期末と終末。
しなのんの昏倒からしばらく経ち、夏休みの前に立ちはだかる大いなる壁が今僕の目の前にあった。ある人はその壁を乗り越えようと己を鍛え、ある人は諦めて壁の近くにキャンプを作り壁から目を逸らし、ある人は壁に穴を空ける方法を考え、またある人はそのあまりの高さに気が狂ってしまった。
「びゅーーーーーん!!!速い速い!」
「行け!ライトニングサンダーボルト!!ボディの軽量化は完璧なはずじゃ!そこじゃ!抜けー!」
ゆっちーとカキニーはおそらく『狂ってしまった』人たちの枠だろう。何故か四駆とコースを持ち込み、他の狂ってしまった人たちと楽しくレースをしている。しばらく前は現実逃避が行きすぎて変な終末思想にかぶれ、そしてその終末が来なければあまりの現実的負荷に耐えきれず狂って幼児退行してしまう。愚かな。
「アレを見てると馬鹿が伝染るぞ」
「うん、もう見るのやめとく。どうせ試験始まったら静かになるだろうしね」
しなのんはどうやら昏倒したことも打撃で忘れているらしい。いつも通りに正しい忠告をくれた。ちなみに誰よりも目立つ金髪の天明屋さんは使われた形跡のない参考書を申し訳程度に机の上に置き、遠い目で窓の外を見ていた。アレは諦めてしまった人だろう。
かくいう僕は『今日のところは』余裕である。なんとなくの勘で解ける国語と英語、あとは単純な掛け算でしかない化学基礎だけだからだ。しかしながら明日は数学やら世界史やらの苦手科目ハッピーセットなので、僕がゆっちーになるだろう。
明日は我が身だろうし笑えるうちに笑っといてやろうと、忠告を無視してもう一度狂人観察をしようとすると、教室のドアが開きその二人を超えた狂人である我らが担任が入ってきた。
「お前ら、テスト始めるから席に着けと言おうとしたが四駆のレースやってんのか!俺も参加するからちょっと待ってろ!」
入ってきたと思うなり出て行ってしまった。しばらくして廊下にやかましい足音が響き、片手にそれはもうゴツゴツに改造された四駆を持った担任が突入してきた。このままだとテストが始まらない。仕方なく質問することにした。
「先生、テストは?」
「あ?そんなのもあったな、勝手に問題取ってやっとけ、解けたら回答前に出して休憩していいぞ」
「……」
だめだこりゃ。
諦めつつ各自勝手に問題用紙を取り名前を書き込み、適宜キリの良い時間から一斉にスタートし、そこから50分で一斉にペンを置いた。その50分間、後ろの方では終始「先生強いな!」「がははは!年季とかけた金が違うんだよ!」というどことなく亀有を思い起こさせるやりとりがあり、それが終われば今度は熱い改造談義が交わされていた。彼らはテストの点数を燃料により高いステージへと飛び立って行ったんだろう。夏休みの補講と始末書は確実だ。
10分ほどの休憩を置き、英語が始まる。テストを受けているクラスメイトと一緒に、未だにミニ四駆に興じている担任にどうにか問題を取りに行かせ、無事テストが受けられるようになった。担任はもう要は済んだとばかりに、開始の合図を出すどころか先程と同じように問題用紙すら配らず、ご機嫌に四駆のレースへと戻って行った。その手には先ほどとは異なる、やはり異様な改造がされ、ゴッテゴテの族車仕様ペイントの一台が握られていた。
僕たちは極力早めに夏休みを始めた人たちを見ないようにしつつ、大人しく問題を取りテストを規定の時間受けて、教卓の上へ回答を積んだ。
「先生、もう終わったんで回答回収してください」
「ん?ああもうそんな時間か、わかった」
そういって思っていたより素直にレースを切り上げ担任は紙を回収し去って行った。一回目の抵抗はなんだったんだ。
そして昼休憩を終えて、担任が帰ってきた。その手には化学基礎の問題と、何か特大の箱、そして一見ドームの模型に見える透明なプラスチックを持ってきた。
「そろそろレースも飽きただろ!ベイ貸してやるからバトルしようぜ!」
「「「うおおおおおおお!!!!」」」
ああ神様、いるならあなたを一生恨みます。こんな出来損ないが固まったような空間に僕を放り込むなんて。兎にも角にも馬鹿の濃度が高すぎる、どうにかして早くこの場を去りたい。僕は問題用紙をとると極力高速で問題を解き、さっさと提出して帰宅することにした。
「よし終わった、見直しなんてしたくない」
教卓に回答を置き、荷物をまとめて去る。馬鹿の空気を振り払うように思いっきりペダルを踏み加速した。




