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塩焼きとてんぷらとトロロとその他諸々。

パソコンの故障とバイトの繁忙期で少しいなくなってました。お待たせしました。

 家に着いたから先ずは井戸から水を汲みタライに水を張って、その中にナマズを入れる。そして、ベニヤ板をその上に置き、重石を乗せてナマズがはねて干物になったり猫に持ってかれたりしないようにする。ちなみに僕の家は築八十年を超える古民家だ、壁こそ断熱材を入れたがそれ以外はそのまんまだ。


「なー、飯!早よ!」


 戸を開ける前からゆっちーがうるさかったので僕は反射的にその辺にあったジョウロを投げつけた。投げる時少し重かったから水が入っていたのだと思う。

 ゆっちーの腹にジョウロが直撃した時、鈍い嗚咽が聞こえた。


「えきのこっくす」


「不吉なえずき方しないでよ、ここら辺狐いないからありえないはずだよ」


 ロクでもないことを呻いたゆっちーを軽く叩く。


「ピロリッ」


「だから止めてって」


 こんなことしていたら夜が明けてしまう、まだなんか物足りなさそうな顔をしているゆっちーを亡き者と考えて僕は玄関に入り土間に向かった。


「お米だけは薪と羽釜で炊きたいんだよね」


 小さな羽釜に米を四合入れる、そして水を加えて研ぐ。緩やかに円を描くようにすると米が割れにくい。水が真っ白に濁ったら水を捨てて変える。これを二、三度繰り返して、そこまで濁らなくなったら終了だ。水にしばらく漬けて吸水させる。新米だからそこまで長くなくてもいいだろう。

 次にコンロへ向かう。大きめの鍋に油を入れ、それを加熱する。その間にてんぷらの衣を作る。小麦粉をボウルに入れそれを氷水で冷やしながら卵と水とさっくり混ぜる。

 それが終われば油が熱くなりきる前にハヤの鱗と内臓を取り、下拵えを済ませる。ついでにアマゴも内臓だけ取っておいた。


「内臓がないぞう」


 くだらないことをのたまうゆっちーに僕はとれたての内臓を叩きつけた。


「内臓があるぞう」


「あっ、油の温度いい感じだ」


 ゆっちーは無視して僕はハヤを天ぷらにする。しょげてる顔なんて僕には見えない。ところで話は変わるが、僕は衣はやや薄めにするのが好みだ。

 少し天ぷらの前を離れ、近くに転がっている七輪に炭を入れて、ガスバーナーで火を点ける。点いたらしばらく放っておく。あ、そうこうしてるうちに天ぷらがいい感じかな、ひとつあげて味見する。


「うっま」


「ひとつくれ」


「ほらよ」


「うっま」


「もう一個食べよ」


「俺も」


「「うっま」」


 しばらくして、晩御飯のメニューからハヤの天ぷらがなくなった。仕方ないさ、美味しいんだもの。


「なあ、天ぷらなくなっちゃったんだが」


「誰のせいさ?」


「お前も共犯だろうが」


「何も言えない」


 するとゆっちーは突然謎のツンデレを発揮する。


「………仕方ねえな、ほら、はさみ貸せよ、まだなすと明日葉くらいならお前ん家の畑にあるだろ?」


「こういう時だけは気がきくよね、頼んだ、ハサミは玄関の扉にぶら下がってるよ」


「おう」


 ゆっちーが扉を開け、締める音を背中に聞きながら僕はアマゴの塩焼きの準備を始めた。

 まずは囲炉裏の炭を熾す、火力が出るまでには少し時間がかかるのが唯一の弱点だ。その間に僕はアマゴを串に刺す。炭火の遠火で焼いた物はまた格別な美味さがある。普段はガスコンロでチャチャッと焼くがたまにはこういうのもいいだろう。

 魚を放置してるうちに、今日堀ったばかりの山芋、短い方を出し、泥を洗ってひげ根を炙った。


「皮、そのままでいいや」


 僕は擂り粉木と擂鉢を取り出した。そして、擂鉢に直接山芋を当てとろろにしていく、途中、出汁と味噌を加えて伸ばす。その後、口当たりが良くなるように軽く擂り粉木で当たる。


「あとちょっとでごはんが炊けるな、そろそろ味噌汁を用意しなきゃ」


 まずは出汁をとる。昆布は水の入ったボトルに入れて常備してあるので昆布出汁はおっけー、鰹出汁は水が沸騰してから入れる。少し待って鰹節を引き上げ、一番出汁を漉して他の容器に入れておく。次に、一度出汁をとった鰹節をもう一度水に入れ、今度は少し長い時間煮出す。そうして二番出汁ができた、これに昆布出汁を合わせて使う。

 今回味噌汁に入れる具はシンプルに豆腐とわかめだ、味噌は漉してもいいけど大豆のつぶつぶは美味しさの塊だから取りたくない、だから味噌を軽く潰しながら溶いていく。ちなみに味噌は火を止めてから入れるのがコツだ、煮るとせっかくの風味が空の彼方へと逝ってしまう。


「ただいま」


「別に君の家というわけではないんだけどね」


 ゆっちーがのんきな声をあげながら茄子と明日葉と一緒に帰ってきた。


「れっつふらい」


「カタカナイングリッシュ通り越してひらがなになってるよ」


「いいからとっとと揚げてくれよ」


「それもそうだね」


 僕はさっと採れたて野菜たちを洗って適当に切り衣をつけて熱した油に放り込んだ。

 上がるまでの待ち時間に冷蔵庫から朝のぬか漬けの残りを取り出す。


「あ、そうだ、天つゆ作らなきゃ」


 思い出した、危なかった。僕は急いで支度を始めた。まずは先ほどの一番出汁と昆布出汁を合わせ、そこに薄口醤油と慌てて火にかけ煮切った酒をごく少量加え完成させた。


「あ、丁度揚がる頃合いだね」


 いい感じになった明日葉を引き上げる、しばらくして時間差で茄子も上げる。天ぷらを上げてる途中にゆっちーに指示を出す。


「ご飯だけよそって持って行っといて!後で追いつく、囲炉裏の周りにお願い」


「わかった」


 そんなやりとりの中、天ぷらを無事上げきったぼくはそれを大皿に大雑把に乗せ、味噌汁をついで、それを持って囲炉裏の周りへと向かった。


「漬物持ってくるからまだ食べちゃダメだよ、待て、だよ、わかるね?ゆっちー?」


「俺は駄目犬かよ」


「近いね」


「近いのかよ」


 そんなやりとりをしながら漬物を持っていく。あ、とろろも出さなきゃ。


「じゃあ全部揃ったね、食べようか」


「「いただきます」」


 まずは味噌汁に口をつける。いつも通りの平凡な味だ。ところがゆっちーからすると


「うちの味噌汁よりうまいんだが」


「ゆっちーの家、出汁が顆粒のやつなんじゃないの?」


「ああ、その違いか。なあ、お前うちの母ちゃんと代われよ」


「今朝もなんか似たようなこと聞いたね」


 お米と漬物を口に放り込む。


「漬物、なんか市販のやつと違うな、こっちのが弱い気がする」


「アミノ酸を投下してるかしてないかの差だね、糠床に大量の味の素を入れると大体同じ味になるよ」


「旨味成分って凄まじいな」


「だね」


 僕はそう言いつつとろろをご飯にかける、ゆっちーも同じ動作をしている。全部がかかったところで、僕は一気にとろろご飯をかき込んだ。


「おいしっ」


 ほとんどドリンクのような勢いで食べつくしてしまった、前を見るとゆっちーも同じ状態のようで、しょんぼりしながら空になった皿を見ている。


「お代わり、あるよ」


 ゆっちーが『神はここにあり』とでも言ったかのような、そんな声を幻聴させる程度には晴れやかな顔になった。僕は二杯目のとろろを二杯、ゆっちーはご飯をよそって席に着いた。


「ちなみにお釜が空になったぞ」


「足りるかな?」


「もう一回炊いてくれ」


「さすがにちょっと」


 ご飯にとろろをかける。二杯目だから何かアレンジがあるといいんだけどな。そう考えていたらゆっちーから声がかかった。


「天かすってねえの?」


「そりゃあ今日は天ぷらだしないことはないよ」


「飯にかけるからくれ」


「とろろと天かす、ねぇ……」


 僕はイマイチ味の想像がつかなくて困ったが、次の一言でなんか全てが解決したような気がした。


「ほら、天とろろそばってあるじゃん?」


「さては天才か」


 すぐに天かすを持ってこようと走る、隅っこに寄せてあった天かすを別の容器に移し、すぐに食卓へと持って行った。


「お待たせ」


「キタコレ」


 いうなりゆっちーは天かすをどかっとかけ、一気にかきこみ始めた。


「うまいぞこれ」


 淡々というゆっちー、僕も真似をする。確かにトロトロザクザクしてて、なんとも言い難い素敵な食感だ、でも、


「天かすで思い出したけど僕ら天ぷら食べてないや」


「確かに、おまけに魚も食ってないぞ」


 とろろに気を取られてる間に、確かにアマゴも良い色になってた。


「だねえ、ところでなんだけどゆっちー、天ぷら以外食べ終わった後に更に食べる余力ってある?」


「余力しかねえぞ」


「じゃ、天ぷらだけ残しといて」


「なんか分からんがわかった」


 返事をするなりゆっちーは猛烈な勢いでとろろご飯を食べ始めた。僕も負けてはいられない、アマゴに手を伸ばす。一口、背中側からがっつり齧る、清冽な川魚ならではの全くくどくない脂がさっと口に広がりしっかりと存在をアピールしてくる、すーっと鼻に抜ける、油の匂いではない、鱒の香り、せっかくこんなに美味しいのにそっと消えていく。そんな日本の美を凝縮したような味は正に渓流の女王、止められないし止まらない、気づいたらすでに女王は骨だけとなっていた。


「………なあ、さっきから一言も喋らずにひたすら魚齧ってたけど、そんなにうまいのか?」


 僕のあまりの食べっぷりに少し引いていたらしい、怪訝な目をしている。僕の回答はシンプルだ


「じゃあ僕が食べるね」


「そういうことを言っているわけではない」


 残念、もうすこしだったのに。女王の背にゆっちーの歯が迫る。


 一口、かじった後のゆっちーは完全にはらぺこの猛獣であった。


「ね?美味しかったでしょ?」


「なんでこんなに量が少ない」


「そういうものさ」


 ゆっちーを一言で切って捨て、僕は残りのご飯を平らげる。とろろうめえとろろうめえ。たまに漬物をかじってまたとろろ、味噌汁をお代わりして、それを飲み終われば、


「ふう、ごちそうさま」


「待て、貴様俺がアマゴショックを受けているうち食べ終わるとかどうなんだ」


「べつにどうでも」


 僕はそう言ってキッチン、つまり土間に戻る。そして、湯を沸かす。


「実を言うとさ、とろろが余っちゃってさ、おまけに出汁もまだたくさん残ってる、そして場には天ぷらがある、僕はお湯を沸かす」


  まさか、と、ゆっちーは言う。


「そのまさかさ、そう、今から作るのは」


「「天とろろそば!」」


 食べ盛りの高校生、いくら食べてもまだまだ入る、だから〆にそばなんて無茶な真似も可能なのさ。

 そばを出して茹でる、その間に出汁を再加熱、ついでに荒削り節で追加の出汁をとる、残った出汁だけだとちょっと弱かったから。それを薄口醤油で仕上げてつゆは完成、そばも茹で上がった。そばを入れ、つゆを入れ、とろろをかける。あとは向こうで天ぷらを乗せるだけだ。


「お待たせ」


「待ってました待ってました」


 置くなりゆっちーはそばに天ぷらを乗せ猛然と食べだした。ちなみにゆっちーのは二人前、自分のは一人前だ。僕の体格はゆっちーに比べるとだいぶ貧相だ、筋肉こそそこそこ農作業等でつけてはいるけどもいかんせんフレームが小さすぎる、高校生で165はだいぶ小柄だ。それに比べゆっちーの体躯の堂々としたことよ、183cmの身長にやや過剰に搭載された筋肉、羨ましい、5cmでいいからよこせ、って、そんなことはまあいい、まずはそばだ、伸びきる前に食べなきゃ。

 とろろをしっかりとそばに絡めて、一息にすすりこむ。


「素晴らしき哉」


 天ぷらをかじる、サクッとした音はまさに弥栄、にやけ面が止まらない。


「至福也」


 つゆを飲む、カツオの強い香りがなんとも言えない妙味を生み出す。

 そば、天ぷら、つゆ、このサイクルを数周繰り返すと、器は空になっていた、悲しい。そんな虚脱感の中、ゆっちーの方へとおもむろに目を向けてみた。ゆっちーの目は虚ろだった、そしてうわ言のようにポツリと、


「快哉を叫べ」


 僕は廃人になったゆっちーを放置することにして後片付けを始めた、後片付けが終わってもトリップ中だったら、その時は頭に真っ赤な炭を乗せてみる予定だ。



 結局ゆっちーがトリップから帰ってきたのは僕が炭を乗せる3秒前であった。


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