発覚と暴動。
外に出て少し回復した僕は重く感じる荷物を気合で引きずって、研修参加者が全員集められるという体育館へ向かった。どうやら閉会式があるらしい、面倒くさい。
一番についた僕は誘導に従い、自分のクラスの列のいつも自分が座ってるあたりに鞄を置き、それを枕に一旦横になった。他の人が来るまでこうして更に回復する予定だ。
「あー、ワシが一番乗りじゃと思ったんになあ。もううっちゃんおるんか」
相変わらず早いのうと、陽気にカキニーはこちらへ寄ってくる。眠ることで意識を早々にログアウトさせた彼の身体に一切のダメージが存在していないことがよーく伝わってきた。
その後も寝てしまった人を筆頭に、吐いてスッキリした人、酔いが比較的マシだった人、そして最後まで我慢したせいで死に体の人の順番で体育館へと入場し、しばらくするとまばらであった体育館も多少は埋まってくる。更に待つと体育館は人熱れでまた気分が悪くなる人が出そうな感じに仕上がってきた。もう帰ろうかな。
「えー、あー、あー」
倦怠感に塗れた思考は一旦中断された。いつの間にやら壇上に校長が立ち、スピーチをする準備をしている声が暑苦しい館内に響き渡る。
「皆さん、まずはお疲れ様でした」
うん、わかってるなら早く済ませて帰して下さい。
「この林間研修は、皆さんに『経済的制限があってもいかにうまく過ごせるか』『自由の難しさと楽しさ』を学んでいただくために、やや特殊な作りをしています。スケジュールが無かったり、使える金額が決まっていたりと」
そうだよ。そのせいで本来不要だったはずの血がかなり流れたんだ。経済的制限は暴力的反動を生むことと、それに対する抵抗により修羅を誕生させることを僕はよーく学んだよ。
「特に、“一人当たり三千円”しか配布されなかった食事代については、かなり苦戦したことでしょう」
……え?
「ちょっと待ってそりゃどういうことだ!」
どこからともなく声が上がった。
「俺たちのクラスは班で“六千円しか”貰ってないぞ!」
「なんで私たちのクラスだけ半額なのか説明してください!」
……確かに今思い返してみれば、僕たちを襲撃してきたのは確かに他のクラスの人もいたけど、メインは僕のクラスだった。そりゃ他のクラスの半額なら飢えもするだろうさ。他クラスの襲撃者については自業自得だとしか言いようがないけど。
「……え?」
一頻り怒号をみんなが叫び終わったところで、校長は鳩が豆鉄砲を喰らったみたいな顔をしていた。
「すみません、もし私の耳が間違ってなければ、括ヶ岳先生のクラスだけは班あたり六千円、基本的に四人で一班だとすると、大体半額しか貰ってないのですか?」
そうだと言っている!といった声がそこかしこから上がる。そして、事実を認識するにつれ、校長の顔は茹で蛸のように真っ赤になっていった。
「あぁぁんのクソ野郎!こないだの減給分をよりにもよって生徒の財布に手ェ突っ込んで解決しやがったな!今度という今度は許さねえ!おい!お前ら!あいつ捕まえて吊るすぞ!」
校長はどこからともなく日本刀を取り出し、日本一有名な警官が主役のコメディみたいな勢いで体育館を飛び出していった。空腹で大変なことになった僕らのクラスメイトもそれに続く。まあもっともな怒りだよね、食費半額の上に僕たちに襲撃をかけた罪で更に担任に殴られたんだもん。『諸悪の根源はお前や!死ね!』くらいは言っていいし、六千円取り返すかその分殴ってもいいと思う。
「あと六千円あればもっと色んなものを色んな味付けで作れたのに!許さん!」
クラスメイトへの共感は終わりだ。僕は自分の意思で暴動に加わり、そして先頭へ立った。
「みんな!いるとしたらこっちだ!」
こんな言い方はアレだが、僕はこのクラスになってから括ヶ岳関連の問題に巻き込まれ続けている。留学生とか留学生とか。他にも色んな場面で彼が衝動に身を任せ、一瞬の享楽を取ってきた姿を僕は見てきた。そのせいで、彼が『自分にとって良いこと』をした後は決まって『車にもたれ掛かりながら煙草を吸う』という習性のようなものも把握するに至った。なので、今あいつがいるのは、
「見ぃつけた」
「ん?なんだ?」
みんなより一足先に後者の角を曲がり、駐車場のある校舎裏へと出ると、案の定アンチクショウは車に持たれながら呑気に携帯灰皿に煙草を押し付けたところだった。
正直殴りかかりたいが、僕はまずは話し合いをする理性的な人間なので、切れ切れの息を整えながら先生に語りかけた。
「先生、僕は聞きましたよ」
「何をだ?」
こいつ、この期に及んでシラを切るつもりかと思ったが、本当に横領がバレていないと思っているのかはたまたそれを悪いことだと思っていないのか、邪悪さのかけらもないキョトンとした顔で担任はこちらを見つめている。
「今なら差額の返却だけで許します、と言っても心当たりは?」
そこまで言うと流石に阿呆の担任にも理解ができたのか、彼は嫌らしい笑みを浮かべて、
「知らんな」
とシラを切り通すことを決意したようだった。
「……わかりました」
僕は静かに言い、一つ大きく息を吸って怒鳴るように号令をかけた。
「こいつだ!やれ!」
僕は足音からして既に近くまで来ていた友人たちが次々担任へ飛びかかっていくのを見て、なんか群生相のイナゴみたいだなあと場違いな感想を抱いていた。
しかし、蝗害と違うのは、我らが担任は植物ではなく、頭と倫理観こそ足りないが降りかかる火の粉やイナゴを振り払うくらいわけないほどの腕力を持っているということだ。ああ愛しのクラスメイトたちは哀れにもちぎっては投げの繰り返しをされている。
「はっはぁ!ぬるいぬるい!お前らはこんなにぬるくて弱ぇから俺が守ってやってんだ!ケツモチが一班六千円だぞ?むしろお前らが言うべきは『ありがとう』なんだよ!」
「どう言う論理展開だよっ!」
そう言いながら背後から機会を窺っていた天明屋さんが近くにあった廃材をフルスイングして担任の後頭部に叩きつけた。バキョッ!と最大な音を立て廃材は砕け散り、担任は初めて地に手をつけた。
「……ちっとばかし効いたぜ?俺は男女平等に扱うからよ、お前もあの屍の山に加え……」
立ち上がった担任が振り返りながら放った決め台詞は最後まで言われることはなかった。なぜならその屍の山に姿を隠していたしなのんが強烈な蹴りをまたまた後頭部に決めたからだ。流石の担任も地面に倒れ込む。
そうなったら後はお祭りだ。僕はクラスメイトを起こして回り、担任が倒れている隙にみんなで踏んだり蹴ったりと好き勝手に暴行を加えた。しかし、
「調子こきやがって!全員半殺しにして海外に売り飛ばしてやる!」
暴行の途中で意識を取り戻したのか、担任は覚醒した瞬間とても教師のセリフとは思えない発言をして飛び上がった。蜘蛛の子を散らすように逃げていく有象無象の生徒たち。担任はそいつらを追いかけ回してはしゃいでいる。その隙に僕はカキニーとゆっちーを連れて彼の車の近くへと寄り、二人にはサイドミラーを握らせて未だ暴走を続けるコソ泥に声をかけた。
「先生!こっち見て!」
「んだゴラァ!」
「早く止まらないとこのサイドミラーへし折るよ!」
「ああ!?」
僕がそこまで言うとやっとカキニーとゆっちーを認知したのか、本当にサイドミラーが折られそうになっているのを見て、彼はわかりやすく狼狽えた。その隙を突いてしなのんは担任の背後を取り裸締めの手前まで極め、天明屋さんは新しい廃材を彼の大きく開かれた足の間に置き、振り上げるだけでいつでも激痛が与えられるように準備した。
「さあ先生、もう逃げられませんよ。早くお金を返して素直に謝るか、ミラー折られた上にボコボコにされ、そんでもってお金を返すか、もしくはお金が返せないなら命で以って贖うかです」
そこまで追い詰めると彼もいい加減観念したのか、彼は一言「助手席のダッシュボードだ」と言い、ガックリと力を抜いた。僕は、これが僕たち五人の注意を逸らす目的の演技である可能性も考えて、屍の山から比較的マシそうな状態の死体に命令してダッシュボードを開けさせた。
「あ……あった……」
僕は中身を数えさせる。すると二万四千円足りなかったので、しなのんに首を少し強く絞めるよう指示して、先生に聞いた。
「先生のお財布はどこですか?」
「誰が教えるかよ」
「しなのん、もう少し強く」
このやり取りを二度ほど繰り返し、担任が口を割ったのは意識を失う寸前のところだった。
「運転席だ……」
先程助手席を漁った死体に運転席もチェックさせる。すると財布には合計二万五千が入っていたので、千円を残して抜く。
「たしかに全額徴収しました。……じゃあしなのん、天明屋さん、やっちゃえ!」
僕は憂さ晴らし八割、奪い返されるリスクの低減が二割くらいの意識で二人にとどめを刺すよう指示を出す。二人はノータイムで応えてくれた。
崩れ落ちる先生を尻目に、急遽戻ってきた現金をどう使うか話し合うクラスメイトたち。多分今日の近所のラーメン屋は盛況だろう。




