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帰還負荷。

遅れを取り戻します。

 やたらと血を見た林間研修も終わりを告げようとしている。初日に天明屋さんに殴られて、ゆっちーが断罪されて、そこから食品を粗末にした三人を繰り返し血祭りに上げて、血祭りに上げて、血祭りに上げて……。いったい僕は何をしにきたんだっけ?ご飯はいつも通り美味しくできたけど……。

 鬱々としながら僕は持ってきた荷物の整理やら部屋の片付けを進める。血痕はとりわけ念入りに片付けた。


「よし、一通り終わり」


「じゃあこっち手伝ってくれよ」


「やだよ」


 ゆっちーは、部屋を出て施設の玄関前に集合する時刻の二十分前だと言うのに、未だに荷物を一つもまとめないでいた。時間は十分にあったはずなのに。ちなみにゆっちー以外はみんな荷物をまとめ終えている。当然だよね。


「もうワシらは先に行っとくけん、まあ好きなだけのんびりしてから来んさい」


 まあバスは待ってくれんじゃろうがなと、カキニーは投げやりにゆっちーを急かす。ゆっちーはさすがに少し慌てたのか、とりあえずといった感じで無理やり荷物をボストンバッグへと押し込む。あっという間に肥満体のダックスフントみたいな物体が出来上がった。


「準備はできたようだからほら、さっさと行くよ」


 無事十分前には集合場所に到着した。他にもちらほらと生徒がいるが、それぞれだいぶ顔色が違った。

 チームに自炊ができて節約もそれなりにうまくいったところはそれなりに溌剌としており、一方で空腹を抱えて顔色の悪い人たちもいた。でも、一番ひどい顔をしていたのはしなのんの元班員と僕らのご飯を襲撃してきた群れの人たちだ。彼らは空腹と暴行のダブルパンチを受けているため、やつれているのに膨れているという非常に面白い仕上がりとなっている。

 そんな珍獣を見ていると、ふと一つ疑問が浮かんだ。


「そういえば元気そうな班の人ってご飯どうしてたんだろ?」


 襲撃者が僕らの方にだけ来るということはないだろう。となると彼らも力で以って全てを制したのかな。気になって聞いてみたら「少し分けてそれを奪い合わせた、その間に自分たちは避難した」と、まるで奴隷を殺し合わせる貴族みたいなことを言い始めてドン引きしたけど、よく考えたら最後の最後で自分もおんなじことしてるなと思って相手を非難することをやめた。


 そんなくだらない事ばかり話していると、集合時間丁度に担任が現れ、やたらと大きい声で


「勝手に帰れ!バスは下で待ってるぞ!俺は車だけどな!」


 と言い残し、ガハハと下品な笑い声と排気音を残してあっという間に見えなくなってしまった。


「なにあれ」


「さあ……」


 あまりの暴挙に誰も彼もが硬直する。しかしながら帰らないわけにもいかないので、僕は自転車に跨り車の通った後の道を自転車なりの速度で走り抜けていった。


「到着」


 しばらくするとバスが何台か停まっていたので、そこで自転車から降り、僕は荷物と自転車をトランクへ放り込み、涼しい車内で暑苦しく歩いてくる人間をゆったりと待つことにした。

 さらに待つことしばし、遠目の窓越しからでも汗の臭いがしてきそうな集団がゾロゾロと来て、非常に不快な気持ちもその集団と等速で近づいてきているように感じた。

 案の定その集団は同じ学校の生徒で、悲しいことにドカドカとバスに乗り込んできてはめいめいとりどりの制汗剤を使うものだからもうたまったもんじゃない。


「本当にこの臭いと一緒にバスで学校まで帰るの……?」


 夏場だからマスクなんて持ってきてないのに!

 僕は仕方なしにハンドタオルを呼吸器に当ててバスの時間をやり過ごすことにした。

 車内が地獄の臭いに充ち満ちてから数分、入るなりしかめっ面になった僕の友人たちが僕の周りへドカドカと乗り込んだ。みんなの制汗剤は無香料らしく、幸にして混ぜすぎた絵具みたいな色で表現されるべき悪臭に更なる色を加えるようなことはなかった。一安心。


『それではバスが出発します。シートベルトを閉めてください』


 運転手のアナウンスが響き、ガチャガチャとした音が鳴り止むと、運転手はゆっくりとバスを発進させた。


「うっ……」


 山道を走り始めて一時間弱、車内は化学兵器が使われた後の野戦病院のような状態を呈していた。

 吐き気を堪えてゲーミングPCのような顔色になる人、死んだように眠る人、ビニール袋を液状の物体で満たしている人、それさえできずにえずくだけの人……。揺れだけなら行きのバスみたいに特筆することもないくらい平穏無事で済んだかもしれない(気絶していたので認知していない)が、疲れと悪臭、人によってはそれに加えて空腹のコラボレーションに耐えられず、大変なことになってしまっているようだ。僕は悪臭と揺れに耐えきれなかった。


「その点、死んだように眠ってる人たちは幸せだよね……」


 僕はゲーミングPCのようにコロコロと顔色を変えながら、横で死んだように眠るカキニーを恨めしく思った。後方からは野太い嗚咽とビチャビチャといった水音、そしてそれがガサガサと袋を揺らす音が聞こえた。ゆっちーめ吐いたな。


「ウッ」


 思わずもらいゲロをしそうになるが気合で耐える。いっそ寝てしまえたらと思うけど、ここまで気分が悪くなった後にそんなことはできない。

 そんな風に堪えていると、後ろでまた一人耐えられなくなったのか、随分可愛らしい嘔吐音が響く。とても振り返る余裕はないがおそらく天明屋さんだろう。かわいそうに。


『当バスはまもなく学校へ到着します。皆様お疲れ様でした』


 そのアナウンスが鳴り響いたのは、僕が『最早これまで』と侍のような覚悟を決めエチケット袋を手に取ろうとしたその瞬間のことだった。慌ててエチケット袋をしまい直し、来る停車を心待ちにすることで吐き気を無理やりねじ伏せた。


『当バスは正門前へと到着しました。皆様お疲れ様でした』


 僕は最後の力を振り絞り、全速力でバスから出た。


「外の空気、最高!」


 夏草の香り、肺を焼く熱気、オレンジと呼ぶにはまだやや明るい太陽!全てが僕を祝福しているようにさえ思えた。

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