹿肉用と鴨用で袋分けるから少し待ってて」
僕は土間のビニール置き場を見て、小さいゴミ袋とスーパーのビニール袋の大きめのやつを持っていった。
裏庭に戻り鹿肉をパッキング。鴨もビニール袋に入れてそれをおじさんに渡す。
「ねえおじさん、ブルーシートは少し借りておいていい?」
「ええよ、次来た時に持ってくから」
「ありがと」
「おう、こっちこそ朝早くから助かったわ!また頼むで!」
「うん!じゃあね!」
おじさんは別れの挨拶を済ますと車に乗り込み、泡を食って転がり落ちた。
「鹿、鹿、鹿の首が……」
僕は大爆笑した。横隔膜が痙攣するまで笑った。
そのあと僕はおじさんにしばかれ、軽トラの車内を清掃することになったのは言うまでもない。
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