伝達ミスから始まる林間研修。
不定期更新になりましたが、生きてます。できればこのお話を見捨てないであげてください。
「うっしゃ全員いるな?まあ、居ねえ奴は置いてくだけなんだけど」
バスの車内で点呼もろくに取らず最前列の右窓際を占領してご機嫌な担任、括ヶ原はそう言うなりバスの運転手さんの席を蹴飛ばし出発を促す。
昨今、少年非行が目立つようになる中の、ええ年こいたおっさんの非行であった。
僕らの席は中央左側、前日に分けた班ごとで固まって座っている。よって僕の隣の席はゆっちー、後ろの席はカキニー、そして、
「なにこっち見てんだよ、殺すぞ」
クラスでも持て余し気味の不良少女、天明屋 新さんが僕の斜め後ろにいる。勘弁してくれ。
彼女は非常に可愛らしい顔立ちをしているのだが、そのせいで犯罪の被害に遭いやすかった。ゆえに彼女は自己防衛のために腕っ節を限界強化、並み居る性犯罪者や不良、チャラ男を葬り去っていくうちに、思考もあちら寄りになった。まるでマル暴がヤクザまがいの性格になっていくように……って話を聞いたことがある。
そんなおっかない子は、たとえ美少女であってもお断りなんだけど、最後まで班分けで余っていた彼女を見て、カキニーが変な仏心を出したのだ。彼は変なところで義理人情に厚い。迷惑。
「だからこっち見んなって言ってんだろうが、てめえも性犯罪者か?」
挑発的な暴言とともに僕の座席へ蹴りが入る。
「ププヒェー」
頭の悪そうな声を出して僕は前を向く。見なくてもわかるほど彼女が怒っているのを雰囲気で感じるがそんなものはどこ吹く風、僕はおやつの笛ラムネを取り出してピーピーすることにした。
ピーピーすること数回、阿呆の担任がとんでも無いことを言った。
「あ、そうだ忘れてた、今朝方聞いたんだがこの林間研修、どうやら食事については金だけ出すからてめえで材料を買って作れとのお達しだ。いやー校長のやつ、今朝になっていきなりほざくからなぁ、思わずやっちまったぜ」
僕は笛ラムネを口から落とした。
んじゃあ今から配るから、と抜かした担任は、生徒たちの驚愕や非難の声を馬耳東風とばかりに受け流し、あまりにもうるさい生徒がいた場合はぶん殴って鎮圧したりしながらお金の入った封筒を配っていった。
「六千円か……」
気を取り直して封筒の中身を確認する。かなり多いな、全食を外食にしても問題なく(栄養は偏るけど)食べていける金額だ。それに気づいたのか、全てを外食で済まそうと考えついたであろう一部の人たちは指を折りながら一食にかけられるコストを算出していた。
「ちなみにこの金はお前らの支払った林間研修費から出てるから余った分はそのまま持ち帰っていいからな」
担任がそう言った途端、指折り数えてた人たちの一部が、自炊方向にシフトするようで、顔を上げて計算を止めた。でも、またすぐに顔を伏せると、今度は一食のコストをいかに切り詰められるかの計算を始めたようだった。救えない。
「あと、今から行く研修所の周囲五キロには飯屋はおろかコンビニさえねえから。あるのはスーパーが一軒だけだぜ」
担任がトドメとばかりに爆弾情報を落とし、車内の空気は凍りついた。
「まあ、精々頑張って生き残りな」
担任は投げやりに言うとまた運転手の席を蹴っ飛ばして早く出せと怒鳴りつけた。
車内はやはり妙な沈黙に満ちている。
男子の声が沈黙を破った。
「……つまり自炊ができないやつだけで予め班を組んだやつは……デッドエンド?」
阿鼻叫喚。そこから先はまさにその通りだった。
「うわぁぁぁぁぁあ!」とか「死にたくない死にたくない死にたくない」とか「醤油だ!醤油があればなんでもできる!」とか「テリヤキ!」とか、各自思い思いの奇声を上げていて、はたから見ている分にはかなり面白い。
ぼくが新しい笛ラムネを装着してピーピーしようとすると、横のゆっちーが話しかけてきた。
「その点うちの班は安泰だよなぁ。お前が料理できるし、それにどうせ、お前の荷物の中身は調味料パラダイスだろ?」
確かに、研修中は何してもいいって言われたから趣味の料理に必要な程度の調味料は当然持ち合わせている。でも、
「それだけじゃないよ、バスのトランクに入れたキャリーケースの中には、いつも使ってる調理器具と釣竿、輪行袋にはロードバイクを入れてある」
先日担任に持ち物について聞いたところ、入る限りは好きにしろとのことだったので荷物をガンガンに持ち込んだのだ。それに、前日のうちに研修施設周辺のマップを確認しておいたので釣りができそうな川があることも確認済、とにかく死角はない。
「お前……」
胸を張った僕をゆっちーは少し引き気味の目で見ている。どういうことだね。
「あ、わしも持ってきたぞ」
後ろのカキニーが声を上げた。
「何を」
「大量の炭酸飲料」
「でかした」
彼が語るに、彼の持ち込んだキャリーケースの中身は着替えと炭酸飲料のみらしい。頭おかしい。
そんな僕らの会話を、天明屋さんは怪物でも見るかのような目で睨みつけてきた。
「ところで、天明屋さんは料理できるの?」
僕が振り返りながら尋ねると、彼女は少しビクッとした後こう答えた。
「……簡単なものなら」
「へえ、得意料理は?ヤンキーのタコ殴りとか?」
僕がふざけてそう返すと、彼女は薄く笑って、
「実はそれ、得意じゃねえんだよ。下拵えの段階で素材をダメにしちまってなぁ」
「ヒエッ」
ゆっちー、なぜ君が悲鳴をあげる?
「ほーん、そう。じゃ、何が得意料理なのさ?」
僕が引き続き問うと、彼女は少し照れたように、
「……豚汁」
と、答えた。へぇ、
「可愛いとこあるんじゃん」
僕がそう言った次の瞬間、肌色の隕石のようなものが迫ってきて、顎に鋭い痛みが走ったと思ったら、僕の視界が急速に狭まった。
「おい起きろ、じゃないとケツにバラを活けるぞ」
「僕はホモじゃない!」
とんでもなく不吉な言葉を聞いたような気がして飛び起きる。すると、若干呆れ顔のゆっちーがいて、
「おら、目的地に着いたからとっとと降りるぞ」
と言って、手を引いてきた。なす術もなく引きずられる。ずるずるずるずる。
外に出て、バスの運転手さんにお礼を言ってん荷物を受け取る。僕はその場で輪行袋から分解した自転車を出して組み立て、キャリーケースを背負って(実は背負い紐をつけてある)ロードバイクにまたがった。
「ところでゆっちー、ここから研修施設、つまり宿泊場所までどれくらいの距離があるか知ってる?」
しおりには三キロと書いてあった。
「ん?確か三キロだった気がする。ったく、やたらなげえよな……って、お前まさか」
「うん、お先にね」
喋っている間にシューズをクリート付きのものに替えて、ペダルを踏み込む。
バチンと景気のいい音が鳴ってシューズとペダルが固定されたらスタートの合図だ。軽いギアから徐々に調子を上げていく。ずるいぞというゆっちーや他の班員の批難の声や、先行していたクラスメイトの呆気にとられた顔、そして一面のクソ緑をどんどん置き去りにしていく。
「どっちかって言うと、スプリントの方が得意なんだよね」
ここは常に若干の登り坂なので、平地で最速を狙うスタイルの僕とはあんまり相性が良くない。でもまあ、歩くよりは何倍も速いけどね。
坂の斜度に合わせてギアを細かく変えながらしばらく漕いでいると、一軒しかないと言われたスーパーらしきものが見えてきた。
ここで思い返したいのは今日研修に来ている人数。四十人が一クラスで、それが三つ。こんなクソ田舎のスーパーで百二十人が一気に買い物をしたら品切れになっておしまいだろう。なので、
「まあ、速さは強さっていうか、特権階級っていうか」
食べたい物を、予め買っておく。
自転車を止めて店内に入る。レジで暇そうにしてるおばちゃんが二人いるだけで、客の気配は無かった。
米は五キロあれば足りるので、五キロの袋を入手。肉とか野菜とか魚とか、生鮮食品の類は腐るのが怖いけど、買わないと晩御飯が貧相になるので、腐りにくそうなものを中心に購入。足の速い青魚を止めて白身の連子鯛にしてみたり、カボチャとか人参、ジャガイモそれに玉ねぎなど比較的日持ちするものを中心に買ったり豚肉も表面積の狭いブロックで買ったりと、夏の暑さに対してせめてもの抵抗を試みた。あ、そうだ。醤油は重いから持ってきてなかった。醤油醤油。
「お会計三千五百八十円になります」
「どうも」
リュックとなったキャリーケースに買ったものを詰め込む。死ぬほど重いけどギリギリ大丈夫。まだ自転車に乗れる重さだ。
死にそうになりながら坂道を登る。すると、割とすぐに研修施設が見えてきた。
「ここがグランドライ……」
「違う」
研修施設にたどり着き自転車を降りた僕の感動に、無粋な横槍がエンジン音とともに入る。ムッとしてそちらを見ると、黒の割と高そうなベンツをガルウイングにしてスモークシールドを入れた悪趣味な改造車から、担任が出てきた。素肌に白スーツ姿で。
「お巡りさんこいつです」
「スピード違反はしてねえ」
「そういう問題じゃない」
呆れて溜め息を一つ。
「それで先生、生徒の引率は?」
すると担任は鼻で笑って、
「こんな炎天下にガキのお守り?馬鹿じゃねえの?」
お前は教師ではない。
「貴様の血は何色だ」
「俺ほどの高貴な人間だったら当然青だな」
高貴とは一体なんなのだろう。もうどうでもいいや。僕は考えるのをやめた。
「ところで先生」
「なんだ?」
「そのベンツどこから出てきたの?」
「前日のうちにこの辺に住んでる後輩パシらせてバス停付近に止めさせておいた」
あっそう。もういいや。呆れた僕は本題に入ることにした。話すだけ時間の無駄だ。
「冷蔵庫借りたいんですけど。それと荷物置きたいので僕の部屋を教えてください」
担任はおお、と、適当そうな相槌を打ち、ひとしきりごそごそやった後、鍵を投げてよこした。
「お前の部屋な。冷蔵庫は各部屋にあるから」
「先生、これってもしかして親方日の丸運営だったり?」
「奴ら、税金の無駄遣い超得意だからな」
クソッタレめ。まあ、冷蔵庫があるならそれはそれでいいや。使用頻度については何も言うまい。
「それじゃあ先生また後で」
会話が面倒になってきたし、なりより荷物が重くてそろそろ肩が痛い。とっとと部屋に行こう。
残りの人たち?ちょっとどこにいるかわかんないや。
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