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ナスとキノコの運命。

 聖杯に満ちるのは血でも魔力でもなく、冷たく冷えたお茶である。夏場の渇き切った喉は他のものでは救われない。

 山も畑も一通りの仕事を終え、帰ってきた僕の家の台所には所狭しと虫抜き中のキノコが並んでいた。


「どうすっかなこれ」


 ヤマドリタケは干せば終わりなのでさておき、合宿に続き再び台所へと登場したタマゴタケの処遇について頭を悩ませる。同じく炒め物にしてしまうのは芸がなく、かといってこんな馬鹿みたいに暑い日に熱々の汁物というのも気が狂っているとしか思えない。


「そうだ、出汁にしてしまえ」


 僕は鍋に水を張りタマゴタケと昆布を大量に入れる。後はトロ火で沸騰手前を維持しつつ出汁を絞り出す。ある程度したら昆布とキノコを取り出し、沸騰させて滑りをとり、鰹節をぶち込んで火を止める。最後にザルで濾せばやたらと味の強い出汁の完成だ。

 ここからは煮切ったみりんと酒、醤油をいい感じに加えて煮詰め程々のところで止めれば、ぶっかけうどん用の出汁が完成する。

 具を何にしようか。一つは冷蔵庫に豚肉が余っていたので大量の豚しゃぶを乗せればいい。後は……畑から野菜を取ってきて揚げ野菜にすればいいか。

 剪定兼収穫用の鋏を手にして外に出れば、なぜか三人は座って仲良くトマトを齧っていた。彼らに分け合う知能があることは驚くべき発見である。


「殴り合いで体温上げるのも馬鹿らしいからな」


 冬だったら殴り合っていたのだろうか。僕は無駄な思考に体力を使うのが馬鹿らしくなり、彼らに鋏を押し付けナスとピーマン、それからトマトを取るように命じ冷房の効いた部屋へと引きこもった。


「トリケラトプス拳!」


 まったりしていたら外からいきなり大声が響き、間をおかず派手な衝突音が室内に響いた。慌てて音源である玄関へ向かい様子を見ると、引き戸を体当たりで開けようとしているカキニーがいた。僕は彼が突っ込んでくるタイミングで戸を開け、戸の代わりにヤクザキックをぶつけた。間抜けな悲鳴を上げながら彼は大地へと接吻を果たした。


「何馬鹿なことやってるのさ」


「俺らは何もしてない」


「いや止めてよ、戸の建て付け悪くなっちゃったじゃん」


「いやだっていきなりこいつの分の野菜カゴ持たされたと思ったらいきなり突っ込んで行ったんだもん」


 止める余裕なんてねえよと悪態をつかれた。僕はカキニーをとんでもなく温度が上がった野外倉庫に封印し、ため息をつきつつ野菜を受け取った。


「どうせ食べてくんでしょ、いいよ上がりなよ」


「言われなくても」


 勝手知ったる他人の家に彼らは挨拶もせずどかどかと上がり込む。ゆっちーに至っては勝手に僕の部屋着を漁りシャワーへと駆け込む始末だ。

 しばらくしてつんつるてんのゆっちーがさっぱりした顔で出てきた。


「借りていいかくらい聞きなよ」


「断らないだろ?」


「これからは断るよ」


 じゃあ次からは着替えを持ってくると明らかにずれた回答をされた。親の顔が見てみたいしこいつは子供を持つべきではない。


「あ、私も借りていいか?」


 ほら天明屋さんにもうつっちゃった。僕は学校の体操服を取り出して渡し、好きに使えと諦め半分でシャワールームに汗の妖怪をぶち込んだ。


「お前体操服フェチなのか?」


「死んでいいよ」


 馬鹿を相手にしていたら明後日が終わってしまう。僕は会話を切り上げ野菜を持ち台所へと向かった。

 今日やることはシンプルもシンプルで、野菜を揚げて、豚をしゃぶしゃぶして、うどんに乗せて出汁をかけるだけだ。暑い日に手の込んだ料理なんてしたくない。

 まずは豚をしゃぶしゃぶして冷水に突っ込む。その間に野菜を買って素揚げする。今日はナスとピーマンだ。あとはカットトマトでも乗せておこう。あと、出汁ガラのキノコはまだ美味しいので甘く煮てこれも載せる。最後に冷凍うどんを解凍して氷水で締め、全部を載せて出汁を掛けたらできあがりである。準インスタント麺みたいな手軽さだ。


「ごはんですよ」


「海苔の佃煮みたいな呼びかけ」


 なぜかカキニーがいた。殺したはずではと慄いていると、ワシの分も作れとせっつかれた。流されるままに作ってしまった。

 配膳をさせ、席に着く。


「今日は冷たいうどんだよ」


「お前夏になると麺ばっかだよな」


「茹でるぞ」


 馬鹿に馬鹿を返しつつ、出汁に浸ったピーマンを食べる。苦味と旨味がとても良いバランスで存在している。これを超える食べ方を僕は知らない。世の中の無限と付くレシピはまずこれを食べて大いに反省してほしい。


「なあ、あらかじめ言っとくけど野菜のおかわりってある?」


「ゆっちーがやたら食べるのは知ってるから多めに乗せておいたつもりなんだけど」


「足りない」


「そうですか……」


 僕は畑へ勝手に行って食べたい分だけ後で取ってこいと伝え、うどんを啜った。タマゴタケの穏やかな風味といかつい旨味が鰹や昆布をベースに暴れ回る。パンクバンドのボーカルみたいな味だ。夏にはこんな暴力性もいいかもしれない。


「ところで瀬戸」


「どうしたのトマト中毒」


「後で殴るのはさておき、うどんの替え玉ってあるか?」


「少しなら」


「ならいいんだ」


 そういうと天明屋さんは替え玉を前提とした有り得ない啜りを繰り出し始めた。トマトについては畑でとったやつを勝手にトッピングして食べている。ゆっちーより厚かましい奴は久しぶりに見た。僕は芽を出し始めた頭痛を無視するようにナスに手をつけた。


「うまっ、なあうっちゃんこれまだある?」


「トリケラトプスはその辺の草でも食べたら?」


「たんぽぽー」


 ナスに取り憑かれたカキニーはナスと豚を交互に食べている。もしかしたらうどんと回鍋肉の区別がついていないのかもしれない。たしかに出汁を吸った揚げナスは夏一番美味い食べ物だが、それでも一本分乗せたナスを一瞬で食べ切るのは頭がおかしいと思う。

 そうこうしているうちにおかわりを含め全てがなくなった。余った出汁は適当に生姜を加えて揚げ浸しに流用することにする。


「ごちそうさまでした」


 日の暮れはじめ、彼らは帰るのが面倒になったのか宿泊するとの連絡をそれぞれの親に送り始めた。


「ねえ、僕の同意は?」


「断らないだろ?」


 僕は彼らの部屋の冷房を夜中こっそり落とすことを決意した。

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