みぃつけた!
木々に囲まれた自然豊かな高台には。
寂れた木造建築が一棟置かれているだけで。
そのほかには、殺風景と言えるほど、人工物がない。
「うひゃー、絶景だな!」
木島蓮は目をキラキラ輝かせた。
彼は厚手のパーカーを着ており。
さっぱり整った顔立ちをしている。
高台から眼下に広がる住宅街は。
まるでジオラマ模型のように小さかった。
夕日によって染められたその街は。
鮮やかな緋色をまとって、夜の訪れを感じさせる。
「ケンちゃんも、よくこんなところを見つけたね」
「ぼくはときどき塾をサボるからさ。そのときに偶然見つけたんだよ」
三上健一は、眼鏡の奥に悲しそうな瞳をのぞかせた。
彼のふくよかな体型や。
薄くなった頭髪からは。
疲れきった中年サラリーマンのような印象を受ける。
「学校と塾の往復ばかりしていたら、気が狂っちゃうよ」
「サボりたい気持ちもわかるけどさ、ケンちゃん。程々にしなよ」
三つ編みのお下げに。
気の強そうな目元が特徴的な女子――小林愛美は言った。
「そうしないと、コイツみたいになるからさ」
「なんで俺を指さすんだよ!」
木島蓮は顔を赤くして怒った。
「まあまあ、マナちゃんも悪気があったわけじゃないからさ。レンくん、許してあげて」
加藤桃花は笑顔で木島蓮をたしなめた。
彼女はおしとやかな性格で。
男子からの評判も上々だ。
「ももかちゃんがそう言うなら、許してやらんでもない!」
木島蓮は腕を組んで、怒りをのみ込んだ。
「なによ、その態度。ももちゃんにはデレデレしちゃってさ!」
しかし、今度は小林愛美が腹を立ててしまった。
「まあまあ2人とも落ち着こうよ」
三上健一がなんとか制して。
「せっかく4人もいるんだからさ。隠れんぼしない?」
「そ……そうだね。隠れんぼしようよ」
照れくさそうに加藤桃花も同意する。
彼女の頬は、湯気が出そうなほど紅潮していた。
「ももかちゃんがやるなら、俺もやるぜー!」
「なによ、私もやるわよ! 当たり前でしょ」
続けて、木島蓮。
小林愛美の参戦も決まった。
4人はランドセルを木陰に置いて。
じゃんけんを始めた。
最初の鬼は、木島蓮だった。
「なんか危なそうだから、木造家屋には入らないようにしようよ」
三上健一は、不気味にそびえ立つ木造建築を指さした。
「木造家屋? ああ、わかった」
木島蓮は高台の中腹にあったボロ小屋を思い出し、承諾した。
女子2人も了承し、隠れんぼが始まった。
「――58,59,60。もういいかい?」
樹木に顔を押し付けながら、木島蓮は訊いた。
「もういいよーっ!!!!」
馬鹿でかい返事が、矢のように飛んで来た。
小林愛美の声だ。
木島蓮はとりあえずその方向に行ってみる。
彼女は――いた。
背の高い草に紛れて、伏せっているのだ。
「どこにいるんだー?」
まだ気が付いていないふうを装って。
辺りをきょろきょろと見回す、木島蓮。
グシャッ!!!!
「ほぎゃっ!」
小林愛美は背中を踏まれて、つい声を出してしまった。
「マナミ、見-っけ!」
「えーっ? もう見つかっちゃったの?」
「さっさと次に行くぞ」
「見-っけ!」
木島蓮はなにもない木立に向かって叫んだ。
「あれれ、ばれちゃった?」
恥ずかしそうに、そう言って。
加藤桃花は木の陰からひょっこりと現れた。
「ももかちゃん、見-っけ!」
「えーっ? そんなの、ずるいよ」
「ごめんごめん。許して、ももかちゃん」
「ももちゃんが許しても、私が許さないわよ!」
ペコペコと頭を下げる木島蓮を。
小林愛美はにらみつけた。
「ケンちゃん、見つからねーな」
夕日はすっかり沈んでおり。
紺色の夜空には星々が散っていた。
「もう帰ったのかもしれねーな」
「そうだね、これだけ探し回ってもいないんだから」
小林愛美は。
切なそうな表情を浮かべる、加藤桃花に言った。
「あした学校で会えるよ。だから一緒に帰ろう?」
「う、うん」
しかし――
1日。
1週間と経過しても。
三上健一が学校に戻ることはなかった。
ちなみに――
彼が失踪した高台。
そこにあった木造建築は大正14年に作られた旧塾舎らしいのだが。
昭和の終わりに謎の不審火によって全焼し、今では跡形もないらしい。
そしてその塾舎には、逃げ遅れた生徒もいたのだとか。
もしかしたら――三上健一は。
成仏できずに隠れんぼをしていた生徒の魂を見つけてしまったのかもしれない。
「みぃつけた!」




