2.魔法少女はときめかない(後)
2.魔法少女はときめかない(後)
振り返った視線の先にあったのは二メートルはあろうかという筋肉質の巨体。上半身は裸で下半身は白のブリーフに黒の二ーハイソックス。角刈りの頭にはハチマキが巻いてあり、ハチマキには『ト・キ・メ・キ(ハートマーク)』と書いてある。
「俺様はトキメキカタヅケール! お片付けが大好きなトキメキの魔人だ!」
トキメキカタヅケールと名乗った変態は筋肉を盛り上げてポージングし、俺を指さす。
「感じる感じる感じるゥ! オマエ、部屋が散らかっているな?」
なんだか、嫌な予感がする。
「今から俺様はオマエの部屋に行って、片付けてやる。感謝するがいい! でわっ!」
そう一方的に告げると、トキメキカタヅケールは信じられない速さで走り去っていった。これは、一体……。
「いけない! 誠殿! どうやらトキメキカタヅケールが君の部屋に向かったようだ! トキメキカタヅケールは散らかっている人の部屋を勝手に片づけて、何がどこにあるのかわからなくさせてしまうという、ズボラ人間にとっては恐ろしい魔人なんだ!」
「魔人だか何だかわからないけど、部屋を片付けてくれるんならいい奴なんじゃないの? 見た目は変態だったけど……」
「それは実際にトキメキカタヅケールに部屋を掃除される前だからそう言えるんだ! みるく!」
「はぃっ!」
「誠くん、一緒に行くぞ! 君の部屋が危ない!」
犬顔のマスコットに警告されて俺たちは走り出したのだが、あの変態怪人は俺の家がどこなのかわかるのだろうか? そんな疑問を抱きつつ、魔法の力をUFOキャッチャーに使ってしまってペナルティーで空を飛べなくなったみるくちゃんと一緒に走って、俺は自宅に戻った。怪人の後ろ姿はもう見えない。急がないと……!
息を切らして自宅の前に到着すると、家には誰も居ないはずなのに俺の部屋には電気がついていた。この時間、親はまだ仕事に行っていて家にはいない。あの野郎、どうやってうちに入ったんだ?
玄関のカギを開け、みるくちゃんとラック君と一緒に階段を駆け上がって俺の部屋へと向かう。ドアを開けると、怪人は掃除の真っ最中だった。
「トキメカナイ、トキメカナイゾォォォォォッ!」
筋肉質の変態が黒いゴミ袋に部屋の物をどんどん放り込んでいた。なんというか、おぞましい光景だ。
「あぁっ! その本はあとで読もうと思ってたからそこに置いていたのに!」
「机の上は勉強や作業をするためのスペースだ! モノを置いてはいかぁぁぁん!」
トキメキカタヅケールは机の上の物をどんどん処分していく。
「あ、その山のプリントは明日提出するヤツだよ! もう! オマエにとっては片付いていない部屋かもしれないけど、俺にとっては机の上の山のひとつひとつに意味があって、何がどこにあるか分かってるんだよっ!」
俺は怪人に向かって啖呵を切った。
「い、いけませんっ! やめてあげてください~っ!」
みるくちゃんも気弱な声で怪人を止めてくれる。でも、怪人の暴挙は止まらなかった。
「あ、何だこの女の子がおっぱい丸出しでキスしあっている薄い本は? ときめかん、処分しよう!」
「うわぁぁぁぁっ! オマエ、な、なんてことをするんだ!」
怪人の野郎、俺の性癖を暴露した上に秘蔵のコレクションを勝手に処分するんじゃねぇっ!
「その百合同人誌はなぁっ! 俺にとっては最高にときめくんだ、ときめくんだよぉぉぉぉぉっ!」
俺は涙を流しながら怪人に突っかかっていった。今まさにゴミ袋に放り込まれようとしている同人誌を救うべく、怪人の右腕を掴む。が、
「フンッ!」
怪人にものすごい力で振りほどかれ、俺は壁まですっ飛んだ。
「イテテテテ……」
「あ、赤松さんっ! だ、大丈夫ですかぁ?」
みるくちゃんが心配そうに駆け寄ってくれる。あぁ、不幸だけど、ちょっと幸せかも……。いやいや、と○のあなの最上階で吟味に吟味を重ねて勇気を出した同人誌がピンチなんだ。可愛い女の子の顔が近いからって、幸せになってる場合じゃない。
「この野郎っ! やめろっ! やめろぉぉぉぉぉぉっ!」
俺はもう一度、怪人に突撃する。俺を突き飛ばそうとする怪人の腕を今度は冷静にかいくぐり、上手く後ろに回り込んだ。渾身の力を込めて、怪人をなんとか羽交い絞めにしたが、トキメキカタヅケールは物凄い力で俺をふりほどこうとする。もう、ダメだ……。そう思った、その時!
「今だ! みるく! 撃つんだ!!」
「み、ミルキーウェイフラッシュ!!」
まばゆい光が俺の部屋を照らした!
みるくちゃんのステッキから放たれた光線はトキメキカタヅケールを直撃し、怪人は身もだえし始める。
「ウオォォォォッ! ト、トキメカナーイッ!!」
叫び声をあげて、トキメキカタヅケールは消滅し、部屋の床にチャリーンと音を立てて一枚のコインが落ちた。これは……終わったのか?
「よくやった、みるく! ナットーコインを回収するんだっ!」
「はいっ! これで三枚目ですねっ!」
わりとあっさりと、戦いは終わった。俺の部屋は無事、散らかったままだ。お宝同人誌もゴミ袋の中から無事救出した。コレはみるくちゃんに見られる前にさっさと隠さなければなるまい。
「あ、ありがとう……。俺のために、戦ってくれて」
一応、みるくちゃんにお礼を言う。まぁ、どちらかと言うと俺は巻き込まれただけなような気がしないでもないのだが……。
「い、いぇ~、赤松さんが怪人を押さえてくれたので助かっちゃいましたぁ」
みるくちゃんはほんのり頬を染め、微笑んでくれた。か、可愛い……!
「誠君、協力感謝する! これでこの町の平和に一歩また近付いたよ!」
「このコイン、あと四十五枚集めないといけないのっ! 誠さん、ありがとうございましたっ!」
ということは、こんな変態があと四十五体も出現するという事だろうか? それは何と言うか、ゾッとする。
「いや、みるくちゃんの役に立てたんなら嬉しいよ」
俺はそう言って頭をポリポリと掻いた。
「それじゃぁっ、あたしはこれで失礼しますねっ」
そう言ってみるくちゃんと犬顔のマスコットは部屋から出ていこうとする。このままここで別れたら、俺はきっとこの先みるくちゃんと会う事もないかもしれない。
あぁっ! みるくちゃんと携帯番号を交換したいっ! が、俺にはそんな対人スキルはないッ! 哀しいッ! 俺は今、猛烈に悲しいッ! 空から女の子が降ってくるっていう、劇的でボーイミーツガールなイベントがあったんだ。この出会いを活かさなければ俺はきっと後悔するッ! なんとか次に繋げなければ! そう思って勇気を出して、俺は口を開いた。
「あの、俺にできることがあったらさ……また、協力するから」
「うんっ! ありがとうねっ!」
そう言ってみるくちゃんは弾けるような笑顔を俺に向けてくれた。た……たまらねぇ……。
だけど、それ以上の事は何も言えず、結局みるくちゃんと連絡先交換はできなかった。終わった……俺の青春、あっさりと終わった……。
玄関までみるくちゃんを見送る。みるくちゃんは玄関のドアを閉める瞬間まで、とびっきりの笑顔を俺に向けてくれた。
一人になって部屋に戻った俺は、魔法少女との出会いを思い出す。
「みるくちゃんの体、やわらかかったな……。それに、すごくいい匂いがした」
そんな出会いを、思い出して……。
このあと、俺は滅茶苦茶……した(恥)。
俺はこうして、街の魔法少女と出会った。こんな不思議な体験は、これで最初で最後だと思っていた。
そう。この時はこれが俺にとって苦難の日々の始まりになるとは、全く思っていなかったんだ。
これにてファーストエピソードは完結です。
魔法少女、全然活躍していないですが、仕様ですので申し訳ないです……
(^_^;)
続きは3月9日更新予定。
亀の歩みの執筆ペースですが、本作はあくまでも本腰を入れて執筆している作品の合間に気晴らしで書いているものなのでご了承ください。
m(_ _)m
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