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化けの皮を溶かすは陽射し。

 部屋へ着くなり冷蔵庫に生鮮食品をしまった僕は、汗でべたつく体を汗拭きシートで拭い、替えの服へと着替えた。顔を洗ってさらにさっぱりする。靴は歩きやすい運動靴に履き替えておく。

 一通りの身支度を済ませてもう一度外に出るも、まだ誰も来ていない。僕はもう一度部屋に戻り冷房を入れ、釣りの仕掛けの準備をして待つことにした。

 仕掛けを組み終わる頃、ホモ臭い声とともにゆっちーが部屋に入ってきた。


「暑スギィ!自分、冷房の温度下げてもいいっすか?」


「……」


「下げるぞ下げるぞ下げるぞ下げるぞ下げるぞ下げるぞ」


「うるさい。って、あれ?ゆっちー、カキニーがいないんだけどどうしたの?」


 ふと気になって聞くと、ゆっちーはためらう素振りなど微塵も見せずに言い放った。


「途中でぶっ倒れたからその屍を越えてきた」


「お馬鹿!」


 なんて真似してくれたんだこの馬鹿は!一人先に自転車でエンジョイしてた僕が言うのもなんだけど!

 僕は携帯用のリュックに経口補水液と衝撃で冷たくなる素敵なサムシングを各四つ、そして二リットルボトルいっぱいに入った水を入れ(僕が自分の熱中症対策用に持ってきた全てのものでもある)、ゆっちーを殴り飛ばしてから外へ飛び出た。早くカキニーを回収せねば彼が故人になってしまう。

 ロードバイクに跨り、来た道を下っていく。すると、木陰でグデッとしている人影を見つけた。


「カキニー!」


 そちらへ近づくと、人影が二つあることがわかった。誰かと思って、自転車を近くに止めてさらに近づくと、なぜか天明屋さんがいた。しかも顔が赤い。


「天明屋さん?なんで?」


 鳩みたいな渾身のキョトン顏をかました僕を見て、天明屋さんはグデッとしながら僕を睨みつけてこう言った。


「見ての通り、死体を回収してたんだよ。おかげでミイラ取りがミイラになりそうだ」


 彼女は水筒をひっくり返してカラカラ振り、何も入ってないことをアピールする。


「つまり熱中症が二人?」


「そういうこったくそったれ」


 なんてこった。


「とりあえず救急用の物資は持ってきたから、すぐ渡すね!」


 まずはカキニーのシャツのボタンを手早く外し、殴って冷たくした保冷剤みたいな奴を彼の両脇に挟んだ。幸いにも、林間研修初日は制服着用だったので、衣服を緩める作業は容易だった。


「おいカキニー!大丈夫か!?」


 僕が大声で叫ぶと、カキニーは苦しそうに、


「キツスギィ!」


 と呻いた。元気そうだ。


「君に水分は必要なさそうだ」


「ごめんなさい」


 とりあえず意識はあるということが確認できた。コマスケール的にもそこまで問題はなさそうだし、倒れた割には軽度な熱中症だったのだろう。僕は、経口補水液のボトルを開けて彼に手渡し、自分で飲むよう促した。


「次は天明屋さんなんだけど……あっ」


 僕はそのまま天明屋さんに処置を行おうと思ったけど、直前で止まった。


「天明屋さん、ここに、保冷剤とキャップの開いた経口補水液を置いておくのでご自分で衣服を緩めていただいてもよろしいでしょうか?」


 天明屋さんは不良で腕っ節が強いとはいえ女の子である。僕が彼女の衣服を緩めようものなら、しばらくは臭い飯を食うハメに遭う。そして僕の履歴書に輝く前科一犯の四文字!ひええぇ。


「あ?なんでだよ?……あっ、ハイ」


 最初は訳が分からなそうな顔をしてたが、すぐに合点がいったのか、彼女は僕にものだけ置いて後ろを向くように指示、僕は従う。

 衣擦れの音が聞こえてきて、SAN値を削ってくるので、僕は二リットルボトルのキャップを開け、カキニーの頭に水をかける。


「ブフッ」


 鼻に入ったようだ。


「只今冷却中」


 僕は続けて水を注いだ。

 半分注ぎ終わったところで、天明屋さんに声をかける。もちろんそちらを向かないようにして。


「天明屋さーん、水頭から被る?」


 キャップを緩く閉めたボトルを後ろに転がすと、サンキューと声が聞こえて、ドボドボと水を被る音がした。

 邪念を振り払うように声を上げる。


「一応応急処置はしたし、救急車呼ぶね?」


 すると、水を被る音が止み、天明屋さんが声を上げた。


「いや、極々軽い熱中症だし、林間研修には参加してえから呼ばなくていい」


 正直、僕はこの発言に驚いた。

 今までの学校生活で、彼女と同じクラスになったことは今年が初めてだし、彼女のことはよく知らない。でも、聞いていた話だと、群れて他人と行事を楽しむようなタイプとは言えないような人らしいという評判だったから。

 だから、こんな、言い方は悪いが、行事から逃げられるチャンスをフイにするような発言が出るとは思わなかったんだ。


「百聞は一見に如かず、ってね……」


 小さなぼやきはどうやら拾われていたようで、天明屋さんは少し拗ねたような、照れたような声で返してきた。


「あ、さてはお前、私のことを一匹狼だとか思ってただろ?」


 内心をズバリと当ててくる。僕は頷くことで肯定の意を示す。


「だろうな、実際、今までの行事は一度も楽しいと思ったことねえし」


 ここで、疑問が芽生える。


「じゃあ、今回は楽しいの?」


 僕の質問への回答は、


「……だって、事務連絡以外で話しかけられたの、小学校以来だったし……その、少し、嬉しくて……」


 という、なんともぼっち感溢れる回答だった。これが男だったら気持ち悪すぎて自転車で轢くんだけど、生憎天明屋さんは美少女で、非常に絵になる。もちろん、天明屋さんの方を向いた瞬間に僕の社会的生命(場合によっては生物学的生命も)が終わってしまうので、あくまで想像だ。


「ぼっち乙」


 妄想に脳のキャパシティを割いていた最低な僕は短く言葉を返すのが精一杯だった。


「うう……仕方ないだろ!突っ張ってないと変なのが寄ってくるし、突っ張ったら突ったで友達いなくなるし、もうどうしろって言うんだ!」


 そう叫ぶと彼女は発狂したかのように寄りかかっていた木を殴りつけた。木はユサユサと揺れる。


「あ、コクワガタ」


 僕はその振動によって梢から落ちてきたコクワガタを回収、カキニーの鼻につけた。


「脚の爪が引っかかって地味に痛い」


 僕はカキニーを無視し、天明屋さんに声をかける。


「なんか、天明屋さんって意外と小市民?」


「文句あっか!?」


 やや食い気味で返されたその叫びは、ある種の悲哀を帯びていた。


「なんかごめん」


 謝罪すると、彼女はさらにその混沌を深め、訳のわからない呻き声を上げて、しばらく経ってこう言った。


「……というわけで、今回は初めて声をかけられて嬉しいから行事に参加したい、リタイアしたくないから救急車はいらない」


 どうやら彼女の中で色々な感情の整理をつけていたらしい。あの怪音は情報処理の際の効果音だったのかな。


「……なんにせよ了解、荷物は、運べる分は運んどいてあげるよ」


 僕は彼女とカキニーの分の荷物を持てるだけ持って自転車に跨った。


「んじゃあ、最低限の支援はしたから、後は救急車呼ぶなり途中で倒れて野垂れ死ぬなりご自由に」


 僕は坂道を弾むようにして登っていく。研修施設にはすぐに着く。

 案の定すぐ着いた研修施設の駐輪場に自転車を止め部屋に入ると、殴りつけたゆっちーが殴られて倒れたそのままの姿勢で倒れていた。部屋の真ん中で。


「邪魔」


 僕はゆっちーを蹴っ飛ばしてどけて、冷房の効いた室内で残りの二人を待つことにした。


「……冷房キッツ」


 設定温度を少し上げて。

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