油へっ!ポーン!
お久しぶりです。復活しました。楽しみにしていてくれた方にはお詫び申し上げます。それでは更新ですどうぞ。
牡蠣とは貝類で一番油と相性がいい。たとえイタリア人の全てがムール貝こそが至高と騒いでもこの考えは変わらないし、むしろイタリア人を根絶やしにする。それくらい牡蠣は油と合うのだ。
「晩御飯はカキフライだね、それ以外にありえない。あ、それと折角殻付き買ったんだから焼き牡蠣もしよっと」
でもまだ夕方の四時半だ。さすがに支度するには少し早い、家に薪を取り込み、ストーブにくべて火をつける。これで冬も快適なのだ。もちろん、ストーブの上にやかんを置くのをわすれない、乾燥で死んでしまう。
「あっ、そうだ。先に牡蠣で作ろう常備菜」
まずは五百グラムパックの牡蠣を一つ開ける。それを軽く塩でもんで付いているぬめりと牡蠣殻の破片などのゴミを取り除く。コツは揉みすぎないことだ、旨味まで抜けちゃったら泣くしかないよ。ちなみに大根おろしでやってもいいんだけど僕は塩でやるね。大根おろしもったいないし。
次に塩を洗い落とす。もちろんそんなしっかりはやらない。旨味に気を遣ってあげよう。
「結構重たいな」
牡蠣を全てフライパンにぶち込み、
「炒るべし!炒るべし!」
ある程度牡蠣が干上がってきたところでオイスターソースを投入、そしてもう少し炒る。だいぶ牡蠣が縮んできたら今度はそれをトースターに移してカリッとするまで焼く。軽く焦げるぶんには問題ないよ。むしろ香ばしくて美味しいくらい。
牡蠣がオーブンでこんがりしてきてる間に、瓶をレンジで温め殺菌、ついでに中華鍋で米油も温めておく。
牡蠣が焼けたら、それを殺菌済みの瓶に入れて、上から熱々の米油を注ぐ。そして唐辛子をひと瓶につき一本入れて蓋をする。今回は中くらいの大きさのジャム瓶三つ分ができた。
「この牡蠣のオイル漬け、ご飯と食べてもいいんだけどパスタにすると神がかってるんだよねえ」
特に、この牡蠣を漬けた後の油で春先にアーリオオーリオを作った日にはもう、体重五キロを覚悟する程度には美味しい。牡蠣の本体を使ったパスタ?ああ、普通にペペロンチーノっぽく仕上げればいいよ、牡蠣がうまいからなんだって美味しいのさ。
なんてしてる間に時間は五時半、今から作ればちょっと早い晩御飯になるかな、よし、揚げるぞ。
なんて決意を新たにしていると背後から肩を掴まれた。
「カキフライ」
どうやらゆっちーの亡霊のようだ。
「ゆーきゃんふらい」
僕は近くの調味料入れを取り、必殺の成仏塩まきをした。塩が亡霊の目に入り、悶え始めたところで悪霊退散キックを放つ。飛びはしなかったけど一応お外に放り出した。
「ていうか、なんで入ってこれるのさ・・・・・・って、ドアの鍵の締め忘れか、やってられないね」
自嘲気味にため息をつきながらドアを閉めて、鍵もかける。さあ、憂いも絶ったことだし、安心してカキフライに「せーとーくん、いい度胸してるのぉ」
僕はびっくりして反射的に近くにあった中華鍋を振り回してしまった。わざとじゃないよ、ほんとだよ?声がカキニーに似てたとか気づいてないもん。
「へちまっ」
手応え有りぃ、とか、変な訛りが出るくらい綺麗なあたりだったと感覚だけでわかった。足元を見るとカキニーによく似た何かがあったけど、食品じゃあなさそうだし、買った覚えもないからお外に放り出した。
「よく出る日だなあ、明日お祓いしようかな」
そんなことをぼやきながら僕はパン粉をバットに開けて、ボウルに卵を割り入れて少し牛乳を加えてかき混ぜ、衣の準備する。それが終わったら牡蠣からいったん離れてお米の準備、味噌汁も後は温めるだけの状態までは作っておく、今日の具は大根と油揚げだ。
さて、カキフライに戻ろう。作り方はいたって簡単、衣をつけて、熱した油にポーンするだけだ。油の温度もぱっと見良さそうなので、換気扇のスイッチを入れたら、
「油へっ!ポーン!」
シュワァァァァアっと心地の良い音が響き渡る。聞いてるだけでお腹が減る魔法の音だ、戦場でこれを聞いたら空腹のせいで力が出なくなって間違いなく撃たれて死ぬ、そんな自信がある。
「タルタル、僕はタルタルせねばならない」
ふと、思い出したんだ。カキフライに一番合うソースは何かってことを。僕は急いで自家製ピクルスを細切れにする、そしたら玉ねぎをザク切りにして、マヨネーズを投入、
「ああ、もう、ゆで卵がない!」
タルタルソースにゆで卵を潰して入れればさらなる飛躍が望めるのだけど、まあ、無い物ねだりしてもしょうがないよね、叫ぶだけにしておこっと。
いい感じのキツネ色になってきたところで、カキフライを一粒一粒繰り返し一粒ずつ網の上に上げて油を切る。全部あげ終わったら味噌汁を温めて、ご飯を盛り付け、テーブルに運んで晩御飯の準備は完了、いただきますをしようとすると、何やらドアを叩きまくる音がする。
「ゾンビかな?細菌汚染なのかな?」
横にスライドさせて開くとのガラス部分にはどこかで見た顔が二つ写っていて、それらが元気にドアを叩いていた。
「・・・・・・救えないね」
僕は無視してご飯を食べ始めることにした。
「いただきます」
まずは味噌汁、軽く箸先を湿らせる。
ドンドンドンドン
「いつも通りだね、でも、少し発酵が進んできてるな、若干赤いや。もう期限かなぁ?」
自家製味噌のいいところは一切の添加物を排除できること、悪いのは味がすぐ変わること。
ドンドンドンドン
次いでお米を一口放り込む。いつもより少しだけ固めに炊いたからしっかりつぶつぶしてる。
「おこめおいしい」
ドンドンドンドン
「さてさて、本日のメインディッシュ」
ドンドンドンドン
「うるさい!」
僕は戸を勢いよく引く。
「飯の時間か?だよな、よし」
するとゆっちーは僕の一瞬の隙をついてスルスルと扉の内側へと侵入してきた。なんだこいつ、今の動き凄くぬめぬめしてて気持ち悪かったんだけど。
「ご飯か、なるほどのう」
そして激怒していたはずのカキニーもなぜか牙を叩き折られたかのような調子で扉の内側へ入ってきた。
「はあ……もういいよ」
僕は訳が分からなくなって、侵入を防ぐことを諦めた。
「おーい!俺の皿はどこだー?」
「米のお代わりは自由か?」
……侵入者たちはどうやら既に台所へと辿り着いたらしい。
「今行くから、静かにして!」
こんな騒がしくなるなら最初から家に入れておけばよかった。僕はほんのり後悔しながら食事の準備をする。
一人当たりの量が減ってしまった牡蠣、僕は心に穴が空いたような感覚をずっと食事中覚えていた。
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