梅とハチの梅雨晴れ。
遅くなりました。
『スズメバチは良質なタンパク源』
僕は一昨年に亡くなった福原のジイさんの言葉をふと思い出していた。確か享年は九十四で、バリバリの太平洋戦争経験者だったジイさんは誰よりも食べ物の有り難みを知っていたし、それと同時に何が食えて何がダメなのか判別する技術を戦中・戦後の食糧難の中で鍛え上げていた。
そんな彼はゲテモノを口にすることに一切の躊躇がなく、僕も小さい頃は色々なモノを食べされられた記憶がある。ちなみにどれもこれもまあまあ美味しかった。
「さて、蜂の子はどうしたもんか」
僕は未だにどののなかでブンブン鳴っているスズメバチの羽音を聞きつつ調理法に頭を悩ます。
「蜂の子だけじゃなくて、スズメバチって確か巣ごと食えたよね……」
スズメバチの成虫は、蟻酸に似た成分があるのか、変なエグみと酸味があってあまり美味しくない。でも、揚げればまあ食べられないことはない程度の味になる。食感はパイ生地と堅めのポテチをごっちゃにしたみたいな感じだ。
蜂の子は焼いても揚げても美味い。パリッとしてムチッとしてる。ちなみに煮るとなんか皮がぶよぶよして個人的にあんまり好きじゃない。タレの鶏皮が好きな人なら好きかもって感じの記憶が食感かなぁ。
ちなみに、スズメバチで一番美味しいのは蛹だよ。サクッとしてトロッとしてる上に雑味が少ない。
さらに、巣は干して少量を煎じると漢方薬になったと思う。捨てるところがなくて素敵だと思います。
「ん〜……面倒だ、揚げてしまえ」
僕はしばらく考えて、結果面倒臭くなった。なので、成虫から幼虫まで、巣以外全てを美味しくいただける素揚げにすることにする。
「って言っても、まだブンブンうるさいんだけどね」
このまま袋を開けて調理に移ると、顔とか指が愉快な感じに腫れ上がる可能性があるから僕は巣を燻し直すことにする。
ダンボールを補強して作った即席スモーカー(三年もの)にチップと言う名のおがくずを入れて煙を出す。あとはその中にスズメバチの巣を入れてしばらく放っておくだけ。楽チン。
「その間に梅の選別でもしよう」
僕は大きな農協で使われてるカゴの他に、そこそこの大きさのザルを二枚用意した。
「青梅、完熟、完熟、完熟、青梅……」
青梅と完熟梅は用途が違う(僕の家では)ので、きっちり選別しておく。この時に葉っぱやら何やらを落としておくと後が楽だ。
「ふいー」
一通り梅の実を分け終わったら、足の早い完熟した梅からやっていこう、青梅は最悪一日くらいなら放っておいても平気だし。あ、そうだ。ついでだから青梅は水にさらして灰汁を抜いておこう。
「さあ、やりますか」
水を張ったたらいに青梅を放り込み完熟梅に向き直る。
完熟梅で作るのは、ズバリど定番の梅干し。塩分濃度を二十%まで上げた、昔ながらの塩気ゴリゴリのヤツだけどね。さて作ろう。
先ずは下拵え。梅の実をざっと洗って汚れやら埃を落としたら、梅のヘタを先の尖ったもので丁寧にほじくり出す。僕は爪楊枝とかを使うね。
「ほじる。別のボウルに移す。次の梅。ほじる。別のボウルに移す。次の梅。ほじる……」
メビウスの輪のように終わりの見えない単純作業に心を喪いそうになるけど頑張って正気を保つ。大丈夫、青梅よりヘタが取れやすくなってる、大丈夫だ僕。
そんな暗示をかけてまでやることではないと思うかもしれないけど、ここで手を抜くとヘタからカビが大繁殖してえらい目に遭うことがあるからねえ。一番カビやすい部位を取り除いておくのは後々のために大切なんです。だるいけど。
心は削れたけどヘタは取り終わった。次の作業は漬け込みだ。
漬け込む時はアルコール度数のある程度高いお酒が有ると殺菌ができるし、梅に塩がまぶしやすくなる。
「取り出しますはクリアカラーのジン、アルコール度数は驚異の六十%」
僕は工業用アルコールかよと突っ込みたくなるような度数の酒を梅に軽く振りかけた。
未成年なのにお酒を所持してるってどうなの?てか買えるの?と思うかもしれないけど、僕の両親が他界していることや僕自身が重度の料理オタクだということは割とご近所では周知の事実となっているので、父さんに連れられて顔見知りになった酒屋に行けば料理に使う酒くらいであるなら融通してくれるのだ。
さらに、これらの料理用酒は、酒屋の店主が僕の事情を鑑みてくれたのか常に三割引で提供されている。これは純粋に店主のおじさんの優しさからくるわけであって、僕が彼のキャバクラ通いの証拠を握っているからとかそういうわけではない。ないったらない。
って、そんなことはどうでもいいんだ。とにかく、梅は一回アルコールで殺菌してから漬けよう。万全を期すのだ。
「梅にざっくり塩をまぶす」
この時ににがり成分の含まれていない、純度の高い塩化ナトリウムの食塩を使うと、非常に刺々しいなんとも言えない味に仕上がるので、できれば粗塩系のにがり成分の含まれているものを使うのが好ましい。
梅の表面がお酒で湿っているので塩は簡単に梅に着く。
「広口瓶スタンバイ」
食器棚の奥に突っ込んであった大き目の瓶を引っ張り出して洗う。水分を拭き取ったら、こちらもジンで殺菌して、塩をまぶされてガン玉(ザラメのかかった大きい飴玉)みたいになった梅を隙間なく一層分詰める。この時に気をつけてもらいたいのは、『梅一粒の高さ以上の層を作らない』という点だ。守らないと梅酢の上がりも悪くなるし、塩は全体に回らないしでいいことがない。
「セクシー塩入れ」
僕はしばらく前に流行ったかっこいい塩の入れ方を真似しながら、梅の層の上にごく薄い塩の層を作った。この塩の層は、上に行けば行くほど分厚くしていくのがポイント。
「手抜き重石」
梅と塩を積み終わったら、最後に重石を乗せる。まあ、ビニール袋を二重にしてその中に水を入れただけだから石ではないんだけど。
「後の工程は梅酢がある程度上がり次第だね」
赤紫蘇を入れて色をつけるのは実は結構終盤のことだったりする。知っておいて損はないけどこれといった得もない知識シリーズ。
「あ、もうぼちぼちだよね」
僕は少し離して置いておいたスモーカーを開けて、ハチの様子を袋の外から確認する。羽音は無い、ゴソゴソ動く気配も感じられない。
「大丈夫そうだね」
僕は袋の口を少し開けて中を覗く。飛び出てくる元気な奴はいない。
袋をひっくり返して中身を出す。小ぶりな巣と幾つかのハチの死骸が出てきた。
「さあご開帳」
僕はハチの死骸をタッパーに移し、ハチの巣を鷲掴みにする。そして、徐々に力を入れて割った。
「少なっ」
中からはほんの僅かな量のハチの子と蛹、働きバチが出てきた。巣の規模相応だなぁ……。
僕はフライパンに油を入れ、ある程度熱したところでハチを巣以外全部ぶち込んだ。
「スズメバチ、カラッと揚げればただの虫ってね」
もちろんスズメバチに限らず、生きとし生けるもののほぼ全ては加熱すればただのタンパク質になるんだけどね。
「ついでにジャムもやっちゃうかぁ」
スズメバチが揚がるまでまだ少し時間があるので、青梅を処理してしまおう。
「ほじる。別のボウルに移す。次の梅。ほじる。別のボウルに移す。次の梅。ほじる……」
先ずは先程の完熟梅と同様にひたすらヘタをほじる。……これだるいんだよね、誰か全自動ヘタほじりマシーンとか作らないかなぁ。でも、青梅は完熟梅より数が少ないから早く終わった。
「ほじり終わったら……って、揚がったね」
青梅加工の次のステップへ、と思った矢先に香ばしい香りに鼻をくすぐられて、僕は素揚げのハチへと意識を切り替える。青梅は
鍋を覗き込むと、いい色になったハチが油の中でパチパチ鳴っていたので、僕はハチを新聞紙の上に取り出して余計な油を切った。
「塩振りはセクシーに」
後は揚がったハチにかっこよく塩をかけてはい完成、実にお手軽。
「いただきます」
僕は美味しい物は最後まで取っておく派の人間なので、まずは働きバチから食べる。
「結構美味しいんだよねー」
いくら蟻酸っぽいなんかでエグみやら酸味があるとはいえ、油にさえ通してしまえばあんまり気にならないし、何よりとても香ばしいので匂いである程度誤魔化せている。
「ハチの子」
外はカリッと仕上がっている。中まで十分に熱が通っていて旨味もしっかり出ている。いい感じだ。ちなみに、マナーってわけじゃないけどハチの子は一口で食べたほうがいい。噛み切ると中から黒いものが出てくるのが見えちゃうからね。この黒いものの正体は……まあ、スズメバチの食性を考えて見ればわかるはずだ。
「最後は蛹」
蛹の中では一旦全ての中身がドロドロの液体にされる。そしてそこからハチを形成していくわけだ。この際にお腹の中の黒いものやらなんやらは全て形成に使われるのでそれらもなくなり、何でかわかんないけど雑味も消えるのだ。不思議。
「うん、うまい」
蛹、毎日食べたい。
「ごちそうさま」
もともと小さい巣だったこともあって、ハチはすぐに食べ終わった。
「小腹は満たされた。ジャムだ」
ある程度腹具合が落ち着いたところで、僕は中断していた青梅のジャムを作ることにした。
「てってれー、雪平鍋ー」
国民的亜空間魔法の使い手であるブルーなたぬきみたいな効果音をつけながら僕は銅製の雪平鍋を取り出す。その中に水、青梅、砂糖を好きなだけ入れたらあとは煮るだけ。途中木ベラなり何なりで実をほぐしつつ煮るだけ。
「にしても、なんでこんな鮮やかな黄緑に……」
この作り方で梅ジャムを作るとジャムが百均のスライムみたいな色になるのだ。
あんまりにも不気味なので昔理系のゆっちーになんでか聞いてみたら銅イオンがどうたらこうたらと不明瞭な発言をしていたことを思い出した。
「そう、イオンがどうたらこうたら」
つまり、よくわかんない。まあ、綺麗ならそれでいいんだよ。
焦げ付かないように火力を調整しながら実がほぐれきるまで煮る。偶にヘラで混ぜて様子を見て、味見をしては酸っぱすぎて砂糖を足す。こんなことを数度繰り返せば梅ジャムの完成だ。
「瓶をレンチン」
ジャムを入れる瓶は予めレンジでチンして殺菌しておく。マイクロウェーブの中で生き残れる細菌はほぼいない。
梅の種を箸でつまみあげて取り除いたら、瓶にジャムを移す。爽やかな初夏の名残のような匂いがした。
「完成……ジャムって言っても、使い方はジャムっぽくないんだけどね……」
僕は梅ジャムの瓶に蓋をしながらそんなことを思わずひとりごちる。だってこのジャムあんまりパンに合わないんだもん。すっぱいし。だから大体炭酸水で割ったり、乳酸菌飲料のアクセントにしたり、スペアリブ用のタレにしたりするのだ。ちよっと変わった食べ方としては、ヨーグルトに入れてもまあまあ美味しい。
「ジャムっていうか、ピュレっていうかなんというか……」
ジャムとして使わないのにジャムと呼んでもいいのかどうか。でも他に形容する言葉が見つからない。
「あー、思いつかないよ適切な言葉」
梅雨の晴れ間は甘酸っぱい香りとハチの死で出来ている。梅雨のくせに妙にカラッとした風が開け放っていた玄関から入ってきた。
ブクマ・感想を体操座りで待ってます。




