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不定期開催ジビエの日:食卓

その他のジャンルで日間15位……これだけで嬉しすぎてゲロ吐きそうなのに、さらに初めての感想がつきました!ありがとうございます!本当にありがとうございます!



……明日死ぬんじゃないかな?


そんなこんなで嬉しくなって筆が進んで、その結果が一万字近い文章です、どうぞ。

 解体が終わった後、おにぎりをを作って簡単な間食を摂って、僕は鹿肉を家に運び込んだ。全ての肉を土間へと運び込み終わった時には、時計は午前が終わる三十分前を指していた。


「さあ、気合を入れてあと一仕事」


 僕は肉を、親の遺産で購入した業務用巨大冷蔵庫に入れる。鹿肉は鹿肉、鴨肉は鴨肉と、運び込む時にきっちり分類する。まあ、今は冬で肉もそんなにないからその辺に置いておいても問題はないんだけど。


「ぐちゃぐちゃにすると秋が大変なんだよなぁ」


 害獣駆除で大量に取れたジビエの解体を手伝う秋は、おすそ分けでこの冷蔵庫がいっぱいになるのだ。そうすると僕はスーパーで肉を買わなくなり、年を越すまでは食費が浮くのだ。その時は、肉を種類ごとに分類しておかないと余計な手間を食うことになる。食べるのは肉だけでいいんだよ。


「よし、終わりっ」


 そうこう考えているうちに作業は終わって時刻は正午。ご飯の時間。


「今日は……お米残ってるしチャーハンでいいや」


 僕は伝説の手抜きメニューを作ることにした。作り方はいたって簡単で、米を炒めて、みじん切りにした好きなものを入れて炒めて、卵を入れて炒めるだけだ。味付けは塩こしょうと醤油だけ。


「今日の冷蔵庫の余り物は……玉ねぎ、ベーコンの切れ端、ネギの残りにカニカマが二本か。全部入れちゃえ」


 考えるのが面倒だったので、切れ端になっていた材料を取り出して全部みじん切りにした。


「中華鍋に米と胡麻油」


 まずは米がある程度ばらけるまで炒める。


「みじん切りシリーズ」


 ある程度ばらけたところで具材を投入。


「卵は端っこでスクランブル」


 卵を中華鍋に作った空きスペースでさっくりといり卵にする。


「塩こしょう」


 あとは卵と混ぜながら塩こしょうで下味をつけて、


「せうゆ」


 醤油を焦がして風味付けする。あとはお皿に移せば完成。


「いただきます」


 具材も適当、切り方も適当、火加減も適当。だがしかしうまい。店の味には程遠くても、胡麻油と卵のおかげで食えない味になることはほとんどないのが素晴らしい。それに、たまにくる焦がし醤油の風味は食欲を煽る。気がつけば完食していた。


「ごちそうさま」


 さて、ご飯も食べ終わってひと段落したのでジビエをどう食べようか頭を捻ることにする。


「土手煮、竜田揚げ、カツ、ステーキ、シチューに鍋にしゃぶしゃぶ……どれも食傷気味かなぁ」


 秋のジビエシーズン(害獣駆除とも言う)に、今日みたいに解体を手伝っておすそ分けでもらった肉を食べるために、あらかたの調理法はすでに実食済みだった。


「何か目新しいメニュー……使えるのは新鮮な鹿肉と鴨肉……ん?『新鮮』?そうだ、刺身だ!鹿のヒレ肉を刺身で食おう!」


 僕は天啓を得た。そうだ、牛だってユッケにするくらいだし、別に鹿を生で食べてもいいじゃないか。


「いや、それならタタキも良いし、滑らかになるまで叩いてなめろうみたいにしても美味しいかも……」


 解体中は寄生虫がどうのこうの考えてた気もするけれど、寄生虫とて所詮は有機物、よく噛んで食べればきっと奥歯ですり潰されて死ぬだろうし問題ないと思う。そう、何も恐れる必要なんてなかったんだ。


「でも、料理するのはヒレ肉と前足の肉だけにしておこう」


 正直、鹿肉は一週間くらい冷蔵庫で熟成させたほうが美味しくなる。特にバラ肉は熟成させるとその素晴らしさがより際立つ。熟成させた鹿のスペアリブを、醤油と白ワイン、玉ねぎやニンニク、リンゴをすりおろした物を混ぜたタレに一晩漬けて、それを焼いたものを金柑のママレードソースで食べれば……おっといけない、よだれが。


 ていうか違う、今考えていたのは新鮮ジビエを美味しく頂く方法だ。


「でも、鹿の問題は解決したし、次は鴨か」


 鴨、鴨、鴨……


「燻製はやった、ローストもした、北京ダックっぽくも食べた、照り焼きにもした、つみれにして鍋にも入れた……」


 他に何か鴨の美味しい調理法なんてあったっけ?なんか最近食べたものにヒントないかな?


「お雑煮、雑炊、カキフライ、焼き魚、天とろろそば……あっ」


 僕は、『日本で鴨を使うレシピといったらコレ!』といっても過言ではないレシピを忘れていたことに気が付いた。


「鴨南蛮蕎麦」


 閃いた僕は止まらない。かつてないほどなめらかな動作で友人を呼びつけるための番号を携帯に打ち込んだ。

 僕はこういった珍しい食材がある程度の量手に入った時には必ず三人しかいない友人を全員呼ぶようにしている。でないと後でフルボッコにされるからだ。理不尽だとは思わない。だって僕も普段、山とか畑とかを手伝ってもらってるからね。

 数コールで連絡は繋がった。


「ゆっちー?鹿肉の刺身」


「今行く」


「夕方来て」


「わかった」


 僕は電話を切る。ゆっちーのいいところは、一言で要件が伝わるところだ。食べ物関連限定だけど。

 ぼくは二人目の友人に連絡をする。こっちもすぐにつながった。


「カキニー?今晩鹿の刺身なんてどう?」


「こないだお前んとこの牡蠣であたったワシに対する当てつけか?」


「今日の朝殺した鹿を今日の朝解体して今日の夕方に食べるんだ、これで当たるほど運が悪い人なら、牡蠣どころかユッケでも生のキャベツでもあたるよ」


「何なん?わしをバカにしとるん?上等じゃ今日の晩行くから首洗って待っとけ」


「うん、バイバイ」


 僕は電話を切る。カキニーは電話だど普段の何倍もトゲトゲする。理由はわからない。


 そして僕は三人目に連絡をする。

 これもすぐにつながった。


「あ、しなのん?鹿肉鹿肉」


「鹿肉?」


「それと鴨肉あるから鴨南蛮するよ、蕎麦持ってきて」


「お前、俺が蕎麦屋の息子だからってむちゃくちゃ言うな」


「僕は鴨を提供する、ついでに鹿肉も。君は蕎麦を提供する、素晴らしい関係だと思わない?」


「思わないこともない」


「そんじゃ今日の夕方に、よろしく」


 僕は電話を切る。これで無事に三人集められた。

 ちなみに、さっき僕が連絡を取っていたのは信濃 涼太、通称しなのん。できの悪いゆるキャラみたいなあだ名だけど蕎麦屋の倅で、こうやって蕎麦を使いたいメニューの時は協力を仰ぐことがある。学校では違うクラスだけど、休憩時間にはわざわざ廊下に集まって話すくらいには仲がいい。


「さあこれで夕飯は決まったから、しばらく昼寝しよっと」


 僕はストーブの前にクッションを置いて、四時まで昼寝をすることにした。










 携帯のアラームが鳴る。どうやら四時がきたようだ。僕はホワホワする頭を揺らしながら台所へと向かった。


「さあ、じゃあやりますか」


 僕は冷蔵庫から鹿のヒレ肉と前足の肉を取り出した。そして僕はまず、足の肉から調理することにした。


 まずは筋引き包丁を使って肉をパーツごとに分解して行く。それと同時に、硬くて食べにくい筋を取り除く。ちなみにこの筋は取っておいて、後で味噌で煮る。

 肉がバラバラになったら、一番大きなブロック以外をそれぞれ薄切りにしていく。皿の模様が透けるか透けないかのギリギリの厚さを攻める、結構神経削るなぁ。

 さて、残しておいた大きなブロックだけど、これは包丁の背で軽く叩いて筋切りした後、塩と胡椒、ローズマリーやニンニク醤油で下味をつけてローストすることにする。でも、下味が染みるまで時間がかかるからしばらくは放置。



「でも一番大きいブロックをローストしちゃうと、刺身が足りないなぁ」


 僕は後ろ足の肉も冷蔵庫から取り出し、それも先ほどと同じような手順でパーツごとに分解した。


「こっちは全部刺身でいいや」


 僕は途中、刺身にしてもずっと同じ切り方では芸がなくてつまんないと思ったので、包丁で叩いてなめろうみたいにしたり、、骨周りからこそげた肉をネギと和えたりしていろいろなパターンを作ってみた。


「思ってたより大量にできそう」


 僕は後ろ足を調理していると、思った以上の量の鹿の刺身が作れてしまった。でもまだ後ろ足はそこそこ残ってる。


「同じくローストじゃ芸がないよね……タタキはあれはローストみたいなものだし、さてさて……」


 しばらく黙考。ただし、時間がもったいないのでヒレ肉の下ごしらえをしながら。まあ、下ごしらえって言っても、要はキウイを潰したやつに漬けておくってだけなんだけどね。

 思考を断ち切るかのようにチャイムが鳴る。僕は考えるのをやめて、一旦玄関へ向かった。


「はーいどなたですか?」


「鹿肉」


「解体されてない鹿肉はお呼びではないのでお帰り下さい」


「お邪魔」


 来客はゆっちーだった。さすがの一番乗りだ。僕は最近ゆっちーは実は食欲の化身なんじゃないかって疑ってる。


「あ、ゆっちー!つまみ食いしたら鹿のついでに解体するから!」


「ヒヒーン」


「それは馬」


 僕が玄関から注意しつつ台所へと戻ると、やっぱりゆっちーはつまみ食いする寸前だった。


「飯はいつだ!言え!」


 空腹のあまり頭が回らなくなったのか、台所に入るなりゆっちーがブリッジをしながら高速でこっちに迫ってきた。


「クリーチャーめ駆除してやる」


 僕は顔を踏んだ。


「ヒヒーン」


 クリーチャーは断末魔を上げては大人しくなった。


「だからそれ馬」


 僕はゆっちーの相手をするのが馬鹿馬鹿しくなってきたから、調理へと戻る。


「んー、鹿の足……だめだ思いつかない、まあ、取っておけばいいか」


 僕はメニューを考えるのをやめて、鹿肉の残りをとっとと冷蔵庫にしまった。


「さて、鹿のローストに移ろう」


 プロがやると、ロースト一つとっても作り方にめちゃくちゃ気をつかうんだろうけど、人を呼ぶとはいえ所詮はお家ご飯。ある程度は適当です。


「先ずは、バラ肉から少し脂身もらってこよう」


 僕は冷蔵庫からバラ肉をとり、脂身をこそげて元の位置に戻した。


「ラードと同じ手順でいいかな?」


 僕は台所へ戻り、フライパンに薄く水を張って、それを火にかける。お湯が沸くまでの待ち時間で脂身を細かくみじん切りにする。

 沸騰したらそこに鹿の脂身を投入、そうすると鹿の油が出てくる。そして、それをしばらく放置しておくと水は全部飛んで鹿の油だけが残る。

 実はこのやり方、普段は豚とかの脂身を大量に使ってラードとかを作るやり方だけど、鹿肉でもうまくいった。まあ、脂身の量をケチったからそんなにたくさんの油は出てないんだけど。


「それではローストドーン」


 僕は漬けダレから肉を取り出して、水も飛び切ってかなり熱々のフライパンに乗せる。すると、ジャアアアアアッ、とすごい音がして、鹿にあっという間に焼き色がつく。僕は鹿肉をフライパンの上で転がしながら全体に焼き目をつけた。


「焼き目がついたところで一旦冷却」


 僕はフライパンから肉を取り出し、それを口にチャックの付いているビニール袋に入れて口を閉じ、肉を流水で冷やした。こうすることで、表面に火が入りすぎることを防いで、よりしっとりしたローストに仕上がる。


「次はお湯ー」


 冬場は乾燥対策として置きっぱなしにしてあるストーブの上のヤカンを台所へと持ち込み、中のお湯と水道水を調度50℃くらいになるように鍋の中で混ぜる。温度が程よくなれば、


「お肉をドーン」


 袋に入れたままの肉を鍋に入れて、熱が中まで通るのを待つ。ちなみに袋の空気は抜いておいた方がいいと思う。あとはお湯の温度をキープするために時たまやかんのお湯を加えるだけだ。


「さて、足の肉は終わったから、ヒレ肉」


 先ずはヒレ肉をキウイから取り出し、軽く洗う。そしたら包丁の背で軽く叩いてさらに柔らかくして、これも半分くらい刺身にする。残りは僕の明日の晩ご飯にするので、キウイの中に戻して冷蔵庫にしまう。


「これで鹿はひと段落かな。後は火が通るまで後ちょっと待てばいいか」


 僕は小休止を入れるために、大量に積んである米袋の上に腰掛けた。

 しばらく休んでいると丁度いい時間になったので、温めていた鹿肉を鍋から上げてビニール袋の中から取り出し、まな板の上に置く。


「火の通りは……上々」


 僕はローストを薄切りしていく最中に、真ん中の一枚を取って味見してみた。中までしっかり温かいのに、肉は紅色を保っている、理想的な仕上がりだった。


「おっけー、鹿の調理は終了!あとはこれを全部冷蔵庫にしまうだけ!」


 僕は調理後の鹿を全て冷蔵庫に運び入れた。丁度その時だった、チャイムがまた鳴った。


「はーい」


 戸を開けるとカキニーがいて、片手に何やらビニール袋をぶら下げていた。


「よう、呼ばれて飛び出て来たで、あ、これ高知の親戚からお裾分け、やたら大量に送られてきたから分けちゃる」


 そう言ってカキニーはぶら下げていたビニール袋を僕に突き出してきた。


「何これ」


「鰹節、枯れ節のいいヤツじゃ」


「あなたが神か」


「おう、崇めろ。邪魔するで」


「どうぞどうぞ」


 鰹節ゲット。カンナはあるから大丈夫。これでしばらく味噌汁がすごく美味しい。


「全くゆっちーもカキニーを見習って手土産の一つでも持ってきたらどう?」


 僕は玄関から戻りつつそんな皮肉をストーブの前を我が物顔で占領しているゆっちーに言った。そしたら、ゆっちーはいきなりネジが緩んだような笑い声を上げ始めた。


「ハハハハハ、今日は手土産があるんだなあ、瀬戸君?」


 僕は言葉に詰まった。嘘だろ?僕が小さい頃からゆっちーの親がいろいろお裾分けしてくれることはあっても、ゆっちー本人は何も持ってこないのがデフォルトなのに……


「見よ!この輝かしき威光を!」


 そう言ってゆっちーが手元のリュックから取り出したのは、キラキラと輝く大量の柚子だった。目算で五十はある。


「いやぁ、家の庭になりすぎて処分に困ってたんだ。そこで降って湧いたかのようなお前からの呼び出し、俺はもう神の思し召しとしか思えなかったね」


 僕はなんて言っていいのか分からなくなった。「こんなに食えるか馬鹿!」って吼えるべきか、それとも「やったー!柚子だ!」と喜ぶべきか。とりあえず、リアクションをしないのもアレなので、


「こんなにたくさん持ってきて大丈夫なの?」


 と、暗に「持ち帰れ」と言うことにした。


「おう!まだこれでも四分の一くらいだ!気にすんな!」


 しかしゆっちーに僕の心の機微は伝わらなかったようだ。って、これで四分の一くらい?どんな鈴生り状態だろう。


 僕が床に撒かれた柚子を前に呆然としていると、またチャイムが鳴った。僕は現実世界に引き戻されて、弾かれたように玄関へ向かった。


「はーい」


「よう、うっちゃん。来て早々で悪いんだが一つ謝らなきゃならんことがある」


 そう言うとしなのんは深刻そうな顔をした。まさか、蕎麦が手に入らなかったんじゃ……僕は蕎麦のない晩ご飯を想像して、思わず身震いした。


「実はな……」


 僕は生唾を呑み込む。


「親父、来ちゃった」


「な、なん……え?親父さんって言うと、『しなのや』の大将?なんで?店は?」


 さっきも言ったように、彼の父が大将をやってる蕎麦屋、『信州そば しなのや』の倅がしなのんだ。そんな蕎麦職人の息子のしなのんの親父さんが来たってことはつまり、


「おう僕!元気してたか?」


 と、元気いっぱいな野太い声がしなのんの背後から聞こえる。声のする方には、僕がよく行く蕎麦屋さん『しなのや』の大将が間違いなくいた。


「大将!?何やってんの?店は!?」


 僕が素っ頓狂な声を上げると、大将は笑って、


「お前は平日にばっかり来るから知らんだろうけど、うちは土曜日はランチ営業だけだ」


「そうなの?」


 僕はしなのんに問う。たまに大将はわけのわからない嘘をついて僕を困らせるから、しなのんがいる時は確認を取るようにしてる。


「本当だ」


 沈痛な面持ちでしなのんは頷く。


「……うん、まあ、わかった。取り敢えず入ってよ」


「ああ、邪魔する」


 しなのんが入ると続いて大将も入ってくる。しかも蕎麦打ちの道具を抱えて。


「おう、邪魔するぞ」


「どうぞ」


「ところで台所はどこだ?」


「あ、こっちです、ついてきてください」


 僕は大将を台所に案内する。そして、大将が蕎麦打ちの道具を下ろし終わったところで一つ尋ねた。


「大将、今日僕がしなのんも呼んだ理由を聞きましたよね?」


「おう、いい鴨が入ったから、そいつを鴨南蛮にしようって話だよな?」


「はい、でも、友達同士の集まりだったので、それに大将を巻き込んじゃって申し訳なくって」


「いいってことよ!俺も最近いい鴨が入らなくなって鴨南蛮を作ってねえからな!カンを取り戻すいいきっかけってわけよ」


「そう言ってくれると助かります、あ、この鴨使って下さい」


 僕は冷蔵庫から鴨を丸ごと取り出して大将に渡した。


「おう!こりゃまた見事な鴨だな!どこで取れた?」


「裏山です」


「そりゃいい。じゃあ、蕎麦ができるまで、出汁とか鴨の下ごしらえとかいろいろ合わせてあと一時間かかるかどうかってとこだ。向こうで待っててくれていいぜ」


「そうですか、じゃあお言葉に甘えて。あ、調理器具とか調味料は勝手に使って下さい」


「おう!」


 僕が居間に戻ると、そこにはばら撒かれた柚子と、落ち込んでるしなのんと、鰹節で逆立ちしているゆっちーをしばくカキニーがいた。


「ごめん、これって一体どういう混沌?」


 僕はこの中で唯一会話ができそうな状態のしなのんに話しかけた。


「ああ……ウチの蕎麦親父が蕎麦作るって言った瞬間にゆっちーのテンションが振りきれちゃってな……はぁ……親父も親父だしこいつもこいつでなんか出来上がっちゃって……」


「なんかごめん……ちょっと待っててね。ゆっちー、カキニー!騒ぎ過ぎると出禁だよ!」


「「ぼくたちいいこ」」


 二人はすぐに静かになった。





 しばらく経って台所の方からそろそろできると野太い声が聞こえた。僕はそれに返事をして、みんなに席で待っているよう伝え、台所へ向かった。


「あ、そうだ」


 どうせ台所に行くなら貰った柚子と鰹節をしまおうと、それらを袋にまとめて持っていった。

 出汁の薫る台所は、今まさに麺を茹でるといったタイミングだった。僕は大将の邪魔にならないように冷蔵庫へと向かい、貰い物をしまう。それと、鹿肉のローストと刺身を取り出して、居間のちゃぶ台へと運ぶ。


「鹿肉」


 僕が一言言うと大歓声が上がった。僕は、


「待て、まだ」


 と言って、我先にと飛びつこうとしたゆっちーを止める。

 僕はもう一度台所に戻り、今度は調味料を用意した。醤油とわさびと塩、これだけあればいいだろう。


「あ、そうだ」


 僕はさっき貰ったばかりの柚子を幾つか取り出してくし切りにする。さっぱり食べれて美味しくなるだろう。

 調味料を居間に置くと、大将から、丼の場所を聞かれた。


「あ、今用意しまーす!」


 僕はすぐ台所へと舞い戻り、丼を人数分用意する。そこへすぐに大将が麺や鴨肉、出汁を盛り付けネギを乗せた。


「ほら、鴨南蛮だ!久しぶりに作ったから味は保証出来ねえがな!」


 大将は嘯いているけど、この出汁と鴨肉の暴力的な匂いを嗅いで不味い味を連想できる人は、よほどの蕎麦嫌い、和食嫌いだと思う。


「ほら!とっとと持ってくぞ!」


 僕は大将に急かされて蕎麦を持っていった。


 蕎麦を僕と一緒に持ってきた大将を見てゆっちーとカキニーは首を傾げた。


「「あれ、大将本当に来てたの?しなのんの嘘かと」」


「おう!店は昼でしまいだったからな!鴨南蛮作りに来てやったぜ!」


「「しゃあああ!」」


 現金なもので、ちょっと不思議なことがあってもそれが美味しいものに関係していればどんなものでも受け入れる精神が二人には備わっているらしい。先ほどの首を傾げた時の顔は何処へやら、二人は鰹節で逆立ちをしていた時と同じようないい笑顔になった。


「おっしゃ!じゃあ食うか!」


 蕎麦を全部並べ終わり、腰を下ろした大将が言った。


「「「「「いただきます」」」」」


 まずは蕎麦に箸をつける。伸びたら美味しくないから、メニューは麺類から食べていくのが鉄則だ。

 少し冷まして一息にすすりこむと、強烈な出汁の匂いと後追いで鼻に抜ける蕎麦の香り、シャキッとしたネギと鴨深い滋味が絶妙な調和だった。


「うまっ」


「おう、そりゃよかった」


 大将も蕎麦を食べながら納得したような表情を浮かべていた。納得のいく出来だったのだろう。


「大将、おかわりあります?」


 もう食べ終わったらしいゆっちーはそんな事を言い出した。ねえねえ君さあ、美味しいのは分かるけど、ちゃんと噛んで食べてる?僕なんかまだ一口目だよ?


「ああ、でも俺が食い終わるまで待ってくれ」


「よっしゃあ!」


 あ、おかわりあるんだ。やったね。でも待ってゆっちー、


「蕎麦食べ終わった人は鹿肉あるからね?忘れないでね?」


 僕はみんなに釘を刺しておく。


「言われなくてもわかってる」


 すでにゆっちーは鹿肉の刺身に手を出していた。


「にしても、刺身か……ええい、ままよ!」


 生肉に抵抗があるのか、腹が落ち着いて理性が戻ってきたのか、ゆっちーは一瞬躊躇って、次の瞬間に踏み切って肉を口に運んだ。


「……あ、旨え」


 ゆっちーがそうぼやいて、掃除機のように肉を吸い込み始めた。


「やばい、みんな急いで蕎麦を食べて!あいつ、肉を食べ尽くす気だ!」


 僕が鋭く警告を飛ばすと、


「やかましいのう、もうわしゃ食べ終わっとるわ!」


 と、カキニー。肉の奪い合いに参戦。


「蕎麦は飲み物だから、もう無いよ」


 と、しなのん。みんなの狙っていない隙間をついて的確に肉を確保している。


「肉を俺によこせ!」


 と、叫びながら刺身とローストを盛った皿に突っ込んでく大将。


「収拾がつかないや」


 僕は諦めて残りの蕎麦を自分のペースで食べ、食べ終わる頃にはもう肉なんてひとかけらも残ってなかった。


 僕は無言で席を立ち、残ってた足の肉を全て刺身にして居間へと戻った。


「肉!肉!肉!」


 いきなり、知性のないゾンビみたいになったゆっちーが襲いかかってきたので、渾身のソバットで沈める。ちゃぶ台で辛うじて野性を抑えて待ち構えている残りの連中を前に、僕は一歩も下がらずこう言った。


「四分の一は僕のだから」


 そう言ってあらかじめ四分の一を自分の皿に取り分け、残りをちゃぶ台に置いた。


「こっちは食べていいよ」


 ちゃぶ台の上には、カラスが屍肉を食い漁っててもこんなに無残なことにはならないだろうと思えるような光景が広がることになった。

 僕はそんな騒動を尻目に、一人少し離れて鹿の刺身を食べることにした。


「まずはシンプルに醤油だけ」


 これは美味しい。今まで食べたどんな鹿料理よりも肉々しい。香りも鮮烈だ。程よく歯ごたえもあり、まさに肉といった感じ。


「次に塩」


 これもいい。ただ、醤油ほど強烈な仕上がりにはならずに、どちらかというと旨味を引き出す感じだ。僕はどっちかというと塩派かなと思った。なので、


「塩柚子」


 それは真理だった。引き立てられた旨味が柚子の風味と酸味できっちりとした輪郭を描かれている。舌に余計な脂のくどさが残ることもなく、ただ柚子と鹿の爽やかな香りだけが残る。そして、食べ進めるごとに匂いと味はどんどん強くなっていって、気がついたら肉はもうなくなっていた。


「……てんで足りない」


 僕は台所へと駆け込みヒレ肉の残りを取り出すと同時に、内臓が残っていることにも気がついたので、レバーは塩胡椒で炒めて、心臓は一口大に切って水て流すだけにして盛り付けた。そして、キウイに漬けておいたヒレ肉は全て刺身にして居間へ戻った。何を隠そう、僕も肉の喜びに目覚めてしまったのだ。こうなったらもう戻れない。

 皿の上のものを独り占めしたい欲求に駆られながらも、僕は気合いで野性をねじ伏せ、どうにか居間まで皿の上のものに手をつけずに肉の追加を運びきった。


「「「「肉、肉……!」」」」


 居間に戻ると、みんなは完全なゾンビになってた。でも、気持ちはわかる。だって僕もそっち側になりそうだもん。なので僕は答えた。


「ウガァァァァァア!」


 ゾンビのような雄叫びで。僕の理性は肉の前に陥落した。







 気がついたら朝になっていたが、いまいち記憶がない。ただ、お皿は舐めまわしたかのようにピカピカになっていたので、洗い物は楽だった。

感想ありがとうございました(n回目)使って欲しい食材とかでもいいので、なんか意見をくれると嬉しいです!これからも応援よろしくお願いします!

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