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楓の一日

タイトル略称は「俺とき」にしようと思ってます。

夏休み前日。

昼下がり。

私は、ある男性の邸宅に上がり込んでいた(当然だけど不法ではないです)。


上がり込んで何をしてるかと言えば、テレビゲームだ。

ジャンルは様々で、シューティング、レース、アクション、アドベンチャー、そしていわゆるギャルゲー、エロゲーもやっている。

私は今月の上旬に18歳となり、堂々と背表紙の帯が赤色をしたゲームをプレイできる。

ちなみに今は世界一有名な2Dスクロールおじさんの3Dのやつをプレイ中。

まあ、その話はいつでもできるからとりあえず置いておこう。


冒頭で示したとおり、私は邸宅に上がっている。

邸宅である。

一般的な家屋と比べると敷地の面積は10倍以上あると思う。

まず、玄関の扉よりも先に門がある。

開閉が遠隔で操作できるやつだ。

そして飾り気のない金属製の玄関ドアを開くと、段差が1㎝程しかない広めの玄関がある。

靴を脱ぎ、用意されたモコモコのスリッパを履くと住人の優しさが感じられる。

ぱたぱたと廊下を少し歩けば解放感のある吹き抜けの広いリビングが待っている。

57インチの大型テレビに4人掛けのソファ、幅120×奥行70㎝のガラステーブルを置いてもなおカーペットが余るほどの面積を誇る。


他に説明する所もあるのだが、ここに来てすることと言えばほとんどがゲームなのでどうでもいい。


「夏休みが始まる前からこんなんでいいのか?俺は楓のそう遠くない未来が心配だぞ」


家主、襲来


「ん...いいの。成績のトップスコアさえあればネ〇フでも食べていけるもの」

「そういうことは使徒が来てから言いなさい」

言いながらガラステーブルに冷えた麦茶を置く男性。

名前は麻宮(あさみや)大助(だいすけ)

私との関係はおじさんとマシュ...、じゃなくておじさんと同級生の子供といった感じだろうか。

大助さんは母さんの高校からの友人で、大学も同じだが母さんが中退しても大助さんはちゃんと卒業した。

当時のことはよく覚えている。

よく覚えているからこそ今になってさらに感謝の言葉しか出ない。

「ありがとう」

麦茶。と付けて足そうとしたけどやめた。

「おう...」

真意がわかっているのかわかっていないのか、わからなかったけど大助さんは微笑んだ。

「あ、楓昼飯食ってきた?」

「食べてない」

おじさんのゲームを中断しておじさんの質問に応える。

テレビより上方にある装飾の付いた高そうな時計で時刻を確認する。

その時にちょうど13時になり、時計からクラシックが流れる。

「大助さんも食べてないなら私がお昼作ってあげようか」

「無理はするな。簡単なものなら俺だって作れるからな」

私だっていつまでも子供のままではない。もう10年経ったんだ、いつまでも怖いとは言ってられない。まだ完治はしてないけど10年前よりはましだ。

「ダメ。作らせて。というか作りたい」

テーブルに置かれた大助さんの手が震えている。

「許可できない。もしものことがあったら俺は紗栄になんて言ったらいいんだ?」

少し頭にくる。

「そこまで言うなら包丁を使わずに料理を作ってみせる」

目を閉じて少し考えてから、

「それなら大丈夫かな。しかし、調理の際は刃物に限らず充分気をつけるようにな」

「安全管理は基本です。というか御宅のキッチンはIHのようなので問題なさそうですね」

「台所に立つ男はモテるという言葉がある。それを気にしている訳ではないけど、料理はしないが台所には立つ、つまり料理はしないのに台所を清潔に保つ。

...IHの方が掃除が楽なんだ...」

モテようとしてたんだ...。

女性との繋がりはあるのだろうか。

「まあなんでもいいけど。一つだけ条件があります」

「1度たりとも刃物は使わせないぞ。全部箱に入れて台所からは撤去する」

「それなら少し話は早い。

条件というのは、大助さんに作る過程を見られないことです。隠れて刃物を使うという心配は大助さんの言葉によりなくなったので、あとは箱を持って広い庭で酒でも飲んでてください」

「よくわからんが危険はなさそうだから言うとおりにしておくか」





――20分程して。

リビングの、庭に面した壁一面のガラス張りの掃き出し窓の右端から2番目を開ける。

そこから首を出して広い庭を眺める。

広いと言っても精々サッカーコート2面分(想像してみると意外に広いか)の庭には1本しか植木はなく、しばらく待つのなら、7月下旬の暑さを凌ぐのなら、必然的にその木陰という唯一の避暑地でということになる。

つまりそこに大助さんはいた。

包丁は専用のケースに入れ、ピーラーや調理用のハサミも勝手に開かないようにシリコンで固定して、布で包み別のケースに入れてある。

その上に空の缶ビールを置いて胡座をかいて待っていた。

「料理できたよー」

「おう。今行くー」



「.........」

「さあ召し上がれ」

ガラステーブルを移動して代わりに置いた大きめの丸テーブルに、完成した料理とその材料が置かれている。

「いや包丁使うなとは言ったけどさ、正直もうちょいクオリティ高いの出てくると思ってたよ」

失礼だなー。

「充分なクオリティあるでしょ」

「あるかなあ。パンケーキに」

パンケーキに失礼だぞ。古代エジプトまで土下座しに行って壁画にされて来い。

「クオリティはないとしても根拠はある」

「ほう、ならば審査してやろう」

食べる側なのに上からな態度は気に食わないな。

「まず、確実に刃物を使わないこと。そして、薄く焼いてハムとかレタスを挟めば充分昼食になるし、厚く焼いてシロップとけアイスでも乗っければデザートにもなると、クオリティは申し分ない。」

「ほほう」

「さらに、これが一番大事なことだけど」

一拍間を取り、姿勢を正す。

「大助さんと楽しく作って、食べられること」

言って、恥ずかしくなり自分でもわかるくらい顔が熱くなった。

大助さんも少し頬が赤みを帯びていたけど、ビールを飲んでいたからだろうか。

「楓」

少し真剣な顔になった。

「は、はい」

「...合格だ」

言われて、嬉しくなり自分でもわかるくらい顔が熱くなった。

尊敬してる人から褒められると凄く嬉しい。

「ありがとうございます!」

「そんじゃ、食べようか。できてるやつが冷めちまう」

「うん!」

それから私達は楽しく雑談を交えながらパンケーキを食べたのだった。


◇ ◇ ◇


リビングのガラス張りから見える空は暗く、目を凝らせば夏の星が見える。

目の前に広がる庭からではないけど、クビキリギスの変圧器のような鳴き声が夏を告げる。


夕食は余った昼食で済ませた。

パンケーキに挟む食材は多かった(主におつまみ類だったけど)ので思いの外飽きなかった。


「もう9時半だけど今日は泊まってくのか?」

タオルで頭を拭きながら、バスルームから大助さんが出てきた。

「うん、泊まる」

実は、着替えとか持ってきてたりする。

「あ、あとまだ風呂場乾いてないから転ばないように気をつけるんだぞー」

大助さんの発言通り、私より先に大助さんが風呂に入っている。

普通は女の子が先に入るべきだろうけど、これは私がお願いしてそうしてもらった。

「はーい」

スライドドアを開けてバスルームに入る。

そして大きく息を吐き、


吸う!


むっはぁ~。

微かに残るシャンプーの香りが酸素と共に脳へと伝わる。

あああ~、一刻も速く風呂に浸からなければ!

今、私、は、ひ、非常に、こ、ここ興奮、して、いる!

高速で自分の衣服を脱ぎ捨てる。

そして洗濯機へ入れようと、中を覗いた時、私は秘宝を見つけてしまった。

先に入った大助さんの脱いだ衣服を。

それを手に取り、


嗅ぐ!


うへ、うへへへへへへへへへへへへへへへへへへへへへへへへへへうへへうへうへへへ。

パンケーキの甘い臭いが染み付いている。

これはもう犯罪級の媚薬だ。

責任を持って私が持ち帰り、保護しなければ。

いやいや待て待て、さすがに気づかれる。

最後に、30回程スーハーしておこう。


泊まりに来る度、私はこんなことをしている。

泊まりに来たのは今日が初めてではない。

私は常習犯だった。

なお反省はしていない。


◇ ◇ ◇


「楓ー、もう寝るぞー」

私としては女の子らしからず、もう少し起きていたいのだが、大助さんは日が変わる前には寝る。

夜にする作業もないし、最近のテレビ番組やドラマに興味がないそうだ。

「ほほーい」

と、返事はするが、やはりこの男金持ちで、

何度も泊まりに来ている私のためにベッドを購入し、無駄に余っていた部屋を貸しているのだ。


しかし、今日はそちらへは向かわない。


すでに閉じられた、2階の大助さんの部屋の扉を開く。

部屋の中は夕陽に照らされたように、天井に取り付けられたリモコン式の電灯がオレンジの光りを慎ましく放っていた。


「ん...なんだ?朝飯なら俺が作ってやるからさっさと休め、今日も学校あったんだろ」

その言葉に応えず、無言で近づく。

返事もなく近づく私に、少し警戒して上半身を起こす。

「ちょ、なんか怖いぞ?」

「大助さん」

ビクッと身を震わせ、発汗する。


「私、ずっとずっと前から大助さんのこと」


目が見開かれ、汗が右頬を伝う。


「好き」


大助さんは俯き、なにも言わなかった。

が、やがて、

「ダメだ」

と呟き、続ける。

「俺と楓じゃ歳が一回り以上も違う」

古い言い方だなあ。

「歳なんて気にならない」

「俺はほぼ引きこもりだぞ」

だけどちゃんと働いてるじゃない。

収入だって有り余ってるぐらいでしょ。

「なら私も引きこもる。だけどたまには外にでよう」

「ゴキブリも殺せないぞ」

え、マジかよ。

私もゴキブリは苦手だ。

でも今は科学の力でなんとかできる。

「ごいすーしよう。バル〇ン炊こう。」


しばらく沈黙。


「ダメだ」

「なんでよ」

「楓はまだ若い、俺より良い人が見つかる」

「大助さんより良い人なんて他にいない」

「でも、ダメだ」

「なんで...なんでダメなの」


「俺じゃ、お前を守りきれない...!」

一粒の雫が、両の頬を伝う。

汗か、涙か、俯いていてわからない。

「俺は...っお前を...あの時...守りきれなかった...!」

「違う。違うよ...大助さんは私達を守ってくれた」


「でも...亮介は傷を負った...お前には...恐怖が残っちまった...っ」

「もうそんなの気にしないよ。もう大丈夫だよ」

「でも、それでも、俺は...また似たようなことになって、もし救えなかったらって思うと、手が震えるんだ」

その言葉で気づいた。

あの事件で傷ついたのは私と亮介だけじゃない。

大助さんも同じように傷ついて、恐怖が残ってるんだと。


膝を折り、大助さんの顔を覗き込む。

瞳からはやはり涙が溢れ、手は震えていた。

私はその手を握った。


「大丈夫。私は、大助さんがちゃんと守ってくれるって、信じてる」

気づけば、私も涙を溢していた。

「...楓」


私は大助さんと唇を重ねた。

身体を重ねた。


そうして、私の初体験は、大粒の涙を流しながらとなった。

途中からは嬉し泣きだった。


◇ ◇ ◇


夢を見た。

夢というよりは回想だった。

10年前――

当時7歳、小学2年生だった私と亮介は、居酒屋の経営で忙しい母さんが帰って来るまでの間大助さんに斜陽荘に来てもらっていた。

そしてある日。

15時あたりに大助さんが来るので、玄関に鍵のかけられていない零号室の扉がゆっくりと開かれる。

少し早かったが大助さんが来たと思い、亮介と共に玄関へ駆ける。

しかし、そこにいたのはマスクをして帽子を被った無表情の、ナイフを持つ右手をぶらりと下げた男だった。

「いぇああぁぁぁぁぁぁぁ!」

男は急に奇声を上げ、右手も高く挙げた。

私は腰が抜けて尻を床に打っていた。

降り下ろされるナイフに死の恐怖を感じ、目を閉じる。

しかし、痛みは無く、恐る恐る目を開く。

すると、ナイフは亮介の背中を斜めに切り裂いていた。

肉を裂くみちみちという音とナイフを持つ男の荒い息の音が耳を支配する。

男は亮介をそのままにして、私にゆっくりと近づく。

「いや...こ、来ないえ、来ないれぇ!」

涙を流しながら懇願する。

しかし男はより興奮して、文字通り目の前に刃を突きつける。

涙すら一瞬止まる。

そして刃は少し引き、男は私の長かった前髪を掴み、ナイフで切り裂いた。

私は失禁してしまったが、男は尿を避けようともしなかった。

男が私の肩を掴み、次はどこを裂こうかと目を狂わせる。

だが、刃が私の腹に刺さろうかというところで玄関の扉が開く。

私は入ってきた男性の姿を見て、再び涙を流した。

入ってきた男性は大助さんだった。

男はしゃがみながら最後の一撃と言わんばかりに高く右手を挙げた。

が、その右手は降り下ろされることなく、無防備な脇腹を大助さんに蹴られ、男は吹き飛ぶ。

大助さんは馬乗りになってナイフを奪い投げ捨てる。

そこから顔面に幾度も拳をぶつける。

最終的に、大助さんが気を失った男を縛り警察に通報。

亮介は病院に搬送された。

大助さんは正当防衛となり無罪。

犯人は懲役12年となった。

この事件で亮介は背中に傷を負い、私は尖端恐怖症や男性恐怖症となった。

現在は男性恐怖症は大幅に回復している。尖端恐怖症も回復傾向だ。

この夢を見る度にあの時よ恐怖を思い出す。


でも、もうこの夢は見ないだろうと、なんとなく感じた。


◇ ◇ ◇


暖かな夏の日差しを大助さんのベッドで浴びる。

通過儀礼、という訳ではないけどやはり身をもって体験すると大人になれたような感覚がある。

お腹を優しく撫でる。

体の芯に温もりを感じる。

大きく伸びをして、隣を確認すると大助さんはすでに起きているようだった。

そして、微かにコーヒーの香りが漂う。

勢いよく飛び起きて、扉を開く。

吹き抜けから1階のリビングを見下ろす。

今年で36歳のおじさんが二人分のパンケーキとコーヒーを用意して待っていた。

こちらに気付く。

「おっ起きたか」

「え~またパンケーキ?」

昨日の分は食べきったはずだから、わざわざ焼いたのか。

「それより、速く着替えて来い」

言われて、自分の体を見る。

あ、裸だった。


――5分程して。

「「いただきます」」

パンケーキにメープルシロップをかけたものを口へ運ぶ。

着替えは、昨晩部屋に入る前に扉の横に置いておいたのを着た。

「楓このあと帰るよな?」

「うん、帰る」

帰ってほしくないのだろうか。

「あー、えっとその、昨日のこと...紗栄には言うのか?」

そんなことか。

「もちろん言うに決まってるでしょ」

さて反応はいかに。

「はは、なら良かった。黙ってる方が悪いもんな」

「私もそう思った」

はははっと笑いあう。


まだ恐怖症は完治してないけど少しずつ回復している。

夏はまだ始まったばかりだ。

これからは大助さんともっと一緒にいられると思うと胸が高鳴る。


「それじゃ、帰るね!」

「おう!気を付けてな」

玄関ドアを開け、少しの階段を降りて門の横の出入口から出る。

振り向いて玄関に立つ大助さんに手を振る。


今更であるが、ここから斜陽荘までは歩いて10分程だ。

凄く近い。

そして歩くこと8分程、道中で見知った顔を発見。

走って声をかける。


「おーい!まとちゃーん!」


ほぼ一ヶ月更新になってしまってますね。

本当にもっと速く書きたくなりたいです。

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