嗾ける破壊神。
当然のことだが、テストは受けなければ点数がつかない。期末テストで点数がつかなければ補講である。つまり、しなのんを除いて僕たちは夏休みの何日かをドブに捨てることが運命づけられている。
「そんなの許せないよねぇ?」
「応とも」
僕が問いかけると愛すべき馬鹿たちは揃って補講が許せないと叫び始めた。自分がテストをサボったことは遥かに高い棚の上に上げて。一番許せないのはそれぞれの科目の先生だと思う。
しかし何にせよ、補講がとんでもなく嫌なのはどうしようも無い事実だ。なので勉強をして回避するという発想や、大人しく補講を受け入れるといった潔さから遥か遠くにいる僕たちは何かしらの方法で補講を回避しようと赤点揃いの足りない頭を突き合わせていた。
三人寄れば文殊の知恵という諺がある。しかし、これはそこそこ知恵のあるものが三人集まれば別角度からの検討が生まれ良い案が生まれるという意味であって、馬鹿をいくつ集めたところでそれは烏合の衆という別の言葉で表される存在だ。
事実、会議は紛糾した。ある人が「民法的には入学前の段階でそのような学生生活に関わる契約内容を明かしていない以上は強制的な契約である」と言えば、誰かが「学校なんて治外法権の塊みたいな場所で理屈が通るか!」と悲観主義に走り、徐々に高まっていく会話の熱気に呑まれ奇声を発するだけとなった人も出始めた。朝のホームルーム前だというのに何という熱気だろうか。全て空回っている。発電にでも使えたらいいのに。
こりゃもうダメだ、そう見切りをつけ僕が補講を受け入れ前に進もうと思ったその時、今までずっと黙っていた天明屋さんが口を開いた。
「暴力だ」
担任を適当に焚き付けて補講担当が補講できないようにすればいい、と。
馬鹿どもは一気に静まり返った。
「「「それだ!!!!」」」
万雷の喝采が響き渡る。僕たちの辞書に“教唆”の二文字はない。なんか一人法律を齧った人がやばいんじゃないかと言っていた気もするが、暴力により封殺した。
「そうと決まればどういった焚き付け方をするかが問題だ」
「別にどんな適当なこと言っても動くんじゃない?」
「そうかなあ」
流石に人を馬鹿にしすぎている意見が出たので、僕は首を傾げつつ、かと言って否定するに足るほど担任の理想的な姿を見たことがない。とりあえず物は試しということで、ホームルームよりこないだの麻雀の続きをしようといった風体の担任に一言告げた。
「数学の木村が先生の陰口「殺す!!!」言ってましたよ、脳筋だし将来的に禿げそうだって」
僕が口上を全て述べ終わる前に担任は矢のような速さでUターンを決め、数秒後には同じ回にある数学準備室から獣のような咆哮と、憐れな文明人の断末魔が聞こえてきた。
「……嘘でしょ」
流石に開いた口が塞がらない。単細胞なんてもんじゃない圧倒的なスピードだった。口上を述べきる前にすっ飛んでいってしまった。
数分後、ダークファンタジーでしか見ないような返り血を浴びた担任が帰ってきた。
「待たせたな、さあ麻雀の続きしようぜ」
「実は先生、少し聞いてほしいことがありまして」
「なんだ?」
「これなんですけど」
僕は懐からボイスレコーダーを取り出した。
僕たちの担任はとにかく評判が悪い。大人になってもガキ大将を地で行き、気に食わないことは全て暴力でねじ伏せてきた。故に色々な先生が僕たちのクラスを教える度「あんな大人になるんじゃないぞ、そのためには勉強だ」と散々言い聞かせてきたのだ。
そして、その全ての録音がここにある。本当は文化祭前とか卒業式とか先生方が忙しくなる時期に愉快犯的に放とうとしたが、僕はここでカードを切ることにした。
「これは現国の山代、これは地学の桜井、これは英語の米倉……」
僕が一つ音声を聞かせるたびに担任の顔は赤から黒へと色彩を変え、眉は吊り上がり歯は限界を超えるかのように食いしばられていった。最後には全身に血管が浮かび上がり、悪鬼というものがあるならこんな感じなんだろうと思う形相になったあと静かに彼はこう言った。
「よく報告してくれた」
そして彼はそっと教室の引き戸を開け、そして閉じ、静かに歩いて教室を去る。教室の引き戸の持ち手には、握り潰されたような跡が残っていた。
教室は奇妙な沈黙に包まれた。担任が叫びもせず静かに去っていったのだ。常日頃とは違う不気味さに僕たちは黙るしかなかった。
沈黙はすぐに破られた。学校の至る所から悲鳴が聞こえ始めたのだ。ソロ、デュエット、トリオ……悲鳴の重奏はひたすらに数を増やしオーケストラに至る。
「諸君」
僕はこの底辺会議の首班として厳かに告げた。
「この調子だと補講どころか今日の授業もなさそうだし帰ろっか」
歓声が噴き上がった。教室の隅のオルガンからは歓びの歌が聞こえ、馬鹿は走り回り、それ以外の人も嬉しそうな顔でいそいそと鞄に荷物を詰め始めた。
「では各自在るべき所へ凱旋!進め!」
僕は意気揚々と戸を開き陣頭指揮を取ろうとした。しかし、そこには立ちはだかる者の姿があった。
「よう、お前んとこの担任がかつてない規模で暴れ回ってんだがなんか知らないか?」
権威側のボス、すなわち校長がさながら僕のささやかな野望を阻む勇者のような出立ちで現れ、そして宣告した。
「お前らにはちっと話を聞きたいんだ、どこにも行かせねえぞ?」
勇者の兜はなくとも負けない輝きを頭にたたえ、彼は腰を低く落として構える。僕はそれを見て声を上げた。
「全員、もう片方の扉から脱出せよ!」
「なっ」
「せーんせーーーい!!!!!校長のアホがまた減給減給言ってますよ!」
「えっ」
「いいですか校長先生、確かに僕たち生徒には校長に抗う術はありません」
ですが、と言葉を継ぐ。
「別に『僕たちが』抗う必要はないんですよ」
ふわりと生臭い香りがした。校長がゆっくりと後ろを振り返ると、デスゲームの主催者ですら人選を間違えたと嘆きそうなほど濃密な死と暴力の匂いを漂わせた我らが担任が金剛力士像もかくやの表情で校長を睨みつけていた。
「減給どころかPTAや教育委員会、果ては警察への通報まで仄めかしてましたよ」
僕は荒れ狂う颶風にナパーム弾を放り投げた。
「……教育が要るみてえだな、ハゲチャビンがぁ!」
雷のような一撃が光る。刃物と区別のつかない蹴りが飛ぶ。命を刈り取るフック、呼吸を貫くストレート、左右に切り分けるようなアッパー、因果さえ断ち切りそうなラリアット……教育の場は瞬きもせぬ間に暴力の総合デパートと成り果てた。
「あ、校長先生、なんの話が聞きたいんでしたっけ?」
凄惨な嵐の中、僕はそういえば何か聞きたそうにしていた校長先生に問いかけたが、返事は返ってこない。
「全く、聞きたいことがないならいちいち止めないでくださいよホント」
僕はすっかり塞がってしまった扉ではない方から帰ることにした。少し早い夏休みが訪れる。




