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蕎麦屋

どうぞ。

目を覚まして、改めて肉体言語で語り合った僕たちは、結局しなのんのトコの蕎麦屋でバイトをすることになった。ぼうりょくにはかてなかったよ……。


「いらっしゃいませー!お名前と人数を名簿にお書きになってお待ちくださーい!」


「四番テーブルかたしたで!」


「ウオオオオン!僕は天ぷら揚げるマン!エビエビエビカボチャイカァ!お兄さんとの約束だ!蕎麦用の天ぷらは少し衣を厚くするんだぞ!」


上から順に、忙しさと声の大きさが比例するゆっちー、片付け・配膳の鬼と化したカキニー、そして、天ぷら揚げの修羅に憑かれた僕である。僕たちは三人とも客商売だということで笑顔こそ絶やさなかったが、双眸には丑三つ時よりなお昏い闇を湛えていた。特に酷いのはもともと目つきがややつり目のゆっちーで、彼の目は黒曜石のナイフが如き鋭さを放ち、目を合わせたもの皆切り裂きそうな勢いだった。


「僕は蕎麦を切る。蕎麦を切る。切る、切る、切る切る切るキルキルキルキルキルキルキルキル……」


一方、僕たちを暴力で屈服させてこんな目に遭わせた張本人であるしなのんは、虚ろな目をしながら蕎麦の生地を等間隔に切りまくっていた。その姿はまるで妖刀に魂を喰われきった人斬りのようで、てんで生気を感じられない。そして何より、張り付いたままの作り笑いがとても不気味だった。


「四名さま四番テーブルにご案内でーす!」


「二番様、天ざるとキツネととろろー!」


「ウオオオオン!よろしくナス!おたんこナス!ナス!ウオオオオン!」


「キルキルキルキル斬る斬る斬る斬る斬る……」


時刻は正午を少し回り、店内は混迷を深めてていく。僕らはなされるがままにそれに呑まれていった。










午後三時、ランチタイムの最後のお客が帰り、僕たちに休息が与えられた。


「ゔぁー!疲れた!」


「…………」


「揚げる!揚げる!揚げなきゃ!ってイタッ……はっ、ここは!?」


「ヒヒ……人だ、蕎麦切ってきっと人は蕎麦、人だ…………!ヒヒヒ……」


僕はまだ動く元気の残っていたゆっちーに引っ叩かれて正気を取り戻した。身体からは天ぷら油の匂いがして、少し気分が悪い。

ゆっちーはしなのんもついでとばかりにしばいていたが、しなのんは反応さえせずただ虚ろな目に狂気をくゆらせ、涎をこぼしながら不気味な独り言をブツブツ唱えていた。これはもうダメかも。

ちなみにカキニーは完全にグロッキーだ。座敷の端で燃え尽きたような座り方をしている。


「おうお疲れさん!いやー、助かったぜ!普段ならバイトがいるんだが今年に限って帰省しやがってなあ!ほら、昼飯だ!食え!」


僕たちがくたびれ果てて死にかけていると、厨房から美味しそうな匂いと共に大将が出てきた。そしてその手には五つ、丼があった。


「ヒル……メシ?」


ピクリとも動かず黙り込んでいたカキニーが突然、ゾンビのような緩慢な動作で顔を上げた。その顔の頬はこけ落ち血色も悪かったが、目だけは爛々と輝いていた。怖いよ、なんなんだよ。


「お、おう。ワラビの瓶詰めとナメコを使った山菜蕎麦だ」


大将はあまり不気味なカキニーの形相に一瞬ひるんだようだったけど、気丈にメニューを紹介した。


「ヒル……メシ!イタダキマス!」


カキニーは大将の足元まで這ってたどり着き、丼を奪い取るようにして受け取った。


「ワシ……メシ、クウ!」


カキニーは三日何も食べてないライオンよりも勢いよく蕎麦を啜り出した。おまけに表情がイっちゃってるので、はたから見た様子は完全にジャンキーだ。


「オイシイ……オイシイ…………」


「どこの蛮族だよてめえは……あっ、大将あざっす、いただきます」


ゆっちーは理性をほぼ失ったカキニーの姿を見て『蛮族』と評したけど、あれはそんな生ぬるいもんじゃないように見えたんだけどねぇ……。


「それじゃ大将、僕もいただきます」


「おう!足りなかったらお代わりも作ってやるからな!」


大将は豪快に笑うと、僕に丼を差し出してきた。僕はそれを受け取り、手を合わせる。


「いただきます」


勢いよく蕎麦を啜りこむ。

まず舌にきたのは強烈な出汁の旨味だった。鰹と鯖の節、昆布などから取られた濃いめの出汁が、西の方では珍しい濃口醤油の甘く少し重たい風味と非常によく合っている。そして、モグモグと咀嚼すると顔を出す蕎麦の香り。最高。


「うめっ」


次の一口ではナメコが一緒に滑り込んできた。ムンムンと強い土の匂いは、海の物で取られた出汁と喧嘩することなく溶け合い、陸海を制覇したような旨さを持っていた。さらに、ナメコでよく滑るようになった蕎麦は喉越しも最高で、まるでやわらかな絹糸を流し込まれたような気品さえ感じる程のものだった。


「くそぅ蕎麦め……花は肥やしの匂いのくせに……」


収穫前と後でこんなに差があるものは中々無いぞと思いながら、次はわらびと一緒に食べてみる。


「ほぅ」


水煮にしてもまだ残っている山菜らしいエグみと、ワラビの持つ繊細な野性味が蕎麦の味を一段上へと上げていた。噛むと出てくる滑りは、ナメコのものとは違いより蕎麦に絡むもので、この喉越しは絹糸と言うよりは、


「むしろところてん……?」


まあいいや、とりあえず伸びないうちに食べちゃおう。


蕎麦を啜る。ナメコを食べる。わらびを食べる。出汁を一口飲む。このサイクルを何回か繰り返せば、あっという間に空っぽの丼が出来上がる。ちなみに、大将はその豪快な性格の通りに蕎麦を盛る量も豪快なので、僕は基本一杯でお腹いっぱいになる。


「ねえねえ、一杯でお腹いっぱいってすごく寒いと思わない?」


ふと頭に浮かんだオヤジギャグは、ブリザードの如き沈黙で無かったことにされた。


「大将、おかわりいいっすか?」


「オカワリ!」


空気を変えたかったのか、ゆっちーと未だに蛮族言葉のカキニーが立ち上がっておかわりを請求した。大将も、僕の起こした大事故をどうにかして見なかったことにしたいらしく、どこか嬉しそうに厨房へと駆けて行った。なお、この間しなのんは「キルキルキルキルキルキルキルキル」しか言わず、蕎麦も食べてなかった。怖いよ、どこまで壊れちゃったんだよ。


「おら、おかわりだ」


大将はすぐに厨房から戻ってきた。その手には先程の山菜蕎麦とは違い、冷たい笊蕎麦があった。


「イェェェェイ!違う蕎麦だ!流石大将!」


「ソバ!ツメタイ、ツメタイソバ!」


二人は雷もかくやといった速度で大将から蕎麦を受け取り、挨拶もそこそこに蕎麦を啜り始めた。


「おう、お前にはコレだ。どうせもう腹いっぱいだろ?」


そう言って大将が差し出してきたのは、ホカホカと湯気を立てる蕎麦湯だった。


「出汁は用意してあるから好きに割って飲みな」


「やったね、ありがとうございます大将」


手渡された蕎麦湯は、非常に心の温まる味がした。


「じゃあそれ食って休憩したら午後の部だな!よろしく頼むぜ!」


「「「え」」」


僕たち三人は大将のその死刑宣告に、一瞬で恐慌状態へと陥った。


「キルキルキルキル……」


壊れきったしなのんを除いて。









午後の部の最初のお客が来た。僕はスイッチを入れて作り笑いを浮かべる。


「ウオオオオオン!僕は天ぷら揚げるマン!天ざるの天ぷらはやや衣を薄く!ウオオオオオン!」


時刻は午後の五時。正気に別れを告げて、僕は菜箸を握った。


読んでいただきありがとうございます。なんかブクマもじわじわ増えてて嬉しい限りです。

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