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プロローグ

 昨日の晩ごはんは栗ごはんだった。今日の朝ごはんは少し大きくなった鯵の塩焼きと芋の味噌汁、昨日の栗ごはんの残りにお漬物。ちなみに、お漬物以外は全て自宅から半径3kmでとれたものだ。お漬物は普通にスーパーで買ったタクワンだ。秋茄子のぬか漬けの漬かりがイマイチだったのだ。


「いただきます」


 誰もいない家でぽつりと呟き、軽く合掌してからご飯を食べ始める。ただ、箸にご飯がベタベタとつくのが許せない性質なので、最初に口をつけるのは味噌汁だが。


「うーん、出汁の分量間違えた。少し煮干しがきついな、不味くはないけど」


 高校生はよく動く生き物だから少々味が濃くたって気にはしない。ただ、通常より少し舌の鋭い僕にとってはどうしても風味が残りすぎる。それを流し込む、というわけではないのだが、栗ごはんに手を出す。


「冷めるとやっぱお米の甘さが際立つな、意外と冷めたほうが好きかもしれない」


 何度か口に運ぶと、米の甘さでも少々くどく感じるようになってきた。そこで、鯵の塩焼きに箸を伸ばす。

 箸を背骨に沿って入れると、パリッと落ち葉を踏みしめたような音を立てて箸が皮を破る。脂がそこから染み出してきた。


「やっぱ秋の鯵は脂のノリが違うね。死ぬほどうまそう」


 普段は骨から身を完全に分離してから一気に食べるのだが、今回ばかりは我慢が利かない。骨を外すのもそこそこに口に身を放り込む。その瞬間、魚特有のど独特な脂の感じと、ほくっとほぐれる身、立ち上る香ばしさ、適度な塩気。


「おっほ」


 嬉しくて変な声が出る。これだから秋は太るんだ。

 タクワンを摘んで口の中をリセットする。そして何度か同じローテーションをすると、皿の上には魚の頭と骨しか残っていない。手を合わせて


「ごちそうさま」


 と呟き、皿を洗う。そしてそれが終われば作業着に着替え畑に出向く。雑草やらなんやらを抜いて、収穫できるものは収穫、その他水やりなどをしなくてはいけない。この時点で朝の5時半。

 畑仕事を終えて時計を確認、6時ちょい過ぎ。急いで作業着を脱ぎ、洗濯機に叩き込む。シャワーを急いで浴びて、髪を乾かし、制服に着替えて身支度を整えたら唯一の自慢であるロードバイクにまたがる。で、出発間際の持ち物確認。弁当よし、野菜よし、ハーブよし、スズキの切り身よし、折りたたみスコップよし。小さな釣り道具もある、完璧だ、忘れ物はない。これで学校までの道で何か美味しいものを見つけたらすぐに取れるはずだ。時間は7時丁度、学校までは一時間、間に合う。


「行ってきます」


 誰もいない家に向かって言って、ペダルを踏む。いきなり登り坂から始まるがロードバイクの前では無意味、軽快に登りきり今日も元気に登校だ。



 登校中に自己紹介を済ませよう。僕の名前は瀬戸 海凪これで『せと うみな』と読む。両親が産まれた場所が瀬戸内海なので、この子の名前もそんな感じでいいだろうと付けられた名前だと聞いている。そして僕は静岡で産まれてそこでしばらくの間過ごしていたので、この名前が馴染むようになったのはここに引っ越してきてからかもしれない。


両親はすでに他界していて、そんな僕の数少ない趣味は食べ物を取ること、料理すること、食べること。それとロードバイクくらいだ。ちなみにこの家は母の生家らしく、引き継ぐ人が誰もいなかったので僕がもらった。


 登った後の下りも終わり、平坦区間に入った。そろそろ着くな。自己紹介もこれくらいでいいか。


 学校に着く。時計を確認すると8時をわずかに過ぎていた。まあ、遅刻ではないのでどうでもいい。駐輪場に自転車を停めて教室へと歩く。この校舎は5階建てで自分たち二年生の教室は3階と4階にあり、自分の教室は3階だ。ついてる。

 4階に登る同級生を嘲笑の目で見ながら教室へ向かう。後ろ側の引き戸を開けてすぐが僕の席だ。


「今日はゆっちーが占いで最下位だよ」


「朝一番から何事だうっちゃん」


「あ、ゆっちーおはよー」


「あぁおはよう。なんで喧嘩腰で戸を開ける?」


「これといって理由がないことが伝わらないのが文系底辺の理由だね、可哀想に。サイコパスなんじゃないの?共感能力に欠けてるよ?」


「流石理系底辺は理屈が一切通っていない、己が無能をさらけ出してとか平気とか羨ましい神経系だぜ」


 このやり取りは小学校に入る前からの付き合いであるこいつ、ゆっちーこと萩野雄一との定型の挨拶みたいなものだ。いつものことだから誰も気にしない。まあ、後でこいつは家庭科の時間に地獄を見せる。


「まあこの辺にしとこうか、ところでだね萩野雄一君」


「あぁ、そうだね瀬戸現海君ってかお前がこの口調の時まともなこと言ったためしがねえよな?」


「まあまあそう言わずに、帰りにちょっとだけ手伝ってほしいことがあるだけだよ。ほら今日の晩ごはんは作ってあげるから」


「ったく、しゃーねーな」


「うぇい」


 チャイムが鳴ったので席に着く。しばらくして昨今の砂漠化を憂いて自分の頭を不毛地帯の悲惨さを訴える現代アートに改造した、環境問題に対して気合の入った副担任が入ってきて、朝のショートホームルームが始まった。冗長な話を全て聞き流す。足の生えた奇怪な鶴を折り紙で作って遊んでた。

 ちなみに担任は風邪らしいけど、顔本を確認したらグアムにいた。

 

 ショートホームルームが終わればすぐに一時限だ。えーっと、地学か。英語のノート持っていこ。


 そんなこんなで退屈な一時限を乗り越え、残りのニ〜五時限も凌ぎ、待ちに待った家庭科の時間がきた。何せ調理実習だ。ワクワクしない奴はこの星から叩き出す。


 だが僕は家庭科のババアが大嫌いだ。なので話を全て聞き流す。モンハンの合間に黒板をチラ見すると、どうやらサンドイッチを作るらしいけど、具が旬を外したレタスとハムだけってどうなの?馬鹿なの死ぬの?よって僕はやりたいようにやる。


「それじゃあ四人班を組んで」


 ババアの声が耳に障って、僕は立ち上がり、ゆっちーと他二名を確保。


「それじゃあ料理は任せて、君たちはババアをなんとかしといてくれる?」


 僕が一人暮らしで、かつ料理オタってことはクラスにばれてるので、自分で作るより旨いものが食えると踏んだ班員たちから任せろ、と頼もしい返事が返ってきて、彼らは僕の渡した生乾きのよもぎとラードを隅っこの方のオーブンに突っ込みそれに火をつける。たちどころに変な煙が立ち込めババアは慌てだす。さて、僕も料理に移るか。


 まずは切り身にしといたスズキをバターをひいたフライパンで軽く焼く。スズキは旬をを外しているが、釣れたものは食わねば。

 スズキに焼き目がついたら家の庭で摘んだローズマリーとタイム、オレガノを入れ、地理の先生に分けてもらった白ワインを同時に投入、蒸し焼きにする。あの先生、家が学校から徒歩2分だからって学校に酒を持ち込むとか、やりたい放題すぎる気がする。まあいいや。おかげて助かったし。

 その間に並行してかぼちゃとピーマンにオリーブオイルを軽く塗り焼き目をつける。お、丁度スズキも仕上がったな、蓋を開けて少し酒を足してフランベ、スズキと焼き野菜に塩と胡椒を振り、サンドイッチにする。レタスとハムはサラダにした。班員を呼ぼう。


「みんなー、できたよー」


  すぐに班員が戻ってくる。


「ん?なんで五つサンドイッチが?」


「あぁ、先生にお酒借りたんだ。そのお礼にね」


「なるほど」


「おっけー?じゃあとっとと食べちゃおうか、いただきます」


 さて、旬ではないスズキ、どうなったかな。


「うっま、お前俺の母ちゃんと代わってくれよ」


 そんな班員二名の声と、


「うっわ、これ具までトーストじゃん、お前のと替えろよ」


  とほざくゆっちー。僕は朝、こいつに地獄を見せると理由は特にないけど決めたんだ。僕は意志貫徹タイプの人間だ。


「プイーン」


 とりあえず訳のわからない効果音で返事をしておく。


「いや、逃げんな馬鹿」


「プイーン」


 殴られた。仕方がないので実は作っておいた具を挟み直す。激辛ソースを仕込んではあるけど。


「はいよ」


「最初からそうしときゃいいのに」


 そう言いながらサンドイッチに齧りついたゆっちーは卒倒する。


「ァァァガウアアワアァぁ!」


 フッフッフッ、辛さのあまり言葉も出ないか。ざまぁないな。ん?なんか反抗的な目をしてるなぁゆっちー?では追加のソースを……と思った瞬間にはソースの瓶がゆっちーに奪われていた。ゆっちーは息も絶え絶えになりながら僕を掴み、そして、


「死なば諸共」


 口にソースを流し込んできた。


「ボバッ」


 次の瞬間には僕の意識は宇宙旅行に出かけてしまった。







 目を覚ました場所は保健室らしかった。教室の天井より少し白くてきれいだ。


「あら、復活した?じゃあもうとっとと帰ってくれる?」


 いきなり毒を吐かれたのでそちらを向くと案の定、


「男日照り先生か、なんです?生徒を襲うのはよくありませんよ?」


 ハサミが飛んできたので間一髪で避けたら、その隙に距離を詰められ喉にカッターを突きつけられていた。一体何なのこの人、人間の瞬発力超えちゃってるよ。それにちょっとからかっただけでこれって……


「音衡、オトヒラだこら。ぶち殺すぞガキ」


「えーっと、週一でホストクラブ行って好みのホストがいるとすぐに入れ上げちゃう人って男日照りって言わないんですか?」


 僕はこうなったらヤケだとばかりに限界まで煽ることにした。そう、ここは保健室、応急手当くらいならすぐにできるはずだ。


 だけど、そんな僕の間抜けな覚悟とは裏腹に、先生の手からカッターが落ちる。


「どこでそれを?」


 先生の声は驚愕に満ちていた。


「いえ、割と教職員も生徒もみんな知ってますよ?地理の戸口先生がいたる方面で言いふらしてますから」


「情報提供感謝する、これは礼だ、取っておけ」


 男日照り先生はそう言って僕に千円握らせると、薬棚をゴソゴソしてNaと書かれた瓶をとりだし、空のペットボトルに水を半分入れその中に小さな鉄片を入れた。


「先生、Naなんて物騒なもんどっから取ってきたんですか?」


「科学準備室以外ねえだろ」


 あっそう、もう僕知らない。


「さて、まずは爆発。軽傷を負ったところで次は・・・・・・」


 男日照りの大魔王が出撃した。さらば戸口先生、君のことはスズキを消化し終えるまで忘れない。


「ん、んんんぁぁなぁあ」


 どこか間抜けな声を出しながら横のベッドからむくりと起き上がる人影があった。というよりゆっちーだった。


「死体が起き上がるな!永眠しとけ!」


 あの日飲まされたソースの恨みを僕はまだ忘れない。起き上がって間もなく、半覚醒状態のゆっちーに死の激辛ソースを叩き込む。ゆっちーの意識意識は一気に覚醒に向かい、そして、通り過ぎた。さらばゆっちー。


 さて、スカッとしたことだし、戸口先生に逃げるよう連絡いれとこう。男日照り大魔神がそっちに向かってるよって。


 そう思った矢先、保健室のグラウンドに面しているほうに何か重たいものが落ちてくる音がした。ドサッというかそんな感じの音だ。

 恐る恐る外を見てみると、肉塊となりかかっている戸口先生が転がっていた。可哀想にと思って眺めていると、急に首の後ろが総毛立ったのですぐに首を引っ込める。

 次の瞬間、新日式ニードロップが瀕死の肉塊に炸裂した。が、肉塊は悲鳴をあげない。もう悲鳴なんてあげられないんだろう。というより、こんな状態になるまで助けが呼べなかったということは真っ先に喉をやられたな。


「瀬戸ォォ!デスソ⚪︎スよこせ!」


 男日照り先生がヤクザも裸足どころか全裸で逃げたすレベルでドスの効いた声で名前を呼ばれたら一般人代表みたいな僕は従うしかない。デスソ⚪︎スを差し出す。すると男日照り先生は何をとち狂ったのか、それをもう動かないおじいさんの時計、じゃないや、もう動かない戸口先生だった肉塊に振りかけた。


「ヒュウゥァァゥウ!」


 どこかで空気の漏れたような間抜けな悲鳴を上げる戸口先生。よかった、まだ生きてた。これから死ぬけど。


「もうこりゃ止まんないや。それに長引きそう」


 僕は早々に見切りをつけて帰ることにした。ワインを分けてくれた戸口先生には悪いけど、僕はあんなバーサーカーに勝てる気がしないし、なにより巻き添えを食らいたくない。


 駐輪場で鍵をどこにしまったか忘れてもたついていると、ゆっちーが追いついてきた。


「おい!手伝えって言ったくせに置いてくんじゃねぇ!」


 あ、すっかり忘れてた。それと、ゆっちーの顔を見るに、あまりの辛さでどうやら一部の記憶が飛んでいるらしい。具体的には、激辛ソースの下りはなかったかのようなキョトン顔をしていた。


「ごめんごめん、じゃあ、帰ろうか。丁度鍵も見つかったんだ」


「おう。ところで、保健室の外に大きいハンバーグのタネが転がってたんだけどあれお前のサプライズ?男日照り先生がキャッキャッとか言って楽しんでたぞ?」


 僕は黙秘権を行使することにした。

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