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補色と補食(未遂)

お待たせしました。ごめんなさい、英語が僕を殺そうと襲いかかってきてまして、対応でモタモタしてました。

 時計が正午を指した。カキニーたちに救援物資を押し付けてから一時間弱、二人はまだ来ない。


「ねえゆっちー、二人ともなかなか来ないね」


「香典って一人につきどれくらいだっけ?」


 縁起でもないことを宣うゆっちーの脛を蹴りつけ、うずくまったゆっちーの上に座る。


「ねえゆっちー、なかなか来ないね」


 そう言って、僕はゆっちーの首に手を添えて、ゆっくりと頸動脈を〆てゆく。


「ねえゆっちー、香典って一人当たりいくらなんだろうね」


「探しに行ってまいります」


 ゆっちーは急にいい子になって、二人を探すために部屋から飛び出そうとした、その瞬間、


「あづい!」


 ゼェゼェ荒い息と共に吐き出された言葉が、ドアを開けて飛び込んできた。ゆっちーは、開いたドアに顔をぶつけて緩やかに崩れ落ちた。


「この部屋は涼しい!ん?なんでゆっちーが倒れとん?」


 飛び込んできたカキニーは、両手を広げてエアコンを全力で浴びながら、倒れたゆっちーを爪先でツンツン突く。


「さあ?熱中症じゃないの?」


 説明が面倒くさいので僕は適当にごまかし、カキニーに気になっていたことを尋ねる。


「んで、カキニーの鼻につけたコクワガタと天明屋さんは?」


「優先順位がクワガタ以下かよ」


 天明屋さんがカキニーの後ろから顔を出し、カキニーを押しのけ彼同様に両手を広げてエアコンの風を受け始めた。

 押しのけられたカキニーはよろけながら、制服の胸ポケットからコクワガタを取り出した。しかも二匹。


「あの後天明屋さんが木を叩き続けてのう、も一匹落ちてきた」


「すばらしい」


 僕はコクワガタを一匹受け取り、様々な角度から満喫した後、飼育道具がないことに気づく。


「……明日は虫かごとゼリーを買う」


 僕は泣く泣くコクワガタを手放した。ふと横を見ると、カキニーも泣きそうな顔をしながらコクワガタを野生に返していた。


「明日は虫かごとゼリーを買う」


 同じことを言っている。


「馬鹿じゃねえの?なあ、馬鹿だろ?」


 背後の天明屋さんから軽蔑の視線を感じるけど、こればかりは男子の習性だと思って諦めてほしい。クワガタとカブトムシ、それとバッタにトンボは僕たちにとっては永遠のヒーローなんだ。

 僕が天明屋さんにそう弁解すると、彼女は呆れた声で、


「ヒーローを飼い殺すって中々ロックだよな」


 と僕たちを皮肉った。心が痛い。

 形勢不利と見たので、ところで、と話題転換を図る。


「二人とも、もう熱中症はいいの?」


 カキニーは食欲が無いらしいがそれ以外に問題はなく、天明屋さんは少し頭痛が残ってるけど動けないことは無いらしい。どうやら水分と休憩で治る程度の、本当に軽度なものだったようだ。香典払わずに済んで良かった。


「ところで、ゆっちーはいつ起きるん?全然あの姿勢から動かんが」


 カキニーの疑問を受け、ゆっちーをちらっと見ると、手からはニョロニョロと見慣れた触角が出ている。しかも器用なことにカキニーや天明屋さんの方へと投擲がしやすいように倒れ込んでいた。僕に落とされかけながらこいつはゴキブリを握っていたのか。恐ろしい奴だ。

 僕は全ての状況を二人に説明した。

 いくばくかの沈黙の後、


「……瀬戸ぉ、なんか手頃なモン、あるか?硬ければなんでもいい」


 僕はカバンをゴソゴソやって、自転車の整備・修理道具の中から一つ、都合の良さそうなものを見つけた。残念ながら今回はゆっちーを擁護する気なんて微塵もない。彼には死んでいただこう。


「おっと、こんなところから予備のチェーンが」


 僕はそれを天明屋さんに渡してから、カキニーの肩を叩いて彼を部屋の外へと連れ出した。

 ドアを閉めると、「裏切り者っ」という悲鳴の後に、気合の入った声と人を硬いものでぶっ叩くような音が響く。悲鳴と怒号、苦痛と打擲が飛び交う阿鼻叫喚の地獄、おそらくそのような光景が中で繰り広げられているのだろう。それと、僕はそもそも君と組んだつもりはないので裏切りもクソもないのだよ。

 なんにせよ、僕は中の風景を映し出したような音が怖くなって、カキニーを連れて自動販売機まで行き、甘いものを飲んで気を紛らわすことにした。


「やっぱりメロンソーダを考えた人は天才だと思うんだ。味も香りもメロンと似ても似つかないのにそんな名前をつけられるなんて。おまけに色もメロンと言うよりはむしろキュウリの外皮だ」


「食欲がなくても無限に飲める素敵なホワイトソーダ……ところで、さっきから部屋の打撃音が止まらんのじゃけどええんか?」


「僕には聞こえない」


「……そうか」


 バシィン、ゴスッ、ドガシャァ、といった、ユニークな蝉の鳴き声が辺りに響き渡る。ああ、夏だなあ。あ、アシダカグモだ、田舎のおばあちゃんに殺される益虫さんだ。


「お、メロンソーダ?くれよ」


 突然天明屋さんが現れて、僕の手から毒々しい緑の液体の入ったペットボトルを抜き取った。彼女の服は制服なのに何故か赤い。補色関係にあるお互いの色は高い攻撃力を持って僕の眼底を殴りつける。


「ところで瀬戸よお」


 チカチカした目を擦っていると、天明屋さんが言葉をつないだ。


「ちぃと肉が入ったんだが、今日は肉料理にしないか?」


 お肉かあ、熱中症なのにスーパーに寄る余裕があったなんて。


「うん、いいよ。何肉?」


「まぁ、いいから」


 腕を引かれて部屋へ戻るとそこは特別高等警察の取調室だった。中央には嫌疑をかけられたと思しき男性が椅子に縛り付けられており、顔の判別もつかないような状態になるまで殴られた痕跡がある。椅子の横には水の入ったバケツが置かれていて、失神による取調べの中断がないことを匂わせる。


「なにこれ?どっきり?」


 SAN値が削れそうだ。僕は知能指数を一気に引き下げることで外部を理解できない状態をつくり、現実から目をそらした。もうかんがえるのめんどくさいや、とろとろのうみそとろとろろ。

 天明屋さんはそんな僕の様子などお構いなしに告げた。


「これだよ、新しく入った肉」


「そうなの」


 僕がその肉と指示されたものにちかづくと、それは掠れた声で呻いていた。


「……ろ、してく、れ……殺し、てく、れ……」


 呻き声を聞いた途端、僕のとろけきっていた脳はとたんに形を成して理性を取り戻した。


「……天明屋さん、この肉、しゃべるね」


「おお、最近の肉はしゃべるんだとよ」


「ところで……ゆっちー、知らない?」


「……勘のいいガキは嫌いだよ」


 天明屋さんはそうつぶやいて、


「で、調理は?」


 と、聞いてきた。


「いや、調理も何もこれもう調理済みじゃん」


 肉は叩かれて柔らかくなってるし、ソースもかかってるし、食べやすいように切れ目も入ってるし。もう手を加えるところなんてないんだけど。


「塩味が足りねえんだよ」


「なるほど」


 普段ならいくら相手がゆっちーといえども、傷口に塩を塗るような真似はしない。でも、今回はゆっちーが完全に悪いし、何よりこれはゆっちーじゃなくて調理済みの肉だ。そう、しゃべる調理済みの肉なんだ。僕はカバンから岩塩の入ったミルを取り出し、肉塊の上でゴリゴリした。肉塊に反応はない。


「んー、味付け終了!」


 努めて朗らかに声を上げると、天明屋さんは、


「おっし、じゃあ仕上げをするからもう一度」


 と言い、扉を指差してきた。僕はまたカキニーの肩を叩き廊下へランデブーとしけ込む。

 扉を出て、閉めてすぐに、何かが落っこちたような音がして扉が開いた。

 先ほどと変わらず血のべったりと着いた天明屋さんが手招きして、


「片付けが終わったから入っていいぞ」


 と言うので、入ってみると、けっこんが窓まで続いてそこで途切れている。


「あの肉な、食不適だから廃棄した」


「そうなの」


 ぼくはなにもわからない。このはんは、さいしょからさんにんでした。まる。

 黙々と血痕を拭い去って換気をしていると、扉がノックされた。どちら様と扉を開ければそこには見知ったしなのんがいて、一言、


「外から戻って来てみたらなんか血まみれのゆっちーが落ちてたんだけど、いる?」


「要らない」


 そうか、としなのんは短く言って、どさっとゆっちーをその場に落とすとそのまま去って行った。


「……晩飯はレバーにしてくれ……血が、足り、ない……」


「……」


 足下のゆっちーが息も絶え絶えにそう言ってきた。自業自得とはいえ、もう罰は十分に受けたし、助けてやってもいいか。僕は財布を取り出して、


「はい、千円。自分で買ってきてね」


 ……確かにゴキブリ投擲未遂罪は償ったかも知れないけど、血の後処理をさせられた僕の恨みはまだ晴れてないよ?


「いや、流石に鬼畜だろ」


 どうやら去ったはずのしなのん、そこまで遠くへは行っていなかったらしく、いつの間にか近くにいて僕を諌めてきた。そして、なんなら俺が行ってきてやると人情を見せたので、事の発端である覗き未遂から血痕の処理分の罰を受けていないところまで懇切丁寧に説明したら、しなのんはまた、そうか、と短く一言言い、そして言葉を継いだ。


「でもこんな血糊雑巾が店に行ったら絶対にパニックだろ?しゃーないからやっぱ俺が行くよ」


 人ができていらっしゃる。僕は自分が虚しくなったのでゆっちーを三回蹴飛ばしてからしなのんに買い出しを頼んだ。


「んじゃあ、行ってくる」


「よろー!そっちの班の晩御飯が失敗してもしなのんの分はこっちで確保しとくからねー!」


 僕はせめてもの恩返しに料理で貢献することにして、去っていくしなのんを見送る。

 そして、ひとしきり手を振ったら我らが担任に連絡をする。二回目のコールで彼は出た。


「んだよ瀬戸ぉ、校長の殺害ならもう少し待てって」


 いや、


「そんな物騒な話じゃない」


 すると、担任は急に怪訝な声になって、


「……んじゃあなんだ?また厄介事か?」


「またって何ですか……でもまあ、厄介と言えば厄介かも知れませんね」


「なんだよ、とっとと言えよ」


「先生、過酸化水素水か消毒液を大量に持ってたりします?」


 すると担任はしばらく黙り込んでからこう言った。


「……血痕は消えるがユミノール反応は消せないぞ、良いのか?」


 なんで合点が行くんだよ、あんた本当に何で教員なんてやってるの?

 ニコ動の弾幕のごとく流れる疑問に蓋をしつつ、問題ないと返事をする。


「五リットル分けてやるからやりくりしろ」


 と、さらに返事がきて、電話はそこで切れた。

 そして数分後、担任は大きなボトルに入った過酸化水素水を僕に渡して、


「晩飯はよろしく」


 と言った。……まあ、いいや。


 その後は晩御飯の支度までゆっちーの血痕を消毒液で消すのに終始した。僕らの林間研修は森の補色から始まる。

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