違うそうじゃない。
わりかし細い山道でガードレールがついてるとはいえ、それを飛び越えたらそこそこ崖みたいに切り立っている感じの、陽が暮れてからは走りたくない道を徐々にオレンジになりつつある空の色の中自転車で登る。その間ずっとゆっちーはハンバーグの正体を聞き続けてきた。僕は無視し続けた。
「わーったよ、もうあのハンバーグの正体は聞かねえから。何を手伝えばいいかくらい言ってくれよ」
ハンバーグについての追及が終わった。これからしてもらおうと思ってる手伝いの内容に話をシフトしてきた。けど、言わない。サプライズ性を大事にしたいんだ、本音を言えば、キツイ仕事だから逃げられると困る、なんだけど。
「まあ黙ってついてきてって」
「まあ黙ってってお前言うけどさぁ、マジで何を手伝えばいいのかわかんないと俺もなんか漠然と不安なんだけど」
「一体何でさ?」
「俺は殺人の片棒を担ぎたくはない」
真顔でそんなふざけたことをほざく彼の乗る自転車のタイヤを蹴っ飛ばす。ちょっと慌てたような反応を示した。
「僕がそんなことするとでも?」
「今俺を崖から落とそうとしてたじゃねーか!」
「嫌だなあ人聞きの悪い、そこ、ガードレールついてるし、運が良ければこけても死なないよ?」
「いや、運任せじゃねえかふざけんな」
「まあまあ、助かったんだから。結果オーライってやつだよ」
「何にもオーライな要素がねーな」
ゆっちーの発言を黙殺し、もう少しだけ坂道を登る。二、三分経って、僕は自転車を道路の脇に停めた。そして、カバンから折り畳みスコップを二つ出し、山の奥の方へ道をそれて突っ込んだ。
「ゆっちー、こっちこっち」
「こっちこっちじゃねー!バカ!なんで山に入るんだよ!聞いてねえ!」
「言ってないからね」
しれっと受け流し、もう一度ゆっちーを呼ぶ。
「早く来てよ、図体ばっかでかくなっちゃってさあ」
「うるせえチビ、臓器抜くぞ」
どこぞのヤの付く自由業のような発言をしながらも、自分のところまできっちり来れた。枝が引っかかるなら粉砕すればいいという脳筋思考だったのか、彼の歩いた後はちょっとした獣道になっていた。
「じゃあナイフ貸せや」
「ん?いいけどなんで急に?」
「俺は有言実行型の人間なんだよ」
「つまり?」
「ホルモン、レバー、ハツ、その他諸々。どこからがいい?」
「ナイフ貸さない」
理不尽パンチをくらった。
「痛いんだけど」
「そりゃ痛くなかったらパンチとしては失敗作だわな」
「それもそうだね。じゃあ手伝いの内容を伝えるよ」
「唐突だな」
「まあまあ、そんなことはどうでもいいでしょう、時間もったいないし。で、手伝ってもらう内容なんだけどねぇ」
「なんだ?」
「掘って」
「俺に男色趣味はない、他を当たれ」
「ゆっちーの顔写真を実名と住所と電話番号付きでゲイの出会い系サイトに載せとくね」
「おい待て止めろ」
「じゃあ掘って」
「だから俺に男色趣味はねえって」
「なんかゆっちー勘違いしてない?僕が掘って欲しいのはケツじゃあなくてこれだよ?」
僕はハート型の特徴的な葉がついた蔦を指差す。そこでゆっちーは初めて合点のいった表情をして、
「ああ、山芋か」
「うん、それ任せていい?ゆっちー?」
別にアウティングなんてしないから安心してねと言うと物騒な返事が返ってきた。
「十二指腸ずり出す」
「いいから掘って、日が暮れる」
「アッ、ハイ」
ゆっちーは山の中で「日が暮れる」と言われると途端に大人しくなる。実は小さい頃、何度かゆっちーを山に置き去りにして家に帰ったことがあって、日がだんだんと暮れていくのと鳥の声がよほどトラウマになったらしい。それ以来、僕は自分の事を棚の遥か上方に放り投げてゆっちーをこうしていじめる。
「とっとと終わらせて帰ろうぜ、日暮れやだ」
「うん、じゃあ僕はちょっと釣りに行ってくるからよろしく。30分くらいで戻るよ」
「えっ?お前今日釣具持ってたのか?」
「釣具と非常食は常備が基本」
「ハハハッ、わっけわかんねー、おう行ってこい、芋は掘っとく」
「頼んだ」
僕は釣具だけ持って、最近偶然見つけた沢へと向かった。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「さてさて、今日は何がかかるかな」
この沢、日によって釣れる魚の種類がかなり変わるのだ。普段はハヤとかオイカワとかそんな魚が釣れるのだが、たまにアマゴやイワナ、ごく稀にドンコが釣れる、まあ、何が釣れても美味しくいただけるのでそれでいいのだ。
その辺をガサつき、手頃な大きさの虫と、比較的小さめのミミズを用意する。山のミミズは基本アホみたいにでかいから、小さいのを選ばないと釣り餌にならない。うなぎ狙いなら話は別だけど。
まずは虫を試す。重りも極力軽い物を選び、自然な感じで沈むよう気を使う。仕掛けはウキを使わないミャク釣りだ。ちなみに、竿は2mと短めで、道糸は0.8号、ハリスは0.6号で針の大きさは4号と6.5号を用意している。今回は虫が小さいから4号を使おう。
「おっ、なんかきた」
魚も夕飯時だったのかすぐに食いついてきた。竿を枝とかに引っかからないように慎重に上げる、糸の先には、
「ハヤか、いいね」
その後、しばらくハヤの入れ食いを楽しむ。10匹くらい釣れたら餌と針を変える。次はミミズと6.5号の針だ。
竿を振る。最初の一回は当たらなかった。投げ込む場所を少しずつ変え、何回も投げていく。すると、6回目くらいだろうか、アタリがあった。
「あ、重い、なんだろこれ、アマゴかイワナかな?」
だが、すぐに違うと気付く。渓流のマス科はもっと左右にふれる、これはどっしり重くて根掛かりみたいな感じだ。
「あっ、このままだと下手すれば竿ごと持ってかれる」
そう思ったので、慌てて靴とズボンを脱いで、沢へと突撃する。糸をたぐりながら暴れているものへと向かい、それを素手で掴んで、滑って逃げられる前に岸に向かってぶん投げる。そしてそれを急いで拾いに行く。
岸でジタバタ暴れてたのは、それは立派なナマズさんだった。
「糸が切れなかったのはマグレだね」
ナマズさんはそんなことは気にせずジタバタしている。
「確かナマズって美味しいって聞くな」
ふとそんなことを思い出した僕は、ナマズさんをリリースしないことを決意した。
「ただ、底物だから泥を吐かせないといけないよねぇ、どうしよう」
少し考えてから、すぐに石を積んで簡単なプールみたいなものを作る。ある程度つついても壊れないことを確認して、そこにナマズさんを放り込む。するとナマズさんはプールの隅っこに移動しそのままじっとし始めた。これなら出られる心配は少ないだろう。持って帰るときはビニールに入れて帰れば、家まで10分くらいだし、持つだろう。
ナマズさんへの対応を終えた後、ズボンと靴を履いて、釣りを再開する。ここはガサガサやりすぎたから少し下流に位置を変える。餌はミミズのままだ。
竿を振る。すると、今度は一発で食いついた。
「おっ、これは」
糸が左右に激しくふれる、さてさてイワナかアマゴか、どちらがくるか。
竿を立てるとアマゴだった。大きさは20cm台後半、これはいい。僕はその後も同じくらいの大きさのアマゴを1匹釣り上げ、釣りを終えた。
「さてさて、芋の方の進捗はいかがなものかな」
一旦ゆっちーの元へと戻る。もし芋が掘り終わっていればナマズさんを取りにもう一度戻って来ればいいし、まだだったら手伝ってから取りに来ればいい。そんな感じで、ナマズさん以外の魚全てを持ち、移動する。
「助けてくれ」
「状況を説明して」
「オケラが出てきた」
「で?」
「それだけ」
僕は無言で半身を引き、腰を回転させ遠心力を発生させながら勢いよくゆっちーのケツを蹴り飛ばした。
「下らないことに時間を取らない」
「ハイ」
ケツを押さえながらうずくまる姿はなかなか滑稽だ。
「で、芋は?掘り終わった?」
「ああ、それは問題ない、だがなぁ……」
「何?どしたの?」
「でかい、具体的に言えば60cmくらいある」
「ギリギリリュックに入るかな……」
そう言って僕は自分のリュックから教科書を出し、ゆっちーのカバンに移植した。
「よし、入った」
「よかったよかった、でもう戻るか?」
「いや、もう一本目星をつけてるのがあるんだ、それもお願いしたいんだけどいい?」
「……しゃーねーな」
「よっしゃ、ついてきて」
僕はゆっちーを連れて少し移動、もう一本の蔓の所へ案内する。
「ここやで」
「何故関西訛り」
「なんとなくだよ、さあ、掘ろうか」
「なあ、さっきより蔓、太くね?」
「だねえ、頑張ろうか」
スコップだけで山芋を掘り出すには少しコツがいる。突き鍬を使う時より心持ち広い範囲を掘り起こすようにするのだ。でないと芋が折れる。
丁寧に土をどけていく。360度バランスよくゆっくりと掘り進めていく。そして、芋が完全に露出した。
「ねぇ、ゆっちー、これさぁ……」
「あぁ、大き過ぎるな」
1mを越える化け物が出現してしまった。
「どうやって持ち帰る?」
「……抱えて歩いて帰るか」
「……だね」
そうと決まれば話は早い。すぐにナマズを取りに行って、ついでに山芋を抱えて山を下る。ロードバイクのハンドルにナマズ入りのビニール袋をぶら下げ、山芋を肩に担ぎ直して自転車を押す。ハヤ、アマゴは別のビニールに入れてリュックの中だ。
「にしても今日は大収穫だね、晩御飯期待しといてよ」
「これで不味い飯出したらお前を3回殺す」
「物騒だなあ、まあ、モノがいいから大丈夫さあ」
「だといいが」
軽口を叩きながら僕らはたはかれ時の橙を家へ向けてなぞった。