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早朝狂想曲

本日二話目です。

「そうだ、北陸に行こう」


 昨日の牡蠣と乱入者の日を終えた、朝から雪の吹きすさぶ冬の日、僕は珍しく一面の銀世界となった瀬戸内を見てふとこんなことを思った。ちなみに今日はバスで学校に来ている。雪の日にロードバイクで坂道を下るとか自殺としか思えない。


「どこの企業の回し者だてめえは」


 ゆっちーが反応する。ふむ、どうやら彼は北陸の素晴らしさを理解していないようだ。


「冬の北陸に行きたくないとか、本当に人間?」


「朝から何で存在を否定される必要があるんだ」


「冬の北陸、つまりはカニ、ゲンゲ、ガスエビ、タラ、アンコウ、その他諸々」


「すまない、俺が間違っていた」


 ゆっちーを北陸の魅力に目覚めさせたところで始業のチャイムが鳴る。ゆっちーは僕の言葉を聞いて「カニ・・・・・・」と呟いて虚ろな目をしている。洗脳成功。


「ようてめえら、知ってるか?今日は柿谷の奴休みだとよ。柿谷なのに牡蠣に当たるなんて間抜けな話だよなぁ。おかげで朝から飯が美味かったぜ」


 朝イチから他人への嘲笑をぶちかますのは我らが担任括ヶ原、今日もいつも通り凄まじいファッションセンスだ。温暖な瀬戸内にさえ雪が積もる今日だというのにまるで寒さを感じさせない大きく開いた胸元だ。ていうか、シャツの色が赤って・・・・・・それにジャケット至ってはレザーときた。パンツも同じく。もう訳が分からない。ロックスターにでもなりたいのかな?


「にしても今日はクソみてえな雪だな、こんな日に出勤とかバカらしくて死にそうだぜ」


 それとよぉ、と、先生は話を継ぐ。


「道をあるいてると、雪頭の奴らばっかじゃん?ところがどっこい校長の野郎の頭には積もってねえんだ、なんでか分かるか?」


 先生はその鍛え上げられた腹筋によってどうにか平静を保とうとしているが、声が震えている。先生の言わんとすることに気が付いた優秀な生徒は噴き出してしまった。ちなみに僕とゆっちーは優秀な部類だ。


「校長の頭皮だけはみんなの毛皮と違って鞣されてたんだよ!保温性が低いんだ!ガハハハハハ!」


 先生が馬鹿笑いし始めた。クラスの皆もそれに続く。ところで皆はその話題の中心人物が廊下で屈辱と怒りに打ち震えているのが見えているだろうか。いや、気づいちゃいないな、ここは良心に従って教えてあげなきゃ。


「先生、廊下で話を聞いてる校長が雪をさらに溶かしそうな色に変色してるのでそろそろ・・・・・・」


「何ィ!?」


 先生は僕の話を聞くなり、すぐに廊下へ飛び出した。そして数瞬の後、先生はあろうことか茹で蛸、違った校長を捕獲してきたのだ。そして喜び勇んで、


「ほら!これだよこれ!雪を溶かすUMA!誰か雪もってこい!証拠を見せてやるから!」


 何してるの?興味深いけどあんたクビになるよ?僕はビデオの撮影を始めた。


「任せろ俺に!」


 あ、ゆっちー、君が飛び出すんだね?

 しばらくしてゆっちーは山盛りの雪をどこから持ってきたのやらバケツに入れて教室へと運んできた。


「これだけありゃ足りるか!?」


 息がかなり上がっている。どんだけ全力疾走したんだろう。バカなのかな?


「ちと足りんかもしれんがまあいい、よくやった!それじゃあお前らよーく見とけよ、本当に溶けるからな!」


 ここまで言い切って先生は一呼吸置いた。


「それじゃあ校長、ちと頭冷やせやあ!」


「いや、頭冷やすのお前ェェエ!ウギャァァア冷たいいいいい!」


 校長先生、あんたの言ってることは尤もだよ。だけどうちの担任に言語を解する能力がないってことに気づいてなかったから一点減点で三角だね。


「ほらみろ!溶けてく溶けてく!」


 先生が鬼の首を取ったかのように高らかにほざく。取ってるのは鬼じゃなくて校長の首、ひいては自分のクビだってことに気づいて・・・・・・なさそうだね。でも実際に溶けてる。うわあ、人間ってすごい。


「さあ!このまま死にたくなければ俺を昇給させると言え!言うんだ!」


 あれ?なんか趣旨がすり替わってる気がするなあ?


「だから無理だって言ってんだろうがよ!この脳筋!」


 お、校長が先生の腕を振りほどいて吼えたぞ。これは期待できる展開だ。


「そういうのは教育委員会に言えっつってんだろ馬鹿!何遍言わせやがる!第一公務員の給与は年功序列だ!諦めて歳をとるのを待ちやがれクソが!」


 おお、校長ガチギレじゃん、ていうか先生、あんた何回も同じこと聞いてたんだね、頭大丈夫?


「うるせえ!お前の給与を全て俺によこせ!さもなければこのまま全裸に剥くぞ!」


 なんたるジャイアニズム。手の施しようがない。この人就職先絶対間違えてるって、教師っていうよりヤクザだもん。


「黙れ!テメエはどこのジャイ◯ンだ!クビにするぞ!」


「やって見やがれ!てめえの首を四条河原に晒すぞ!」


 そう言って先生は近くにあった三角定規(直角三角形のやつ)を装備して校長の首に突きつけた。クラスのテンションは知らぬ間に最高潮まで上がっている。クラスメイトは闘いの舞台になりつつある教壇の周辺から、教卓や前の方の机など、闘いの邪魔になるものをどけはじめた。あ、それとちょっと待てそこのお前、なんでジュース売り歩いてるんだ?


「ジュースいかがっすかー!」


  こいつ、ここをプロレスの会場、または野球スタジアムと勘違いしてるね、でも確かに、


「喉乾いたな、すみませーん!オレンジ一つ!」


「はい毎度!二百円になります!」


「ほい」


「ありがとうございます!」


  うん、確かに便利だ。一口飲むと結構しっかり冷えてる、美味しい。


「うおらァァァアアア!死ねぇ!」


  おっと、先生が三角定規を振りかぶったぞ。


「うるせえ!てめえが死ね!」


 校長も必死だ。ていうかあんなゴリラのぶん回す三角定規とか当たったら必ず死ぬから文字通り本当に必死だ。

 必死に必死が重なった結果として、校長は逆に間合いを詰める作戦に出たようだね、体勢をぐっと下げて相手に突っ込んでいく、おお、諸手狩りかな?


「ハッハァ!掛ったなカスが!」


 言うなり先生は三角定規を手放し、体をひねりながら思いっきり前へと倒れこんだ。エルボーを突き出したまま。


「なっ!」


 突っ込んでいった校長はもう止まれない、まるで先生のエルボーを食らうために走っているような状態だというのに。


「ジャストミートォォお!」


「たべっ」


 校長は変な音を出したっきり動かなくなった。ジュースを売ってた生徒が近寄って、いきなりカウントを取り出す。こいつマジでなんだろう?


「スリー!ツー!ワン!ウィナー括ヶ原!」


 そして高らかに響き渡る審判の声。高々と両手を挙げる先生。歓声を上げる生徒。収拾がつかない。


「・・・・・・帰ろっと」


 僕は今日使う予定の精神的スタミナを使い果たしたようだ。これ以上は持たない。ビデオの撮影を止め、そっと教室を出た。背に聞く声によると、今から校長の強制ストリップショーが始まるらしい。あんな中年ハゲを全裸に剥いて何が楽しいんだよあんたら。見苦しいよ。


 校舎を出て 一人駐輪場で枯れているとゆっちーが追いついてきた。


「どうしてゆっちー来たの?」


「心が疲れた、中年のハゲの裸はいけない」


「・・・・・・そう」


  「ああ・・・・・・」


「晩ご飯、食べて帰る?」


「そうする・・・・・・」


 目が遠いな、重症だ。これは美味しいものを食べて回復せねばならない。もちろん僕も。でも、買い物に行く気力さえ尽きてるし、凝った料理なんてこのコンディションで挑戦したら確実に失敗する。さあ、どうしたものか。


「待てよ、あいつがあれば・・・・・・」


 僕は倉庫にしまってあったいつぞやのお歳暮のあいつを思い出し、思わずニヤついてしまった。


「ゆっちー、メニューがきまった。帰るよ!」

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