憂鬱と決断。
お久しぶりです。バイトがキツすぎるので一週間おきで許してください……
無事残りのお金も取り返した僕らはそれでも憂鬱だった。理由は簡潔で、学生なら避けることはできない『テスト』という悪夢に直面したからだ。教室を見渡せば、僕みたいに憂鬱に浸る人もいれば、ノートを開いたりして勉強をしている人もいる。これらを足すと多分クラスの半分くらいなのかな。
では残りの人たちは何をしているかというと、怪しげなカルト的終末論に目覚めているようだった。
「我々の住むこの青く美しき星はあと一週間で終わりを迎える!かくも儚く哀しき結末の前に、我が校の教師共は“テスト”という汚点を残そうとしているのだ!」
「我々は断固としてこのような暴挙を認めはしないし、許しもしない!さあ諸君!団結の時だ!今拳を握り立ち上がらなければ美しき終焉の甘美は手に入らんぞ!」
プロパガンダをぶちかましている二人、ゆっちーとカキニーは少しかわいそうなアホの子だ。ゆっちーは文系科目が壊滅しているし、カキニーはなぜ入学が可能だったのか不思議な学力で、すべてが満遍なく苦手だった。そんな二人はテストを前にして完膚なきまでに壊れたようだった。
「なあ、あれ止めなくていいのか?」
もしくは参加しなくていいのか?と、横でのんびりとペンを走らせていたしなのんが聞いてきた。彼はゆとりある復習をしている、普段の学力も上位のいわば『勝ち組』だ。
「そうだね、しなのんへの嫉妬で狂いそうだし参加してしなのんを血祭りにあげるのもいいかもね」
「やめろ」
僕は文系科目はなんとなく勘で解けるけど、理系科目はからっきしなのだ。だから正直な気持ちを言うと、僕の気持ちはカルトか憂鬱かの瀬戸際に立たされている。どうせできる人にはできない人の気持ちがわかんないんですよ。
カルト集団の絶叫を聞きながら迎えた放課後、僕はすかさずしなのんを捕獲した。
「ねえ、勉強教えてよ」
「いやだと言ったらその右手の包丁がどうなるんだ?」
「10cmくらい左にずれるよ」
「大分深々と刺さるんだな」
僕は焦ったい問答があまり好きじゃない。1cm包丁をしなのんの方へとずらした。
「僕だってお礼をしないほど恥知らずじゃないさ。晩ご飯くらいは作ってあげるよ」
まあ、回答によってはしなのんが晩ご飯になるけどね。
そんな雰囲気を漂わせていると、しなのんは遂に根負けしたようだ。非常に苦々しい顔で「……わかった」と申し出を受け入れてくれた。
「クソ暑い上にお前んち遠いんだよなあ……行きたくねえなあ……」
「まあまあ」
嫌がるしなのんを引きずるようにして、僕は家路を急いだ。
「で、なんの科目をやる気だ?」
自宅に着いた僕は冷房を入れ、麦茶を二人分用意してからリビングに置いてあるちゃぶ台にしなのんを座らせた。しなのんは席に着くなり筆記用具を取り出して、嫌がってた割にはやる気があるようだ。
「うーん……とりわけ苦手な数学をお願い」
悲しいことに、僕は数学のテストで四割を超える点数が取れた試しがない。結果、僕は一年生の頃から再試と補習の常連だ。今回こそはと一縷の望みをかけて、僕はしなのんが行うテスト対策へと臨んだ。
「じゃあまず今回のテストの基本になる二次関数とかから……」
しなのんはそう切り出し、ゆったりとした進行で『二次関数ってどんなもの?』『基礎的なものの練習』『応用問題とかでよく出されるパターンとその組み合わせ別解き方』などを教えてくれた。しかしながら、僕の足りないおつむは応用問題編で絶叫し、無事理解できずじまいだった。
「いや、俺ら三年だしこの応用問題がメインで出題されるんだけど……」
知ったことか。僕はこの瞬間に国公立への進学を諦め、私立文系で行くことに決めた。わからないものをひたすら苦行のようにやるより、好きなことを極めて好きなように生きた方がよほどいいに決まってる。
「ねえしなのん」
「なんだ」
「呼び出しといてアレだけど僕もう私立文系一本狙いでいくよ」
しなのんは崩れ落ちた。そりゃそうだ。
「申し訳ないし、晩ご飯はちょっと期待しといていいよ」
「これでショボかったらお前覚悟しろよ」
今までそんなしょぼいものを出した記憶はないけど、確かに気合を入れ直すのに十分な強さの殺気がしなのんから漂いはじめている。僕は改めて立ち上がり、キッチンでいつもより強く包丁を握った。
「じゃあ、始めようか」
キッチンに使いたい食材を並べる。メインは鯵のタタキと鶏肉の炒め物にする。鯵用の薬味は生姜とニンニクとネギ、あとピーマン。鶏肉はピーマン、ナス、ズッキーニ、玉ねぎと一緒に炒める。汁物はシンプルに油揚げとネギ、それと白米を用意すればまあまあいいだろう。
まずは時間のかかる米を研ぐ。研いで水切って給水させて炊いて蒸らして混ぜて……一つ一つの工程に地味に時間がかかるから、最優先で片付けるのだ。研いだらざるにあけ、しばらく水を切る。
次に時間がかかるのは、アジのタタキだけど、これは出来立ての方が美味しいので、三枚におろすことだけしといて、後はごく薄く塩をして冷蔵庫に入れておく。
次に味噌汁の下準備だ。最初はネギと油揚げだけにしようと思っていたが、思いつきでさっき出たアジのアラ部分である頭と中骨と腹の身をさっと下茹でしてから、ボトルに常に常備してある水出し昆布出汁を張った鍋に放り込み、ごく弱火でゆっくり煮る。多分出汁が出るはず。そこそこ大きなアジが二匹分入るとかなりの見栄えがいいなあ。
いい時間になったので、味噌汁用の油揚げとネギを刻み終わった僕はお米を吸水へと移行させた。そしてまた二十分くらい待たなければいけないので、その間にピーマン、ナス、ズッキーニ、玉ねぎ、鶏肉を全部一口大に切り、鶏肉は塩、酒、砂糖、胡椒で下味をつけておく。
「あ」
ここまでやって僕は致命的なミスに気がつく。僕は今から普段通りに味噌炒めを作ろうとしていたが、それは林間研修でやったばかりなのだ。僕は飽きないし、味噌炒めでいいかなと思うが、今日は人、よりにもよって殺意の波動に目覚めかけているのがいるのだ。僕は急遽、舵の方向を切り替えるために調味料棚を漁ることにした。
「うーんこの辺のスパイス入れたらカレーになっちゃうし、かと言って洋風ハーブ使うならラタトゥイユもどきになるからトマト買わなきゃだし……」
焦りながら探していると、中華調味料部分で、結局冬に買って未開封のままだったオイスターソースを見つけた。
「これと紹興酒、ごま油で中華な感じにするか……」
それなら少し唐辛子入れてもいいかなと思い、僕は別の棚から唐辛子を数本抜き取り、半分に切って種を抜いた。これで準備は完了だ。
「じゃあざっくりやっちゃいますか」
僕はまず、米を羽釜に入れ、薪に火をつける。これで後はちょくちょく火力を見るだけでいい。
次にたたきをやってしまおう。作り方は簡単で、ネギを小口に刻んですり下ろした生姜を加え、ピーマンの粗みじんを作る。そこに、皮を剥いて血合い骨を抜いたアジを細切りにして軽く叩き合わせ、粘りが出ないくらいでやめにする。そこにお好みでゴマをかけたらたたきの完成だ。
たたきを冷蔵庫で冷やしてる間に、最後の炒め物をパッと仕上げてしまおう。
中華鍋にラード(最近はチューブで少量だけ売ってて便利)をたっぷり入れ、煙が出るまで放置する。煙が出てきたら野菜を一瞬だけ油に通してからすぐ油気を切っておく。そしたら多すぎる油を捨てて、同じ中華鍋で鶏肉を炒める。小さく切った鶏肉にはすぐ火が通る。次に、玉ねぎとズッキーニだけは少しだけ先に入れ、ちょっと炒めたらすぐにのこりのナスとピーマンも入れる。あとは醤油と紹興酒で香り付けして、オイスターソースと塩で味を整えれば完成だ。
これらが出来上がる頃になると、米がそろそろ炊き上がりだったので、最後に藁を一掴み入れて一瞬だけ火力を上げて仕上げる。あとは少し蒸らして完成だ。
「味噌汁のネギもくたっとしていい感じだね」
少し味噌を入れる前の出汁とネギを味見してみたが、とても美味しい。アジの風味も出てる。火を止め味噌を入れて完成にしよう。
あとはご飯を軽く混ぜれば全ての準備が完了だ。僕はしなのんに声をかけ、二人でできたものを片端からちゃぶ台へと運び込んだ。
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