表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
48/56

課題に対する宗派。

 麦茶の氷が溶ける音がした。風鈴に似た夏らしい音色だ。

 茹だるような炎天下を避け僕とゆっちーは夏休みの最序盤を課題の抹殺に捧げていた。僕が文系担当、ゆっちーが理系担当だ。お互いに得意分野をやり、苦手分野は写しあう。古き時代の小規模分業は未だに高校生の間では現役だ。事実、僕たちはこの手法で毎年5日以内に課題を確殺してきた。そんなことしてなんのためになるというツッコミは、はるか昔に聞こえなくなった。ラノベのように都合のいい難聴、ないしは鉄拳による沈黙の強制で。


「古文終わったから貸してあげる」


「こっちも地学終わった」


 僕たちはたまに水羊羹を食べ、麦茶を飲みつつ順調な課題討伐を進めていった。すると、不意にポーンと間抜けな音が居間の古い時計から鳴り響いた。正午だ。


「一旦ご飯にしようか」


「双子葉類」


「寒いシャレを次言ったら縁側で温めるからね」


「死ぬ」


 さておきとかくお腹が減った。かと言って頭を使った後で凝った料理なんて面倒臭くてやってられない。こんな日は焼きうどんと相場が決まっている。

 そうと決まれば話は早い。僕は冷凍庫から豚肉と冷凍うどん、野菜室からはもやし、にんじん、畑からピーマンを取り、豚肉とうどんを解凍、ピーマンはざく切り、にんじんは薄切りにした。

 まずはごま油で豚肉を焼く。火が通ったら薄切りのにんじんとピーマンを加えて軽く炒める。次にもやしを入れ、然るのちにうどんをぶち込む。あとは鰹節、醤油、オイスターソース、味醂を少し加えてざっくり混ぜれば爆速で完成だ。流石にこれだけだとなんか罪悪感を覚えるので、申し訳程度に目玉焼きを添える。これだけでなんかすごく贅沢をしている気分になれるからお得だ。一つ二十円くらいの幸福感とは思えない。


「ほい焼きうどん」


「なんか夏休みの昼飯って感じだな」


 うちの母さんも夏休み毎日俺の飯用意すんのめんどいっぽくて2日にいっぺんは焼きうどんなんだよなとゆっちーはぼやくが、そんなの知ったこっちゃない。


「嫌なら食べなくていいよ」


「そんなとこまで母さんそっくりにしなくても」


 ほら冷める前に食べろと言うと、またデジャブだみたいな顔で食べ始めた。


「おっ、ソースじゃないんだな」


「ゆっちーの家ではソースなの?」


「おう、ソースなら焼きそばの方がいいって言ってるんだけど頑なにうどんなんだ、ひねくれてるよな」


「親子だね」


「どういうことだよ」


 くだらない雑談を挟みつつ、のんびりとしたペースでうどんがなくなっていく。今日は運動もしていないし、何よりお互いに極力休憩を長く取りたいので会話みたいな遅滞戦術も当然増える。


「おかかと醤油と味醂だよなこれ」


「あとオイスターソースだね」


「全部家にあるし今度から俺これ作るわ」


 どうやらソース焼きうどんよりは好みだったらしい。僕もソースなら焼きそば派なので気持ちはわかる。

 コツはおかかを思ったよりたくさん入れることだと教えていたら食べ終わってしまった。食後は買い置きのアイスでさらに休憩を引き伸ばす。


「「ごちそうさまでした」」


 可もなく不可もない昼食を終えた僕たちは再び課題と向き合った。僕は一番重たい英語を、ゆっちーも同じく重い数学を処理し始めた。

 しばらくペンを走らせる音と溶ける氷の音、岩に染みるのだから当然壁なんて貫通する蝉の声だけが室内に響く。

 大体一時間半経った頃、ゆっちーがふと口を開いた。


「ところでなんで他のやつって序盤に課題片付けないんだろうな」


「追い詰められるのが気持ちいいんじゃない?」


「変態さんだな」


「間違いないね」


 多分向こうは僕たちのことを先延ばしできる苦痛を喜んで受けに行く度し難い変態だと思っているのだろう。そんでもって僕たちも、多分向こうもコツコツ毎日やるタイプのことをメリハリの付け方も知らない教科書の奴隷と思っている。どれもそれぞれにメリットがあり甲乙つけられない以上はお互いの精神性に依存して宗派のように分かれるしかないのだろう。


「まあ、カキニーっていう超越者は課題なんてせずに毎夏懲りずにクワガタ捕まえてるよね、最終日まで」


「ああ、あんなに捕まえてどうすんだろうな、頭おかしいぜ全く」


 毎年の風物詩だが、休み明け初日はカキニーは各科目ごとに吊し上げを喰らい補講を受けるまでがワンセットになっている。課題が終わるまで彼の放課後は延々と消えてなくなるのだ。頭が弱いことこの上ない。学習しろと思う。

 そんなこんなでチンタラ課題を始末していると夕暮れが近づいてきた。今年の課題は『受験に向けて各々の自習に当ててほしい』というお題目で非常に少なくなっている。そのため、今日だけで八割方終了し、明日の午前には終わりそうな雰囲気が漂ってきた。僕とゆっちーは戦勝ムードだ。追加の自習なんで誰がするか。


「さて、晩御飯どうする?」


「そうだね……」


 僕は何が残っているか確認するために冷蔵庫を開けた。しかし作り置きは漬物が数種類あるだけで何もない。冷凍庫も豚肉とうどんくらいしかなく、野菜もにんじんと玉ねぎしかない。畑に行けばナス、トマト、きゅうりにピーマンと一揃いの夏野菜くらいはあるがそれだけだ。


「ねえゆっちー、材料的にまた焼きうどんになりそう」


「……まあしゃーなしか」


 俺の夏休みって半分くらい焼きうどんでできてないか?と微妙な顔をしているゆっちーを尻目に、本日二度目の焼きうどんが食卓に並んだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ