ユウマVSハルカVSベル!!
「な、なんだよこれ! 早く外せって! この銀ギラギンなのが怖いんだよ! 怖い、怖いよ! あと怖いっ!」
「……照れてる?」
「照れてねぇ!」
クッソ! こうなったらこの鎖叩っ斬ってでも逃げ延びてやる!
スマホからブリューゲルを取りだした瞬間、接続が繋がった感覚に襲われる。
(ぬ、主か! ヤバいのじゃ! 早く逃げるのじゃ! い、今、そっちに)
ブツと接続が切れる。急につながったり切れたり忙しいやっちゃな。
で。なんかヤバいと言ってなかったか? 逃げろと、言ってたよな。
あの師匠があれだけ動揺しているんだ……ただ事じゃあるまい。
くっそぉなんでこんなに大変な事が続くんだよぉ〜。
「ベル! マジで緊急事態なんだ! 今すぐこの場を離れないと大変な事が」
「……人間生きている間は大変な事に巻き込まれ続けるもの。大変な事がない人生なんて、そんなの人生じゃないんだもの」
「誰が深いことを言えと言ったっ!?」
そして、そんなことをしている暇なんかなかったらしく、事は手遅れとなった。
―――ザッと背後から聞こえる足音が、聞こえてしまったから。
俺はおそるおそる、師匠があれだけ動揺していた理由へと目を向けて―――
「へ?」
予想外にもそこにはよく見知った人物が立っていた。
そして師匠に任せた案件であるため、いろいろ総合的に考えると、師匠のいたずら、という事になった。俺の頭の中では。
なーんだ。と安心したそんな俺は完全に頭から抜け落ちていた。
少なくとも、師匠はそんなお茶目な性格をしている人物ではなかったということを。
でも仕方がないと思う、そこに立っていたのは
「よ、よおハル。久しぶり」
ハルだったのだから。顔が伏せられ前髪が垂れているハルだったのだ。
俺の言葉に反応したのか、ハルがゆらりと一歩こちらへ近づいた。
そこで、はて、おかしい。
俺の足が自動的に後ろへ一歩、歩を進めたのである。
また一歩、ハルが進んだ分、何故か俺の足は後ろへ進む。
あっれ〜、なんだろうなぁ〜、おっかしいなぁ〜
なんでこんなにも、ハルが怖いっ!!!!
こんだけ俺の本能が危険信号を出せばいやでも気づく。
とんでもなく怖いのだ。なんでだかわからないし、何がなのかもわからないが、とにかく怖い!
ヘラヘラとした苦笑いにダラダラと冷や汗が流れ出す。
「……だ、だれ?」
「ベルに捕まる前にコンビ組んでた子」
震える口でなんとか、早口で答える。
「……へ?」
ベルの顔はいつも以上に感情が抜け落ち、ぽけ〜っとした顔になり、集中が切れたのか魔力が切れたのか、フッと鎖が消滅した。
ベルのこの変化にも勿論対応してやりたいが、今はそれどこじゃねぇっ!
こちらに迫ってきている確かな脅威。今の彼女を擬音系で表すならば、『ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ』だろう。
一瞬でも気を抜いたら、殺られるっっ!!
「ま、待てハル。一旦もちつけ? な? 争いじゃあ物事は解決しねぇ。話し合おうぜハニー」
「…………話し合い? うん。わかった」
おぉう。言語での意思疎通はまだ可能だったから安心のはずなのに、冷や汗は止まることを知らない。
オートモードのヘラヘラ顔も、もはやこうなったらただの筋肉が痙攣している人である。
「その人、ベルさん。だよね」
「そ、そうだな。あ、すいませんそうです。同学年の生徒会に所属っす」
何言ってっかよくわからん。でもつい謝って敬語を使ってしまうぐらいには、プレッシャーがヤバかったのだ。
「ふぅぅ〜〜ん。そうなんだぁ〜〜。あ、話は聞いてるよ? いろいろと、ね」
ハルが口元を少し上げてちらりと新聞紙らしき物を見せ……
その瞬間俺は逃げようと心に決めた。
何故だかはわからかった。ただそれが最優先事項、いや、もはやそれしか選択肢がないように感じた。
だが。時すでに遅しって言葉、知ってるか?
今まさにこの状況のことを言うんだぜ? お・バ・カ・さ・ん。
「逃げないでよ。話し合いをしようって言ったのユウマじゃん。ね?」
首を傾げてにっこりスマイル。
目が、笑ってませんけど?
「そ、そうだな。悪かった」
「でも、ユウマが自分から話し合いを放棄したいならしょうがないよね」
「え? いや、だから悪かっ……あ、いや、すいませんでした。ごめんなさい。お願いだから落ち着こう、な?」
「問答無用! この地を統べる光の精霊よ・我の呼びかけに応え・変える力を授けん」
詠唱! ガチじゃねぇかっ!? マジでっ!?
キャンセルさせるか? いや、この距離じゃ間に合わない。下手に近づくと近距離で魔法をぶっ放される。
「ここに存在を繋げる道を築く・信頼を輪で繋げ! 『転換』!」
ハルの伸ばされた人差し指に緑色の光輪が出現し、それが回転しながら飛んできた。
「問答無用ってなんだ! いきなり攻撃してくんじゃねえよ!」
「うるさいうるさい! いいから、何も言わず私にボコボコにされなさい!」
「理不尽すぎる!」
ハルがダッシュし始めるのでこちらも臨戦態勢にはいる。逃げ場はない。ならばやるしかないっ!?
「ボコボコにされて、そしたら……」
ハルが走りながら両手を交差させ、両方の人差し指に光輪がそれぞれ三つずつ、合計六つ姿をあらわす。
あの輪がなんなのかわからん以上、まずは迎撃すらせず避け続けるに限る!
「私も―――……」
最後にぽつりと呟やかれたハルの言葉は、俺の耳には届かなかった。
◇◆◇
時は少々遡り
「……はあ」
『はぁ、じゃない。何をやっとるんじゃ』
「 ! ……ブリュー、ゲル……さん」
ユウマがちょうどベルにぐるぐる巻きにされている時と同時刻である。
「だって……だって」
『ハルカが主に負い目を感じておるのは前々から知っておったがなぁ。何も逃げ出すことはないじゃろうに』
だって、だって! 仕方がないじゃない!
私は心の中で絶叫を上げた。
今も思い出すと胸が締め付けられる様に痛み出す。『ふさわしくない』『パーティーというのは対等な者同士がなるもの』『足を引っ張るだけ』『お荷物』。私はそんな風にはなりたくない。でも今実際に私はそうなってる。だからユウマの迷惑にならないためにそばから離れるんだ。
そんな言い訳。我ながら情けなくて涙が出てくる。本当は、本心は、ユウマのためなんか考えてない。
その言葉のどれでも、ユウマに言われてたら。絶対に立ち直れない自信がある。私は、私自身を守るために逃げたのだ。ユウマに言われるシーンを想像して、震え上がって。
全部、私の自分勝手。勝手にユウマに近寄って、勝手に離れて、いつだってユウマを困らせて迷惑になって。
こんな私なんかいつか、ユウマも、きっと
『主はそんなこと気にしとらんし、言うとも思えんが……』
私だってそんなことわかってるよ! これから頑張ればいいって、コンビ……パーティーメンバーなんだから助け合うのは当然だって。
ユウマなら言ってくれる! でももし、今後ユウマが嫌になったら? 私といることが嫌になったら? そしたら、私は……
『はぁ……悩むなとは言わんが、いつまでもウジウジしておるでないわまったく』
「私も……強くなりたいよ……ユウマみたいに……体だけの強さじゃなくて、心の強さを。ユウマの隣に堂々と立てるような。強さが欲しい……」
体育座りになって顔を埋める。
昔からの私の癖だ。私がうまくいかなかったり嫌な気分になると、すぐに顔を隠す。嫌な自分を隠すように。
『力になってやりたいがのぉ……我の行う魔術、いや、これは語弊があるか。正確には魔闘術、は基本的に戦うことがメインじゃから。ハルカのような後衛支援の魔法は専門外で』
「ブリューゲルさんは、龍族なのに魔力を持ってるの?」
『いや、魔力ではない。性質が魔力とは違うからの。龍族では、それを『魔気力』と呼んでおる』
魔気力。聞いたことがない言葉だ。龍族の知識なんてないに等しいから、当然といえば当然なんだけど。
『龍族とは、かつて竜騎士が従えた竜と同化することで生まれた存在。我は嫌いじゃが竜は魔物故、生まれつき魔物特有の魔力を持っておる。
いわゆる魔物の元『魔素』じゃな。それをわずかながら受け継いだ我々龍族はそれに似たものを作り出せるのじゃよ』
魔力とはまた違うがな と付け足した。こう考えると龍族って反則だよね。
戦ったりしても勝てる気がしないよ。
『などとまぁ我のことはよい。で、ハルカはどうするんじゃ?』
「どうするって」
うん、どうしよう。
『……強くなりたいんじゃろう? なら頑張れ』
「頑張れってそんな軽く」
『頑張る以外に今何をする。強くなりたいというのは本心なんじゃろう?』
そうだけど。でも、私には何をすればいいのか、わかんないよ。
『わからんのなら、わからんなりにわかれるよう頑張れ。やり方なんぞ何処にでも転がっておる。あとはハルカが何を選ぶかじゃ』
「魔法が上手くなりたい。唯一の私の取り柄だもの」
『ならばその道の専門家にでも教えを乞うんじゃな。この国は魔法の国じゃ。誰か一人くらいは知り合いがおるじゃろう?』
「専門家かぁ……凄い人がいるにはいるんだけど、店番がどうとかで断られそう」
『断られるかもなどという言葉なんぞで尻込みするな。断られると確定していても食い下がって許可をもらうぐらいでないとな』
図々しすぎるでしょ。
『世の中、図々しいほうが良い時はあるもんじゃぞ?』
「……うん」
『ほら、ノロノロしてると、主にどんどん置いていかれるぞ』
「えっ! ……そ、それはヤダ」
『このままだと隣に立つなんて無理かもだのぅ』
「ま、待って! その、私は」
『クックックッ、必死じゃのう。なんでかのう。クックック』
「 ! ……う、うわぁぁぁあん!!」
ブリューゲルさんの、意地悪ぅぅううう!!!
そんなこんなで私は泣き入りながら走った。その、魔法の専門家の元へ。
例え泣いていようが混乱しようが
体は正直である。
◇◆◇
クックックッ。弄り甲斐がある奴はこれだから面白い。
さて、ハルカのこの件。主には言わない方向じゃろうな。それしか選択肢がない。
サポート兼アドバイザーは、我がこなすこととしよう。
ふむ。主はまだ探しておるじゃろうから、取り敢えず今回は我に任せろと―――
『……目離してるうちになにばかやっとるんじゃ』
(あ師匠、ちーす。ぐるぐる巻きに縛られた状態でどしどし階段に打ち付けられてるっす)
『頭でも打ったか?』
(現在進行形で打ち付けてまーす)
はぁ……なんだか知らんが、トラブル発生のようじゃな。
早速別の女に絡まれるとは。こりゃハルがどうなるか。
……想像したく無いのぅ……黙っておるのが懸命じゃな。
頭の中に浮かんだその状況に身震いしていると、何やら楽しげな会話が耳に入る。
おぉ、どうやら少し思考に没頭しすぎてしまったようじゃな。しかも、主もそれなりに仲良くしようとしておるし。
主よ……刺されぬよう、背中はちゃんと守れよ……
それにしても、この娘。よりにもよって、お兄ちゃん、とは……
『ぶふっ……良いではないか。お兄ちゃんとは、中々にいいセンスしとる』
(確かに。いいセンスはしてるとは思うがなぁ。つか師匠よ、ハルとはどうなった?)
『うむ。今回のことに関しては、主は逆に関わらん方が解決に向くと思うぞ』
(それはまた突き放すような言い方を。で? やっぱり理由は聞かせてもらえないのですか?)
『わかっとるなら聞くでない。こっちの事は我に任せ、主はしばらくの間兄となっておるとよい』
んじゃ悪いけど頼んだよ師匠。という応答が帰ってきたので、それに返事をして回線を切る。
『任しておれ。さて、ハルカはどうしたもんかのぉ……』
そう考えると、さっきまでのニヤニヤとした感情がさっぱり抜けたことに気がついた。
『あの娘のこと、なんと説明すれば……』
それはきっと、ものすごい悪寒が背中を凍らせたせいだろう。
『……ま、全部主の責任ってことで』
自分の口からは絶対に言わないことをここに宣言するのだった。
悪いのは全て主。我は何も知らなかった。それでいいのじゃ。
パンパンと心の中で合掌した。
ああいう主みたいな輩は一度刺されんとわからんのじゃ。身にしみて味わうが良い。
そして我はクックックと笑った。
そう、主ならこの感情を、中指立ててこう表すのだろう。
『リア充爆発ザマァ! メシウマ! メシウマぁっ!?』と。
◇◆◇
無造作に、されど的確に明確ななんらかの目的があって飛ばされるこの光の輪。
重要なのはこれがなんなのか、だ。こんな魔法は見たことがない。
『我からの助言はちとずるいかの。ま、好きにしたらよい』
(楽しそうっすね師匠。こっちが大変だってのに)
『お、我と話をするぐらいには余裕か? 断言してもよいが、そんなことだと本気でボコボコにされかねんぞ?』
(でしょうねっ! だってあいつメッチャ怒ってんだもん)
『いやそういうことじゃなくてじゃな。力量的な問題なんじゃが。まぁ、よいか』
師匠からのサポートは受けられないっと。
このまま逃げ続けててもラチがあかない。しゃあねえっ!
「冒険、行ってみますかぁっ!」
ブリューゲルで丁度腹のど真ん中に迫っていた光輪をぶった斬る。
手ごたえ……なしっ!
「なんじゃこりゃ」
光輪はじじじと音をならせながらすっぽりとブリューゲルに収まっていた。
いくら振ってもそこから微動だにせず、その輪っかはブリューゲルを囲んで離そうとしない。
「触れない。すり抜ける。斬れなかったのはこのせいか。一度これに囲まれるとそこで光の輪は定着する。消滅する気配なしっと」
じじ、じじじと小刻みにブレ輪の形を保っているコレ。どういう魔法なんだか。
「どうして避けるの!」
「いや避けるでしょっ!」
こんな得体のしれないものに進んで突っ込もうとするような奴はただのバカだ。
はっ! つまり俺か。
ハルはそこまで考えてからのさっきの発言だったのか。
もしそうだとしたら軽く泣ける自信がある。三日は硬いな。
「な、なぁベルさん。その、なんとかできたりとか、しません?」
「……ここで私がユウユウを助けたら、彼女がかわいそう」
ベルは無表情のまま、悔しそうな、あるいは苦虫を噛み潰したような声で呟く。
えぇえぇ情けない言葉だったと自分でも思いますよ本当。
でもですね。かわいそうってどういう意味?
ハルはハルでなんか驚き! みたいな顔してるし。
もう二人で話しあえよ。俺、取り敢えず帰っていい?
でもベルも俺はボコられるべきと思っているわけで、そんなバナナ。
「てかベルにもひっついてんぞその輪っか」
「……あ」
「ご、ごめんねベルさん! 今すぐ外すから」
「……大丈夫。貴方はユウマとのことに集中して。『魔解』」
ベルの袖口から先端が鋭利に尖った鎖が何本も出てくる。
無詠唱魔術。マジかよ。しかも、ブレイクロックって、かっこいいなおい。うらやま。
魔法を破壊する鎖達が一斉に腕にくっ付いた輪っかに突撃し、巨大な金属音をたてて、ギリギリと鎖達が音を鳴らす。
輪っかは、びくともしていなかった。
「……! ……か、硬い。込められてる魔力量、桁違い」
「ごめんね。ちょっと頑丈にしすぎてるから」
「……私の魔法もそんなに強いわけじゃないから込めている魔力は多い方なんだけど……この魔法、これだけ魔力を込めると一個維持するための魔力も大量に必要なはず。えい! ……それをこれだけの量、凄い」
「そんなこと言いながらちゃんと壊してるじゃん。しかもえいって。うわぁ、初めてだったからちょっとショックかも」
「……いつもではありえない量の魔力を込めた。だからショックを受ける必要はない」
二人が何言ってるのかわかりましぇん。
結論。ハルのこの魔法、ヤバい。
だってベルがあれだけ言ってんだもん。でも言ってることは、魔力無駄に使いすぎって事だよな。多分。
ハルってそんなに魔力多かったっけ?
あ。メイジースギルの古文書。
「ふむ。喜ぶべきか。喜ぶべきだな。うん。そうは思うんだけど。素直に喜べない自分がいる」
「ユウマ。お願い、真面目にやって。私は貴方を倒すつもりで行くから。ユウマもそのつもりで来て。でないと」
ハルの体から魔力が溢れ出す。その魔力に呼応するように、あたりの木や岩、ベンチや石の噴水などにひっついていた光のリングが輝きを強め始める。
「怪我じゃ、済まないかも」
岩についていたリングはぐにゃぐにゃを形を変え、カッと弾け爆発した。
「……魔力暴走」
魔力暴走と言うらしい。あ、本で読んだことあったっけ。
なんだっけ。確か〜、魔法の形とかが込められてる魔力のせいで保てなくなって暴発すること。だっけか。
そんなことを思案している余裕があったのも、爆発が届く距離に俺がいなかったからである。
しかしそんな余裕は一瞬で覆された。
「っ! なにっ!?」
驚愕に目を向く。急に巨大な衝撃が俺の手がもつブリューゲルに襲いかかり、急であったため手に力を込められず、その衝撃でブリューゲルを遥か後方へ放り投げてしまう。
ヤバいこの状況はヤバい! 何処から攻撃された!見えない攻撃? 時間差の衝撃?
ヒュンヒュンと飛び続けているブリューゲルを確認するが、そこに取り付けられた輪は爆発していない。
そして、ブリューゲルを見ていた視界状に、何かの違和感を感じた。
そこに視線を向けて、二度目の驚愕。さっきの爆発を食らったはずの『岩』が、ケロリと無傷でその場に鎮座していたからだ。
(ああ……わかった。わかったぞ。お前の魔法。スウィッチ。転換。入れ替え。『献上』が自分の何かを相手に与えるように。輪で何かを攻撃し、その衝撃を別の輪が付いているところに入れ替える魔法か!)
でもじゃあなんで手っ取り早くブリューゲルについた輪を爆発させなかったんだ?
俺の背中が地面についた。衝撃のせいで俺も後ろに放り出されていたらしい。
気がつくとハルは俺の上に馬乗りになっていた。
俺の首に輪が取り付けられる。
周りにはハルの周りを徘徊しているリングが五つ。触れられない。破壊できない。逆に相手はやりたい放題。
万事休す。
完全なる敗北だ。
あー……ボコボコの未来が……
だがいつまでたっても俺の体に輪を取り付けられることはなく、ちょっと目を開けるとそこには、顔を伏せてプルプルと震えるハルがいた。
「…………どうして……」
「な、なにが……」
「新聞見た! 話も聞いた! 何それ! 私がいなくなったらすぐに、そんなの……女の子なら誰でもいいんでしょっ! それなのに……それなのに、こっちは勝手に期待して、自惚れて、バカみたいじゃん! せっかく、せっかく、頑張って……それなのに……誰でもいいなら、どうして私に優しくしたのよ! こんな気持ちになるくらいなら、最初から放っておいてくれた方が良かった! 最初みたいに突き放されたままで良かったっ! それなら、こんな気持ちに、なることも、なかった、のに……うっ、うっ、ひっくっ……うっ……」
「ハル……」
さっきまでのお気楽な思考が冷や水を被ったように冷え、消えてゆく。
俺は、そんなつもりじゃ……喉に出かかっている声があるはずなのに、何かが詰まってしまっているかのように口はあうあうとしか動かず、息すら出来なくなる。
俺は何を間違えたんだ? 俺は何をすれば良かったんだ? この女の子を、今俺の上で泣きじゃくる彼女を泣かせない未来をつくるには、どうすれば良かったんだ? いくら考えようとも、答えが出るどころか、想像することすら出来ない。
やはり、俺のスキルは役に立たない。
「……貴方は本当にそう思ってるの?」
ぽつりと呟かれたその一言に俺のハルの視線が向けられる。
その独特な感情が全く読み取れない口調は、その、流れるような棒読みではないのに感情が全くこもってないように感じる、その声は。
「ベル」
「……貴方は本気でユウユウと会わない方が良かったって思ってるの? もしそうなら、幻滅した」
ベルが吐き捨てるように、まるでもうどうでもいいようなものを見るような目でハルを見る。
「……私は、貴方が私と同じであると思ったから、ユウユウとのこれも黙認した。でも、それは勘違いだったみたい。もし、私と同じであるのなら、もし私なら、例え傷ついたとしても絶対そんな言葉は吐かない。貴方の想いなんて、所詮そんなもの」
嘲笑うでも、バカにするでもなく、只々真面目に、ハルの目を見据え、言い放つ。
それに対しハルは、涙を浮かべながらも怯むどころかより強い視線でベルを射抜き返した。
「本気で思ってるわけ、ないじゃない」
「……なら貴方は、思ってもないことで彼を傷つけている、ということ?」
「それも、違う。これも、ちゃんと私が思ったこと。感じたこと」
「……本気でそう思っていないのに? それも思って、感じていた? 酷い矛盾」
「私は、ユウマが、べ、ベルさんのために戦ったんだって知って。私は特別なんかじゃなかったんだって。思い知って。本当に勝手なことだけど、すごくショックだった……。勝手に思い上がっていたのは、私なのに。でもしょうがないじゃない! 心なんて制御できないんだもん! もう嫌って思った。胸が苦しくて、ちょっと気を抜けば、な、泣きそうで。こんな気持ちになるぐらいならって、確かに心のどこかで思った。会わなかった方が……よかったんじゃないかって……」
俺に馬乗りになり泣きながら、そう訴えるハルの言葉に少なからずショックを受ける。
ハルの口から、会わなかった方が良かったなどと言われてしまえば、当然だろう。
でもそれに対して俺は何も言えなかった。ハルを泣かせたのも、こんな思いにさせたのも、この言葉を言わせたのも、全ては俺なのだから。
「でもっ!」
苦痛に耐えるように強く目を瞑っていた俺の瞼に、ハルの涙の一滴が落ちた。
ハルの大きな感情のこもったその声に、俺はハッと目を開いた。
俺の瞼に落ちたハルの涙が、俺の目を伝い、頬を伝った。まるで、俺の涙のように。
「それでも! 心の全部が、会わなければ良かったなんて思ったこの部分すら全部飲み込んで、ユウマと一緒にいたいって思った。……たとえユウマが、ベルさんを……選んだんだとしても……私は」
その言葉に、冷たくてひび割れていた何かが暖かく包まれた気がした。
「……それが、貴方の本心?」
「うん」
「…………貴方はすごい人だと思う」
「きゅ、急にどうしたのっ!」
ベルが
「……全部に本気で、本心でぶつかってる。騙そうとしない。偽ろうとしない。思ったことを、正面から彼にぶつけて、嫌われるかもしれないと思って怖がっているのに、それでも嘘をつくことなく戦っている。貴方は逃げてない。聴き心地のいい言葉を言うのは簡単。でも、貴方のしたことは簡単なことなんかじゃない。物凄く、勇気がいること……貴方は、凄い人」
「そ、そんなことないよ! もし私が凄いって思ったなら、それはきっと……」
ハルが俺を見下ろす。
「この人のおかげだから」
「……いい笑顔……ちょっとだけ羨ましい」
ハルは今日初めて、笑顔を作った。
満開に咲き誇る、春の訪れを祝福する花のように。
「それはそうと。ユウマっ!」
「は、はいなんでしょうっ!?」
急にハルが黒いオーラを発し始めキッと俺を睨む。
怖いっ! 怖いよぉっ! さっきまでのあの雰囲気はどこ行ったんだよぉ……もうちょっと余韻に浸らせてくれよぉ……
「色々言いたいことはあるんだけど。ちょっと節操なさすぎるんじゃないかな、ユウマ?」
え! なに! 俺今なにを責められてんのっ! マジでわかんないっ!
助けてベル! ヘルプ! ヘルプーーー!
「……確かに、ハル? さんのこととか知らなかったし。話聞いた後、ちょっと教育が必要かも」
まさかのベル参戦!
ふと思い出したように目元を暗くさせ、目を紅くランランと輝かせながら鎖を取り出し近づいてくる。
ギャーーーーーーー! 来るなぁーーーーーーー! 来るなよぉぉぉおーーー!
ちょっと涙目になりながらハルをどかそうと試みて……
「あ、ごめん。自己紹介まだだったよね。私はハルカ。小寺 春花です。宜しくね。ベルちゃん」
「……私はベル。須部 瑠衣。宜しく」
ガッチリと固定されたまま動けない俺を無視して能天気に自己紹介してるお二人。
え! なにこれ! マジで体動かないんだけど! ちょ、あ、あれ、この、あれぇ。
「狙った獲物は逃すなって言うのが、ししょ、いや、お爺ちゃんの教えだから。負けないよ? ベルちゃん」
「……私は欲しい者は絶対に何としてでも手に入れる魔導師。望むところ。受けて立つ」
成る程。ハルは今まであのお爺さんと修行をしてたのか。
通りですげえ強くなってるなぁと思ったよ! ちょっとおじいさーん。自分の孫魔改造して俺に送り込んでくるってどういう了見だーい。
「でも、その前に」
「……ユウユウ。ちょっとお勉強」
お前らがなにを企んでるか知らんが、こ、ここは魔法を習う学院だぞ。
け、決して今お前らがやろうとしている極悪非道な何かを学ぶ場所じゃあない。
俺は唯一動く首を懸命にイヤイヤと振ったが。
「「(……)しよっか?」」
「い、嫌だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああああ!!!!」
全ては手遅れだったようだ。
今日俺頑張ったのに……色々と心に傷を負ってまで頑張ったのに。それがこのご褒美かっ!?
俺の絶叫は学院全体に響き渡り、天高く舞い上がった。
ふぅ……なんとか今日中に投稿できました、どうもこんばんは、終匠 竜です。
ようやくハルを出すことができました。
いやー、ようやくです。ベルの話が終わるまで書けなかったからなぁ〜。
あー、でも、そのハルの修行編とか、あと新しい仲間とか、パーティーとか、色々と描きたいものがまだまだたんまりしております。
今後もお付き合いいただければ、光栄であります。




