レッドホット
すみません昨日投稿予定だったんですけど課題に追われすっかり忘れてました、遅くなりましたがどうぞ
帰ってきてまずすることといえばシャワーを浴びることだ。夏の盛り、自転車で一時間も移動すれば、僕は汗が本体なのかと錯覚するほど汗だくになる。
「ふぃー」
さっぱりした。シャワーはまず熱めのお湯で汗やら皮脂やらをまとめて吹き飛ばし、しかるのちに冷水で一気に冷却する。どこか茹でられたうどんやそばのような心持ちだけど、これが気持ちいいんだ。
「さて、始めますか」
お茶を飲んで乾きを癒し、僕は晩御飯を作ることにした。
「半夏生にはちょっと早いかもだけどまあいいや」
まず畑からトマトとナスを適量捥ぐ。それを流水で軽く洗う。
次に冷蔵庫からタコを取り出す。茹でてあるのですでに赤い。
「あ、忘れてた」
僕は玉ねぎとニンニクをキッチンの上に用意した。
「これでよし」
早速調理に移ろう。
まずトマトを軽く下ゆでして、冷水に取り皮を剥く。剥いたらオリーブオイルを敷いておいた鍋に放り込んで潰す。
次に、タコとナスを一口サイズに切る。
終わり次第ニンニクを包丁の腹で叩いて潰し微塵切りに。玉ねぎも粗微塵切りにした。
「そうだ」
僕は玄関横のプランターへと向かい、バジルをむしり取った。
「再開」
むしったバジルは一旦置いといて、僕は潰れたトマトの入った鍋を火にかけた。ちなみに、玉ねぎとニンニクはこのタイミングでまとめて入れる。少しポコポコしてきたらナスとタコを投下、ついでに白ワインも入れる。
ここでトマト煮の方は一旦ストップ。僕は冷凍庫を開けて、内部の左側の隅を圧迫している袋を睨みつけた。
「蕎麦粉が余ってるんだよね……」
実は、ずいぶん前にやった鴨南蛮そばの時の蕎麦粉が、今日まで使い道なく冷凍庫を圧迫していた。ので、今日こそ消費してやろうと思い、僕は蕎麦粉を水に溶いた。
蕎麦粉がお好み焼きの生地くらいのゆるさになった。僕は加水を止める。
フライパンを用意して、コンロの空いている口に乗せる。そこにオリーブオイルを敷き、火をつけた。
フライパンが温まってきたら、生地を薄く伸ばしながらフライパンに入れていく。いい感じに焼けたらフライパンから取り出して皿に積む。
フランスのおかずクレープ、の生地、ガレットの完成だ。ちなみにこの生地だけで食べると、すごく素朴な味がして、これはこれで美味しい。
トマト煮の方を見ると、ナスとタコに火が通っていい具合だった。ここで僕は火を弱めて、塩を入れて味をつける。そして、カイエンペッパーと黒胡椒、刻んだバジル、乾燥タイムと乾燥セージで香り付けしたら、トマト煮も完成だ。
居間の方に、トマト煮を鍋ごと運ぶ。もう一度キッチンに戻ってきて、ガレットと一緒にタバスコも運んだ。
「さて、ボナペティ」
フランス語で頂きますを言って少し気取ってから気づく。これ、どっちかって言ったらイタリアンだ。
「……いただきます」
普通に日本語で言い直して、僕はガレットをちぎり、トマト煮に軽く付けて食べる。
「グート、イス・エスト・グート」
しまった、これドイツ語だった。ちなみに意味は『よし。すべてよし』だ。うんうまい。トマトの酸味と旨味、玉ねぎの甘みが香辛料の強烈な香りをうまく取り持ってる。
今度はガレット生地をスプーンのようにして、今度はゴロゴロ入っている具材ごと掬って口に運ぶ。
「ああ」
感嘆しか出ない。タコは噛めば噛むほど味わい深く、ナスは優しい甘さで他を引き立てる。形の残ったトマトはスープより少しだけ強めの酸味を有し、玉ねぎはここでも甘い。たまらない。
次の一口も具材ごと掬って運ぼう、とするその前に、
「タバスコ」
今の段階でも十分味にパンチはあるが、まあ、物は試しだ。もしかしたらさらに美味しくなるかも。
そんなわけで僕はタバスコを少しかけて、次の一口を頬張った。
閃光。その一言に尽きるような味覚の暴力が僕を襲った。先程まででも十分刺激的な味ではあったが、これはそんなヤワなものじゃない。パンチ力でいうなら、スーパーフェザー級のジャブとヘビー級の全力右ストレートくらいの差がある。すべての味覚に先立って舌に牙を突き立てる辛味。旨味とかの他の味覚が全て塗りつぶされてしまったこのような錯覚を覚える。
そこへ、ふわっとそばの香りがした。その瞬間、辛味は和らぎ、平穏な味覚が戻ってきた。わずかなヒリヒリは残っているけど。
不思議なことに、辛味が猛威をふるった後の方が、何故か他の味をクリアに感じられた。旨味、酸味、甘み、香り……その他諸々の情報が怒濤の勢いで迫ってくる。
「Treś bien!」
正しいフランス語が出るくらいうまい!最初の二口なんて目じゃないくらい美味しい!後引くヒリヒリも程よいエッセンスに感じるくらい美味しい!
次の一口はもう少し多めにタバスコをかけて食べる。
「Treś treś bon!」
すごい!すごくいい!ディ・モールト!
僕は奇妙な立ち方をしながら興奮しきりだった。
ランナーが息を荒げて酸素を欲するように、僕の血は同じ色の鍋の中身と、ガレットを欲した。ガツガツと食べているとガレットがなくなり、鍋の中身のタコとナスがなくなってしまった。しかしお腹はまだ空いている。どうしたもんかと迷った末に、僕は禁じ手に出た。
キッチンに立った僕はパスタを茹でていた。その横では残ったトマト煮に追加のトマトと香辛料、そして、ウスターソースと白ワイン、コンソメとひよこ豆の水煮を加えたものがグツグツと音を立てていた。
「パスタはアルデンテ」
少し硬めに茹でたパスタの湯を切り、トマト煮へと放り込む。
「アレッグロ(快速調)!」
ご機嫌でソースを麺に絡めたらトマトパスタの完成。今に持って行ってタバスコを、そして、チーズを上にかけて食べる。
「C'est bon」
美味しい。なんか普通にイタリアンな味がする。麺の硬さもちょうどいい。
パスタはスルスルと胃袋へ収まり、ソースもカラになった頃、ようやく僕は満腹を迎えた。
「ごちそうさまでした」




