夜明けとおにぎり。
遅くなりました。
長い夜が明けた。僕たちはのそのそと布団から顔を出し、白み始めた空を拝んだ。そこにはすでになにもなく、ただ散らかった塩の粒だけが昨日の怪奇現象の残滓として残っていた。
「助かった……」
もうこんな体験はごめんだ、憂鬱な気分と安堵、体の疲労と眠気が混ざり合い、えも言われぬ気分を朝の空気と共に吸い込んだ僕は、天明屋さんに叩かれ続けて大きく腫れたように感じる頬を冷やすために洗面所へと向かった。
鏡を見ると、大きく腫れたのはあくまで感覚で、実際には多少腫れてるかも?くらいのダメージだった。そう思うと心なしか痛みも軽くなるような気がした。
「あっ、そういえば」
顔を洗って冷静さを取り戻すと、僕は今日が林間研修の最終日であることを思い出した。確か昼過ぎにはここを出るとしおりに書いてあった気がする。
「なんにせよとりあえずお腹は空くんだし、簡単なものだけでも作るかあ」
昨晩は確かにちょっとびびった。でも僕はあのうすぼんやりとした何かと違って元気に生きてるんだからお腹くらい空くんだよ。いつまでも恐怖になんて構ってられるか。
ズンドコと炊事場まできた僕はとりあえずお米を炊く。威勢よく部屋を飛び出したのはいいけど、実は昨日のうちに食材をほとんど使ってしまい、もう残りは切れ端みたいなものしかない。しかしどうにかせねばならない。
「残ってるのは鶏肉少し、ナス、あとタマゴタケがちょっとか……調味料は味噌と砂糖とみりんはあるね」
もうあれしかないなあ。僕はこれから待ち受けている簡単だけど地味で長い作業を思い、憂鬱になった。
「まずは鶏肉をひたすら細かくしていく」
荒くみじん切りにしたらあとはそれをひたすら包丁で叩く。何気に疲れるから大嫌いなんだよねこれ。鶏肉がひき肉になったら終了。
「次にナスとタマゴタケ」
こいつらはシンプルにみじん切りだ。簡単だがとにかく時間がかかってイライラする。
「あとは炒めるだけだね」
途中で全てを投げ出したい衝動に辛勝し、僕は油を引いたフライパンで炒めていく。ある程度そぼろ状になったら余計な脂を捨て、きのことナスも炒めていく。全部炒め終わったら、あとは味噌と砂糖を入れ、みりんで軽く味を整え、
「肉味噌の完成だね」
少し焼けた味噌と鶏肉の匂いは、昨日の味噌炒めより濃厚で、ダイレクトに空腹を殴ってくる。
「ちょっと味見したいけど米炊けてからの方がいいよね」
肉味噌の味はあまりにも強い。白米がなければ一周回って美味しくないだろう。それから十五分ほど僕は米が蒸れるのを待った。
「もういいかな」
大体十五分くらい経ったと思ったので僕は米を炊いている鍋を開けて、濡らしたしゃもじで米をかき混ぜた。切るように混ぜるとベタつかないとよく言われるので、僕はそのようにして混ぜている。ただ、これもやりすぎると結局ベタベタしてしまうので、要はやりすぎないことが大切なのだろう。
炊けた白米を少し取り、手のひらに熱さを感じつつ、その上にさらに少しの肉味噌を載せて味見をする。
「うん、おいしい」
タマゴタケの化学調味料みたいな強烈な旨味と鶏肉の素朴さ、味噌の濃厚さと砂糖の甘さをうまくナスが仲介している。白米にもよく絡んですごくおいしい。
「お昼ご飯もかねておにぎりにしちゃおう」
他の面々が起きてくる気配も無く、ご飯が冷めてしまうのももったいないし、洗い物を待っているのも面倒くさいので僕は肉味噌入りのおにぎりを作れるだけ製作することにした。
「水用意して、手に振る塩、後は出来たのを包むためのラップ……」
必要なものの準備が一通り済んだら、後は手に水と塩を付けてひたすら握るだけだ。コツは『表面だけを固める』イメージを持つこと。硬く握りすぎるとなんかお餅の出来損ないみたいになるし、かといって弱すぎると食べた時ポロポロこぼれて握った意味がなくなる。強すぎず弱すぎずを心がける。
出来上がったものをラップで包んでいく。合計で16個できたので、一つは僕の朝ごはんとしてこっそり失敬することにして、残りの15個を僕含めた五人で等分するか。
おにぎりをぱくつきながら部屋に帰ると、みんなはまだプルプルと小刻みに震えていた。僕は布団ではなくマットレスをかぶって震えているゆっちーのケツを蹴飛ばしてみんなに朝ごはんと昼ご飯の配給を済ませていく。いったいいつまで震えてるのさ。
「もう朝だよ、おばけなんてないし、嘘だから早く出てきなよ」
一向に返事がない。
「朝ご飯あるよ」
「飯か」
「なんでこれで起きるの?」
「怖くても腹は減るだろ」
食欲以外の本能が多分全部死んでるゆっちーが真っ先に飛び出てきて、緊張感のないやり取りをする。それに触発されたのか、みんなも続けて出てきてはおにぎりを取り、各自の布団の上で食べ始めた。
「この肉味噌うまいのう、うっちゃん味の素何キロ使うた?」
「タマゴタケだよ」
カキニーの舌には好評だったようだ。たしかにタマゴタケは旨味が凄すぎるので言わんとすることは分からなくもないけど、もう少しまともな言葉はなかったのかな。
他の面々は特に文句も褒め言葉も言わず黙々と食べている。食べる手は止まっていないようなので不評ということはないだろう。昨日の夜とはうって変わってとても平和な朝だった。
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