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悲鳴?知りませんねえ?

 僕の県で誇れるものの一つに牡蠣がある。全国一の生産量を誇り、瀬戸内の恵みをその身に受けたそれはとてつもなく濃厚でクリーミーなのだ。個人的には、三陸のものよりは小粒だけど代わりに味が濃いと思ってる。


「焼くか揚げるか若しくは煮るか・・・・・・」


 全てから解放される金曜日、朝のホームルーム前、僕は晩御飯に食べようと思う牡蠣に想いを馳せていた。自分でも少し気が早い気がする。


「朝っぱらから拷問の話とかなかなかヘビーだな、で、誰を殺るんだ」


 あ、ゆっちー、一体何を言ってるの?僕はただ、


「カキ・・・・・・」


「わしか!?なんもわるさなんぞしとらんぞ!?」


 突然の絶叫にびっくりして声の主を見る。


「何でカキニーが叫ぶのさ、なんか持病でもあるの?」

 カキニーこと柿谷 翼、僕のクラスメイトにして高校に入ってからできた三人しかいない友人の一人だ。


「誰じゃって自分の名前が物騒な話題に出てきたら叫ぶわ!」


 ここで僕は首を傾げる。僕は牡蠣のことを考えてただけで、何一つ物騒なことは考えていない。


「何か誤解してない?」


 カキニーは間髪入れずに、


「誤解もクソもあるかい!焼くか揚げるか若しくは煮るか、って言うとったじゃろうが!」


 カキニーは生粋の広島人だ。お茶と富士山の県出身の僕とも、ベイスターズ県の出身のゆっちーとも言葉遣いが全然違う、バリバリの広島弁だ。


「ああ、今日の晩御飯を牡蠣にしようと思ってね、調理法を考えてたんだ、で、なんでこんな誤解が生まれてるの?」


「いや、じゃって雄一が朝から拷問とか言うとって、誰を殺るんじゃって聞かれた時、カキってお前が言うたけん・・・・・・」


 ここで僕は初めて、僕の独り言にゆっちーが余計なひやかしを入れているという事実に気が付いた。


「要するに、ゆっちーのひやかしが諸悪の根源なんだね?僕は晩御飯のことしか考えてなかった、拷問方向へ誘導したのはゆっちーなんだね?」


「そういうことじゃな」


 なるほど、と、僕は一呼吸おく。そして、思いっきり深呼吸して呼吸を整え、ゆっちーの前に立った。


「どうした」


 ゆっちーはぼーっとしている。阿呆め。僕は素早く踏み込み、腰を思いっきりひねって、腕を目一杯引いて、自分の中での最速最強のパンチを繰り出した。慌ててゆっちーが防御姿勢を取ろうとした時にはもう、僕の拳はゆっちーの鳩尾に届いていた。


「ほぐっ」


 篭った変なうめき声を上げて、ゆっちーは動かなくなった。僕はそんなゆっちーを放置して、再び晩御飯のことについて考え始めた。


「おらー、席に着け餓鬼どもー、煮え湯を浴びせるぞー」


 そう言いながら教室に入ってきたのは、おおよそ教師とは思えない言動と服装に定評のある我らが担任、括々岳先生、読み方はククリガタケらしい。何処と無く物騒だ。今日の服装は白のジャケットに白のパンツ、黒のシャツを第二ボタンまで開け薄い色のサングラスをかけている。何処のヤクザだ。


「えー、さて、もう知ってはいると思うが、今日は避難訓練の日だ。ったくクソめんどくせえ、あ、めんどい奴は今のうちに俺に申告しとくように、サボってもカウントしといてやるから」


 マジかよ、これは絶対に申告せねば。


「それと、この間英語準備室の俺の席をめちゃくちゃファンシーな色合いにした挙句、可愛い手編みと思われるカバーを椅子にかけたやつ、怒らないから出てこい、ちょっと殺すだけだから」


 とか言いつつ、括々岳先生はカキニーをガン見している。カキニーはこのクラスで一番手先が器用で、特技が編み物と裁縫、それとお絵描きという、非常に女子力の高い子だからだ。案の定カキニーは手を振りながら笑顔で、


「誕生おめでとう、気に入りましたか?」


 と、いけしゃあしゃあと抜かした。命がいらないのかな?ほら見ろ先生を、怒髪が本当に天を衝いているじゃないか、いや、あれは元々か。あと、先生の誕生日は夏だったと思う。


「なるほど柿谷君か・・・・・・テメェエエエエエエエエエエ!こっちきやがれ!体の端から順番に骨折って最後は山に生き埋めにしてやらぁ!」


 先生が机を蹴っ飛ばしてカキニーに肉薄しようとする。カキニーはそれを小馬鹿にするように、


「プーン」


 と言いながら教室を飛び出していった。先生はもちろんそれについていく。ホームルームがこうやっておひらきになるのはよくあることだ。先生の怒声にも誰も驚かず、蹴飛ばされた机や椅子を淡々と元に戻す。そして、何事もなかったかのように次の授業の支度を始めた。慣れとは恐ろしい。


 教室を出るとそこには、逆さ吊りにされたカキニーとウォーミングアップのシャドーボクシングをしている括々岳先生がいた。先生と目が合う。


「おお瀬戸、いいところにいた、お前今死のソース持ってるか?あったら貸してくれ」


「いいですよ、辛いものが欲しいならわさびとからしも手持ちにありますがどうです?それと僕はきょうの避難訓練サボります」


「わかった、お前はきっちり出席にしとく、それと今度ラーメン奢ってやるよ」


 そう言いながら先生は嬉しそうに僕から死のソースとわさびとからしを受け取った。何に使われるかは分かっていたがあえて考えないようにして、その場を離れた。カキニーの絶叫?聞こえない聞こえない。


「お前さりげなく鬼畜野郎だよな」


「そんなこと言ってるとゆっちーも同じ目に遭うよ?」


「冗談だ、さあ、地学教室に行こうか」


 僕らは地学教室へ向かった。悲鳴?やっぱり聞こえませんねぇ、あなた耳鼻科に行ったほうがいいですよ?





  一時間目を乗り越え午前の苦行に耐え、昼飯とわずかな休息が与えられた。それが終われば午後の苦行へと移行し、これが終わってやっとすべてから解放される。部活動をやってる人のことはさらに自主的に苦行を追加するドMだと認識しているのは僕だけじゃないはずだ。


「帰りに牡蠣買って帰ろっと」


 僕はすでに晩御飯をどうするかを決めて、意気揚々と牡蠣を買うために学校を出た。だが、出る直前にゆっちーとカキニーに捕まった。


「ようウッチャン、晩飯牡蠣なんだって?」


 相伴に預かる気満々のゆっちー、


「おどれ、覚悟はできとんのか?」


 からしと死のソースで授業を丸一日受けられなかったカキニー、殺気が滲み出て隠しきれていない、その手に持った素敵なナイフをどう使う気かな?


「プイーン」


 結論としては、僕は逃げることにした。ロードバイクのギアを、まずは軽めから始めて急加速、スタートダッシュで置き去りにしたらギアを上げて一気に引き離す。グリップに付けたミラーで後方を確認すると、二人が揃って歯噛みする姿が徐々に小さくなっていくのが見えた、大勝利。


「何よりもおおおおお!速さが足りない!」


 名言の一部を引用して、ご機嫌な僕は牡蠣屋へと向かう。学校近くの漁港にある『倉田水産(有)』という名前の小さな店頭販売のみの店だ。僕はこの店を勝手に牡蠣グラタンさんと呼んでいる。


「こんにちはー、牡蠣食えば法隆寺ー」


「わけのわかんねえこと言ってんじゃねえぞクソ馬鹿が、いらっしゃい帰れ」


 この言語支離滅裂野郎はこの店の三代目、まだ歳も若く、昔やんちゃだった名残なのか言葉遣いがなっていない。


「二代目のおじちゃんに言いつけるぞダボが」


「待って牡蠣殻じゃなくて俺の腹が開けられるからやめて」


「だが断る、おじちゃーん、やっほー!いるー?」


「あっ、テメエ!」


 三代目が止めに入るがもう遅い、おじちゃんはすぐそこまで来ていて、三代目の「テメエ」発言を聞いてしまっていた。


「何度客に横柄な応じ方をするな言えばわかるんじゃこのどアホ!」


 繰り出される神速の左、このおじちゃん、聞いた話では昔ボクシングのスーパーフェザー級のチャンピオンだったらしい、そんな拳で素人を殴っていいのだろうか。僕にはちょっと難しい問題だった。


「グラップラっ」


 僕が逃避している一瞬のうちに二発、拳を叩き込まれたようだ。さすが元チャンピオン、格が違う。


「悪かったな瀬戸の坊ちゃん、どこで躾を間違ったんだかこんなボンクラに育っちまって」


「おじちゃんのせいじゃないよ、阿呆は生まれながらにして阿呆の因子を持っているものなんだよ、気にしないで」


「ああ、で、今日はなんだ?殻付きか?それともむき身か?」


 やっと本題に入れた、僕は、


「むき身を五百グラムと殻付きを六個、あ、待って、やっぱむき身は千で」


「お前見た目の割に半端なく食うな」


「幾らかは常備菜にする予定だよ、あ、そうだ、今年はもう作ってる?自家製オイスターソース」


「ああ、出来てる、出来はまあ、可もなく不可もなくと言ったところだな」


「じゃあそれも一瓶」


「わかった、むき身が千で千百円、殻付きは一個80円で六個だから四百八十円、オイスターソースは一瓶千円、しめて二千五百八十円、ってところだな」


「ほい」


「はい丁度、ありがとうございました」


 お買い物が終わった僕は、買ったものをリュックに放り込み、自転車にまたがった。さてさて、帰って早く食べよう。ワクワクしながら帰路を急いだ。



 坂道を登りまくる。冬になってかく汗の量が減ったから遠慮なく自転車を飛ばせる。標高が百メートルと少しの低い山を一つ超えてしばらく行けば僕の家がある。だが、僕は、家には入れなかった。さらに正確に言うなら、近づけなかった。


「ぶち殺す、ぶち殺す」


 そう言いながら玄関前をうろうろするカキニー、


「フライ。カキフライ大正義」


 食欲に支配された状態で玄関前に座り込むゆっちー。幸いにも自分は今日裏口側から帰ってきたから見つかっていない。だが、このままの調子だと永遠に家に入れない。どうしたものか。


「あ、そうだ、納屋にアレがあった」


 思い出した僕の脳みそに感謝。速攻僕は納屋に行き、アレこと最終兵器、『スリングショット』を取り出した。これは畑の猿対策に買った逸品だ。同時に、殺傷力の低い弾、木製弾を選んで納屋を出た。相手が獣だったら必殺の119番が使えたが相手は友人だ、どうとでも言い逃れできるから伝説の呪文110番は使用できない。仕方がないから自分で撃退するしかないんだ。

 手順としては、屋根に登り、上から狙い、太もも辺りを撃ち抜く。これで相手の機動力を奪った後、屋根から飛び降りる。その際どちらか一人を下敷きにする。もう一人はどうにかして鎮圧する。裏口から入ればいいじゃんとか思うけど、裏口の鍵は正面の玄関マットの下の隠し扉の下にあるから何れにせよ突破せねばならない。


「よし、行くよ」


 短く小さく、でも鋭く息を吐いて呼吸を整え、かかりっぱなしのはしごを登る。登り終わったらすぐに向こう側のひさしまでの移動を開始、音は立てないように気をつける。そして、玄関側に着いたら気付かれる前に素早く狙いをつけ急襲する。まずはゆっちーの太ももに死んでもらう、弾を込めすぐに放つ。


「ったぁ!」


 直撃、足を抑えるゆっちー、僕はその上に飛び乗る。


「おっ」


 ゆっちーが変な声と音を出したが彼なら大丈夫、人一倍丈夫だし。

 次は呆気にとられて固まっているカキニーの鳩尾に一撃、渾身の掌底突きをかます、


「ほぐっ」


 続いて一旦僕は一旦体を引き、カキニーが思わず手で抑えた鳩尾を抑えた手ごとソバットでねじ込む。


「おっ」


 空気が漏れるような短い声の後、カキニーはピクリとも動かなくなった。


「先回りなんて卑怯者の手段だよ、ある意味天罰だね」


 自分の行いは遥か高い棚の上に放り投げる主義なんだ、僕は家に堂々と、正面から入る。

 死体二つ?さあ、知りませんねえ。

 僕は牡蠣で頭いっぱいなんだ、僕はすぐに手を洗って鞄から牡蠣を出し、調理の支度を始めた。

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