括ヶ原被害者の会、鍋を囲む。
お待たせしました。どうぞ。
留学生を家に連れて帰ろうにも僕は自転車で学校に来てるし、バスで帰る交通費を二人分持ち合わせてもいない。担任はどうやらまだ伸びているようだし、困り果てた僕は校長室へ突撃した。
「おい校長!国際問題のタネを持ってきたよ!喜べ!」
僕は校長室のドア勢いよく開け、モーニングコールとばかりに大声を張り上げた。
「うるせえぞ!誰だ!」
校長は部屋の奥で棚をゴソゴソしてたけど、どうやら無事に僕の元気いっぱいな声が届いたらしく、こちらを振り返った。
「三年の瀬戸です!今日は国際問題のタネを持ってきました!」
「国際問題のタネ、だぁ……?」
校長は訝しむような顔で僕を見て、それと同時に僕の後ろに立っていた彼の存在を認めたらしく、訝しげな表情は一転、沈痛そうな面持ちになって眉間を揉み始めた。
「あー、瀬戸。お前に二つ、いや、三つ聞きたいことがある。いいか?」
「どうぞ」
「一つ目、お前は留学生の受け入れ先に立候補したか?」
「いいえ、僕がホストになれって命令されたのは昨日の事です」
校長は近くにあった応接セットの椅子の上へとへたり込んだ。そして続ける。
「二つ目、元々その銀髪君のホストをする予定だったご家族は?」
「担任曰く、食中毒で緊急搬送されたようです」
校長は天を仰ぎ、盛大なため息をついて最後の質問をしてきた。
「ラストだ。お前の担任、括ヶ原だろ」
「ご名答」
そして、数秒の沈黙の後、突然校長は激昂して叫びだした。
「チクショウが!なんであいつはまず俺に報告しねえんだ!ホストがぶっ倒れたならすぐに留学を取り仕切ってる団体にナシ付けにゃいけねえのによぉ!」
校長が力任せに応接テーブルを殴りつけると、花瓶が小さくカタカタと音を立てた。
「もう嫌だ!つーことはアレだろ!?お前、留学生受け入れ中の交通費の支給もされてなければホストに渡される礼金も受け取ってねえんだろ!?だってアレ、留学団体に言わねえと貰えねえからなあ!」
校長はイエス以外の返答を許さない勢いで僕に迫ってきた。そしてもちろんそれは事実なので、
「僕、金銭の類いは一切貰ってません。今日だって自転車で来ました」
「アガアアアアアアア!」
校長は立ち上がり豪快なシャウトをかます。そして、シャウトが終わればまた席にへたり込んだ。
「はあ……瀬戸ぉ」
くたびれた様子の校長がため息まじりに言い出した。
「確かにこりゃ国際問題だわ……」
「でしょ?」
「とりあえず、留学生を宿無しにする訳にはいかねえ、お前の担任のせいでいきなりホストをさせることになっちまったが……大丈夫か?」
校長は申し訳なさそうな顔をしながらこっちに改めて正式に押し付けてきた。
「まあ、宿無しはさすがにかわいそうですもんね……受け入れますよ、担任の野郎にもそう言っちゃったし。ところで校長」
「お、受け入れてくれんのか、お前義理堅いなぁ。で、なんだ?」
「流石に今回は僕もアタマにきてるんです、あの阿呆担任。なので、僕がもらえるはずだった留学生受け入れ用の資金をあいつの給与から提供してもらえませんか?」
僕とびきりの笑顔で校長に提案した。
すると、校長もとても素晴らしい笑顔で校長返してきた。
「お前最高だな!」
この学校にはクズしかいない。
「それじゃあ俺もう今日朝から頭の痛くなるニュースを聞いて仕事する気なくしたから帰るわ」
そして校長はどうやらフリーダムな性格らしく、今日はもう仕事をせずに帰るらしい。教育費返せ。
でも、今日ばかりは便乗する。
「校長、僕も朝からくたびれたんで僕と留学生を家まで送って下さい。それくらいいいでしょ?」
校長は鷹揚に頷き、
「なんなら自転車も積んでやるよ」
「貴方が神か」
駐輪場から駐車場へ自転車を押して、校長の車(ハイ○ースだった)に自転車を積んで留学生もついでに積み、最後に戸を閉めながら僕が乗った。
「おし、全員乗ったな?いくぞー」
校長はきちんと三人と一台が乗っているかを確認して車を出した。校門を出る際にヤクザの死体が一つ転がっていたが、校長は見えなかったらしくそれを轢いた。僕は潰れたカエルみたいな状態になったその轢死体を指差して言った。
「校長、多分あのヤクザの死体僕の担任だと思うんですけど」
「なんのことだ?」
「いや、だからあのヤクザの死体「だからなんのことだ?」なんでもないです」
校長は柔和な笑みで、しかし断固とした態度で死体の存在を認めなかった。じゃあしょうがない、多分死体は存在してなかったんだ。後で目薬買おっと。
そんなことより瀬戸ぉ、と声がかかった。
「お前ん家に送るのはいいけど、道案内してくれ」
「ああ、そうでしたね。えーと……次の次の交差点で右折して後はまっすぐ山の方まで進んで下さい、また曲がるところが近くなったら言うので」
「分かった」
僕は車内で改めて留学生君と自己紹介をお互いに済ませて、初めてそこで留学生君の名前がピーターで、アメリカ人であるということを知った。そして彼がベジタリアンである事もキッチリ確認が取れた。
大体二十分くらいで家に着いた。
「着いたぞ」
校長はそう言って僕の家の前で車を停めた。
「どうも。あ、校長もよかったら上がってきます?お茶と昼飯くらいなら出しますよ?」
僕は校長に、車で送ってくれたお礼としてご飯を振る舞う意思を提示する。
「おおラッキー、昼間は家内がバイトだからな、家に帰っても飯がねえんだ」
校長は食いついた。
「じゃ、こっちへどうぞ。あ、Peter, come on!」
僕は二人を家へと招く。
「邪魔するぜー……っておお、大分造りの古い家だな、梁がいい色してるぜ」
「Wow that's owesome!(やべえイカす!)」
「はは、どうも。あ、校長はそこのちゃぶ台辺りにでも座っといて下さい、Peter, follow me」
僕はピーターを家の使ってない和室へと案内した。間取りは六畳間で、家具とかの類は文机と箪笥、布団くらいしかない、殺風景と言ってもいい部屋だ。
「あー、日本語、分かる?」
いい加減英語て話すのが面倒になったので、日本語でコミュニケーションがとれるか試してみる事にする。
「スコシ」
帰ってきた声は片言だったけど、こちらの意図を理解しているようだったので僕は遠慮なく日本語で会話をすることにした。もちろん、簡単な言葉を使うようにはするし、身振りも大げさにつけるけど。
「ここ、君の部屋」
「ウン」
「あれは、布団。ジャパニーズスタイルベッド」
「ウン」
「あれは、タンス。クローゼットだよ」
「ワカリマス」
「あれはテーブル」
「OK」
「じゃあ、次はトイレとお風呂の場所を教えるね。ついてきて」
そう言って僕が手招きをすると、ピーターはトコトコとついてきた。その姿がなんだか面白くてクスリと笑ってしまった。幸い、ピーターには見られていなかったようだ、気をつけよう。
ピーターに部屋を案内して、校長と『部屋にいていい』と言ったのになぜかついてきたピーターのお茶を淹れて、しばらくの間ダラダラ喋っていたらいつの間にか昼時になっていた。みんなのお腹の音が鳴る。僕は軽く吹き出して、
「それじゃあご飯にしようか」
と告げ、台所へと向かった。さてさて、今日のレシピは、
「野菜しか食べられない偏食青虫イケメンと中年太りに捧ぐ、愛の野菜だけ鍋」
僕はまず土鍋で干し椎茸を水出し昆布出汁で戻す。この時干し椎茸はある程度ふやけたら四等分にして鍋の具にする。
次に、恐らく今年最後であろう遅成りの白菜を半玉分、一口大に刻んで鍋に入れる。
「これだけじゃあ色も栄養もパッとしないなあ」
あんまりにも残念な色合いになったので、僕は人参も刻んで入れる。白と茶色だけって虚しさがすごいのだよ。ついでにボリュームを出すために里芋も皮をむいて軽く面取りをしたら投入。シメジとエノキも容赦なくぶっ込む。
味付けは悩んだけど、あんまり難しいのは無しにしようと思ったので、シンプルに塩と酒、醤油にした。
「あっ、そうだ忘れてた」
僕はニンニクを少しすりおろして入れ、更に鍋に豆乳を投入した……
「折角あったかい豆乳鍋にするつもりだったのにすごく寒い……」
僕は自分の口から突然出てきた親父ギャグに凍えつつ、豆乳のとうにゅ……入った鍋を火にかけた。
豆乳鍋が煮えるのを待つ間に、更にこの鍋を美味しく食べ応えのあるものに進化させる準備をしよう。
「取り出しますは木綿豆腐」
どこぞの走り屋の物ではないがそこそこいい木綿豆腐を冷蔵庫から出して、それに塩を軽く擦り込みキッチンペーパーに包んで水気を抜く。
「すりおろした残りのニンニク君を薄切りに」
薄切りにしたニンニクを油でカラッと揚げる。そして軽く砕く。
「豆腐の水気は……大分抜けたね、よし」
僕は豆腐を適当な大きさに切って軽く表面に焼き色をつけた。
そうこうやっているうちに鍋がいい具合になってきた。僕はそこにさっき焼いた豆腐を放り込む。そして、少し混ぜて味をなじませたところで味見をしてみた。
「……少しパンチが弱い?」
動物性の物が使えないせいで脂の旨みや肉の強烈な味がなく、イマイチピントのぼけたような味になってしまった。
「アレ使ってみようか」
僕は冷蔵庫をゴソゴソして、強烈な絡みとどこか甘い風味を持つ、青唐辛子を漬け込んだ醤油を取り出した。
「こいつを大さじ……味が締まるまで入れて……うん、いい味になった」
僕は最後に塩を少し入れて味を整え、砕いたフライドニンニクと黒胡椒を振りかけた。
「よっし、できた」
あとは、口直し用に何種類か漬物を切って良しとしよう。
「ランチタイムだよ!」
僕は鍋と漬物を持って勢いよく居間に飛び込んだ。
「お、できたか。で、なんだ?」
「野菜だけ豆乳鍋だよ、英語で言うとえーと、ソイミルクスープ?かな?」
「OK, cool」
どうやら伝わったみたいだ、よかった。
僕は全員に鍋をよそい、スプーンを渡してからせきにつき、手を合わせた。
「いただきます」
「おう、いただきます」
「イタダキマス」
どこか噛み合わないいただきますをしてから、僕は一匙掬って口に運ぶ。具は……人参か。
「甘い」
人参自体もよく火が通っててとても甘いのだが、一緒に口に含んだスープの甘みがすごかったのだ。おそらくこれは白菜から出た水分の甘みだろう、白菜、恐ろしい子……
「それに、思ってたよりクリーミーだな」
豆乳と、面取りしてもやはり煮崩れた里芋のおかげで、スープの部分が思ってたより濃厚な仕上がりだったのだ。これに小麦粉入れてとろみをつけたら普通にシチューとしてなりたつかもしれない。
「さて、もう一口」
次の一口に入っていた具はシメジと白菜だった。
「うん」
キノコで一番味が良いとされるシメジはこのシチューにおいて圧巻の旨さを誇っていた。白菜も、その旨味を存分に吸って素晴らしい味になっている。
「これはいいや」
僕は鍋をかきこんだ。途中でたまにサクッとした食感とともにニンニクの風味が広がる。ニンニクチップ入れてよかった。
スープを飲み干した。後味はほんのわずかに甘みを残して、そして微かに辛い。その辛味が味にはっきりとした形を与えていた。
「唐辛子醤油、入れて大正解」
僕は二杯目へと移る。
「さっきは豆腐入ってなかったしな……」
僕は白っぽい鍋を軽くかき回して豆腐を探し、自分の椀によそった。
「豆腐豆腐豆腐豆腐豆腐♪」
香ばしそうな焼き色のついたそれを、スープと一緒に食べる。
「ふわぁあ」
茶色くしっかり焼けた表面はどこか懐かしい香りがした。豆腐にしっかりとしみた塩味が更にそれを引き立てる。おいしい。
豆腐をじっくり味わってから嚥下する。すると、先程までのノスタルジーな風味はどこかへ行き、残されたのはアルバムのセピア色のような雰囲気を持った、どっしりとしているがどこか儚げな旨みのスープだった。
「つまりは思い出……僕の原風景」
素朴な旨みと風味のコラボレーション、僕はトリップしてしまっていたようで、要領を得ないことをぶつくさ口走っていた。
「もう一杯」
このメニューは野菜だけで作られており、橋を鈍らせる脂肪分が非常に少ない。なので、たくさん食べられるのだ。
何度も思い出の世界にトリップしていた僕が完全に夢から覚めたのは、鍋の残りが殆どなくなり、校長が鍋をひっつかんで独り占めしながら食べ始めてからのことだった。
「うめえうめえ」
「…………ごちそうさま」
校長の食べ方が思ってたより下品で、僕は軽く引いた。
読了ありがとうございます、これからも一つ宜しく(山吹色のお菓子)




