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白身魚万能説

水戸 あまね様より、初の応援メッセージをいただきました。嬉しすぎてつい転生しそうになりました。


それではどうぞ。

 夜明けの東雲色が少しずつ浅葱になってく、それくらいの時間帯に僕は家に着いた。玄関の扉を開けて、台所へと直行する。そして釣ってきた魚を流しにぶちまける。メバルが三尾、口を開いた間抜けヅラでクーラーバッグから飛び出てきた。続いてヒラメがででんと出てきた。


「にしてもこれ、ヒラメだよね……間違い無いもんね……」


 クーラーバッグから出てきて圧倒的な存在感を放つ、漁港なんかでは普通絶対に釣れないような高級魚が、『釣れたんだから仕方ねぇだろ』と、左側に寄った目で僕に訴えてるような気がして、僕は頭を振った。


「夢じゃないよね」


 僕はヒラメを触る。冷たくてぬめぬめしていた。手の匂いを嗅ぐと、オキアミ臭さの他に魚特有の臭いがした。


「夢じゃないんだね」


 現実を認識した僕は、この事実を受け入れるために一拍置いた。


「……だ」


 受け入れが済むと、ふつふつと喜びが浮かび出てくる。


「白身魚祭りだー!」


 普段は釣れないしもちろん買うこともできない高級魚の登場に、僕のテンションはいとも容易く振り切れた。体重計だったら針が周回し過ぎてぶっ飛ぶくらいの振り切れ方だ!


「龍宮!鯛はいないけど龍宮!」


 テンションの上がりきった僕はとりあえず喜びの舞を踊る。振り付けはたった今思いついた。


「いやー!ヒラメ!夢が広がりまくリングだなぁ!」


 まずは定番の刺身と昆布締めだよね、柚子はややしぼんできたけどまだ全然香りはあるし腐ってないから柚子ポンでしゃぶしゃぶもいいなぁ、あ、贅沢に軽く塩を振って焼くだけでも美味しいだろうな。やばい、妄想が止まらない。


「でも落ち着いて僕。まずは捌き慣れたお魚からやっていこう」


 一旦頭を切り替える。そして僕はメバルにフーォカスオンした。


「ヒラメのインパクトで完全に脇役になっちゃったけど、この型のメバルなら高級魚だよね」


 僕は、陸から釣ったにしては大分立派な型のメバル三尾を見て、感嘆する。


「これだけのサイズなら刺身でもいいんだろうけど……」


 見事なメバルを前に僕はしばし考える。どう料理しよう?煮ても焼いても揚げても生でも美味しい万能食材なので、調理法に迷うのは仕方のないことだと思う。そこで僕は脳内のレシピに絞り込み検索をかけた。絞り込み条件は、『朝だし手間のかからないもの』だ。


「そうだ、蒸そう」


 蒸し料理は手間がかかると思われがちだけど、ある方法をとることによってスーパー手抜きレシピになるんだ。


 思いついたら即行動。流水で流しながら、メバルの鱗を鱗落としでゴリゴリ落とす。特に頭部と胸ビレ周り、腹はしっかりと落とす。

 次に内臓を取り出す。この時に注意したいのは内臓を包丁の切っ先で傷付けないということだ。なぜならこいつらの内臓にはサビキのオキアミがたっぷり詰まってて、内臓が裂けようものなら部屋を悪臭のどん底へと叩きこむからだ。

 取り出し終わったら、メバルの腹に適当に切った生姜や、太ネギの葉っぱの部分、それとニンニクを一欠片入れて、ある程度の大きさに切ったクッキングシートのうえに乗せる。この時に、メバルの両面に塩を振っておく。そして、メバルの上にスライスした生姜を乗せて、紹興酒を振りかける。

 それからクッキングシートで包む。クッキングシートは上やら端やらをくるくるまとめて止めるので、外から見るとパッと見餃子のお化けだ。

 あとはその餃子のお化け(中身はメバル)を電子レンジに突っ込んで、火が通るまでチンするだけだ。ね?お手軽でしょ?


「さて、夢が膨らむのはいいけど、一体ヒラメさんをどうしたものか……」


 こういう平べったい魚を刺身で食べようとした時は、『五枚おろし』という、特別な方法で捌く必要があるんだ。


「五枚おろし……一回しかやったことないのに……」


 実は中学生の頃、カレイを刺身で食べたらどうなるか、すごく気になって一回やってみたことがあるんだ。その時は動画を確認しながら捌いて、まあまあうまくいったんだけど、今回はヒラメ、肉厚からして話が違う。これ捌けるのかなぁ……


「まあ、物は試しだよね」


 男は度胸ってね。僕は一息にヒラメの頭を落とした。そして切り口から内臓を抜き出す。

 次に、体の横についているヒレをキッチンはさみで切り取る。こうすると少しだけ捌きやすくなる。

 ヒレを落としたらいよいよ正念場、ヒラメの白っぽい腹側を表にして、ちょうどヒラメの中心を通るように入っている線に沿って包丁を入れていく。

 切れ込みが入れば後は三枚おろしと変わらない。骨に沿って身を剥がしていく。ただ、身を骨から外し終わる直前はとりわけ慎重にやらないとエンガワを台無しにする可能性があるから気をつけなきゃ。

 身を取り終わったらヒラメを裏返して同様の手順を繰り返す。最後に取り分けた身から皮を剥いで終了。


「はあ……やっぱ慣れないことはするもんじゃないね」


 五枚おろしには成功したけど精神的に疲れた、一旦ヒラメは止めよう。僕はバットを用意してその上にヒラメを取り置いた。アラも、なんか立派だったので、塩を軽く振って取っておくことにしよっと。


「あ、そろそろメバルが蒸しあがるはず」


 後ろを振り返ると、電子レンジの表記は残り五分となっていた。


「じゃあ仕上げの準備をしようか」


 僕は鍋に胡麻油を入れてそれを火にかけ、同時にアーモンドとカシューナッツを取り出して荒く砕いて炒る。そして太ネギの白い方を白髪葱にして、近くに醤油を出しておけば準備は完了だ。

 電子レンジが鳴った。僕はクッキングシートを取り出して封を解く。中からは香味野菜と魚の美味しそうな匂いがした。


「行くぜ行くぜ行くぜ行くぜ行くぜ!」


 僕は魚の上にどかっと白髪葱を乗せる。そして砕いたナッツと醤油を少しだけかけたら、熱した胡麻油を上から注ぐ。

 シャァアアアア、と言った、揚げ物に近い音と一緒に、腰が抜けるほどいい匂いがそこかしこに広がった。


「はい完成、メバルの紹興酒蒸しもどき」


 今すぐにでも齧り付きたいけど、この熱さだと確実に火傷するので、少し待つことにして、その間にヒラメを処理する。


「昆布で〆たやつと柚子風味のやつ、後はそのままでいいや」


 というわけで僕は、四つできたサクのうち、一つは昆布で一つは柚子、残りの2つはそのままにして、、一つ分は朝食べることにした。残りの一つは晩ご飯でしゃぶしゃぶをする。

 朝用の刺身は後回しにして、昆布締め、柚子風味の下準備に取り掛かる。と言っても、シンプルなもんだけどね。

 昆布締めも柚子風味付けも、ヒラメのサクと昆布、もしくは柚子皮をキッチンペーパーで一まとめに包んでおくだけだ。ちなみに上からラップをしておくと、表面が乾きすぎない。まあ、プロがやるときは違うんだろうけどこちとら家庭料理、細かいことは気にしたら負けなのだ。

 僕は、この朝は使わないサクも一応キッチンペーパーで包んで、ラップした。


「さて、刺身」


 僕はヒラメの切り身たちを冷蔵庫にしまい、今食べる用のヒラメの身に向き直った。


「身の弾力は十分なんだよね、じゃあ、薄めに切りますか」


 僕はヒラメを、削ぎ取るのに近い感覚である程度薄めに引いた。


「朝からすごい贅沢」


 僕は居間へと調理を終えた魚を運び込み、改めて見ると、朝食とは思えないような豪勢なメニューにため息をついた。


「あ、そういえばお米炊いてない……」


 痛恨のミス。でも、今から米なんて炊いていたら、メバルは確実に冷めて美味しくなくなるし、ヒラメの刺身もカピカピになるだろう。


「ちくしょうめ……あ、待てよ?昨日のお米の残りりが冷蔵庫にあったはず」


 僕は急いで冷蔵庫を開けた。隅っこの方に少しだけご飯が残っている。


「良くやった昨日の僕」


 僕は電子レンジに冷やご飯を放り込んで少し待つ。温まったらすぐに取り出し、居間に戻る。


「さて、今度こそ完璧だ」


 僕は箸を持つ。


「いただきます」


 まずはヒラメの刺身。ヒラメ自体がかなり繊細なお魚なので、醤油やわさびはあまり付けずに食べる。


「やっぱり身が締まってるね」


 身を薄く引いて正解だった。コリコリとした強く心地よい歯応えがある。そして、噛めば噛むほど魚特有の甘みが口いっぱいに広がる。脂のノリも悪くない。


「流石は高級魚……」


 大衆魚と高級魚、どちらも死ぬほど美味しいことには変わりはないけど、あえて違いを挙げるならそれは『食べ続けられるか否か』だと思う。

 大衆魚は強い味付けや揚げ物にされたり、脂が強烈だったりしてたくさんは食べられない。でも、高級魚は全てが丁度いい。なので、いくらでも入るのだ(ただし大トロを除く)。その証左に、いつの間にか皿の上のヒラメは姿を消していた。


「……はっ!ヒラメがない!」


 でも大丈夫、僕にはまだメバルがある。

 今回の調理法の一番のポイントは何と言っても『香りの暴力』だ。ふっくら蒸しあがったメバルと紹興酒、ネギ、ニンニク、生姜の香り。これだけでも百人は殺せるのに、さらにそこへ胡麻油と醤油の香りが加わるのだ。最早戦術兵器とも言うべき香りだ。

 身を大きめに分割して白髪葱をたっぷり乗せ、クッキングシートの下に溜まっているスープを付けて頬張る。


「好吃!」


 僕の舌は広東へと旅行に行くようだ。お手軽なくせにやたらと本場の味っぽい!本場の味を知らないけど!とにかく、僕の中の中華料理のイメージそのままの味がしたのだ。美味しいを中国語で言いたくなるのも仕方ないと思う。


「お米、これはお米と一緒に食べるべきもの」


 でも、どんなに本場っぽい味になったところで僕の舌の根っこは日本人、味付けの濃いものはご飯と一緒に食べたがる習性がある。

 メバルをほぐしてタレにつけて、白髪葱と一緒にご飯へと乗せ、一口で食べる。香りの暴力の中に調停役のご飯の甘みが加わって、口の中が大変な騒ぎになった。

 たまらず僕はギアを上げた。あっという間に魚の身がなくなる。そして米はまだ残っている。僕は魚の旨みと香りの効いた、下に残っていたタレをご飯に注いだ。これでよし。








 ちなみに、お米は三号ほど残っていたんだけど、全部平らげてしまった。それに加えてメバルが三尾、ヒラメが四分の一。食べ終わった後はしばらく動けなかった。







 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆








 食休みでしばらく二度寝兼昼寝をしていたら、夕方になっていた。腹具合も問題は無さそうだし、お腹もきっちり減っている。これなら今朝仕込んでおいたヒラメが美味しくいただけそうだ。

 僕はのそのそと起き上がり、冷蔵庫へと向かった。


「さーて、お魚はどんな具合かな?」


 冷蔵庫を開けて、切り身の入ったバットを取り出す。 まあ、ラップとキッチンペーパーで包んであるから、様子なんて分かんないんだどね。

 包みを全部剥がすと、どれもこれもまあまあ良い感じだった。


「取り敢えず、時間のかかるしゃぶしゃぶからやろう」


 僕はまず、昆布締めに使ってた昆布と、水出し昆布出汁を土鍋に放り込んだ。後は火にかけてしばらく待つ。

 さて、その間に刺身を作っちゃおうか。


「昆布締めも柚子風味もそのまま取っておいたやつもどれもまだ身がしっかりしてるなあ……全部薄造りでいいや」


 僕は考えるのをやめた。


「うおおおおん!僕は薄造りマシーン!」


 訳のわからないテンションの上げ方をして、薄造りを一気に仕上げる。ちなみに何もしてない切り身はしゃぶしゃぶ用なので、他の二種類とは違う皿に盛っておく。薄造りを作り終わった後に、僕は自分の行いを振り返って少し虚しくなった。


「って、まだだ、まだやることがあった。ポン酢作らなきゃ」


 僕はゴソゴソと棚を漁り、調味料を取り出す。


「醤油、柿酢、柚子果汁に昆布出汁、お酒はレンジでチンして砂糖をほんのちょびっと……塩でバランスを整えて……でーきた」


 味を確認。少し柚子を足す。もう一度味を確認、うん、美味しい。


「じゃあ、後は居間にカセットコンロを置いておしまいだね!」


 僕は薄造りとしゃぶしゃぶ用ヒラメ、ポン酢と醤油、それにカセットコンロを居間に運び込み、台所からカセットコンロの上へと土鍋を移した。この時点で中の出汁は沸騰寸前、僕は居間へと持って行く前に昆布を抜いた。

 居間のカセットコンロで出汁を軽く温め直したら、今日の晩ご飯の完成だ。ちなみにご飯は炊いてない。朝に十分食べたしね。


「いただきます」


 僕はまず、昆布締めに箸をつけた。締めるときに昆布を拭い忘れていたので、おそらく塩気は十分だろうと思い、何も付けずに一口。


「ピャー!」


 思わず奇声をあげたくなる美味しさだった。昆布で程よく抜かれた水分と、その代わりに昆布から奪ったであろう旨みと塩気。全てがヒラメの味をワンランク上げるのに一役買っていた。


「次は柚子」


 柚子皮と纏めておいた薄造りを一切れつまんで口にする。味付けはわずかな醤油だけ。

 口に含んだ瞬間のイメージは、鮮烈そのものだった。鼻に抜けるゆずの香りとヒラメの甘みがドンピシャだった。強烈な刺激に目が思わず眩んだ。


「いやー、ここまでのものだとは……」


 刺身二つで圧倒された僕は、しゃぶしゃぶに箸をつけるのが却って怖くなった。だってこのしゃぶしゃぶ、昆布出汁と柚子風味のタレのコラボレーションだよ?多分食べたらもう僕は戻ることができなくなると思う。

 ボコリ、と、僕の思考を遮るように、鍋の中で出汁が沸騰し泡が弾けた。広がる昆布の香り。


「我慢なんてできるか!戻って来れなくなったら竜宮城の横に掘っ立て小屋でも建てて暮らしてやる!」


 僕は、手を加えていないヒラメの薄造りを何枚か纏めて箸で掴んでしゃぶしゃぶした。程よく色が変わったところでポン酢をつける。そして一気に頬張る。

 そこはカーニバルだった。昆布とヒラメの旨み、ゆずの爽やかさ、塩気の象る味の陰影、全てが高次元で絡み合って、僕はその圧巻の味に恍惚とするしかなかった。


「これが、世界……」


 僕は訳のわからない悟りを開いた。


「つまりは……ヒラメだ……」


 僕はその言葉を最後に人としての理性を失った。


「うおおおおん!僕はヒラメ食べるマシーンだ!」


 両手で箸を構える。普段は鉛筆もろくに握れない左手だけど、この時はなぜか右手ばりに箸を使いこなしていた。


「倍速!ヒラメ吸引!」


 妙ちきりんな技名を叫びながらヒラメを食べ続ける。ひたすらに旨みだけが舌中に広がっていく。


「うんめー!……はっ!」


 僕が再び正気を取り戻りたのは、皿のヒラメが全て消えてからだった。


「すごく虚しい……ごちそうさま」







 残った昆布出汁は次の日の朝、ヒラメのガラでさらに出汁を加えて雑炊にした。美味しかったです。まる。

ブクマがじわじわ増えてて、小躍りしそうになってます。本当にありがとうございます。


あ、ブクマしてくださった慈悲深い方の皆様、よろしければその慈悲深さついでに感想もお願いいたします(あさましい)

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