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ツキとエンピツ。

 サヨリは昔から高級魚とされてきたが、実は運が良ければ陸から簡単に釣れるのだ。表層をくるくると泳ぎ回る青緑の流線形はなんとも涼やかで、昔作った風鈴もサヨリを描いている。


「刺身刺身刺身刺身刺身……」


 僕たちいつもの五人は下道を高速道路用の速度で走り回る括ヶ岳先生の借りたレンタカーの中でシェイクされていた。頭をぶつけたのかゆっちーが刺身しか言わなくなってしまったのは不幸な事故である。


「瀬戸ぉ、お前に頼まれたから車出したけどほんとに釣れんのか?」


「例年通りならほぼ間違いなく」


 それに予備のプランもあるから絶食なんてことはないと僕は告げた。


「にしてもこんなクソあちい日にキャンプなんて頭まで煮えてんじゃねえの?」


 夏の盛り、僕たちはお隣の県の海と山に挟まれたキャンプ場へと出掛けていた。その近くにはすれていない魚が多く、ほぼ釣り放題の状態なのだ。キャンプ場自体はそこそこ人気で家族連れで釣りをする人も多いのに不思議である。まあ、みんながメインで狙うアジとかとは違う魚を狙っているのがいいのだろう。

 そんなことを思いつつ、吐き気を堪えながら乱暴な運転の被害に遭い続けること二時間と少し、目的のキャンプ地へと到着した。


「着いたぞ」


 誰も返事をしない。できないのだ。カキニーはダッシュでトイレへ駆け込み盛大な嘔吐音を轟かせ、ゆっちーは全てを通り過ぎたのか抜け殻になっている。天明屋さんは吐くものがないのかひたすら苦しそうにしており、しなのんは限界なのか車から降りてさえいない。僕も耐え難い気持ちの悪さと必死な格闘をしていた。


「んだお前らだらしねえな」


「馬鹿が」


 吐き気が凄くて道交法を守れという捨て台詞を吐くことさえできない。吐き気はすごいのに。

 死にかけること約十分、ようやくみんなの顔に生気が戻ってきた。括ヶ岳先生はその間呑気にタバコをふかしつつ近くに落ちていた去年のどんぐりを鳥めがけて投げつけていた。鳥獣保護法も慈愛の心も知ったことかといった風情だった。


「ほら、テント張るぞ」


 僕はそう促されトランクから家族用のでかいテントを始めとしたキャンプ用具を取り出し設営を開始した。ちなみにこれは親の遺産で、どうやら兄弟姉妹を増やす予定だったらしく六人用のテントだった。それとは別に女性用の一人用テントも追加購入してある。

 テントを大地に広げ骨組みを通し、ペグでテントを固定する。あとはそれにターフと呼ばれるでっかい布を取り付け日影を作れば大体は完成だ。ついでにBBQセットと焚き火台、小さなガスコンロと折り畳みのアルミテーブル、キャンプ用の椅子を設置し、白金高輪と書かれたやたらと成金趣味のプレートを目立つところにぶら下げれば設営は完了だ。白金高輪なんて行ったことないけど。

 ちなみに誰一人として手伝ってくれなかった。みんなバッタを追いかけ回していた。後でぶん殴ることにする。


「設営ご苦労」


「ふんっ!」


「ふぐっ」


 生意気なことを抜かしたゆっちーを一撃の下に葬り去り、足を引き摺って駐車場近くの河口に投げ捨てておいた。


「お、おわってんじゃんよくやった」


 担任は横柄な態度でこちらはやってきてアイスを差し出してきた。僕は資本の奴隷なのでありがたくアイスを頂戴することにする。

 しばらくターフの下で車から追加で取ってきたクーラーボックスから取り出した冷たいサイダーを飲みながら休憩し、夕方少し手前の日差しになったところでキャンプ場から車で3分ほどの釣り場に向かうことにした。


「ここだよ」


 僕は担任に車を止めるよう頼んだ。回答は信じられないほどの急ブレーキだった。比較的身体が貧弱なカキニーの首から大きな音がした。

 のたうち回るカキニーをそのままに、僕は車から降り、トランクから人数分の竿を取り出す。サヨリは表層を漂っているので本当に簡単な仕掛けでいい。小さな針と細いハリスだけでおもりはいらない。後は仕掛けの端に延べ竿を結び、針に小さく切った釣り餌の小エビを付ければ後はそれを水面に浮かべるだけでいい。

 僕は少しばかりの撒き餌をして、魚が寄ってくるのを待った。基本的にはスズメダイが撒き餌を食べていた。こいつも丸焼きにすると美味いから釣っておきたい。

 しかし、スズメダイ釣りでもするかと仕掛けにおもりをつけようとした時、青緑の流線形がどこからともなく流れてきて撒き餌を食い始めた。


「おーい、サヨリ回ってきたから早く竿出して」


 釣った分だけ晩御飯になるよと声を掛ければ足音を立てない高速移動というアニメのような動きを見せて全員が岸に張り付いた。カキニーも生き返っていた。


「で、どうやって釣るんだ?」


「そこの小エビを半分くらいにちぎって水面に放り込めば釣れるよ。食ったのは目で見えるから、食ったら竿を立てればいい」


「よしわかった」


 そういうと天明屋さんは躊躇なくエビをちぎり、針につけて海面に浮かべた。次の瞬間にはサヨリがエビに食いつき、あっさりと宙吊りにされてしまった。


「……なんか思ってたより簡単だな」


「針の大きさと糸の太ささえ気をつければ絶対にポイが破れない金魚掬い程度の難易度だよ」


 そう言いながら僕は身の部分が10cm前後くらいの俗に「エンピツ」と呼ばれる小さめのサヨリをポコポコ釣る。ほぼ入れ食いなので忙しないことこの上ない。途中からみんなもコツを、具体的には針の外し方と餌の付け方を掴んだのか釣るペースが上がってきた。この調子ならサヨリはみんなに任せてもよさそうだ。僕は仕掛けにおもりを付け、同じく小さくしたエビで港の壁に張り付くように泳いでいるスズメダイを釣ることにした。


「ほむっ」


 しばらく小魚と戯れているといきなりありえない勢いで竿がしなり、仕掛けが悲鳴を上げ始めた。何事かと仕掛けがちぎれないよう格闘していると、しばらくして見慣れた魚影が浮かび上がってきた。


「クロダイ?」


 僕は念のために積んでおいた網を取ってくるように頼み、どうにかしてクロダイを陸に上げた。小さめのやつだが、この仕掛けで釣れたのは奇跡としか言いようがない。


「刺身?」


「甘酢餡かけの方が好み」


「全部揚げればいい」


 各人はクロダイを囲み好き勝手言い始めた。何にしても美味しいので調理の手間が少ない刺身にすることにする。


「ほら各自釣りに戻って」


「とは言っても」


 そう言って指さされたクーラーボックスを除くと、ちょっと引く量のサヨリがまだ綺麗な目でこちらを見ていた。


「……キャンプ地に戻ろっか」

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